第32話 追手

「みんな、残りの守護獣達がどこにいるか知っている?」


 掛け声で集まってきた芳三達が、虎太郎に促されて地図を覗く。


「ここが王都。ここは諭吉がいた山。現在地はここで……あと一つ残っているポータルで行ける場所はここなんだけど……」


 説明していると、ポータルの場所で芳三達が反応した。

 バンバンとテーブルを叩いている。


 音に驚いたのか、桶に頭を突っ込んだままのリヴァイアさんがビクッとしたことを横目で見ながら、みんなに尋ねた。


「ここに仲間がいるの?」

「ぎゃー!」

「ぐぉー!」

「にゃー!」


 興奮した様子で頷いているので、どうやらここで間違いないらしい。


「ここは確定のようだね。あと、もう一体はどこか分かる?」


 虎太郎が質問すると、芳三達は一気にしゅんとした。


「ぎゃ……」

「ぐぉ……」

「にゃ……」


 心当たりはないようで、顔を見合わせてしょんぼりしている。

 早く助けてあげたいよね……。

 諭吉も虎徹もギリギリ間に合ったという感じだったし、焦りもあるだろう。


「必ず見つけてあげよう! まずはここにいる子ね」

「ぎゃ!」

「ぐぉ!」

「にゃ!」


 拳を握って呼びかけると、みんなも気合を入れておーっ! と前足を上げた。


 王都にいる芳三の本体の結晶化も治さなければいけないけれど、なぜか頑なに芳三は青白結晶を食べてくれないから、引き続きこっそりと食べさせていく作戦をとっていこう。

 他の方法でも何かできないか色々試す!

 そう決意しつつ、虎太郎に次の目的地となった場所について聞いてみた。


「ここってどういう場所?」


 地図を見ると、周囲には何もない場所に見える。


「この一帯は砂漠だよ」

「砂漠かあ! 日焼けしそう……」


 日焼け止めってあるのだろうか。

 なかったら作れるかな?

 もしくは、焼けても『聖なる水の癒し』で回復できるかなあ?


「次のポータルの場所にダンジョンはないの?」

「あるよ。砂漠の中にオアシスがあって、そこにある仕掛けを解くとダンジョンに入ることができるんだ」

「へー!」


 ゲームらしくてわくわくしながら、もう一度地図を見ていたら、虎太郎が「うーん」と唸り始めた。


「何か気になることがあるの?」

「国の追手と接触しないでダンジョンに行く方法を考えていたんだ。ツバメさん、教えて欲しいことがあるんですけど……」

「はい、なんでしょう?」


 後ろの方で私達の会議を見守っていたツバメさんが、虎太郎に呼ばれてニコニコと前に出てきた。


「砂漠のポータルがある場所は知っていますか?」

「もちろん、存じております。世界中のどこでも真心商売! が、わたくしどものモットーですから! ……閉ざされていた氷の洞窟内にも、もう少し時間があれば侵入できたのに……チッ」


 え、舌打ちした?

 一瞬、顔が怖かった!?

 びっくりして思わず虎太郎と顔を見合わせた。


「ごほん。それで……わたくしに聞きたいことというのは?」

「あ、えーと……ポータルの周囲って砂漠だけですか? 何かありますか?」


 ニコニコ笑顔に戻っていたツバメだったが、虎太郎の質問を聞いてきょとんとした。


「何か……? 何もない砂漠にぽつんとポータルがあるだけですが……」

「あ、じゃあ、ダンジョンに入るための『仕掛け』は解かれていない状態かな? 空に島が浮かんでいたりしないですよね?」

「空に島!? 砂漠どころか、世界中を探してもそのような場所はありません!」

「ぎゃぎゃっ」


 驚いて大きな声を出したツバメに対し、芳三達は何だか得意げな顔をしている。


「もしかして、みんなは『空飛ぶ島』に行ったことがあるの?」

「ぎゃ!」


 私の質問に、みんなが嬉しそうに頷いた。

 空飛ぶ島だなんてすごい! 行ってみたい! ……って、このあと行くことになるのか!


「なんと! もしかして、勇者様と旅をしていた頃に訪れたのですか?」

「ぎゃっぎゃっ!」

「なんとなんと! 素晴らしい! わたくし、感動しております!」


 ハンカチを出して感動の涙を拭うツバメに、芳三達はドヤ顔だ。

 偉そうに胸を張る姿に笑っていると、虎太郎が話を再開した。


「その『空飛ぶ島』が次の目的地のダンジョンなんだけど、蜃気楼みたいな幻覚の仕掛けで隠されているんだ。解除するには、ポータルから少し離れた『オアシス』に行かなければいけない」

「なるほど。ポータルを使うと待ち伏せをされていそうなので、ポータルを使わずにオアシスに行くことが望ましい、ということですね」

「うん、そうなんだ」


 虎太郎とツバメがうーんと唸っている。

 むむ……私も何か案を考えないと……!


