第6話 デレ

 私の呼びかけに、女の子は足を止めた。

 女の子が行く方向は、危険ではないと思うけれど……「行かない方がいい」と直感した。


「行くな、って……どうして?」

「えっと……そんな気がするから……」


『運S』のおかげで、勘が外れることは滅多にないのだが、悪人疑惑をかけられている中で、「運がいいから信じて」と言っても怪しまれそう……。

 そう思っていたら、案の定、女の子は顔を顰めた。

 ……やはり信用して貰えないようだ。


「お前、オレ達を嵌めようとしているな!」


 どう説明しようか迷っていたら、落ち込んでいた男の子も復活した。

 まだ女の子に担がれたままだけれど!

 鋭い目つきで睨まれるが、迫力はあまりない……って、眺めている場合じゃなかった。


「嵌めたりしません! あの、本当にそっちは行かない方が……」

「ご忠告どうも。ウチらのことは気にしないで~」


 女の子は私の言葉は気にしないことにしたか、復活した男の子を担いだまま歩き出した。

 それを見て虎太郎も二人に声を掛けた。


「魔物がいるかもしれないから、一緒に動いた方が……!」

「オレは騙されないぞ!」


 騒ぐ男の子とは対照的に、女の子は軽く手を上げて挨拶をすると去って行った。

 遠ざかっていく背中までかっこよかったけれど、大丈夫だろうか……。


「……行っちゃったね」

「そうだね……。今のところ、この付近に魔物はいないから大丈夫だと思うけど、また会えると思うから、その時はもう一度話してみようか」

「また会える?」


 どういう意味だろう、と首を傾げると、虎太郎は教えてくれた。


「この場所、ポータルのところで話した『ダンジョン』だと思う。迷路みたいな構造で行き止まりが多いんだ。一色さんが『行かない方がいい』って思ったのなら、きっとハズレの道だから戻って来るよ」

「!」


 虎太郎が私の直感を信じてくれることが嬉しくて、思わずゆるゆるな顔になりそうだったけれど、きゅっと締めて周囲を見回した。


「そうなんだ、ここがダンジョンか……」

「うん。でも、そこに入り口があったはずなんだけれど……通れなくなっている」


 虎太郎が指差すところを見ると、天井まで分厚い氷で覆われていた。


「本当だ……完全に塞がっている……。先が明るいのは、入り口から外の光が入っているからなのね。あそこまで火の魔法で溶かして脱出できないのかな?」


 火力の調整をしないと私達まで吹っ飛びそうだけれど、バーナーのような火で穴を空けて脱出するとか……。


「できるかもしれないけれど……下手に刺激したら、山頂の雪が雪崩を起こしたり、洞窟内でもどこか崩れたりするかもしれないから、最終手段にした方がいいんじゃないかな」

「! そっか……。雪崩が起きて、外にいる人を危険に晒すわけにはいかないよね。猫ちゃんの本体に会いたいし、奥への道を進むしかないか……」


 氷自体が光っているようで、洞窟内は全体的に明るいけれど、入り口と反対側は段々暗くなっていて不気味だ。


「そうだね。ゲームでは最奥に出口があるんだ。でも、『守護獣様の審判』なんてものはなかったから、今はどうなっているか分からないけれど……」


 虎太郎はそう呟くと、重々しい表情になった。

 ゲームと違うところで何か問題が起きると、いつも虎太郎は責任を感じている……。

 本当にここから出られなくなら大変だけれど、善人なら出られると言うし、守護獣トリオがいるのだから……きっと大丈夫!

 楽観的かもしれないけれど、怖がっていても前に進むしかないし、虎太郎には一人で責任を感じて欲しくない――。

 だから、私は明るく話しかけた。


「とにかく行ってみようよ! ダンジョン攻略なんてわくわくするね!」


 どんな状況でも楽しんでいけば、虎太郎が気に病むこともないはず……!

 実際に、虎太郎と芳三達との冒険は楽しいし、今もこの状況にどきどきわくわくしている!

 そういう気持ちを込めて笑顔を向けると、虎太郎も微笑んでくれた。


「……そうだね。行ってみようか」

「うん! 行こ行こ!」

「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 芳三と諭吉も、私に合わせて前足を振り上げてくれた。

 この流れに、いつか子猫も参加してくれたらいいな……。

 そう思っていると、虎太郎が子猫を抱き上げた。


「お前も行こうな」

「行こうね、猫ちゃん!」


 虎太郎に続いて子猫に話し掛けると、プイッとそっぽを向かれたが、しばらくして「……にゃ」と了承の返事を貰えた。


「守護獣の体――本体がいる場所は分かるか?」


 虎太郎が子猫に尋ねる。

 あ、そうか。子猫が案内してくれたら、本体に会うという目的はすぐに達成できる。

 案外楽勝かも? と思ったのだが……子猫は不思議そうな顔をした。


「にゃ?」

「分からないのか?」

「にゃー」


 隠したり誤魔化したりしている様子はない。

 本当に分からないようだ。


「ぎゃ」

「ぐぉ」

「にゃ!? しゃーっ!!」


 芳三と諭吉が子猫に文句を言ったようで、また言い合いが始まってしまった。

 よく『孫VSおじいちゃんズ』になってしまうのは困ったものだ。

 少し呆れながら芳三達を見守る私の隣で、虎太郎は何やら考え込んでいた。


「本体の体は大きいだろうから、広いところにいそうだな。そうなるとボスがいた辺り……奥の方か」

「奥村君、猫ちゃん本体の居場所が分かったの?」

「あ、うん。大体の予想はついたんだけど……。正確な道のりは覚えていなくて……。でも、一色さんの勘でなんとかなるかな?」


 虎太郎にそう言われて、私はパアッと笑顔になった。

 私が役に立てる貴重なチャンス!


