第13話 暗闇探索

「どうしようか、芳三……」

「ぎゃ……」

「下手に動かない方がいいかなあ」


 しゃがみこみ、芳三の尻尾の青い炎に近づく。

 明りに近づくと少し落ち着く……。

 でも、今の私の状態は、暗闇に青白い顔が浮かび上がっていてホラーになっているだろう。

 虎太郎には絶対見られたくない。


「奥村君達を探したいけれど、迷子の鉄則は『動かない』よね」

「ぎゃー」


 でも、虎太郎には千里眼があるし、移動しても大丈夫かな?

 改めて暗闇を見ると、また不安が押し寄せてきた。

 虎太郎がいないと、こんなに心細くて寂しいだなんて……。

 ついさっきまで一緒にいたのに、もうずっと会っていない気がする。


「フィッシュアンドチップスを食べていたところだったのにな」


 虎太郎が美味しそうに食べるところを見るのは、私にとって最高のご褒美なのに!

 もっと堪能したかった!

 あのでかネズミめ……あっ!


「あいつ、近くにいるのかな!?」


 今更だけれど、周囲を見て警戒した。


「ぎゃ」


 そんな私とは違い、芳三は何も気にしていない。

 今は危機を感じていないようだ。

 落ち着いてみると、私も悪い気配は感じなかった。

 でも、大きなネズミはさっきも突然現れたし、油断しないようにしよう。


「芳三、何かに気がついたら教えてね?」

「ぎゃぎゃっ!」

「頼もし過ぎる~」

「ぎゃっ! ぎゃっ!」


 芳三のおかげで勇気が湧いたので、少し周りを探索してみることにした。

 虎太郎に頼っているばかりじゃなくて、私もしっかりしないと……!


「ぎゃ!」


 芳三が尻尾に青い炎で足元を照らし、誘導してくれる。

 凸凹した岩肌に躓かないように気をつけて歩く。

 ネズミが来るかも! と思うと、怖くてへっぴり腰になってしまうが、誰にも見られていないから気にしない。

 かっこ悪くても進んでいるのだから、私はえらいのだ。

 心が折れない様に、どんどん自分を褒めていこう。

 この一歩が虎太郎達との距離を縮めていると思うと、立ち止まらずに行ける。


「ねえ芳三、魔物とか出てくるのかなあ」

「ぎゃ」

「うんうん、今のところいないのね? よかったあ」


 話し相手がいるから、かなり救われている。

 こんな暗闇で一人だったら、本当に途方に暮れて――。


「ん?」

「ぎゃ?」


 私と芳三は、前方に気配を感じて足を止めた。


「……誰か……いる?」

「ぎゃ……」


 ジーッと見ていると、暗闇の中に一つ、蛍の様な光が現れた。

 小さいけれど、一番星の様に美しく輝く光――。

 金色に光る小さな光はふらふらと飛び回っていたが、段々遠ざかっていく……。


「何だろう、あれ…………あ!」


 動き回る光が一瞬、小さな人影を映した。


「え、今の……子どもだったような……」


 小学校低学年くらいの背丈で、金髪の後頭部が見えた気がする。

 子供らしき人影は、光と共に奥の方へ行ってしまった。


 こんなところに子どもが一人でいるなんておかしい。

 ただの子どもじゃない、魔物? 罠?

