第11話 一色さん

「一色さん!?」


 突然現れた黒いネズミが重なった直後――一色さんが消えた。

 助けようと伸ばした手は、虚しく空を掴んでいる。

 間に合わなかった……まずい……何とかしなければ……!

 焦りで一瞬頭が真っ白になったが、落ち着け……! と、拳を握る。

 下手な行動を取ったら、取り返しがつかなくなるかもしれない!


 一色さんに飛びついていた芳三もいなくなっているから、恐らく一緒にいるだろう。

 守護獣である芳三が一緒なら、危険が迫ってもなんとかしてくれるはずだ。

 それに、一色さんには『運S』があるし、ギフトで覚えた魔法もある。

 だからきっと大丈夫……無事だ……。


「ぐぉ……」

「にゃ……」

「大丈夫、僕がなんとかする。一色さんと芳三の気配を探ってみるよ」


 心配そうにしている二匹に声を掛け、深呼吸をして冷静になったあと、千里眼で周囲を確認した。

 どんな些細な情報も逃さないように神経を集中させる。


「ねえ! 今の何だったの!? ハナはどこに行ったの!?」

「でかいネズミに連れて行かれたぞ……!」

「…………」


 ミンミとリュリュが騒いでいて気が散る。

 衝撃的な光景だったから、動揺するのは分かるが……。

 二人よりも一色さんのことを大事に思っている僕達が、冷静に努めて対処しようとしているのを邪魔しないで欲しい。


「――静かにしてくれ」

「「…………っ!!」」


 注意された二人は、僕に怯えるように固まった。。

 ……しまった、つい二人を威圧してしまった。

 思った以上に低い声にもなってしまったが、今は構っていられない。

 改めて集中し、千里眼で周囲を探ったが……一色さんと芳三の気配は見つからなかった。


「……洞窟内にいない」


 だが、洞窟の外にいる感じもない。


「精霊の類いじゃないか」と思ったあの黒いネズミ達は、普通の魔物と違って千里眼では見えず、突如現れた。

 もしかすると……一色さんと芳三は、千里眼では感知できない場所――あのネズミのテリトリーにいるのかもしれない。


「諭吉、虎徹、一色さんと芳三の居場所は分かるか?」

「ぐぉ……」

「にゃ……」


 二匹とも首を横に張っている。

 守護獣同士で居場所を把握することは出来ないかと思ったのだが、分からないようだ。


「探しに行くしかないか……」


 考えろ! どこにいる可能性が高い?

