第12話 聖女気取り? ※樹里

 波花と虎太郎君がいなくなり、樹里達もポータルを使って城に戻った。

 魔塔長のレックス様は、興奮気味に二人を捜すといってどこかに行ってしまった。

 二人の所在が分からないことで、クリフさんはずっと胃を押えているし、周囲にも焦っているような空気が流れている。

 まるでコウや樹里のことなんていないみたいに、みんな波花と虎太郎君のことばかり気にしている。


 まただ……また波花の幸運に樹里のものを奪われた!

 たまたま虎太郎君と一緒にいたから、色々教えて貰えただけのくせに!

 城に戻ったら、また樹里の味方を作らないと……。


 与えて貰っている部屋に戻り、メイドの顔ぶれを見たが、やっぱり仲良くなった最初のメイド達はいなかった。

 今、身の回りにいるメイドや城の人達は、機械のような対応しかしない。


「明日からがんばろう……」


 起きていると、活躍していた波花のことを思い出して腹が立つ。

 たくさんの人を守ることができる美しい魔法……あれは樹里に相応しい。

 地味な波花なんかには似合わないのに!


「……やっぱり寝よ」


 苛々するのはお肌にも悪い。

 メイドに用意させた、花びらを浮かべた綺麗なお風呂に入ってリラックスできたし、このまま寝よう。

 コウにもちゃんと、話をしなきゃ……。


 ※


 一晩明け、頭をすっきりさせたところで、改めてメイド達と仲良くなるように努めた。

 でも、どれだけ優しく接しても素っ気なく返されるし、お茶に誘っても乗ってくれない。

 メイド以外の人達も同じような反応だった。

 以前は樹里が話し掛けると笑顔で答えてくれたのに、今は腫れ物に触るような感じ……。

 居心地は最悪だ。


「何よ、感じ悪い……。誰も話に乗って来ないから暇だし……」


 クリフさんからは、「後日お呼びするかと思いますが、それまではご自由にお過ごしください」と言われている。

 今まであれこれと世話を焼いてきたり、守護獣に会せたり、魔法を教えて来たりしていたのに……。

 何もしないのは「もう期待していない」ってことなの?


 王子様に会いに行ったけれど、知らない人にやんわりと追い返された。

 途中で王子様の婚約者だというあの嫌な感じの令嬢がいて、一瞬目が合った。

 こちらを見て「くすっ」と笑っているようだったから、思わず怒鳴りに行こうかと思ったけど、樹里の方が悪く言われそうだから我慢した。


 あー……ストレスが溜まる! 可愛いカフェにいきたい!

 異世界に来て、お姫様みたいになれると思ったのに……日本に帰りたくなってきた。


「……はあ。コウに会いに行こ」


 お互い気まずくなってしまったけれど、話し合ったらなんとかなるはず……。

 コウだって味方が欲しいはずだ。

 早速部屋を訪ねたけれど……いない。

 仕方ない、探しに行こう。


「あ、クリフさんっ!」


 廊下を歩いていると、正面からとてもくたびれた様子のクリフさんを発見した。

 意外に偉い人だし、やっぱり味方にしたい。

 モテなさそうだし、押しに弱そうだからいけるだろう。

 近くまで駆け寄ると、俯いていたクリフさんが顔を上げた。


「これはこれは……カハラ様……」


 わあ……目の下のクマがすごい……!

 第二王子に続き、王様も帰って来たそうだし、色々大変なのだろうか。


「疲れていますね……」

「ええ……おかげさまで……」

「え?」


 おかげさま? 樹里のせいで、疲れているってこと?

