第5話 洞窟
地面に体が沈んだあと、視界が真っ暗になった。
水中をふよふよと漂っている感覚がしていたが、体に重力が戻って来た瞬間に、ドサッとどこかの地面に投げ出されていた。
「わっ! ……っと……びっくりした!」
体がぐらりとしたが、なんとか倒れずにすんだ。
「一色さん、大丈夫?」
「!」
すぐ近く、真正面から虎太郎の声が近くてびっくりした。
そうだ……体が沈み切るところで、虎太郎とはぐれない様に必死に手を伸ばし、服を掴んだ気がする……。
思い出して自分の手をみると、やっぱり虎太郎の服をぎゅっと握りしめていた。
そして、虎太郎は私が倒れないように腕を掴んで支えてくれていた。
「う、うん! 大丈夫! 奥村君も怪我とかない?」
慣れない近距離に緊張しながらも、私は虎太郎の服を掴んでいる手を離した。
すると、虎太郎も支えてくれていた手を離して素早く離れていった。
忍びかな? と思うような素早い動きで離れたから、虎太郎も予想外の近距離に驚いたのかもしれない。
咄嗟にくっついてしまったが、パーソナルスペースが広いタイプの私達には心臓に悪いアクシデントだった……。
「ぼ、僕も大丈夫だよ。芳三、諭吉も怪我はなさそうだね」
「ぎゃ!」
「ぐぉ!」
芳三は私の肩、諭吉は虎太郎の胸ポケットから元気に鳴いた。
「猫ちゃんは?」
「ぐぉ」
見回してもいなくて焦ったが、諭吉が黒い蛇で子猫を捕獲して連れてきた。
「にゃ……」
首根っこを掴まれ、ぶらんと垂れ下がっている子猫が不満気に鳴いたが、怪我はなさそうだ。
「大丈夫そうだね」
「にゃ!」
体を揺らして蛇から逃れ、綺麗に地面に着地した子猫の元に芳三が向かう。
「ぎゃ!」
「にゃ」
「ぎゃうぎゃ!」
「にゃー……」
何やら話し始めた二匹を見守りつつ、周囲の景色に目を向けた。
「ここは……すごく綺麗なところだね」
洞窟の中のようだが、壁面がすべて氷で出来ていて、見渡す限り青の世界だ。
昔テレビで見た、アイスランドの氷の洞窟に似ている。
「あ!」
少し離れたところに黒と白があると思ったら、先程の少年少女だった。
そういえば、子猫を追いかけてきた女の子と、女の子を助けようとした男の子も一緒に地面にのまれたのだった。
二人は冷たい地面に座り込んでいる。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねえよ……最悪だ……オレ達までこんなところに……」
男の子が、膝を抱えてどんよりしている。
怪我はなさそうだが、精神面は大丈夫じゃなさそうだ。
「リュリュ、落ち込まないで! ウチら善人だもん。絶対出られるよ!」
女の子の方は、明るく男の子を励まそうとしていた。
二人は私達のことを気にしていない様子だが、気になったことがあったので声をかけた。
「さっきも守護獣の審判って言っていたけれど、ここはどこなんですか?」
「……ん? ここは山の上にある洞窟よ。ウチらの村では、石の力で悪しき者をここに送り、守護獣様の審判を受けさせるの。善人なら出てくることができるけど、悪人には罰が下る」
「罰って……ここから出られなくなるってこと?」
「…………」
女の子から返事はないけれど、そういうことのようだ。
「……猫ちゃん、そうなの?」
「にゃ?」
推定守護獣の子猫に聞いてみたが、首を傾げている。
心当たりはなさそうだけど……どういうこと?
この子が可愛いということしか分からない。
「こんなところで人生が終わるなんて……勇者コウキ様のようになりたかった……」
「「!?」」
耳に入った男の子の呟きに、私と虎太郎は驚いた。
勇者コウキ、と言った?
