第9話 異世界の文化
「いいかげんにっ! してくれっ!」
芳三と虎徹の攻撃を避けているリュリュの叫びで、ほのぼのしていた私達はハッとした。
和んでいる場合じゃなかった。
私は芳三を、虎太郎は虎徹を捕まえて止める。
諭吉に声をかけると、「ぐお……」と不服そうだったが、宙づりにしていた二人を甲羅の上に下ろした。
芳三と虎徹も、まだまだやれるぞ! という顔をしているが、もうやめましょう。
正直に言うと、泥団子を投げるほどじゃないけれど、光輝と樹里を称える二人にモヤモヤしていた。
でも、芳三達のおかげですっきりだ。
「大丈夫ですか?」
見事な全回避を見せたリュリュとミンミだったが、激しく動いて疲れたのか、肩で息をしている。
「だっ……大丈夫じゃないわよっ! どうして早く助けてくれないの!」
「すみません! ……でも、ちょっと楽しそうでしたね!」
私の言葉に、虎太郎も頷いている。
虎太郎ならもっと華麗に全回避しそう!
逃げる的になるゲームみたいで、私もちょっとやってみたくなったのだが……。
「ふざけるな!」
「楽しくないわよ!」
「「ご、ごめんなさい」」
本気で叱られたので、虎太郎と私は再び謝った。
諭吉の蛇にユラユラして貰うだけのブランコなら楽しかったかも?
「大体、この亀は何なの!? 前に見た時は小さかったのに……こんな姿になるなんて魔物でしょう!」
「躾ができない魔物を飼うなんて趣味が悪いぞ!」
「ぐおおおおっ!」
私達が答えるより早く、諭吉が反応していた。
黒い蛇をリュリュとミンミに向け「もう一度、的になるか?」と脅しているようだ。
芳三と虎徹も協力するように「やるか?」と準備万端な体勢になっている。
やめましょう。
「ま、魔物だなんて冗談よ〜可愛い普通の亀ね!」
焦るミンミの言葉に、リュリュもコクコクと頷いている。
もう的になるゲームは避けたいようだ。
でも、普通の亀ではないです……。
諭吉を魔物だと思ったということは、守護獣についてあまり詳しくないのだろうか。
勇者と聖女は好きだけれど、それ以外には興味がない?
諭吉の機嫌を取ろうと必死な二人を眺めつつ、そんなことを考えていると虎太郎が話しかけてきた。
「一色さん、さっき倒した魔物のドロップアイテムの中に切り身があったよ!」
そう言ってホクホク顔の虎太郎が見せてくれたのは、鱈の切り身に似ているものだった。
ただ、普通の鱈の切り身より十倍大きいし、色が黒い!
「また黒なんだね……」
「この世界では黒が良い食材の色なのかもね」
あまり食欲をそそらない色だし、新鮮なのかどうかも分からない。
黒鳥肉が美味しかったので、黒い食材に対する抵抗感は減っているが……白身がよかったな!
虎太郎と苦笑いをしていたのだが、食材に気がついたリュリュとミンミが大声をあげた。
「それ! ケイブフィッシュの切り身じゃない!?」
「超高級レア食材じゃないか!」
「ドロップするには、動きが速くて捕らえ難いケイブフィッシュを、一撃で綺麗に倒さなければいけないのよね。それができたとしても、ドロップできる確率は低いから、中々お目に掛かれない! ウチ、初めて見た……」
二人がとても興奮している。
キャビアとかフォアグラより、レアで高級なのだろうか。
「そんな手に入れるのが難しい食材をゲットできるなんて、奥村君はすごいね!」
「いや、僕が一人で何十匹倒しても出ないよ。一色さんの幸運のおかげだよ」
「でも、私の運だけでも倒せないし、実際に倒したのは奥村君だし!」
「じゃあ、二人の成果だね」
「ぎゃ」
「にゃ」
「ぐお」
「あ、ごめん! みんなの成果だね」
あなた達は何もしてないでしょ! と思ったけれど、私も行動は何もしていないから立場は一緒か。
チームの成果ということで!