 思わず顔を顰めると、クリフさんが目を見開いた。


「…………はっ! 私、今なんて言いました!? すみません、口が勝手に動いていました……!」


 クリフさんが目を見開き、狼狽える。

 ひどいことを言われたと、泣いて見せようかと思っていたけれど、クリフさんの様子がおかしい。

 疲れすぎて壊れちゃったのかな……ちょっと怖い……。


「あ、あの……お大事に……」

「はい、おやすみなさい……」

「?」


 限界突破していたクリフさんから逃げ、再びコウを探し始める。

 魔法の訓練もないはずだけれど、外にいるのだろうか――。


「ほんとに、あの異世界人のせいで仕事しにくいっていうか……息苦しいったらないわよ!」

「!」


 突然聞こえてきた女の子の声を聞いて足が止まる。

 周囲を見回してみると、植木の向こうに三人のメイドが休憩している姿が見えた。

 見覚えがある顔……樹里の部屋にも出入りしている子達だ。

 今、異世界人の話をしていたけれど……もしかして……?


「あの子のせいで、あたし達まで厳しい目で見られているのに、まだ自分が聖女って顔で話して来るから腹立つわね」

「!」


 やっぱり、樹里のことだ……!

 樹里のせいって何? よく分からないけれど、悪く言われていることは分かる。


「こら、そういうことを言わないの! 聖女様だろうが異世界の平民だろうが、私達は与えられた仕事をきっちりこなさなきゃいけなかったの! それなのに、前の子達が中途半端な仕事しちゃったから……。厳しい目でチェックされても仕方ないわよ」

「それはそうだけど……。はあ、もうあの聖女気取り、城から出て行ったらいいのに……。本物の聖女様のお世話をしたいわ」

「私は本物の勇者様のお世話がしたーい」

「だーかーら! そういうことを言わないの! それでなくても、陛下もお戻りになって、城中ピリピリしているんだから。気を抜いちゃだめよ」

「分かっているわよぉ。休憩中ぐらい愚痴ってもいいじゃない~」


 会話のすべて理解することはできないけれど、樹里と仲良くしていたメイド達のせいで、この子達は迷惑しているようだ。

 だからって、樹里がただのメイドにこんな風に悪口を言われるなんて……!

 これも全部、波花のせいよ!


「はあ……この様子じゃ、城の中に樹里の味方は作れそうにないわね」


 メイド達に見つからないよう、樹里はこっそりとその場をあとにした。


「コウ……」


 やっぱり樹里の味方はコウしかいない……コウを探そう……。

 なおも外で探し回っていると、城の外れでランニングしているコウを見つけた。


「コウ! ……何も言われていないのに、走っているなんて偉いねっ」


 呼びかけて近寄ったが、コウはちらりとこちらを見ただけで反応してくれない。

 樹里のことは無視するつもりのようだ。

 ムッとしたけれど堪え、追いかけながら話し掛ける。


「ねえ、コウ。樹里達、すれ違いがあるよね……」


 波花なんかをそばに置こうとしたことは許してあげるから、仲良くしよう?

 樹里の呼びかけにコウは足を止めた。


「樹里のあざといところ、知っていたけどさ。そういうところも賢いな、って思っていたけれど……ただの嫌な女だったんだな」

「! そんな……ひどいよ……!」


 今までずっと「可愛い」と言ってくれていたコウから信じられないことを言われ、カッとなった。

 でも、怒るより悲しんで泣いた方が、コウには効くはず……。


「……泣き真似とか、そういうのはもういいから。俺のこと好きっていうのも、嘘だったんだろ?」

「…………っ! そんなわけないじゃん!」


 妙に落ち着いた様子で樹里を責めるコウに焦る。


「俺、このままダサい奴だと思われるのは嫌だから。……俺に恥かかせやがって、あの根暗……絶対に許さないからな」


 そう呟くコウから、悔しさがにじみ出ている、

 コウも樹里のように、周りの態度が変わったことに傷ついて、怒っているのかもしれない。


「ねえ、コウ。樹里のことは許さなくていいよ。でも、一緒に力を合わせよう?」


 落ち着いて説得してみるが、コウの表情は険しいままだ。

 どうしたら…………あ、そうだ。


 樹里は王子に渡された『呪水』のことを思い出した。

 あれを使って、今度こそ成功させれば、樹里達が虎太郎君を操れる……?

 王子様はあの令嬢を選んで、樹里を切るかもしれないし、コウに話してみてもいいかも……。


「ねえ、コウ……実は……」

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