第21話 村人達


 この泣き声……精霊のネズミだ!


「あの子達、虎徹の涙から生まれた精霊だったのか」


 虎太郎の呟きに頷く。


「だから虎徹を守ろうとしていたんだね」


 黒くなってしまっていても、子が親を守るような気持ちだけは忘れていなかったのかと思うと胸が痛い。


 生まれたネズミ達は虎徹を取り囲み、心配そうにみつめている。

 でも、虎徹はそれに構わず、まだ涙を流し続けている。


 ――さみしい……あいたい……


『守護獣様、泣かないで』

「! これは……ネズミ達?」


 ネズミ達の鳴き声に乗って思いが伝わってくる。

 言葉は発していないのだが、明確に意思が分かる。


「奥村君にも聞こえた?」

「うん。テレパシーみたいなものなのかなあ」


『どうしたら守護獣様は悲しくないの?』


 ネズミ達が話し掛けているが、虎徹は答えることはない。

 心配するとネズミ達と泣き続ける虎徹――。

 なんとかしてあげたいけれど、過去のできごとを見ているだけの私達には何もできない。

 苦々しい気持ちで見守っていると、近づいてくる気配があった。


 そちらを見ると、老若男女、様々な十人程度の集団がこちらに向かってやって来ていた。

 近くに住んでいる人達なのか、荷物などはなく身軽だ。

 リュリュ達の村から来た人なのかと思ったが、白と黒を基調にした服ではないので別の村から来たのかもしれない。


「守護獣様。世界を平和にしてくださってありがとうございます」


 どこかの村人達は、湖の外側からだが、虎徹に向けて感謝の祈りを捧げ始めた。

 みんな熱心に、心から感謝するように祈っている。


 ――人間だ。勇者様と聖女様と同じ人間……。


 村人達に気づいた虎徹が泣き止んだ。

 そして、まるで何事もなかったかのように澄ました凛々しい顔になる。

 そんなちょっと見栄っ張りな虎徹が可愛くて、虎太郎と私は思わず顔を見合わせて微笑んだ。


「ぎゃ」

「ぐぉ」


 芳三と諭吉もおかしそうに笑っている。


『守護獣様は人間が好きなんだ……』


 虎徹が泣き止んだことで、ネズミ達は村人達に興味を持ったようだ。

 少しすると、祈り終えた村人達は来た道を戻って行ったのだが、ネズミ達がそれを追いかけた。


 それと同時に私達の視界も変わり、ネズミ達と帰って行く村人を映し出した。


『人間』

「!? 精霊様……?」


 ネズミ達に呼び止められ、驚いた村人達が足を止めた。

 そして、敬うように跪いてネズミ達に向き合った。


『人間。帰るな。ずっとここにいて』


 精霊であるネズミの言葉に、村人達は顔を強張らせた。


「そ、それはなぜ……」

『守護獣様、寂しい。人間いたら、寂しくない』

「……守護獣様が……?」


 村人達は顔を見合わせて戸惑っている。

 

「確かに、こんなところにひとりぼっちだと寂しいよね」


 十代前半くらいの少年のつぶやきに、大人達は言葉なく頷いた。


「でも、なあ……」


 村人達は気まずそうな表情で、姿勢を正してネズミ達に話しかけた。


「守護獣様のお力になりたいですが……それはできません。我々にも暮らしがありますから、生きるためには働かなければいけないのです」


 言葉を選び、慎重にネズミ達の誘いを断っているのが分かる。

 精霊だから、怒らせてしまうと何かよくないことが起こるかもしれないと危惧しているのだろう。


『人間、ここで働けばいい』

「我々の家や畑は村にありますから、ここで働くことはできないのです。この山の寒さは厳しいですし、常に村の様子を見ておかないといけませんので、こちらに頻繁に来ることも難しく……」

『人間、暖かいと守護獣様に会いに来てくれる?』

「はい……?」


 村人が首を傾げた瞬間、彼らの回りを柔らかい風が包んだ。


「これは……風が暖かい……!」

『ずっと暖かい、あげる。これでいっぱい来てくれる?』

「え? いや、我々が暖かくても、村や畑の心配がなくなるわけではないので――」

「精霊様! 我々の住む村にこの風を与えて頂くことはできますか!?」


 今まで話していた男ではなく、他のおじさんが身を乗り出して来た。

 村人達の視線を浴びながら、立ち上がってネズミ達の前に出る。


「村の環境が良くなれば、わしらはもっと守護獣様に尽くすことができます!」

『もっと? たくさん人間来る?』

「はい!」

「おい、精霊様とそんな約束をして大丈夫か?」


 成り行きを見守っていた村人達が、こっそりとおじさんに話しかけた。

 おじさんは精霊に気負いしている村人達とは違い、自信満々に話し始めた。


「この暖かい風が村を包んでくれたら、作物も育つし、家畜だって飼える! 代わりに交代でここに来ればいいだけだなんて、こんな美味しい話を逃す手はないぞ!」


 少し不安げな面々だったが……。


「確かに……この風が村を包んでくれたら、暮らしがかなり良くなりそうだ……」


 最終的には全員が頷いていた。

 村人達とネズミ達の間で話がまとまったようだ。


「もしかして……このおっさん達って、恰好は違うけどオレ達の先祖か?」


 私も思っていたことをリュリュが呟いた。

 服装が似ていないから違うと思っていたけれど、暖かい風の加護を貰ったということは、やっぱりそうだよね?