「うん、任せて! 私、普通の迷路なら、いつも適当に進んでもすぐにゴールできるの!」


 胸を張ってそう言うと、虎太郎が少し笑った。


「一色さんがいると頼もしいね」

「私は何もしていないんだけどね! えへへっ! 歩く方位磁石になるね!」

「…………っ、歩く方位磁石……」


 また虎太郎が無表情で笑っているが、そんなにおかしなことを言ったかな?

 私が方位磁石になった姿でも想像しちゃったのかな、と思いながらも、まだ言い争っていた芳三達を止めた。

 みんなが落ち着いたところで、私達は女の子と男の子が進んだ道とは違う方へ歩き始めた。


「一色さん、結局休憩できていないけれど大丈夫?」

「ちょっと休憩したいなあと思うけど……大丈夫! 奥村君の方こそ疲れていると思うけど……」

「僕は平気だよ」


 確かに虎太郎には、まったく疲労の色が見えない。

 諭吉の本体である守護獣とあんな激しい戦闘をしたあとなのに、私よりも元気だなんて凄すぎる。


「でも、休むのに良さそうな場所があったら休憩しようか」

「うん、そうして貰えると助かる……」

「ぐぉ!」


 私達の会話に入ってきた諭吉が、何かを主張し始めた。

 胸ポケットから体を乗り出し、黒い蛇を使って器用に地面に飛び降りると、「ぐぉっ!」と鳴いた。


「諭吉? …………っ!?」


 どうしたのだろう……と思っていたら、諭吉の体がぐんぐんと大きくなってきた。

 ゾウガメサイズになったと思ったら、もっともっと大きくなり……最終的には、車サイズになった。


「わー! でっかくなった!」

「ぐおおおおっ!!」


 本体のサイズまではいかないけれど、こんなに大きくなれるなんてびっくりだ。


「驚いたな……こんなこともできるようになったのか」

「ぐお! ぐお!」


 虎太郎の言葉に、諭吉が嬉しそう頷いた。


「ぐーお」


 体と同じように大きくなった黒い蛇が、私達を甲羅の元へ引っ張っていく。


「もしかして、僕達に乗れって言っているのか?」

「ぐお!」

「いいの!?」

「ぎゃ!」


 一早く甲羅に飛び乗った芳三が、早く乗れ! と私達を呼んでいる。

 お言葉に甘えて乗ろう……としたけれど、諭吉は立っているので甲羅の位置が高かった。

 登れないかも!? と焦ったが、黒い蛇がアシストしてくれたので大丈夫だった。優しい!


 もたもた上った私とは違い、虎太郎はスタッとかっこよく飛び乗った。

 それを見た瞬間、胸がドキッとした。

 これは……前も感じた…………推しを浴びたファンの気持ち!?


「一色さん?」

「な、なんでもないですー!」

「にゃ?」


 虎太郎の腕に抱かれた子猫も、私を見て不思議そうにしていたけれど、何でもないと誤魔化した。

 早くなった心臓を落ち着かせていたら、甲羅に私達を乗せた諭吉が歩き始めた。

 動きはゆっくりだが、私達が歩いている時と変わらないスピードだ。


「わああ、すごいね諭吉!」

「ぐお!」

「休憩場所の話をしていたから、休めるようにしてくれたんだね! ありがとう!」

「諭吉、ありがとな」

「ぐお~!」


 虎太郎とお礼を言うと、諭吉は嬉しそうに鳴いた。

 体が大きくなった分、声も大きくなっていて迫力がある。

 ドシンドシンと歩く諭吉の背中にいると、恐竜の背中に乗っているような気分になってとても楽しい!

 にゃっ、にゃっ! と楽しい声が聞こえたので子猫を見ると、虎太郎の腕に抱かれたまま楽しそうにしていた。

 その様子が可愛くてニコニコしていると、子猫と目が合った。


「ふふっ、猫ちゃん、楽しいねえ!」


 今なら触っても許して貰えるかな、と手を伸ばしてみる。

 そっと触れると、ふわふわな毛が気持ちよかった。

 私も抱っこしたいな……と思っていると、子猫が私の手をぺろりと舐めた。


「! ……あ、怪我したところ?」


 びっくりしたが、さっきまであった小さな傷が消えていたので、子猫の意図にすぐに気がついた。


「治してくれたのね。ありがとう!」


 わざとではないが、私に怪我をさせてしまったことを、子猫はずっと気にしていたのだろう。

 優しい子だ。

「やっぱり可愛いな」と、ひたすらなでなでしていたら子猫の目が潤み始めた。


「…………っ、にゃ~~~~っ!!!!」

「!?」


 どうしたの!? と思っている内に、子猫の目から大粒の涙が溢れ出た。

 にゃーにゃーと声を出して泣く子猫に、私と虎太郎はぎょっとする。


「猫ちゃん!? どうしたの!? どこか痛い!?」

「何かあったのか?」


 二人であわあわしていると、子猫は泣きながらも虎太郎に体を擦り付けて甘え始めた。

 少しすると、私の方にも飛びついて来て、スリスリとくっついて甘えながら泣いている。

 さっきまでのツンはどこに!?


「ぎゃ」

「ぐお」


 芳三と諭吉が、微笑ましそうに笑っている。

 子猫は本当は甘えたかったけれど、我慢していたのだろうか。


「……今まで誰もいなくて寂しかったのかな?」


 諭吉の元にはアリエンさんが通ったりしていたけれど、子猫はずっとひとりぼっちだったのかもしれない。


「そうなんじゃないかな……」

「にゃ、にゃぅ……にゃっ……」


 虎太郎と私は、子猫が泣き止むまで撫でてやった。

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