第22話 正義と悪

「こうして出入り口がなくなったのか……」

「そうみたいだね……」


 塞がった出入り口を見て、呆然としている村人達の背中を見ていると、またネズミ達が現れた。

 ネズミ達の存在に気がついた村人達が、地面に伏して懇願する。


「精霊様、ここから出してください!」

「これからは毎日ここに来て守護獣様に祈りを捧げますから!」

『ダメ。人間、嘘ツキ。ずっと、ココにイロ』

「…………っ」


 黒くなったネズミ達は意思疎通も難しくなってきたのか、話し方も拙くなってきた。

 それが余計に不気味さを増している。

 村人達も怯えて絶望の色を纏っていたが、村人の一人――四十代くらいの小太りの男が立ち上がった。


「か、代わりの者をたくさん連れて来ます! だから、我々は帰して貰えませんか!?」


 男の言葉に、残りの村人達が驚いている。


「お、おい……代わりなんて……誰を……!? しかも、『たくさん』だなんて……」

「ポータルから来た、ならず者達がいただろう? あいつらを代わりにしよう!」

「! そうか、あいつらがいたか……」


 村人達は驚いてはいるが、どこか納得している様子だ。


「でも、あいつらは柄が悪く見えるが特に悪さはしていないし、冒険者じゃ……」

「冒険者もゴロツキも変わりはしないさ! それとも、おまえはずっとここにいるつもりか!?」

「い、いや……それは困るが……」

「じゃあ、決まりだな?」


 迷っている様子はあったが……村人達は顔を見合わせて頷いた。


「……よし。精霊様、ここにいる人数より、たくさん連れて来ます! だから、我々はここから出してください」

『…………』


 精霊は黙っていたが、しばらくすると答えた、


『……出スノお前ダケ。代わりガ来たら、残りモ出してヤル』

「!」


 男は困惑していたが、これ以上ネズミ達の機嫌を損ねることを恐れたのか了承した。


「わ、分かりました……」

「……お、おい。頼むぞ? 必ず俺達も出してくれよ……!」


 村人達も大人しく待つと覚悟したようだが、男に念を押している。


「大丈夫だ。あとは俺に任せろ」


 男は残される村人達と少ない言葉を交わした後、改めてネズミ達の前で姿勢を正した。


「で、では……外に出て、代わりを連れて来たいのですが、どうやって出れば……?」

『コレ、持って行ケ』


 ネズミの言葉の直後、見覚えのあるものが現れた。

 男の前でぷかぷかと浮かんでいるそれは――。


「あ」


 短く声を出したリュリュが、自分の首に掛かっているペンダントの石を見た。


「……それと一緒だね」

「…………」


 私の言葉に、リュリュはまた顔を顰めた。

『守護獣の審判を受けさせるため』に必要なものだとされていたが、真実は『村人の身代わりを連れてくる時に貰ったもの』だったのか……。


「…………っ」


 リュリュの顔が更に険しくなる。ミンミも悲しそうな表情だ。

 虎太郎と私は、そんな二人にどう声をかけていいのか分からなかった。


 男が石を掴むと、一瞬で男の姿が消えた。

 この洞窟を出たようだ。

 すると、ネズミ達も残った村人達の前から姿を消した。


 そこからまた風景が流れ――時が流れた。


 そして、突然十人程の男達が洞窟内に現れた。

 小太りの男が身代わりにすると言っていた冒険者達だろう。

『ならず者』だと言われていたが、確かに強面の男達だし、ちょっと人相が悪くて近寄りがたさはある。

 でも、見た目だけで悪人なのかどうかは分からない。

 冒険者達は状況が分かっていないようで、キョロキョロと周囲を見回している。


「や、やっと代わりが来た……精霊様! 俺達は戻してください!」

「早くここから出してくれっ!」


 数時間しか経過していないと思ったのだが、残っていた村人達の様子を見ると、数日は経っている感じがした。


『…………』


 スッと現れたネズミ達は、残されていた村人達と冒険者達を確認している。

 しばらくすると、残っていた村人達の姿が消えた。

 代わりとして認め、外に帰したようだ。

 そして、ネズミ達もまた姿を消したため、この場に残ったのは冒険者達だけになった。


「宝があると聞いて来たが……嵌められたようだな」

「え?」

「さっきのくたびれた男達が『代わりが来た』と言っていただろう? 立地の割には裕福な暮しをしている村だったから、宝の話を信じてしまったが……迂闊だったな。精霊を相手にしないといけないようだから厄介だ」


