第29話 ガールズトーク

「あ、このツバメさんは……」

「奥村君?」

「ほら、前に話したけど……って、一色さん! 顔色がすごく青いよ!?」


 虎太郎と共に芳三達も私の顔を覗きにきたが、「ぎゃっ!?」と驚きの声を上げている。


「あー……結構、疲れちゃってるから、かな」


 やっぱり疲労がマックスでふらふらしていると、虎太郎が腕を掴んで支えてくれた。

 毎度ご迷惑をおかけしてすみません……。


「歩ける? 僕が休めるところに連れて行こうか?」

「ううん、大丈夫……」

「ガウッ」


 虎太郎と話していると、虎徹が私にふかふかの背中を近づけてきた。


「虎徹? 背中に乗れって?」

「ガウッ!」

「ありがとう!」


 大丈夫と言ったものの、かなりつらかったので倒れるように虎徹の背中にお邪魔した。

 助かる……ふわふわ天国……!


「ハナ様、ご活躍続きでお疲れでしょう。ゆっくりとおやすみください。村が大変な状況になっておりますが……わたくしも何かとお手伝いできることがございますので、ご安心ください!」


 色々と物資が必要になるだろうから、ツバメさんがいたら心強い。

 ホッとした瞬間に寝そうになった……というか、寝た。


 もっとツバメさんとの再会を喜びたい気持ちはあったけれど、みんなも体力の限界がきていたし、私達はひとまず休ませて貰うことにしたのだった。




 ※




『わたしは……もう……』


 ……?

 誰かの声が聞こえる。

 女性なのか、少年なのか……中世的な声で……。


『またみんなで笑い合いたかった』


 胸が締め付けられそうな、とても静かで悲しい声だ。


『でも……は……まだ間に合う……から……』


 段々声が聞き取りづらくなってきた。


 ねえ、何があったの?

 私にできることはある?

 そう問いかけたいのに声が出ない。

 焦っている間に、姿が見えないあの子が遠くに行ってしまう……!


 ねえ、待って! ――ッ!





「ぎゃ」

「?」


 顔にぺちんと小さな衝撃を受けて目が覚めた。

 長く眠っていたのか、かなり頭がボーッとしているが、おでこに何か軽いものが乗っていることに気がついた。

 少ししっとりしているこの感触と、さっきの鳴き声は……。


「芳三、おはよう」

「ぎゃっ!」


 私を起こそうとして、顔をぺしぺししてた?

 仕返しでちょいちょいと指で突くと、くすぐったいのか「ぎゃっ」とくねくねしながらも尻尾で反撃してきた。

 お? 勝負か? 負けないぞ?


「にゃ!」


 芳三とじゃれていると、可愛らしい子猫サイズの虎徹が近づいてきた。


「その姿に戻ったんだね。虎徹もおはよう」

「にゃ! にゃーん」


 嬉しそうな鳴き声で私の頬にすり寄ってきた虎徹に思わずにやけてしまう。


「は~可愛い~」

「ぎゃっぎゃ!」

「芳三も可愛いよ」

「ぎゃー」


 私は体を起こし、満足そうに喜んでいる芳三を手に乗せる。


「あ……」


 芳三を見ていると、直前に見ていた夢が頭に浮かんできた。

 ほとんど覚えていないけれど、とても胸が痛くなったことははっきりと覚えている。

 それと……。


「芳三。洞窟の中で見た子どものこと、覚えてる?」


 夢を思い出すと同時に、あの金髪の子どもの後ろ姿が頭に浮かんだ。


「ぎゃ?」

「あの子、どうなったのかな。見間違えだったのかな」

「ぎゃー」


 芳三は何も心当たりがないのか、きょとんとしている。

 千里眼を持つ虎太郎が「いない」と言ったのだから、見間違いの可能性が高い気がする。


「あんなところに閉じ込められている子どもがいなかったのなら、よかった…………うわあっ!?」


 ほっとしているところに視線を感じたため、そちらを見たら――。

 ベッドサイドから、こちらをジーッと見ているリヴァイアさんと目が合った。

 美しい人魚姿で部屋の床に座り込み、ベッドに肘をついてる。


「金脈、おはようさん。目覚めたばかりで、心臓に悪い美貌を見せつけてすまんな」

「…………」


 寝ている女の子の部屋に勝手に入っているのは失礼ですよ。

 注意しても「お前のことは金脈としか思ってないから問題ないやろ」とか言われそうだけど……。


「あっ! やっと起きた!? おはようございます! 聖女ハナ様!」

「違います聖女じゃないですっ! あ、おはよう」


 部屋の扉が開き、ミンミが中に入ってきた。

 条件反射で「聖女」を否定した私に、ミンミは笑っている。


 そういえば、ここはリュリュとミンミが家族で住んでいるおうちだった。

 大きな家で、虎太郎と私は空き部屋を借りて休ませて貰っていたのだ。


 窓の外を見たらとても明るい。

 真っ昼間のようだが……。


「やっと起きた、って言ってたけど……私、結構寝てた?」

「ほぼ二日だよ。お腹空くだろうし、そろそろ起こした方がいいよねって言ってたの」

「二日!!」


 今まで丸一日寝ていたことはあったけれど……最長記録更新だ!


