第10話 束の間の休憩
改めて場所を探す時間を貰えそうにないので、冒険者達の遺骨から極力離れて調理をすることにした。
視界に入らないくらいの距離は開けることができたから大丈夫……だと思いたい。
お騒がせしてすみません……と再び手を合わせておいた。
「ぐぉ!」
休憩時間ということで、諭吉は元のサイズに戻った。
今は自分の場所を死守するかのように、虎太郎の胸ポケットに収まっている。
「猫~やっぱり可愛いな~ウチの子になってよ~」
「にゃんっ!!」
ミンミに追いかけられた虎徹は、逃げて虎太郎に飛びついた。
虎徹を抱っこする虎太郎をミンミが睨む。
「む~。ずるいぞ、コタロウ!」
「そう言われても……」
「あ、そうだ! 猫を賭けて、ウチと勝負しろっ! 勇者様の友人だからか、それなりに腕が立つようだしね!」
ミンミが挑戦状を叩きつけるように言ったが、虎太郎は苦笑いだ。
「虎徹は仲間だから、賭けの対象になんてできないよ」
「ん~……仲間、かあ。確かに、猫は二人にとても懐いているし、引き離すのは酷ね……。じゃあ、ハナが作る料理を賭けるのはどう? 負けた者は食べられないからね! 先手必勝!」
虎太郎の了承を得る前に、ミンミは虎太郎に殴りかかった。
「え!? 待って……!」
「待たない! 武器なしの素手で勝負よ!」
虎太郎は本気で向かって来るミンミの攻撃をかわし、虎徹を逃がした。
ジャンプしてこちらに来た虎徹は、ちょこんと座って楽しそうに観戦を始めたが、虎太郎は戸惑っている様子だ。
「ねえ、止めた方が……」
「何故だ? コタロウは意外に腕が立つようだし、いい特訓になるだろう」
リュリュに声をかけたが、止めるつもりはないらしい。
特訓にはなるだろうけど、ちゃんと相手の了承を得てからやって欲しい。
「コタロウ、避けてばかりじゃない! ケイブフィッシュを倒した実力はまぐれなの!?」
虎太郎は黙々と避けているだけだが、胸ポケットにいる諭吉はジェットコースター感覚で楽しそうにしている。
芳三も虎徹の隣に座って尻尾を振りながら観戦を始めた。
「ほらほら! 攻撃してみなさいよ! 勇者様の友人がこの程度~!?」
煽るミンミにリュリュも続く。
「異世界人は意気地がないのかー!?」
二人の言葉を、虎太郎は気にしていないようだが……私がムッとしてしまった。
虎太郎は光輝よりも、そして二人よりも強くてかっこいいのだ。
「奥村君、がんばれ~! 勝ったらチキンナゲットも作るからね~!」
「!」
私の言葉に反応した虎太郎が、殴りかかったミンミの腕を掴み、ポイっと放り投げた。
すると、ミンミの体は弧を描くように高く飛んでいった。
「あっ!」
虎太郎が「しまった」という顔をしている。
私とリュリュもつい飛んでいくミンミを見てしまったが……。
「ぎゃ!」
虎太郎の胸ポケットから飛び出した諭吉が、黒い蛇を伸ばしてミンミをキャッチした。
そして、また吊るされた状態になったミンミが、私達のところまで戻って来た。
「…………」
「すみません! つい……! ちょっと力が入って……!」
まだ放心状態で吊るされているミンミに、虎太郎が必死に謝っている。
「……ちょっと? あれで?」
放心しているミンミは可哀想だけれど、隣で驚いているリュリュを見て、私は胸がスッとした。
これで虎太郎の実力が分かっただろう。
手加減してやっていたんだぞ、ということも伝わったはずだ。
「奥村君、とっても強いでしょ! 本気を出したら、もっともっと強いんだからね!」
「……別にお前が強いわけじゃないだろ」
「ふふっ、確かに!」
むすっとしているリュリュに、私は頷いた。
その通りだけれど、自分が認められるより、虎太郎が認められる方が嬉しいのだ。
「奥村君! チキンナゲット、楽しみにしてね~!」
「!」
諭吉の蛇から下ろして貰ったミンミを気遣っていた虎太郎が、こちらを見てコクコクと頷いた。
私はそれに笑顔を返し、ツバメに貰った調理器具を出して準備を始める。
とりあえず使うものを出して並べていると、それを見ていたリュリュがギョッとした。
「それは『加熱台』か? 調理器具や調味料も、高価なものばかりじゃないか!」
「え、そうなの?」
加熱台とは、カセットコンロのようなものだ。
野営に必要なものとして、ツバメさんから貰ったものの一つなのだが……。
ツバメさん、私が思っているよりも貴重なものや、高価なものをくれた?