「距離によるだろうけど……虎徹に乗せて行って貰う、とか?」


 元の姿の虎徹はすごいスピードで空も駆けていたし、少しくらいの距離ならあっという間に運んでくれそうだ。


「にゃ? にゃ!」


 私の言葉を聞いて、虎徹は「任せろ!」と言っているように胸を張ったが……。


「ちょっと距離が遠すぎるし、僕達を乗せて広い砂漠を横断するのは危険かな……」

「そっか。無茶を言ってごめんね、虎徹」

「にゃん? にゃにゃん!」


 大丈夫、行けるぞ! という空気を出しているが、無理はさせられない。

 みんなで安全に行くことができる方法を探したい……。


「あ!」


 虎太郎が何かに気づいたようで、大きな声を出した。

 リヴァイアさんはまた驚いたようで、周囲にバシャッと水を零している。

 あとでちゃんと拭いてね?


「奥村君、どうしたの?」

「まだ距離があるけど……誰かすごいスピードでこちらに向かっている人がいる。クリフさんといた魔法使いの人だな」

「あ! えーと……」


 お城の魔法使いの中で一番偉い、背が高い……赤い髪の人……。

 名前ど忘れしちゃった……~ックス、って感じ……ックス……ックス……!


「ソッ……クス……さん?」

「…………っ」


 また虎太郎が真顔で笑っている。


「レ、レックスさんだよ」

「あ、ソックスだと靴下だね……ごめん……」


 虎太郎とレックスに向けて謝りながらも、私達がここにいるということが恐らくバレているという状況に焦る。


「早く出発した方がいいよね!? 色々とまだ決まってないけど、ポータルは使わないようにして、とりあえず村は離れる!?」

「そうしようか」

「おい」


 とにかく旅立とうとしていると、リヴァイアさんが私達を呼び止めた。


「洞窟の中に戻れ。わしがオアシスに連れて行ってやるから」

「リヴァイアさん、オアシスを知っているの?」

「ああ。わしも長年世界中をうろうろしとるからな。地図にないルートも知っとる。そのかわり……金脈に頼みがある」

「やだ」

「即答やな!」


 あ、ごめんなさい。条件反射で無意識に断ってしまった。

 ポータルを使わずに行ける手段を得るチャンスかもしれないのに……!


「あ、えっと……ジュースを買ってくる、くらいのことならいいですけど……」

「ジュースはいらん。魚人病薬の生成に協力して欲しいだけや」

「魚人病薬……」


 美しい人魚が魚頭の醜い姿になる病気――それを治す薬が今までなかった、と言っていたっけ。


「それなら、もちろん協力します!」

「あ、わたくしもその話に参加したいですし、同行させて頂いてもよろしいでしょうか」

「お前は呼んどらん!」


 再び挙手をして参加表明してきたツバメに、リヴァイアが怒鳴る。

 私は一緒に行くのは問題ないし、むしろ知識も物資も豊富なツバメが一緒だなんて心強いけれど……。

 一緒に行動しなくても、行く先に現れるイメージだったから、この申し出は少し意外だった。


 同行拒否するリヴァイアに、ツバメは優しく語りかけた。


「魚人病に罹った人魚は、海を離れ、世界中に散らばり、ひっそりと暮らしていると聞きます。広く商売をしているわたくし共は、そういった方々の元に薬をお届けすることが可能です」


 ツバメが取り扱うと、世界中に届けることができるから、魚人病で苦しんでいる人魚が救われる機会が多くなるだろう。

 とてもいいと思う!


「うーん……同じ苦しみを味わっている人魚が救われるのは嬉しいけどな……わし、死ぬほど頑張ったから、わしに感謝して欲しい……こいつが売って、こいつの手柄になるのは癪やな……」

「?」


 良い話だと思うのだが、リヴァイアはぶつぶつと何かぼやいている。


「あ。もちろん、『リヴァイア様と聖女様が開発された薬』としてご提供いたします」

「よろしくお願いします」

「え!? 聖女じゃないです! 私のことには触れなくていいです!」

「まあまあ、金脈。そのへんは追々な? とにかく、今はここを離れることが先決や」


 急に何かに巻き込まれそうな気配がしたので、慌てて拒否をしようと思ったけれど、水が滴ってべちょべちょのリヴァイアに「はよ行こか」と背中を押された。


「では、リヴァイア様はわたくしが運んで差し上げましょう。よっこいしょ」

「え? ちょ……おい! わしは荷物やないぞ!」


 ツバメがリヴァイアを俵のようにひょいと担いだ。

 長い髪が地面につきそうなほど垂れている。


「失礼。ちんたらしていたら追いつかれてしまいますので。大人しくしていてください。それとこれは独り言なのですが……鳥の好物は魚なんですよねえ」

「ひっ」


 大丈夫かな……。

 でも、確かにぴちぴち進むのは遅いから、運んで貰えると助かる。

 私と虎太郎は悲壮感を漂わせるリヴァイアに苦笑いしながら、あとを追って外に出た。




「ハナ! コタロウ!」


 家の前まで見送りに来てくれたミンミが私達を呼ぶ。


「ウチらは追手が来たら、対応して時間を稼ぐことにするよ! ……また会おうね!」

「それまでには、オレもニワトリの勇者なんて言われないくらいになってるから」

「え、コッコを捨てるの!?」

「コケ!?」

「違う! そんな情けない呼び方をされないくらい立派になってやる! ってことだよ」

「ああ、なるほど!」


 納得する私とともに、コッコも安心したようだ。

 また虎太郎が無言で笑っているけれど……私達って今、急いでるんだよね?