 ゲームで見たマップを必死に思い出す。

 ……いや、ゲームとは違うことが起こっているから、知識に頼っているだけじゃだめだ。

 ヒントになることと言えば――。


 ミンミとリュリュに目を向けると、静かにしていた二人がビクリと動いた。


「この洞窟に関することを、詳しく聞かせて貰えませんか?」


 今度は威圧しない様に気をつけて聞く。


「ど、洞窟について? さっき話した通り、悪人を入れる場所っていうだけで……。オレ達は、内部には詳しくない……」

「……そうですか。そのペンダントでここに悪人を放り込んでいるんですよね?」

「あ、ああ……」

「それを見せてください」

「! こ、これは村の大事なものだ!」

「…………」


 大事なものでも、一色さんと芳三を見つけるためのヒントになるなら使わせて貰う。

 渡して貰えないなら、少しの間、奪うつもりでリュリュを見る。


「リュリュ!」

「…………っ! わ、分かったよ……」


 ミンミに小突かれたリュリュが、渋々ペンダントを渡してくれた。

 すぐにペンダントの石を握り、意識を集中する。

 すると、洞窟の奥から石と似ている気配を感じた。


「かなり奥だな……」


 虎徹の本体があると思わしき最奥に近い場所だ。

 一色さんと芳三の気配はないが、そこにいけば何か分かるかもしれない……。

 すぐに行ってみよう。

 一色さんが作ってくれた料理は、後で食べるように大事に片付け、出発の準備を整える。


「諭吉。僕は先に行くから、二人を守りながら追いかけて来てくれるか? 虎徹は僕と一緒に来てくれ」


 二人を放っておくことはできないけれど、一色さんと合流することが最優先だ。

 一緒に行動するのは、時間ロスになるだろう。

 諭吉に頼んでおけば二人を守ってくれるだろうし、あとで迎えに来ることもできる。

 そう考えた結果だったのだが、リュリュが反論して来た。


「ま、待ってくれ! バラバラになるより、一緒に動くべきだろ! またあのネズミが来るかもしれないし」

「そうだよ! ウチらも協力するし、まとまった戦力があった方がいいよ!」


 急いで出発しようとしているのに、引き留められて焦りが募る。


「戦力は必要ありません。今は時間が惜しいです」


 僕の切り捨てるような言葉にショックを受けている二人の顔を見て、「一色さんなら、こんな冷たい言い方しないよな……」と自己嫌悪に陥るが、反省するのは後だ。


「オ、オレ達じゃ役に立たないっていうのかよ!」


 僕に掴みかかろうとするリュリュをミンミが止める。


「リュリュ! ウチら、助けて貰った身だし……さっきも勝負に負けて、吹っ飛ばされたし……コタロウの方が強いんだよ!」


 リュリュをそう説得したミンミが、今度は僕を見た。


「でもね、コタロウ! 亀と離れない方がいいんじゃない? 本当に何が起こるか分からないし……あなたの仲間は、一緒にいた方がいいんじゃないの? ウチらも全力でついて行くから……」