しかも、加熱台は二個貰っているし……。
正規の値段で支払いをしたら、とんでもない金額になっていたのでは!?
今度会えた時には、改めてお礼をしたいな……と思ったところでふと気になった。
「奥村君、ツバメさんってどこにでも現れる商人なのよね? ゲームだとここにもいたの?」
「そうだね。ゲームだといたけれど、今は入り口が閉ざされているから、さすがに――」
「…………」
虎太郎がそこまで話したところで、私達は「ツバメさんならいるかも」とふと思った。
でも、ポータルも閉じたし、ここに現れるのは不可能だと思う……多分。
「ぎゃ!」
「にゃ!」
手を止めていた私のところに、芳三と虎徹がやって来た。
早く食べたい! と催促されているようなので、すぐに調理を開始する。
虎太郎から受け取った切り身は、『清浄』で魔力抜きだ。
「今のは……魔力抜きか?」
「そうです」
「普通の魔力抜きとは違うように見えたが……」
「あ、はい。精霊さんに貰ったギフトの魔法で代用しています」
「は? ……ギフトで魔力抜き?」
案外料理に興味があるのか、リュリュがジーっと観察してくる。
「お前も……色々とおかしいようだな……異世界人はどうなっているんだ?」
「?」
見られると緊張するが、腹ペコさん達がたくさんいるので、私は作業を急いだ。
水は、雫の精霊からギフトでも貰った『流水』で確保できた。
またリュリュが変なものを見るような目で見て来るけれど、私の勘が「この水は飲んでも大丈夫」だと言っているから問題ないだろう。
チキンナゲット用の鳥肉は、以前倒した魔物からササミのような肉をゲットしていたのでそれを使う。
このササミはレアではないのか、黒ではなく見慣れた色だった。安心感がすごい。
ナゲットにはケチャップが欲しいところだが、ツバメがくれた調味料の中にはなかった。
でも、トマトはたくさん貰っていたので、たまねぎとニンニクを入れ、煮詰めて作ることにした。
「ぎゃ……」
「ぐぉ……」
「にゃ……」
ケチャップ――というより、トマトソースのようないい匂いがしているので、三匹が集まって来てしまった。
……と思ったら、その後ろで虎太郎もジッとケチャップの鍋を見ていたので笑ってしまう。
「ふふっ。あとは揚げるだけだから、もう少し待ってね」
三匹と虎太郎が同時にコクコクと頷いたので、私はまた笑った。
もう一つ加熱台を取り出し、鍋に油を入れる。
「危ないから近づいちゃだめだよ」
油の入った鍋に近づいて来た三匹に注意する。
近くで騒ぎだして、鍋をひっくり返したりしそうで怖い。
油の温度がいい感じになってきたので、フィッシュアンドチップスとチキンナゲットをどんどん揚げていく。
「……諭吉、つまみ食いは駄目だからね」
「ぐぉ!?」
諭吉が黒い蛇を使い、こっそり取ろうとしていた。
「駄目だぞ」
「ぐ、ぐぉ……」
虎太郎が真剣な顔で注意したので、諭吉がしょんぼりしている。
たくさん頑張ってくれた諭吉に早く食べさせてあげたいが、もう少しだけ待ってね。
黙々と作業を進め、揚げ終わったものを盛り付けていく。
パーティーのように大きなお皿に入れようかと思ったけれど、みんな食べるスピードが違いそうなので、それぞれ分けることにした。
そして、芳三のフライの中には、こっそり青白結晶を忍ばせてみた。
気づかれる可能性が高い気がするけれど……ガツガツ食べてくれたら分からないかも?
