第33話 脱出

 魔法なのか、レックスは湖の上――宙に浮遊したまま、こちらを見てぺこりと頭を下げた。


「うわああっソックスさんきたああああっ!!」

「ぎゃー!」

「ぐぉー!」

「ガオー!」


 ホラゲで敵に追いつかれ、ゲームオーバー寸前に陥ったような感覚になり叫んでしまう。

 心臓がバクバクだ!

 そんな私に触発されたのか、みんなも一緒に叫んでいる。


「うるさっ! ってか、さっきの地響きはお前のせいか! 死ぬやろが!」


 リヴァイアは私達にイラつきながらも、レックスに向けて怒鳴っている。


「嫌だな、本物の勇者様と聖女様がいるのに、大丈夫に決まっているじゃないですか。ほら、怪我一つしていませんよね」


 していないけれど……!

 だからと言って、危険なことをしていいわけではないでしょ!


「随分と横暴なんですね。一色さんのおかげで何もなったけれど、怪我をする可能性はありましたよ」

「!」


 虎太郎が怒っている……!

 静かだけれど、はっきりと怒りを感じる声色に空気が張り詰める。


「……大変失礼しました。引き留めるために強引な手段をとってしまいました」


 レックスにも虎太郎の怒りは伝わったようで、水面にまで降り、まじめな表情で謝罪をした。

 それでも虎太郎の怒りは治まっていそうにないけれど……。

 仲間を危険な目に遭わされたから許せないという思いが伝わってきて、私は感動できゅんとしてしまった。

 私だけではなく、みんなも同じような顔をしている。


「仲良くなりたかったのに、失敗しましたね」


 レックスはそう苦笑いしながら、私達に話しかけてきた。


「一応お聞きますが……僕と一緒に来ていただけますか?」

「お断りします」

「ぐぉ!」


 即答した虎太郎と共に、諭吉も前足でバツをして断っている。


「そうですよね……。では、僕もついて行っていいですか?」

「お断りします」

「ぐぉーっ!」


 淡々と断る虎太郎に続き、諭吉は「しつこい!」とキレる勢いでバツをしている。


「やはりだめですか。ヨーム様が、どうしても皆様にお会いしたいそうなのですが……」

「ぎゃっ!? ぎゃっ!!」


 私の肩にいた芳三がすごい剣幕で怒っている。


「芳三?」

「ぎゃ! ぎゃっ!!」


 今の誘いを断固拒否しているような感じ……?

 王都に本体がある芳三がこういう態度をとるのは、何か理由があるのだろうか。


「あはは、駄目そうですね。お断りされてしまったので、クリフさんの胃が心配です」


 クリフさん……!

 苦労人であることがにじみ出ていたから、心穏やかに過ごして頂きたい……私達は城には戻らないけれど……!

 おかゆでも食べて安静にしてください。


「では、僕に少しだけお時間を頂けませんか?」

「?」


 虎太郎が怪訝な顔でレックスを見る。


「僕はホシノさんとカハラさんの魔法指導をさせて頂いたんですよ。それで、『本物』のお二人の実力はどれほどなのか、大変興味がありまして……。素晴らしい魔法を何度も拝見していますし、今も見せて頂いていますが――」

「!」


 そう言って私の方を見てきたので、「ひぃっ」と悲鳴を上げそうになった。

 追いかけてきた敵にロックオンされた!?


「本当に美しい魔法です。僕が本気で攻撃しても、突破できないだろうなあ。……できるかなあ?」


 え、わくわくしているようだけれど……本気で攻撃してくるつもりですか!?

 びくびくしていると、虎太郎が前に立ってレックスの視界から塞いでくれた。


「奥村君……」

「ぎゃ……」


 王子様じゃん! と私と肩にいる芳三はまたきゅんとしてしまう。

 芳三、今日も推しが尊いね!


「お二人の仲の良さも素晴らしい。応援したくなりますね。まったく、パスカル様は本当に人を見る目が……おっと、余計なことを言いそうになりました。とにかく、僕はお二人の魔法に魅了されまして、もっと見たいと欲が出てきたんです。ですから、少しお時間を頂きますね!」