「あ、あとこれは綺麗だから一色さんにあげるね」
そう言って渡してくれたのは、虹色の大きな鱗だった。
五センチくらいでしっかりと厚みもあり、キラキラしていてとても綺麗だ。
強い虹色の光を放っているので、暗いところで明かりの代わりになりそう。
「「え」」
「?」
ミンミは私達を見て困った顔をしているし、リュリュは何やら顔が赤いような……。
「どうしたの?」
「それ、夜虹光鱗でしょ? ウチらと一緒に行動するんだったら、流石にそれは気まずいんだけど……まあ、夜までに出られたらいいけどさあ……」
「? 何の話ですか?」
虎太郎と私がキョトンとしていたら、ミンミが何かに気づいたようだ。
「あ、異世界人だから、夜虹光燐を渡す意味を知らないのか! 夜でも光って目印になる夜虹光鱗を渡すのは、『今夜、夜這いに行きます』って意味なのよ。受け取るってことは『待っています』ってこと」
「「!!!!」」
虎太郎と私は、思わず目を見開いた。
これにそんな意味が!?
「ちがっ……知らなかったからっ!!!!」
虎太郎が今までにないほど、大きな声を出して狼狽えている。
「う、うん! 私も知らなかったよ!! そういう意味で受け取ったんじゃないし、奥村君も綺麗だったからくれたんだよね!? それだけだよね!?」
焦りながらもフォローすると、虎太郎はコクコクと頷いた。
「そう! あと、アイテム作りの素材になるかも、って思って……!」
「あ! なるほど、ありがとう!」
「ふうん? 異世界人だから仕方ないけど……まったく、びっくりさせないでよ」
「びっくりしたのは私達の方です!」
何とか取り繕い、虎太郎と私は落ち着けたが……本当に心臓に悪かった……。
虎太郎がそういう意味で渡してきたとは、まったく思わないけれど、夜這いというワードに驚いてしまった。
「…………あ」
「ん? あっ」
虎太郎が切り身を持っている自分の手元を見て驚いている。
何かと思ったら……虎徹が切り身にかぶりついていた。
「……虎徹、つまみ食いは駄目だぞ」
「にゃー……」
「ぎゃ! ぎゃ! ぎゃー!」
「ぐぉぐおおおおっ!」
芳三と諭吉が、大人げない様子で虎徹に激怒している。
「芳三と諭吉は我慢していたんだね。偉いね」
「ぎゃ!」
「ぐお!」
褒めるとおじいちゃん達の機嫌が治ったのでよかった。
みんな早く食べたいようだから、早速調理をした方がいいかもしれない。
「すぐに作ろう――」
「うん」
食い気味に返事をした虎太郎に、私は笑顔で頷いた。
「……それを料理するのか?」
そう聞いて来たリュリュとミンミの目も期待に満ちている。
二人もお腹が空いているのか、レア食材を食べてみたいのだろうか。
「はい。一緒にどうですか? 私の故郷の料理ですけど……」
「「食べる!」」
虎太郎に負けない食い気味の返事をする二人に、また思わず笑ってしまった。
「どこで作ろうかな……さすがに諭吉の甲羅の上で料理はできないね」
「あ。あの辺りに平らな岩場があったよ」
虎太郎が先程、魚の魔物と戦っていた辺りを指差した。
「そうなんだ! じゃあ、そこで作ろう!」
「ぐおおおお~!」
「諭吉、声が大きいって~」
張り切った諭吉が、雄叫びと共に駆け足で連れて行ってくれた。
そこは周囲の凸凹している岩場とは違い、確かに平らで良さそうな場所だった。
他の場所よりも明るくて、多少暖かい気もする。
良い場所がみつかったので、早速始めようと思ったのだが……。
「「…………あ」」
虎太郎と私の目が、一点に集中した。
朽ちているが、服だったと思われる布切れと骨――。
どう見ても数人分の人骨だ。
「「…………」」
火葬場に行ったことがあるから、人骨を見るのは初めてではないけれど、何とも言えない重い気持ちになった。
ここで本当に亡くなった人がいるのか……。