 そう言われ、諭吉と虎徹を見る。


「ぐぉ」

「にゃ」


 まっすぐに僕を見る二匹の目は、「任せる」と言ってくれている。

 確かに、何が起こるか分からないし、諭吉に何かあったら――。

 そう考えた時、一色さんの顔が浮かんだ。


 ……一色さんなら、「諭吉と一緒にいて」と言うと思う。


「諭吉。ごめん、勝手に決めて……。一緒に行こう」

「ぐぉ!」


 元気に返事した諭吉を、いつも通り胸ポケットに入れると、虎徹はミンミの肩に飛び乗った。


「虎徹?」

「猫?」

「にゃ!」


 虎徹の鳴き声と共に起こった風が、ミンミとリュリュを包んだ。


「え、何なの!? これ……体が軽い?」

「ああ! オレも……体が浮いているみたいだ!」

「虎徹が疾走補助の魔法をかけてくれたみたいですね。偉いぞ、虎徹」


 僕がそう言うと、虎徹が「にゃ!」と胸を張った。


「猫、ありがとう~!」

「すごいな……」

「じゃあ、早速出発するので、ついて来てください」


 声を掛けると、二人は頷いた。

 虎徹の魔法があるから、スピードを抑えなくても大丈夫だろう。

 そう判断した僕は、諭吉に「落ちないように気をつけて」と声を掛けたあと、全力で駆けだした。


「「早っ……!!!!」」


 ミンミとリュリュの声が一瞬で後方になったので、駆けながら振り返ったら、なんとか食いついて来てくれていた。

 途中で降り切ってしまいそうな気がするが、僕が魔物の露払いをしながらいけばちょうどいいだろう。

 そんなことを考えていると、前方に魔物の集団が見えた。


「この先に魔物がいる!! 邪魔なやつだけ僕が倒していくから! 二人は気にせず走って!!」


 駆けながら叫んで伝えたが、二人から返事はない。

 でも、恐らく聞こえているだろうから、実践していけば問題ないだろう。


「来たな」

「ぐぉ!」


 目の前に、ケイブフィッシュの群れが現れた。

 さっきよりも数は多いが、問題ない。

 綺麗に倒さなくて、邪魔にさえならなければいいのだ。

 大剣取り出し、大きく薙ぎ払う。

 斬撃と共に岩場と氷壁が削れたが、崩れる心配はないだろう。

 一撃で大抵のケイブフィッシュは倒れた。

 生き残ったケイブフィッシュも、地に落ちて動けなくなっているので問題ない。


「い、一瞬で……!? 全然っ立ち止まらないし! こんなの、ウチが勝てるわけないじゃん!!」

「……こいつ、本当にただの『勇者様の友達』なのか!?」

「にゃにゃ~!!」


 虎徹の楽しそうな声が聞こえたので、ちゃんとついて来ているようだ。


 それにしても、落ちたドロップアイテムが見えたが……見事にハズレばかりだった。

 一色さんという幸運の女神がいないと、あれだけ出ていたレアが、こうも出ないのかと少しおかしくなった。


「……一色さん、怖い目に遭ってないといいけど」


 冒険が楽しい! と言っていた、あの笑顔を曇らせたくない……。




 僕は走りながら、こちらの世界に来る前……一色さんと話したことを思い出していた。

 あれはまだ、星野君と華原さんが付き合い始めた頃――。


 二人に巻き込まれ、顔見知りになった僕と一色さんが、たまたま外で出くわした。

 一色さんは一人で、お洒落なショップの前に立ち、可愛くトータルコーディネートされたマネキンを眺めていた。

 地味な僕から見ても、大人しそうな印象の一色さんとは、少しイメージが違う服だ。


 一色さんのことは、勝手に『僕と同じ類の人』だと思っていた。

 華原さんに巻き込まれている気の毒な人――。

 そして、星野君に逆らえない……逆らえる手段があるかもしれないけれど、考えるよりも諦めてしまっている僕のような……。


「あ、奥多摩――奥村君」

「!」


 一色さんが僕に気づいたが……今、絶対「奥多摩」って言った。

 僕はちゃんと覚えられていなかったようだ。

 いや、数回会っただけで覚えて貰えるなんて、僕にとっては奇跡かもしれない。


「こ、こんにちは……」


 普段なら知り合いでも話し掛けず、通りすぎるところだが、完全に目が合っているので挨拶をした。


「こんにちは!」

「!」


 僕が知っている一色さんとは全く違う印象の、明るい笑顔にドキリとした。

 無表情ではないけれど、いつも社交辞令のような微笑みでいたと思うのだが……。


「あ、あの……お店、入らないの?」


 動揺を隠して話しかけると、一色さんは苦笑いになった。


「あー……来年買い漁るから、今はイメトレ中というか……やる気チャージ中です!」

「来年?」

「うん、来年! 今買うと、面倒くさいことになりそうだから……。『壁に耳あり障子に目あり』を嫌と言うほど体験してきたからね。……こっそり買ってもどこからかバレて、あれこれ言われるのよ……」

「?」


 どういうことか分からないが、一色さんはうんざりしている様子だ。


「私、今は土の中にいる蝉の幼虫なの! 来年、『ミーンッ!』と空を飛ぶ蝉になるから、今は栄養という名のお金を貯めているの!」

「せ、蝉……?」


 嬉しそうに自分を蝉の幼虫と表現したり、「ミーンッ」と鳴き真似をしたのが面白い……。

 少し笑いそうになってしまったが、真剣に話しているのに失礼かと堪えた。

 前に周囲に合わせて笑っていたら、「何笑ってるんだ」と怒られたことがあるから、迂闊に笑うことができない。


「あ、蝉だと一週間しか飛べないね!? うーん……蝉じゃなかったらなんだろう……」


 一色さんが蝉の代わりになる例えを考えている。

 成長したら立派になったり、綺麗になるものなら……童話のみにくいあひるの子の『白鳥』とか?