 レックスがそう言うと、突然湖の水面が凍り始めた。

 そして、あっという間に、湖は一面氷になってしまった。


「さ、寒い……」


 私達の周りは花穂の檻で無事だが、それでもリヴァイアは大きな体を震わせている。


「さて。この状況から脱出できたら、あなた方の勝ちです。三十分もすれば僕の応援が駆けつけるはずなので……それまでに逃げられなかったら僕の勝ち、でいいですか?」

「勝手にしてください」


 虎太郎の冷ややかな返事に、レックスはにっこりと笑った。


「一色さん、僕とあの人を花穂の檻に入れて」

「え、そんなことして大丈夫なの?」

「うん。天井が崩れるは止まったけど、これ以上周りを壊さないようにしないと。あとは……諭吉、頼んだよ」

「ぐぉ!」


 両手を出して、虎太郎から諭吉を受け取るが……私は心配だ。

 本当に二人を閉じ込めて大丈夫なのだろうか。


「ねえ、あの人だけ閉じ込めて、私達は逃げない?」

「大丈夫だよ。……あの人、一色さんに注目しているみたいだから、釘を刺しておかないとね」

「?」


 ぼそっと何か言っていたけれど、釘を刺すって言った?

 丑の刻参り、ってこと!?


「人に見られると効力がないっていうからやめよ!?」

「? とにかく、行ってくるよ。じゃあ、『花穂の檻』をお願い」


 そう言うと虎太郎はレックスに向かっていったので、私は慌てて自分達を覆っていた花穂の檻を修正。

 虎太郎とレックスを囲った。


 次の瞬間、レックスが虎太郎に向けて杭のような氷を飛ばし始めた。

 すごい勢いでいくつも襲い掛かる氷の杭を、虎太郎は殴り割ったり、回避しながらレックスとの距離を詰めていく。


「拳を強化していますね! それに速さも驚異的です。魔塔で勝てる者はいそうにないなあ」


 レックスも攻撃をしながら、虎太郎から離れるために後方へ飛んでいく。

 二人の距離は詰まったり、開いたり――。

 一定の間隔を空けた攻防がしばらく続いていたが……。


「……面倒くさいな」


 虎太郎がレックスの方に手を向けると、見覚えがある蒼い炎の渦が起こった。


「これ……芳三が奥村君にあげた『蒼炎の渦』だね!」

「ぎゃ!」


 アリエンの村で、兵士達を威嚇するために使った魔法だ。

 あの時ほど派手に燃え上がってはいないけれど、それでも洞窟内の空洞を埋め尽くす勢いだ。

 すごいけれど……二人とも大丈夫なの!?


「この魔法は!!」


 焦る私とは違い、レックスはとても嬉しそうというか……。

 氷の魔法で防戦しながらも興奮している。

 

 炎と氷がぶつかる状況が続いているが……水蒸気爆発とか起こらない!?

 この状況、本当に大丈夫!?


「やはり本物の勇者様は魔法も素晴らしい! 『スクロール』で覚えたものとはわけが違いますね!」

「ぎゃ!」


 レックスの称賛を聞いて、ギフトをあげた芳三も満足げに頷いている。

 

「ぐぉぐぉ!」

「うん? 諭吉?」


 あわあわしている私とは違い、虎太郎から頼まれていた諭吉がしっかり仕事をしていたようで声をかけてきた。


「ぐぉ!」

「分厚い氷の層になっていますが、水中は凍っていないようですよ」


 諭吉と一緒に色々と調べてくれていたツバメが、コンコンと凍った湖をノックするように叩いた。


「氷の層を叩き割って、水中の入り口を確認しに行くか! ほら、守護獣組、思いっきりやってくれ!」

「ガオッ!」

「グオー!!」


 リヴァイアに頼まれ、飛び上がった虎徹が風の爪を放つ。

 諭吉も本来の姿に戻り、どーんと湖の上に落ちると、一面を覆っていた氷が派手に割れた。


「わあ……そんなにあっさり壊されるとショックです」


 虎太郎と戦いながらも、こちらに気づいたレックスが呟いている。


 湖の下の方はやはり凍っていなかったようで、上昇してきた水面に割れた氷が浮かんでいく。

 水中にあるオアシスへと抜けるルートの入り口までたどりつけそうだ。


「よし、入り口を確認してくるわ!」

「気をつけてね!」


 リヴァイアが勢いよく飛び込んでいく。

 浮かんでいる大きな氷の上で『蒼炎の渦』を放ち続ける虎太郎。

 そして、宙に浮いてそれを氷の魔法で防ぐレックス。

 戦闘の様子を見守りながら待っていると、すぐにリヴァイアが戻ってきた。


「大丈夫や! でも、水中で積み重なった岩が崩れるかもしれんから、早く出た方がいい!」

「じゃあ、すぐに奥村君を呼ぶね! …………!」


 改めて二人に目を向けると、レックスを守っていた氷が、鋭い棘になって虎太郎の元へと延びていた。

 虎太郎の炎はそれを溶かして食い止めてはいるが、段々と迫っている――。

 

「奥村君ーっ!! もう出発できるよー!! 行こうー!!」


 大声で呼びかけると、ちゃんと聞こえたようで、虎太郎はこちらを見て笑った。


「おや、出発準備が整ってしまいましたか。でも、応援ももうすぐ来ますよ」


 応援が来る!? 急がないと……!


