第7話 命名
「猫ちゃん、落ち着いた?」
「にゃー……」
しばらくの間、私と虎太郎にくっついて「にゃーにゃー」と涙を流していた子猫だったが、ようやく泣き止んだ。
今は虎太郎の腕の中で大人しくなっているが、相変わらずスリスリと頬擦りして甘えている。
ツンデレのツンは跡形もなく、すっかりデレオンリーの甘えん坊さんだ。
「一色さん、この子にも名前をつけてあげたら? これからは一緒にいてくれそうだし、猫ちゃんって呼ぶのは寂しい気がするから」
「ぎゃ!」
「ぐお!」
「にゃ!」
虎太郎の言葉に、芳三と諭吉だけではなく子猫も同意した。
期待に満ちた目をしているので、これは応えないといけない。
「そうだね! じゃあ、考えるね」
そう言って、子猫をじーっと見る。
虎柄の子猫……。
「んー……芳三達みたいに渋い感じでいくと……『虎』と徹するの『徹』で『虎徹』! 刀の名前でもあるし、かっこよくない?」
「かっこいいね。虎の字が僕とお揃いだな」
「にゃ!」
「ぎゃ……」
「ぐお……」
「ん?」
「子猫」改め、「虎徹」は嬉しそうにしているけれど、芳三と諭吉が何やら不満気な様子だ。
「芳三、諭吉? 自分達ももっとかっこいい名前がよかった、ってこと?」
「ぎゃ〜」
「ぐぉ〜」
「芳三は私のおじいちゃんの名前だし、諭吉は日本――私の故郷では誰もが知っている超有名人だよ? 嫌なら他の名前を考えるけど……」
「ぎゃー!」
「ぐおー!」
勢いよく「それは嫌だけど!」と言っている。
気に入っているのか、いないのか……どっちなの!
「じゃあ、芳三と諭吉の名前は変更なしでいいのね? 猫ちゃんは虎徹に決定……あ、でも、あなたは雄? ちょっと抱っこさせて……」
「しゃーっ!!」
雄雌の確認をしようとしたけれど、猛抗議を受けた。
「嫌だった? ご、ごめんね、虎徹でいい?」
「にゃ!」
とても気に入ってくれたようなので、雄でも雌でも良し! としよう。
女の子で虎徹も素敵だし、そもそも守護獣に雌雄があるのか分からないけれど……。
「じゃあ……よろしくね、虎徹!」
「にゃ!」
名前を呼べることで、ぐっと距離が近づいて仲良くなれた気がする。
虎徹もニコニコでご機嫌な様子だ。
「にゃ〜! にゃ? にゃ!」
楽しそうに私達を見ていた虎徹が、虎太郎の胸ポケットに目を止めた。
そして、虎太郎の体をよじ登って行くと、ポケットの中に入ってしまった。
「ぐお!? ぐおおぉぉぉぉおお!!!!」
自分の定位置を取られたことに気づいた諭吉が怒っている。
「諭吉、落ち着け……!」
「ちょ……諭吉、耳が痛いよ~!」
体が大きくて声も大きい状態で叫ぶと、怪獣の雄叫びのようで耳がキーンとする。
「虎徹、そこは諭吉の定位置だか、他のところにしようね」
「にゃー」
虎徹を説得すると、「仕方ないなー」という様子で今度は私の肩に乗った。
あ、そこは……。
「ぎゃああぁぁぁぁああ!!!!」
案の定、今度は芳三が怒り始めた。
虎徹に飛びかかったが、逃げられ……。
私の体で追いかけっこが始まってしまった。
「にゃっにゃっ!」
「ぎゃああああ!!」
「私の体は追いかけっこフィールドじゃないんだけど〜」
服を引っ張られてよれよれになるし、髪も乱れて行くし……。
元気なのはいいことだけれど!