虎太郎のお皿はみんなよりも大きく、約束通りチキンナゲット付きだ。
「お待たせしました! できたよ!」
「ぎゃああっ!」
「ぐぉおおっ!」
「にゃああっ!」
「あっ! こら、行儀悪いよ!?」
渡した瞬間に飛びつき、食べ始めた三匹に苦笑いだ。
芳三を見ると、中に忍ばせた青白結晶に気づかないのか、勢いよく食べ続けていた。
よしっ! と心の中でガッツポーズだ。
リュリュと虎太郎にもお皿を渡す。
「頂きます」
「どうぞ、召し上がれ!」
「イタダキマス……」
丁寧に手を合わせて「頂きます」をする虎太郎を見て、リュリュが真似をしている。
私達の世界の『食事のマナー』だと思ったのだろう。
こういうところ見ると、「いつもちゃんとニワトリの餌をあげている根はいい子」だということを思い出す。
「! 美味……しい……」
しみじみ呟いた虎太郎が、黙々と口に運んでいる。
リアクションは大きくないが、喜んでくれているのが分かる。
口に合ったようでよかった、とホッとした。
幸せそうに食べている虎太郎を見ていると、私も幸せな気持ちになる。
リュリュは虎太郎をちらちら見ながら、恐る恐る口に入れた。
「! これは……美味いな!」
「ほんと? よかった!」
お世辞を言いそうにないリュリュが美味しいと言ってくれたので嬉しい。
私も一つ摘まんで口に放り込む。
外はサクサク、中はふっくらで美味しくできていた。
「う~~……」
放心状態から復活し、歯を食いしばって私達を見ているミンミに、みんなと同じ一人前のフィッシュアンチップスが乗ったお皿を渡す。
「ミンミさんもどうぞ」
「え、いいの!? いや……いやいや……駄目よっ! 賭けを持ち掛けたのはウチだから!」
「いっぱいありますから」
「食べないなら僕が貰いますよ」
「オレも」
「ぎゃ」
「ぐぉ」
「にゃ」
「食べます~!」
皆が欲しがると、ミンミは私の手から奪うようにお皿を取り、パクパクと食べ始めた。
「ん~~!? 何これ、こんなの食べたことない! おいしい~っ! ハナ天才~!」
「えへへ、ありがとうございます!」
大きなリアクションで「美味しい!」と食べてくれるミンミを見ていると、私も自然と笑顔になった。
みんなに喜んで貰えて、作った甲斐があった。
「コタロウ! お料理上手なお嫁さんで幸せだね!」
「ごっふっ!!」
「奥村君、大丈夫!?」
ミンミの発言にびっくりしたけれど、黙々と食べていた虎太郎が盛大に喉を詰まらせたことに、もっとびっくりした。
木のコップに水を入れて渡すと、虎太郎はすぐに飲み干した。
「だ、大丈夫……ありがとう……。あの、一色さんはお嫁さんではなくて、旅の仲間で……!」
虎太郎の言葉に「うんうん」と頷きながらも、そんなに必死に否定しなくても……と、ちょっと寂しく思ってしまう。
「そうなの? じゃあ、リュリュのお嫁に来ない?」
「勝手に決めるな。まあ、これを毎日食べられるなら……」
リュリュに「検討してもいいが?」という視線を向けられたので、すぐに答えた。
「毎日なんて作りません」
「駄目だ」
私が答えると同時に、虎太郎も何か喋った。
被ったので何と言ったか聞き取れず、虎太郎を見ると顔を逸らされてしまった。
虎太郎も一緒に断ってくれたのかな? と思っていたら――。
「?」
突然私の周囲が暗くなった。
これは……影?
何の影だろうと振り返ると――。
「ひっ!」
それを見た瞬間、全身に鳥肌がたった。
私の真後ろに、巨大なネズミがいたのだ。
「一色さん!!!!」
「ぎゃ!」
虎太郎の焦った声が聞こえたが、次の瞬間――私の視界は真っ暗になっていた。
そして、この洞窟に来た時のような無重力感がした後、私の意識は一旦途切れた。
※
「う、うっ…………あっ!」
頭痛と共に目が覚めた私は、すぐに状況を思い出した。
意識を失っていたのは、短い時間だったのかもしれない。
目を開けると……今もなお暗闇の中にいた。
座っている地面が硬い岩肌なので、まだ洞窟の中だと思うが、光る氷がないところのようだ。
意識を失う前、あの巨大な黒いネズミが、私に覆いかぶさってきたように見えた。
頭痛はあるものの、怪我などはしていないが……。
「私はどうなったの? ここはどこ? ……奥村君?」
虎太郎だけではなく、リュリュやミンミの姿もなければ気配もしない。
私の声が響くだけで、辺りはシーンとしている。
もしかして……はぐれて一人になってしまった?
「ぎゃ!」
心細さに圧し潰されそうになっていたところに、小さな青い炎が見えた。
よく見ると、尻尾に青い炎を灯した芳三が、私の前に立っていた。
「! 芳三っ!」
嬉しくてすぐに芳三を抱き上げた。
芳三は「ぎゃ!」と誇らしげにしている。
そう言えば、視界が真っ暗になる前に、虎太郎の声と共に芳三の声も聞こえた。
あの時、すぐに私を助けようと動いてくれたのだろう。
「ありがとう、芳三……とっても心強いよ!」
「ぎゃぎゃ!」
一人だったら、私はパニックを起こして泣いていたかもしれない。
芳三がいてくれたから、何とかギリギリ冷静でいられるけれど……。
「……これからどうしよう」
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