「それに、僕の魔法が届くかもしれませんね!!」


 氷の棘が、勢いを増して虎太郎に迫る。

 上手く花穂の檻でレックスだけ閉じ込めて逃げるべきか考えていたら――。


 ――フッ


「……お?」


 宙に浮いていたレックスが首を押さえている。

 どうしたのだろう? と思っているうちに、段々と高度が下がって行き……。

 レックスは割れた大きな氷の上に倒れてしまった。


「ツバメさん……」


 魔法を止めた虎太郎が苦笑いを浮かべているのでツバメを見ると、手に小さな筒のようなものを持っていた。


「あ、これは麻痺の薬を塗った吹き矢です。余計な手出しをしてすみません。コタロウ様が手加減に苦慮されていらっしゃったので、僭越ながらわたくしが……」


 確かに、虎太郎は大怪我をさせないように、力をセーブしている感じがした。

 伸びていた氷の棘もすべて溶かすことができただろうけど、威力を上げるとレックスが無事ではいられなかったはずだ。


「あー……やっぱり手加減してくださっていたんですね。ちなみに、今ので力の何割ですか?」

「一割もいかないよ! でこぴんみたいなものよ! でこぴん!」

「ぎゃっぎゃっ!」


 私と芳三で虎太郎の代わりに返事をしておいた。

 虎太郎はすごいのだ! だから、もう追いかけないでください!


「ツバメさん、ありがとうございます。助かりました」

「コタロウ様。お疲れ様です、見事な戦いでした。いやー、でしゃばってもいいのか悩みましたが、そう言って頂けてよかったです」


 ホッとする私達とは違い、吹き矢を持つツバメに引いているリヴァイアが視界の端で震えているけれど、身内には使わないと思うよ? ……多分。


「やっぱり、僕も連れて行ってくれませんか?」

「あなたはそこで、頭を冷やしておいてください」


 倒れたままこちらに話しかけてきたレックスに、虎太郎は珍しくにこっとした笑顔を見せた。

 え、ずるい、レアな笑顔、私も欲しい!


「城を辞めたら一緒にいてもいいですか?」

「お断りします」


 言葉を交わす二人の外野から、むむっとレックスを恨めしく見ていたら目があってしまった。


「すごいステータスですね」

「え?」


 ジーッとこちらを見ながら何か呟いているけれど……何!?

 怖いのですが!


「いえ……また会いましょう」

「もういいです~!」

「ぎゃー!」


 芳三とお断りを入れ、背中を向ける。


「ほな行くで! ソックスはさいなら! みんなは早くわしに乗れ!」


 リヴァイアに促され、私達は大きな体に跨る。

 前に座る私の肩に芳三が乗り、元の大きさに戻った虎徹が後ろの虎太郎にくっついた。

 諭吉は大きい体のままでついてくるようだ。


 諦めたのか、倒れたままこちらに手を振るレックスを見ながら、私達は水中へと進む。

 よく分からない、変な人だったなあ……。


「あれ、濡れてる感覚がしない……息もできるね」


 水の中にいるのに、服は乾いているし、普通に話もできる。


「わしと亀ので守ってるから安心せえ」

「ぐお!」

「そこに穴が見えるやろ? あそこに入る」


 湖の底を見ると、確かにぽっかりと穴が開いていた。

 奥の方は光が届かないからか、真っ黒で怖いかも……。


「しばらくは狭くて危ないで。背びれは掴んでも大丈夫やから、勇者は金脈をしっかり捕まえといてくれ。」

「分かった。……勇者じゃないけど」


 後ろに座ってる虎太郎が、私の前に手を回してきて、手綱がわりに背びれを掴んだ。

 二人で乗馬しているような……バックハグに近い状態になって焦る。


「うっ……ファンサが過ぎるっ」

「え、一色さん、大丈夫!?」

「ぎゃ!」

「にゃ!」

「大丈夫じゃないけど大丈夫ですー……」


 暗いところに突入しても、おかげさまで怖さはまぎれたけれど……!

 次の目的地に早く着いてー!!



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