「悪人がここで死んだのね」
「大分年季が入っているな。オレ達の何代も前の村の人達が、こいつらをここに放り込んだんだろうな」
無言になった虎太郎と私とは違い、リュリュとミンミはあっけらかんとしていた。
魔物がいて、日本より危険と隣り合わせの世界だから、私達よりも死に慣れているのかもしれないが……。
虎太郎と私は、目の前に遺骨があるのに軽くは流せない。
「埋めてあげたいけど、岩場とか凍っているところしかないね」
「そうだね。せめてお供えする花でもあればよかったんだけれど……」
辺りを見回してみたが、花どころか草もなかった。
持っているアイテムの中にもないし……。
「あ、リンゴをお供えしてもいいかな?」
「うん。ゴミが残るものでもないし、いいと思う」
私達はドロップアイテムで持っていたリンゴをお供えすると手を合わせた。
芳三達も、私達の真似をして前足を合わせている。
守護獣様に手を合わせて貰えたら、故人も安らかに眠れそうだ。
みんなでそんなことをしていたら、顔を顰めたリュリュが話しかけてきた。
「さっきからお前達は何をしているんだ」
「?」
リュリュの隣でミンミも不思議そうな顔をしている。
あ、この辺りでは手を合わせる文化はないのだろうか。
「これは……私達の国で、成仏を願う気持ちを表していて……」
「それは分かるわよ。でも、この骨は出られなくて死んでいるのだから悪人よ?」
「悪人に祈ってやる必要はないだろ」
「なるほど、そっちの疑問か」と思っていると、虎太郎が答えた。
「僕達の国では、死者は敬うものだから……」
「何人も殺している極悪人でも?」
「うーん……」
二人が言いたいことは分かる。でも……。
「もう亡くなっているし、これ以上は悪いことができないから。手を合わせるくらいしてもいいかなって。本当に悪人なのかも分からないし……」
何もしていない私達がここにいるのだから、もしかしたらこの人達も悪人ではなかったかもしれない。
そう思ったのだが、私の言葉を聞いた二人は怒り始めた。
「ここに入るのは悪人だけだ! 手違いで入っても、善人なら出られる!」
「そうよ! 昔からウチらの村は、悪人をここに送ることで山を――そして守護獣様を守って来た正義の民なの! だから守護獣様も、村に加護をくれているんだから!」
どうだ! と胸を張る二人に、私達は首を傾げた。
「守護獣の加護?」
「そう! 寒いこの山で生きていけるように、ウチらの村には常に暖かい風が届くのよ! だから! 雪が積もることもないし、畑の野菜も育つの」
そうなんだー、と思いながら虎徹を見たが、「にゃ?」と首を傾げている。
これも心当たりはなさそうだ。
本体がしていることでも、ここにいる虎徹は分からないのかな? と思っていると、隣にいた虎太郎が呟いた。
「でも、『冒険者の亡骸』なんだよな……」
その視線は骨を見ている。
「あ、千里眼でそう見えるの?」
「そう」
「じゃあ、悪い人じゃなくて、ただの冒険者ってこと?」
「……あんた、鑑定持ちなのか?」
「あ、うん……そんな感じ」
私達の会話を聞いて質問してきたリュリュに、虎太郎は頷いた。
「ふうん? まあ、悪いことをしていた冒険者ってことだろ」
リュリュの言葉に、虎太郎は疑問があるような顔だ。
悪いことをしている人――例えば、盗賊だったら『盗賊の亡骸』とでるのだろうか。
――ごおおおお
考えていたところに起きた地響きのような轟音で、私達の動きは止まった。
今のはもしかして……お腹の音!?
誰!? と思ったら、ミンミが真っ赤になった顔を手で覆っていた。
「な、なによ! 別にお腹が鳴ったっていいでしょ! 早く食べたいの!」
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