第28話 追悼

 リヴァイアさんが怯えている。

 でも、虎太郎が納得して使う魔法なら、悪いことにはならない……!


「『滅却の薫風』」


 虎太郎は大剣を取り出すと、周囲を薙ぎ払うように大きく振った。

 その瞬間、周りに淡い緑の光が溢れる。

 光はゾンビ達が埋め尽くす一帯に広がると、やがて大きな渦になり――。


「な、なんやこれは……!!」


 リヴァイアさんやゾンビ達を飲み込む、大きな竜巻となった。


 その光景に村人達がざわめく。

 私も「わあ……」と大きな口を開けてしまった。

 竜巻は激しく回転しているのだが……。


「あれ? あまり風が吹いていない?」


 風の気配は感じるが……。

 人間なんて吹っ飛びそうなほど激しい竜巻に見えるのに、そよ風くらいにしか感じない。

 村の建物にも影響はない。

 それどころか、日向ぼっこをしているような温かさと優しさを感じる。


「これは解呪の高位広域魔法なんだ」

「解呪……あ、そうか。ゾンビ化は呪いだから、解呪で解けるってリヴァイアさんから聞いた!」

「うん。弱い魔法だと呪いに勝てないけど、守護獣から貰った魔法だから効果があると思う」


 ここにいるゾンビ達の呪いが一斉に解ける?

 みんなを助けてあげられるのかも! と期待が膨らんだところで、ゾンビ達に変化が起きた。

 キラキラと体が輝きだし、腐敗していた体が、だんだん元に――。


「よかった……みんな助かるのね」

「…………」


 奇跡的な光景を見て、私はホッとしたが……虎太郎の表情は曇っている。


「奥村君?」

「……生きている人として戻れるのは、ごく一部だと思う」

「え?」

「噛まれたことが原因で、生きてる状態からゾンビになった場合は戻る。でも、ゾンビでいる年月が生きていたときよりも長いと、肉体のダメージが大き過ぎて戻れない――。そして、死んでから魔物化し、ゾンビになった場合は死体に戻るだけ。だから……」


 虎太郎が説明している間に、元の体に戻っていた人達がだんだんと透明になっていた。

 存在が薄くなっていく――。


「そんな……」


 救えるなら、洞窟に入れられる前に戻してあげたかった……。


 でも、死んだ人は、やっぱりどんなことがあっても戻ってこない。

 私達は神様じゃないから、悲しいけれど受け入れるしかない。


「生き返ることはできないけれど……苦しみからは解放されると思う」


 軌跡を起こしたのに、暗い顔をしている虎太郎に声をかける。


「ぎゃっぎゃ」

「ぐぉっ」


 芳三と諭吉も、虎太郎に「よくやったぞ」と言っているようだ。


「倒すんじゃなくて、こうして見送ってあげられて私は嬉しい。旅立っていく人達も、一瞬でも昔の姿を取り戻せたのはよかった……と思ってくれたらいいね」

「一色さん……」


 私の言葉を聞いて、虎太郎は消えていく人々を見た。

 みんな寂しそうではあるけれど、どこか納得して受け入れているようにも見える。


「……そうだね」


 虎太郎はせつなく微笑んで頷いた。

 私達はできるかぎりのことをできたと思う。


「! あの冒険者達……」


 虎太郎の視線を追うと、見覚えのある冒険者達がいた。

 過去で見た、最初に犠牲になった人達だ。

 素晴らしい統率力を見せていたリーダーもいる。


「あ、リンゴ……」


 よく見ると、その冒険者達はリンゴを持っていた。

 ジーッと見ていると、リーダーが美味しそうにリンゴを齧ってこちらを見た。


『ありがとう』


 そう言われた気がした。


「奥村君。あれ、私達が料理をしたところでお供えしたものかな」

「……受け取ってくれていたのかもしれないね」


 悼む気持ちなんて役に立たない、自己満足かもしれないと思ったこともあったけれど、少しでも救いになったならよかった……。


「あの方々は……」


 村長の視線の先には、消えずに残った人達がいた。

 周囲を埋め尽くすほどゾンビがいたのに、元に戻ったのは十人ほどだった。


「わしの代で生贄にしてしまった方々だ……」


 彼らも冒険者のようだ。

 まだ意識がはっきりしないのか、立ったまま呆然としている。


「彼らには、わしが責任を持って償います」


 村長の言葉に、うしろから近づいて来たリュリュ達の父親が続く。


「まだ全容を把握しきれていませんが……。この村が罪を犯していたのなら、みんなで償います」


 父親の言葉に続き、村の人達が頷いている。

 リュリュとミンミも、大きく頷いた。

 洞窟の中での二人は、自分達のことばかり考えていたけれど、さっきは身を挺して村の人達を救おうとしていた。

 リヴァイアさんと対峙するのはとても勇気が必要だったと思う。

 がんばったね、勇者への第一歩だ!


「コッコの勇者様と聖女様、信じてるからね!」

「任せろ……って、誰がコッコの勇者だ!」

「ウチもコッコの聖女なの!?」


 二人がツッコんできたところで、リュリュの近くにいたコッコが「コケコッコー!」と鳴いた。


「ほら、コッコも認定してるよ!」

「ぎゃぎゃぎゃっぎゃー!」

「ぐおぐおぐおゅぐおー!」

「ガガガッガオー!」


 ノリのいい守護獣達が、鳴き真似でコッコの勇者と聖女と認定した。


「…………っ」


 虎太郎は久しぶりに真顔で笑っているし、村人達からも笑い声が漏れる。

 和やかな空気が流れたところで、私はひとつ、村の人達にお願いをすることにした。


「あの!」


 声を張り上げると、一斉に周りの視線が私に集まった。

 ひえ……注目されると緊張する……!