「ははっ」
「!」
虎太郎が珍しく、無表情じゃない笑みを見せている。
いいものを見ることができた、ときゅんとしていたら、目の前に二つの道が見えて来た。
「あ、諭吉! 次の分かれ道、左だと思う」
「ぐお!」
「当たり」だと思う方を諭吉に伝える。
何個か分岐があったけれど、今のところは間違えていないのか、何事もなく順調に進んでいる。
諭吉タクシーに乗っていると快適だ。
休憩しながら進めるなんて最高過ぎる。
「奥村君、虎徹の本体のところまで、どれくらいかかるのかな? 多分、出口付近にいるのよね?」
未だに追いかけっこをしていた芳三を捕獲して、虎太郎に話しかけた。
虎徹は虎太郎が捕まえ、一緒に座らせている。
「うん、そうだと思う。ゲームだとこのダンジョンは、探索しながら進んでクリアするまで丸一日程度だったかな……。寄り道しないで進めば、もっと早くなると思うよ」
「ずっと空が見えないのは息が詰まりそうだし、順調に進めるといいね」
「そうだね」
進むことは諭吉のおかげで楽々だけれど、ここで何日も暮すのはつらい。
お腹も空いてきたな、と思ったところで大事なことを思い出した。
「虎徹、あなたも守護獣よね? これ、食べられるかな?」
私は青白結晶を取り出し、虎徹に見せた。
「にゃ!」
虎徹が目を輝かせたので、数粒手に乗せて口元に持って行くと、パクパクと勢いよく食べ始めた。
「美味しいの?」
「にゃー!」
「芳三も、はい」
「……ぎゃ」
自然な流れで持っていったら食べてくれるかも? と思ったのだが、顔をプイッと逸らされてしまった。
「なんで食べないのー」
「頑なだね……」
虎太郎と私は、「どうしたものか」と芳三に目を向けた。
芳三はそれに気づいているはずなのに、顔を背けたまま無視している。
これを食べたら結晶化が治っていくはずなのに……。
心配だから食べて欲しい。
あ! からあげとか、ごはんに忍ばせて食べさせるといいかもしれない。
今度やってみよう。
「諭吉も食べる? あとにする?」
「ぐお!」
大きな体で、こんな小さなものを食べても物足りないかな? と思ったのだが、にゅっと現れた黒い蛇が食べていった。
現れ方と食べている様子がちょっと不気味で、ドキドキしてしまった……。
「あ、一色さん。虎徹を抱っこしていてくれる?」
私もお腹が空いたな、と思っていたら、虎太郎が何かに気づいたようで、虎徹を私に託すと立ち上がった。
「どうしたの?」
「魔物が来たから、倒して来るよ」
「え? あ、ほんとだ」
進行方向、虎太郎の視線の先を見ると、空中でゆらゆらしている何かがこちらに迫っていた。
「私にできることはある?」
「それほど強い魔物じゃないから、ここで待っていて」
「分かった。……わあ、お魚が空を泳いでる」
距離が詰まり、敵の姿がはっきり見えた。
大きさはマグロくらいだが、見た目は鯰っぽい魔物だった。
まだら模様で顎に髭が一つ……あ、鯰じゃなくて鱈に似ている!
祖父芳三が釣り友達から度々貰っていたので見覚えがある。
祖母がよく竜田揚げにしてくれたなあ。
「食べられるお魚の身をドロップしないかな」
私の呟きに、飛び出そうとしていた虎太郎が反応した。
「黒鳥肉のようなレアで、魚の切り身みたいなのがあったと思う。一色さんがいるから、出るかも……」
「そうなの!? 竜田揚げにしたら美味しいのかな。あ、村で貰ったじゃがいもがあるし、フィッシュアンドチップスとかにしてもいいかも……」
「!! ……行って来る。絶対切り身を取って来るから」
虎太郎が凛々しい顔つきで魚の群れに向かって行った。
料理の話をした瞬間に、雰囲気が変わった気がする。
からあげの時も真剣だったし、食べ物に対する熱意に驚いてしまう。
私はくすりと笑いながら、勇ましい背中を見送った。
「うん?」
虎太郎が向かった方向と反対側、私達が今通って来た道の奥が、何やら騒がしい……。
「ぎゃ?」
「にゃ?」
芳三と虎徹も気になる様で、私と同じ方向を見ている。
騒がしい音はどんどん近づいて来る――。
軍隊でも来るの!? と思うほど騒々しい。何事!?
「「うわああああぁぁぁぁ~っ!!」」
はっきりと聞こえた叫び声は、入り口のところで別れた二人のものだった。
すぐにその姿も見えるようになったが……。
「!!!?」
必死に走る二人を、黒い波が追いかけていた。
「え、あれって……」
それが分かった瞬間、全身にゾゾゾと悪寒がした。
よく見ると、波の正体は大量のネズミだったのだ。
しかも、普通のネズミではなく、男の子の背中にいた不気味なネズミだ。
「いやああああっ!! 怖い!! 気持ち悪い~!!」
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