 蝉よりも白鳥の方が、一色さんには似合――。


「私、長生きする蝉になるよ!」

「…………っ」


 頭に綺麗な白鳥が浮かんでいたところに、また「ミーンッ!」と蝉が戻って来たので、思わず噴きそうになってしまった。


「?」

「な、なんでもない……」


 必死に無表情を作り、慌てて誤魔化す。


「そう? あ、奥村君は来年どうするの?」

「僕? 来年、か……」


 母を楽にさせてあげたいから、就職しようと思っている。

 父が他界してしばらく経ち、母にも良い相手がいるようだけれど、僕がいるから色々と踏み止まっているようだ。

 僕が家を出て一人暮らしをすれば、母もまた自分の人生を歩けるようになるだろう。


「働いているかな」


 ……でも、何をやっていても、星野君の言いなりになることは変わらないんだろうな。


「そうなんだ! 色々自由にできるようになるし、楽しみだね!」

「!」


 そう言われて……驚いた。

 確かに自由になることは多いけれど……『楽しみ』だなんて思ったことはなかった。

 今もそうだし、僕は諦めることばかり考えている。

『僕と似ている』と思っていた一色さんに、僕の中になかったことを言われ……衝撃を受けた。


「じゃあ、またね! お互い大変だけど、頑張ろうね! 未来は明るいよ!」


 そう言うと、一色さんは笑顔で手を振り、去って行った。

 その背中は僕とは違って輝いて見えた。


「……同じ、じゃなかった?」


 一色さんは、何も諦めていない……。

 何かを頑張っている……だからあんなに輝いているんだ……。


 そう分かった瞬間、彼女がとても眩しいものに見えた。

 それと同時に、自分がとても恥ずかしくなった。

 勝手に一色さんを『同類』だと思って、がんばらない自分の安心材料にしていた……最低だ。

 

 力が異常に強いのも、そのせいで人と上手く関われないのも、自分のせいじゃない。

 だから仕方ない……そう諦めていた。


「……このままじゃ駄目だよな」


『すぐにこの性格が変わるとは思えないけれど……未来が楽しみだと思えるようになりたい』


 そんなことを考えるきっかけをくれたのが一色さんだった。


 それからの僕は、ほんの少し変わった。

 今までは触れずにいたけれど、母に再婚を進めてみたり、就職して一人暮らしを始めたらやりたいことを考えてみたり……。


 相変わらず星野君から呼び出しを受け、色々と付き合わされたが、一色さんと会えるのは楽しみだった。

 やっぱり社交辞令な微笑みを浮かべている一色さんだったが、お洒落なものや好きなものを見つけたときは目を輝かせていた。

 その様子が可愛くて……。

 あの日見た『笑顔の一色さん』が、本来の姿なのだろう。

 一色さん……そして、僕の来年はどうなっているのかが、『僕の楽しみ』になっていたのだが……。


 まさか、見覚えのある世界に異世界転移することになるとは――。


 こちらの世界に来た時も、僕は一色さんのことがずっと気になっていた。

 でも、僕から声をかけることはできなくて……。


 だから、一色さんの方から声をかけてきてくれた時は嬉しかった。

 出されていなかった食事のことで、一色さんが僕のために泣きながら悔しがってくれている姿を見て、やっと「一緒に冒険に出よう」と誘う勇気が出た。


 一緒に旅に出てからは、本当に楽しかった。

 母のことは気になるけれど、きっと支えてくれる人がいる。

 僕にも一色さんだけではなく、芳三と諭吉、虎徹という仲間ができて、毎日がこんなに楽しいのは初めてだった。


『この毎日を守りたい』


 それが今の僕の願いであり、がんばることだ。

 そして――。


 敵を察知できる千里眼で一色さんを見た時、僕に対する気持ちが見えた。


『奥村虎太郎を信頼している。信頼以上の感情を抱き始めている』


 信頼以上、が何になるのか分からない……僕のこの感情も……。

 ただ、はっかりと分かっているのは、僕は一色さんの信頼に応えたい!


 一色さんは今、『長生きする蝉』になって、楽しんでいるところなんだ。

 ……邪魔はさせない。

 一色さんの毎日を守ることも『僕の願い』だ。

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