「それにしても、聖女って言われるのが嫌だなんて、ハナ様は変だねー」

「様、なんていらないから! え、私って……変、なのかな?」


 ものすごく普通というか、平凡だと思うのだが……。

 首をかしげていると、ミンミは「あはは」と笑いだした。


「変だよ! 村のみんなを守ってくれたすごい聖女様なんだよ? 偉そうにしてもいいのに、態度はすっごく『普通の女の子』なんだもん。変!」


 そんなに断言しないでよ!

 ちょっと傷ついちゃう!


「ねえ、ハナ」

「うん?」


 穏やかな笑顔になったミンミがゆっくりと話し始めた。


「……ウチって、結構体格がいいでしょ? 力もあるし、同年代の女の子よりも強いってことは自慢なんだけど、『か弱くて可愛い女の子』っていうのにも憧れがあったの。だから、『か弱くて可愛い女の子なうえ、強い聖女』のジュリ様に憧れたんだよね」


 洞窟の中で、樹里に憧れているという話を聞いたけれど、そういう理由だったのか。

 私はミンミのスタイルが素敵で憧れるけれど、自分にないものに憧れる気持ちも分かる。

 私も樹里と関わりがない人生を歩んでいたら、可愛くてセンスがいい樹里に憧れていたかもしれない。


「でもね。洞窟の中でハナを見ていて……。今は、ハナのように『自分ができること、するべきことを一生懸命にやりたい』って思うようになったの。だから、ウチの憧れの人はハナだよ!」

「!」


 素敵な笑顔でそう言われ、とっても驚いた。

 私なんかを……!?

 思わず謙遜しそうになったけど、そう思ってくれたことを否定するのも失礼な気がして、しばらくワタワタした結果……。


「えへ……えへへ……」


 ただただ照れ笑いをするだけになってしまった。

 そんな私を見て、「笑い方も変になってるよ!」とミンミが噴き出している。

 そして……。


「あと、好きな人と一緒に旅ができるのも羨ましいなあ」

「!」


 ベッドに腰掛けてきたミンミが、そんなことを耳打ちしてきた。


「ちちちちがっ! 私は、その、奥村君の一ファンと申しますか……!」

「そんな隠さなくてもいいのに。二人、いい感じだし」

「違うの~!」

「青春やな」

「「!」」


 ミンミと二人で、そういえばこの人がいたっけ……と思い出して顔を顰めた。


「魚のおじさん、ウチらの話に入ってこないでよ」

「誰が魚のおじさんや! 美人魚やろがい!」

「見た目で言ってない。平気で女の子が寝ている部屋に侵入するキモさで言ってる。ごめんね、ハナ。このおじさん、放っておくとすぐにここに来ちゃうの。見つけるたびに外に捨てておくのに、戻ってきちゃうの。ほんとキモイよね」

「そうだね……」


 ミンミと冷たい視線を向けると、リヴァイアさんは意外に慌て始めた。


「そ、そんなにあかんかった? そんなにキモい? すまん……でも、わしは人魚――魚やし、とかげと似たようなもんやろ? な?」

「ぎゃ! ぎゃ!」


 芳三が一緒にするな、と抗議している。

 私が魚と言ったら怒るのに、自分から言うのはいいの?

 

「それで……部屋に来ているのは、私に何か用があったんですか?」

「あの気持ちええ水に浸かりたいんや~。わしも色々あって、ほとほと疲れてなあ。あれが腰に一番効くんや~。頼む~」


「構いませんけど、ここではできませんよ? お部屋が水浸しになるので」

「じゃあ、すぐに外に行こう!」


 リヴァイアさんはぴちぴちというか、うねうねしながら移動し始めた。

 上半身は綺麗な人だけど、なんとも言えない気持ちになる。

 それに遅い……外に行くまで、寝ていていいかな?


「ねえ、魚のおじさんは放っておこ? お腹空いたでしょ? 先にご飯にしようよ」

「ありがとう!」


 実はお腹がぺこぺこで、地震のような音を鳴らさないかひやひやしていたところだ。

 リヴァイアさんには悪いけど、私のお腹を優先させて貰います。

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