 普通の子どもなら、一人でいるのは危ないから一緒にいた方がいい。


「ど、どうしよう、芳三! 追いかける!? やめとく!?」

「ぎゃ!」

「悪い感じはしなかったよね!? 本当に子どもなら、助けてあげないと……! 万が一魔物だったら、私が魔法で何とかすればいいんだ……うん!」

「ぎゃ!」


 気合を入れる私に、芳三も尻尾を振って「やってやるぞ!」と見せてくれた。

 あ、尻尾を振ると明かり代わりの火が消えそうだから困るっ。


「じゃあ、行くよ!」

「ぎゃぎゃー!」


 暗闇だから距離感が掴めないが、蛍の様な光もまだ見えているし、追いつける距離だと思う。

 へっぴり腰が完全に抜けないけれど、足元に気をつけながら駆け足で進む。

 私とは違い、軽やかに進む芳三のあとを必死について行きながら、しばらく進んだが……。


「全然追いつかないね!?」

「ぎゃー!」


 光はふよふよゆっくり動いていて、私達の方が早く進んでいるように見えるのに、中々距離が縮まらない。

 芳三は追いかけっこをしていつもりなのか楽しそうだが、私は息も上がって来たし、足が限界に近い。

 本当にただの子どもなのか怪しくなってきたけれど、時折見える人影の背丈はやはり小さい。

 私達のように、悪人じゃないのにこの場所に入れられた人なら大変だし、話を聞かないと……。


「あ、止まった!」


 動いていた光が動かなくなった。

 そして、その近くの岩壁には、佇む小さな影が映っている。


「芳三、今のうちに追いつこう!」

「ぎゃ!」


 ガクガクしそうな足を必死に動かし、ラストスパートをかけるように全力を出した。

 やっと光との距離が詰まり始め、佇む人影の後ろ姿も見えてきた。

 やはり金髪……ショートカットだ。


「君! どうしてここにいるの! 一人でいると危ないよ!」


 声が届きそうなところまで近づいたので呼びかけたが……反応はない。


「ねえ! 私は怪しい者じゃな――。…………っ!?」

「ぎゃっ!?」


 浮かぶ光と子どもまで、あと十メートルくらいのところで、突然私達の視界が真っ白になった。

 思わず足を止め、目を閉じた。


「何これ!? 何が起こって……あれ?」


 眩しいけれど、様子を見ようと恐る恐る片目を開けると、一瞬で周囲の景色が変わっていた。

 暗闇は消え、光る氷の洞窟内に戻っている。

 突然明るくなり、光りに慣れない目がつらいが、あの子どもを探さないと……!

 芳三と辺りを見回すが――。


「あの子……いないね?」

「ぎゃー?」


 芳三と周囲をよく見回してみたが、浮かんでいた光も子どももいなくなっていた。


「消えた?」

「ぎゃ……ぎゃ!」

「え? …………あっ!」


 何か見つけた芳三が示す場所を見ると、誰かが倒れているのが見えた。

 まさか、あの子ども!?

 大変だと近づいたが……。


「あれ?」


 何だか違和感がある。

 倒れている人物は、私より小柄ではあるが、さっきの子どもより大きいような……。

 この人、あの子じゃない?


「う……」

「!?」


 蹲って倒れていた人が、苦しそうな声を出しながら上を向いた。


「え!? 顔がお魚!?」


 体は人だが、頭部が完全に魚だった。

 サバとかアジとか、青魚っぽい……!


「魔物!? やだ、あっちに行ってーっ!! 『流水!』」


 魔物が出たら私が何とかするんだ! と意気込んでいたのだが、いざ本当に魔物が出ると焦った。

 とにかく離れなきゃ! と思った私は、とっさに『流水』を使った。

 私の前に現れた大量の水が激しい水の流れを起こし、倒れていた魔物を奥へ運んでいく――。

 

「! ぎゃっ! ぎゃぎゃ!」

「え?」


 芳三が「あっ、だめ!」という感じで鳴いた。


「え!? 流れていっちゃったけど……も、もしかして、魔物じゃなかった?」

「ぎゃ……」

「そ、そうなの!? でも、お魚だったよ!?」


 あ、でも、ツバメさんも翼があるし、お魚の人がいても不思議じゃない……。

 私はとんでもないことをしてしまった! と、血の気が引いた。


「大変……助けにいかないと!!」

「ぎゃっぎゃっ」


 私よりも早く動ける芳三の先導で、流してしまった人の元へと向かう。

 思っていたよりも流されていて、百メートルほど先に倒れている姿を見つけた。


「ぎゃ!」

「うん。すぐに魔法をかけ――。…………!?」


 倒れていた人が、突然むくりと上半身を起こした。


「びっ…………くりした……」


 生きていたことはよかったけれど、驚きで心臓が止まるかと思った。

 ばくばくする心臓を落ち着かせていると、魚の人がこちらを見た。

 何を考えているか分からない、まん丸な目が怖い……ぎょぎょ……。


 静かに見つめ合っていると、魚の人が急に大声を出した。


「なあ! さっきの水、もっかいやって!」


 そう言うと、私に向かって飛びついて来る――。

 ええええ……!!


「近づかないで〜! あっ」


 焦った私は、ついまた『流水』を使ってしまった。

 さっきより威力は弱いけれど、再び魚の人が流れていく――。


「ぎゃ……」

「芳三、どうしよう! また流しちゃったっ! あのっ、ごめんなさい!!!!」


 慌てて十メートルほど先で倒れている魚の人の元に駆け寄る。


「きっ……気持ちいい……」

「えっ、気持ち悪い……」


 なぜか恍惚とした表情で倒れている姿を見て、思わず言ってしまった。

 でも、私は加害者なのに、暴言まで吐いてしまうなんてすみません!

 本当に申し訳ないけれど――。


 変態の魚にしか見えなくて気持ち悪いよ~!


(奥村君、助けて~~!)


「ん?」


 心の中で虎太郎の名を叫んでいると、魚の人は私の手首に目を止めた。


「あれ、あんた。そのリボン……」

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