 何でもないですー! と言いたくなったが……ちゃんと言わないと!


「犠牲になった人達から奪った時間を返すことはできません。でも、これからできることもあると思うんです。犠牲者達のお墓を作って、残っている遺品は調べて――。できる限り、故郷やご家族の元に帰れるようにしてあげられませんか?」


 私がそう問いかけると、村人達はざわついた。

 犠牲者にはずっと昔の人もいるし、私の提案を受けるのは、やっぱり難しいだろうか。

 そう思ったが……少しすると、多くの人が頷いた。


「……はい。責任を持って、すべての遺品を返せるように力を尽くします」


 代表して、村長さんが私に約束をしてくれた。


「オレが返しに行くよ」

「ウチも」

「……ありがとう。コッコの勇者と聖女がやってくれるなら安心――」

「だから、それはやめろ!」

「だから、それはやめて!」


 二人の重なった声が響くと、さっきよりも大きな笑い声が響いた。


 突然洞窟に放り込まれて大変なことになったけれど、なんとか落ちつくことができてよか――。


「おい」

「……あ」


 ゾンビ達がいなくなり、広くなったところにぽつんと残っている巨体……。


「リ、リヴァイアさん……!!」


 私と同時に、虎太郎と芳三達も「まずい」という顔をした。

 す、すみません……忘れてました!!!!

 ゾンビ達は戻ったけれど、リヴァイアさんは人魚に戻っていない。


「感動的なエンディングを迎えているところに悪いがな!! わしは戻らんのかい!! 一人でも暴れたるぞ!!」

「本当にごめんなさい! とにかく、落ち着いて……!」


 また地団太で地響きを起こしているリヴァイアさんを必死に宥めていると、虎徹が「ガフッ」とおかしな咳をした。


「虎徹? どうしたの?」

「ガウ?」


 虎徹自身もよく分からないようで、首を傾げていたら――。


『チュウ!』


 大きな虎徹の頭の上にちょこんと現れたのは、綺麗な状態のネズミだった。

 君、虎徹の結晶化を治すために吸収されたんじゃなかったの!?


「ガウ!? ガウッ!」


 ネズミと再会できたことを、虎徹が喜んでいる。

 虎徹の中で生きているとは思っていたけれど、こうしてすぐにまた対面できるなんて!

 芳三達や虎太郎も嬉しそうだ。


「チュウ!」


 ネズミも嬉しそうにくるくる回っていたが、虎太郎の頭から飛び降りると、まっすぐにリヴァイアさんの元へ走って行った。


「チュウ~!」

「おまえは……わしが治したった奴か? 消えたんじゃなかったんか?」

『チュウ……うー……にゃん!』

「!」


 ネズミはぴょんと飛び上がると、着地したときには猫になっていた。


「にゃんこ!? 小さい! 可愛い~!」


 ネズミの時とサイズが変わらないから、子猫姿の虎徹よりも小さい手乗りサイズだ。


「子猫の姿の精霊か。すごく可愛いね」

「たまんない~! 可愛すぎる~!」

「ぎゃっ」

「ぐお!」

「ガウ!?」


 メロメロになっているみんなを見て、虎徹がショックを受けている。

 大丈夫! 虎徹だって、大きい時も小さい時も可愛いよ!


 そうやって虎徹に気を取られている間に、子猫精霊がリヴァイアさんにギフトをあげていた。


「お……? おお? おおおお!!」

「?」


 リヴァイアさんは貰ったギフトを早速使ったようだ。


 突然のギフトに、リヴァイアさんの謎のリアクション……。

 虎太郎と私は困惑していたら、リヴァイアさんの体が光を纏い、だんだん小さくなり始めた。

 そして――。


「わしの体が……! 美貌が……! 戻ったああああっ!!」


 美しい人魚の姿に戻った、リヴァイアさんが自分の手や尾ひれを確認して興奮している。


「あの、何が起きたんですか?」

「変身――体を変化させるギフトを貰ったんや! 正確には、わしが元々持っていた能力を進化させてくれたんや! ……精霊のおちびさん、ありがとうな。恩を百倍にして返してもろたわ! あー! やっぱり元の姿は最高や!」


 リヴァイアさんは嬉しそうに飛び跳ねているが――。


「で、でも、この姿だと陸ではまともに動けん……」


 ジャンプして喜びを表現したかったようだが、陸に打ち上げられた魚のようにピチピチしている……。


「金脈、あの気持ちええ水を桶にでもためてくれん?」

「えー……」


 やってあげたい気持ちはあるのだが、「気持ちええ」と言っている時の表情がちょっと気持ち悪いので躊躇ってしまう。


 とにかく、事態は一段落できたので、一旦休憩させて貰いたい。

 花穂の檻を使い続けたし、結構疲れてしまった。

 虎太郎もみんなも休むべきだ。

 そう思っていたら、少し離れたところから、パチパチパチと力強い拍手が響いた。


「素晴らしいです!! 万事解決、さすがです!!!! わたくし、感動いたしました!!!!」


 よく通る声でそう言いながら、ハンカチで目頭を押さえている人を見て驚く。


「え……ツバメさん!?」




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