 冒険者達のリーダーっぽい人が、冷静に状況を判断している。


「さっきの村人達はここから出られない様子だったが……。とにかく、出口がないことも想定して、色々と備えながら出口を探そう」


 それから、また流れるように景色が代わっていった。

 その途中で、冒険者達が出口を探しながら生活している様子が見られた。

 魔物を倒して食料を得たり、意思疎通が難しくなっているネズミ達と粘り強く交渉したり、何とか出る方法を模索している。


「やっぱり、悪い人達じゃないよね?」

「そうだね。全員がちゃんと役割を持って、それを果たしながら動いている。冒険者として優秀な人達だと思うよ」

「「…………」」


 リュリュとミンミはずっと暗い表情で、冒険者達を見ている。


 しばらく冒険者達の様子が断片的に流れたが――。


『もう疲れた……』

『いつになったら出られるんだ……おれ達はここで死ぬのか……?』


 脱出を諦めずに頑張っていた冒険者達だったが、段々生気を感じられなくなっていった。

 どれだけ月日が流れたのか分からないが、数年は経っているだろう。

 彼らの服装がボロボロになり、心身共に弱っていく様子を見るのがつらい……。

 思わず目を背けてしまったが、あることに気がついてしまった。

 料理をした開けた場所にあった冒険者達の亡骸……そこに残っていた装備品の残骸――。


「奥村君……あの人達って、ご飯を作った時に――」


 虎太郎はすべてを言わなくても分かってくれたようで、悼むような表情で頷いた。

 どうやら、彼らは結局生きてここを出ることができなかったようだ。


 リュリュとミンミも私達の会話で気がついたようだ。

 料理をしようとした時、二人は「悪人を弔うことはない」と言っていたが……。

 今の表情を見ると、もうあんなことは絶対に言わないだろう。

 二人にとってはつらいことばかり見ることになって心配だ。


 誤解でここに入れられた身としては、「それ見たことか!」と思う部分もあるけれど……。

 こんなに立て続けにショックな事実を知ってしまうなんて、やはりダメージが大きいはずだ。

 

 そして、まだ景色は流れていくが――。

 もう動いている彼らを見ることはなかった。


 それからまた、しばらく静かな洞窟の景色が流れていたが、突然一人の男が現れた。

 あれは……「身代わりを連れて来る」と提案をした村の男だ。

 年をとったのか、今は五十代くらいにみえる。


 どうして自分から危険な洞窟に入って来たのだろう。

 また出られなくなったらどうするの?

 そう思っていると、男は「精霊様!」とネズミ達に呼びかけ始めた。

 すると、男の近くにスッと大きなネズミが姿を現した。

 それに気づいた男が、すぐに地面に平伏す。


「精霊様……! ご無沙汰しております! 本日はお願いがあって参りました!」

『…………』


 ネズミは返事をする気配がない。

 しばらく反応を待っていた男だったが、待ちきれなくなったのか話し始めた。


「実は……村の加護がなくなってしまいまして……。再び暖かい風の加護を頂きたく、お願いにあがりました」

『人、イナイ。風、シナイ』


 すぐに返事があったことに驚いている男だったが、ネズミの言葉の意味を理解すると呟いた。


「そうか、あいつらが死んだのか。……というか、加護がなくなる最近まで生きていたのか? もうとっくの昔に死んだと思っていたなあ」


 彼らをここに入れて命を奪った張本人なのに、他人事のように呟いているというか……。

 最近まで生きていたことに感心しているような態度に怒りが湧く。


「この人、さっきのゾンビの群れに放り込んでいいと思う!」


 思わずつぶやくと、「ぎゃっ」「ぐおっ」と了承する返事がきた。

 守護獣様の許可を貰えたので、実行してもいいんじゃないかと思ってしまう。

 ゾンビに囲まれても私は助けないから! 自力でがんばってください。

 私達がそう憤っている間に、男はびっくりする話を進めていた。


「また、人を入れたら加護を頂けますか?」

『人、イル。風、スル』

「! ありがとうございます! また人を入れますので、よろしくお願いします!」


 ……はあ!?

 平気な様子で新たな犠牲者を生もうとしている男を見て、大人しく見ていられなくなった。


「あいつ、何とかできないのかな!?」


 過去のことで干渉できないと分かっているけれど、このまま何もできないのがもどかしい……!


「残念だけど、やっぱり僕らは何もできないと思う……」

「ぎゃ……」

「ぐぉ……」


 芳三と諭吉も、何もできないことに申し訳なさそうにしている。


 男はまた「たくさん人を連れてくる」と約束し、ネズミによって洞窟から出て行った。


 そこからまた景色が流れ始めたが、男は本当に次々と人を送り込んで来た。

 やはり村人ではなく、外部から来た人を選んでいるようだった。


「ここから審判のために洞窟に放り込む、という流れができたのね……。でも、身代わりを入れるというのが、どうして『審判』なんて話になったのかな?」

「……表向きや受け継ぐ人達のことを考えて、自分達に都合のいいように変えたのかもしれないね」


 リュリュ達を気づかって、虎太郎はこっそりと答えてくれた。

 確かに、その可能性が高い気がする……。


「こんなの嘘だ……オレ達は『悪人』を裁いていたんじゃないのか!」

「!」


 抑え込んでいた感情が爆発したのか、リュリュが突然叫び出した。


「オレ達の村は守護獣様に審判を任されたんじゃないのかよ! こんなの……こんなの正義じゃない! これじゃ、オレ達のほうが悪じゃないか!」


 リュリュがそう叫んだ瞬間――。


「…………っ!?」


 視界が急に真っ白になった。

 そして、息が苦しくなり……。


「ぶはっ!」


 どう動いたのか分からないが、バタバタ動いている内に息ができるようになった。

 そして、ふわっと体が浮いたと思ったら、大きな諭吉の甲羅の上にいた。


「一色さん、大丈夫?」

「あ、奥村君……」


 どうやら水の中にいた私を、虎太郎が抱きかかえて助けてくれたようだ。

 下ろして貰い、甲羅の上に立ちながら周囲を見ると、湖にゾンビの大群がいた。


「一色さん、元の世界に戻ったみたいだよ」

「そうみた――……!?」


 突然ピキッ! という大きな何かが割れそうな音がした。

 それは湖の小島の方で……。


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