「ウチらの村の加護って、守護獣様がくれたんじゃなくてこのネズミ精霊がくれたものだったの?」

「…………」


 ミンミの質問にリュリュは答えない。

 守護獣に加護を貰っているということに誇りを持っていたようだから、今は複雑な想いなのだろう。


 景色はまた変化を始め、虎徹の姿が見える湖に戻った。

 だが、流れるように景色が変化していく――。


 移り変わる中で、村の人達が訪れ、虎徹が喜んでいる様子が見えた。

 加護を与えられた村人達は、約束を守っているようだ。


『守護獣様、寂しくない。よかった』


 私達も虎徹が嬉しそうでよかったと思ったのだが……。


「奥村君、ネズミ達……なんだか黒くなってきているような気がするんだけど……」

「……そうだね」


 透き通った美しい体をしていたのに、時が流れるにつれて濁っていく――。


「守護獣様、精霊様。我らはずっとおそばにおります。ですから――」

「もっと恵みを!」

「恵みを――!」


 村人達の声と共に、どんどんネズミ達が黒くなっていく。

 その頃には、村人達は見覚えのある恰好をするようになっていた。


「守護獣様、我らはあなたの『子』のような存在です。どうぞ、これからもお守りください」


 リュリュやミンミが着ている白と黒を基調にした服を身にまとった男が、虎徹や精霊の前で微笑んでいる。

 私にはその笑顔が歪んだものに見えて――。


(守護獣様の加護があれば、楽に作物が育つ。質も抜群で、余った分を外で売ればいい金になった)

(もっと加護を貰わなければ。もっと稼げるはずだ)

(欲しいものがたくさんある。金が足りない……金が欲しい……!)


 村人達の心の声が聞こえてくる……。

 以前、リヴァイアさんが言っていた言葉が蘇ってきた。


『ネズミの黒い子は、人の悪いものをしこたま吸うてしもうたんや』


 村人のこの『欲』に触れたせいで、この子達は黒くなっていったのだろう。


 しばらくすると、結晶化が進んだ虎徹は、村人達に反応しなくなった。

 すると――。


「守護獣様はもう悲しんでおられないようだ」


 村人達が湖までやって来る回数が減っていった。


『…………』


 すっかり黒くなってしまったネズミ達だが、ずっと虎徹の回りにいる。

 だが、ネズミ達も自我が薄くなっているのか、たまに訪れる村人に反応しなくなっていった。

 それが更に村人達の足を遠ざけた……。


「もう、ここには来なくてもいいかもな。守護獣様もあの様子だし、精霊様は真っ黒の化け物みたいになってしまった。話し掛けても何も言わないし……」

「加護は消えていないのが助かる。その上、ここにも来なくてもいいなんていいこと尽くしだ!」

「違いない。ここまで来るのは大変だったからなあ。はははっ」


 村人達の話し声に、虎太郎と私は思わず顔を顰めた。

 ……なんて自分勝手な人達なのだろう。

 散々恩恵を受けてきたのに、虎徹に会いに来るのをめんどくさがっている様子に腹が立った。


「これが本当にオレ達の先祖なのか? こんな浅ましい奴らが……?」

「…………」


 私達だけではなく、リュリュとミンミも険しい顔をしていた。

 先祖ということで私達よりも関りがある分、大きなショックを受けているようだ。


「じゃあ、帰って酒盛りでもするか!」

「そうだな!」


 村人達が意気揚々と帰ろうとしたその時――。


『ずっと守護獣様と一緒にいろ』

「…………? ……ひっ!?」


 振り返った村人達が見たのは、融合して巨大な塊になっていくネズミ達だった。

 どんどん大きくなっていき……しばらくすると、見覚えのある大きな黒いネズミになっていた。


「ば、化け物だ……本当に化け物になっちまった!!」


 村人達は怯え、腰を抜かしている者もいる。


「に、逃げろ!」


 誰かの叫び声を皮切りに、村人達は走り出したが……。

 それと同時に、大きな地響きが起きた。

 私達には何の影響もないが、村人達は立っているのがやっとだ。

 少しすると地響きは収まり、我に帰った村人達が出口に向かって駆け出した。


 だが――。


「い、入り口がない……塞がっている!!」


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