 緊張感があるような、ないような感じになっているけれど……もしかして、私のせい?


「今までありがとうございました! たくさんお世話になりました! また会おうね……!」

「お世話になりました」

「ぎゃー」


 挨拶をする私と虎太郎に合わせ、芳三達もぺこりと頭を下げている。


「ウチらも準備してから、遺品を返す旅に出発することになると思う」

「勇者様に遺品の解析を手伝って貰ったから、判明したところから返して行くよ」


 最初に出会ったときと比べたら、二人とも頼もしい顔になっている。

 次に会ったときはもっと成長しているんだろうな。


「気をつけて行ってきてね! 応援してるね!」

「じゃあ、出発しようか。どんどん近づいて来ているから」

「うん! またね!」


 本来の姿になった虎徹が私達を背中に乗せてくれた。

 ツバメの肩から降りたたリヴァイアも優雅に座っている。

 私達はずっと手をふってくれる二人に手をふり返しながら、急いで氷の洞窟に向かった。




 ※




「あの湖に行ってくれ。水中にルートがある」


 ツバメからできるだけ離れようとしているリヴァイアが私達に指示をする。


「あれ? そこから脱出できるなら、どうしてずっと閉じ込められていたの?」

「やってみたけど、魚人のときはできへんかったんや。でも、今なら大丈夫や! 守護獣もおるしな!」

「できなかった、って……危険なルートなの?」

「いや、なんとかなるなる」


 本当に大丈夫なのだろうか。


「奥村君は知っているルートなの?」

「僕も知らないんだ。危険だったら、他の方法も考えてみ――」


 柔らかだった虎太郎の表情が、突然硬くなった。


「僕達の位置を把握できるみたいだ。村には寄らずこっちに来た」

「ええ!? もう追いつかれそうな感じ!?」

「ギリギリかな……。ごめん、判断を間違ったかも」

「大丈夫! なんとかなるよ!」


 今までもなんとかなってきたし、頼りになる人達、守護獣が揃っているんだから大丈夫!

 私もがんばるし!

 ……と思いながらも、追われる系のホラーゲームが始まったみたいな感覚がしてちょっとハラハラしてきたかも!




「ガウ!」


 スピードアップしてくれた虎徹のおかげで、なんとか湖にたどり着くことができた。


「リヴァイアさん! ここからどう行くの!? 早く早くっ! ソックスさんが来ちゃう!」

「分かっとる! ちょっと、待っとれ! とう!」


 リヴァイアさんはそう言うと、綺麗に湖の中に飛び込んだ。

 こうしている間にも追いつかれないかハラハラしていると、水中に大きな影が広がった。

 そして、バシャッと大きな水しぶきをあげて、大きなリヴァイアサンが顔を出した。


「あれ!? またその姿になっちゃったの!?」

「大丈夫や! こっちの姿になるのは元々できるし、人魚にも戻れる! ルートは水中にあるから、全員わしに捕まってくれ!」

「え!? でも、息ができなくなりません!?」

「わしに捕まっていたら呼吸はできるようにしたる! まあ、そこの亀の守護獣もフォローしてくれるやろうしな!」

「ぐぉ!」


 虎太郎の胸ポケットにいる諭吉が「任せろ!」と前足を上げている。

「なんとかなりそうだ」と、 虎太郎と私は顔を見合わせて頷いた。

 リヴァイアサンに乗って行こうか、というところで――。


「…………っ!! 一色さん! 『花穂の檻』を……!」

「え!? はい!」


 何が起こっているか分からないが、言われるがまま魔法を使った直後、洞窟内に『ドオオおオンッ!!』という爆発音が響いた。

 地響きで水面が揺れ、洞窟の崩れた天井が降ってくる。

『花穂の檻』で私達は助かっているが、湖には岩の雨によってできた水柱がいくつも上がっている。


「崩れた天井がどんどん水の底に沈んでいっていますが……この状況で通ることができる抜け道なのですか?」


 ツバメの質問にリヴァイアサンが顔を顰めた。


「もしかしたら、入り口が塞がったかもしれん。ちょっと見てく――」

「こんにちは」


 リヴァイアの言葉を遮るように朗らかに挨拶をしてきたのは、長身に赤い髪の魔法使いだった。

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