光輝と樹里が話して映像を見たのだろうか。
虎太郎と私に何の反応もないということは、先程の映像は見ていないようだが……。
「ウチも聖女ジュリ様みたいになりたかったなあ。優しくて可愛くてお洒落で、憧れちゃう!」
「「!!」
樹里の容姿を知っているということは、やっぱり光輝と樹里の映像を見ていたのだろう。
人の憧れに口を出すつもりはないし、夢を壊すようなことを言うつもりはないが……。
私と虎太郎は、思わず顔を見合わせて苦笑いだ。
「リュリュ! ウチら早くここを出て、山も下りて冒険に出よう!!」
「出られるかな……オレ、今朝ニワトリに餌やるの忘れたし、悪人かも……」
男の子は座り込んだまま、更に絶望した顔になっている。
こんなにニワトリの餌やりを忘れたと気にしているなんて、絶対いい子でしょ!
女の子も猫に優しいし、動物を可愛がる人に悪人はいない……と思いたいなあ。
「もう! うじうじ凹んでいる場合じゃないよ! どうやったら出られるか分からないけれど、ここにいても仕方ないでしょう! 出口を探すか、守護獣様を探してみようよ」
女の子はそう言って、男の子を立たせようと腕を引く。
でも、男の子はどんよりしたままで動こうとしない。
「無理だよ……ポータルだって動かせなかったし……オレは何をやっても駄目なんだ……ここで骨になるんだ……」
「ああっ、根暗めんどくさー! いいからもう立ってよー!」
女の子が一生懸命引っ張るが、男の子は梃子でも動かない。
「ぎゃー」
「しゃーっ!!」
芳三が女の子の真似をして、子猫の尻尾を引っ張ろうとしたが、威嚇されて終わっていた。
尻尾を引っ張るのは駄目だよ、と芳三に注意する私の隣で、虎太郎が女の子に質問をした。
「あの、どうしてポータルを押していたんですか?」
「うん? あー、あれは山を出るための試練なの。ポータルからは悪人がやって来るから、危険なポータルを村から少しでも遠ざけることができたら、山を下りて外の世界に行くことを許されるの」
なるほど、今まで村を出たい人達がポータルを押していたから、位置が変わっていたのか。
でも、余程の力持ちじゃないと村を出られなかったんじゃないかな?
私なら一生村から出られない気がする……。
「そうなんですか。教えてくださってありがとうございます」
「どういたしまし……て!」
「うわっ」
女の子が言葉の最後に力を入れて引っ張ったので、バランスを崩した男の子が座ったまま冷たい岩肌の地面に倒れてしまった。
「冷たい……このままオレは永遠の眠りに就くんだ……オレも昔の勇者様と守護獣様みたいに旅に出たかったな……」
「ここを出てから行けばいいじゃない!」
「でも、オレには守護獣様みたいな仲間がいないし……」
「ニワトリのコッコ連れて行けばいいじゃない!」
ニワトリを連れた勇者!
たまごからひよこが生まれて、たくさんひよこを連れた男の子の勇者姿が脳裏に浮かんだ。
勇者様とぴよぴよ部隊……和む……とても応援したい……!
「たまご食えること以外に戦力にならないだろ……」
「食いっぱぐれることがないって最高でしょ!」
「でも……」
「ああああっ、もう! めんどくさい!」
「「!?」」
そう叫んだ女の子は、倒れている男の子を「よいしょ!」と米俵のように担いだ。
虎太郎と私は目を丸くして驚いた。
「好きなだけうじうじしてなさいよ! ウチが勝手に運ぶから!!」
鼻息荒く、女の子はどしどしと歩いて行く――。
その背中を見て、私は思わず「たくましい……」と呟いてしまった。
「あ!」
女の子が足を止め、こちらを見た。
「猫、一緒に行こ!」
子猫に向かってそう呼びかけたが、返事をしたのは子猫ではなく芳三だった。
「ぎゃ!」
「ん? もしかして、駄目って言ってる?」
「ぎゃ!」
子猫の前に立った芳三が、「行かせない」と前足を広げている。
「んー……猫、友達? と一緒にいるの?」
「…………。……にゃ」
女の子に聞かれた子猫は少し迷っていたが頷いた。
芳三達が説得してくれていたようだ。
よかった! 女の子について行くと言われたらどうしようかと思った。
「そっか。じゃあね、あなた達も善人なら出られるからがんばってね」
そう言って女の子は、再び米俵と化した男の子を担いだまま歩き出したのだが……。
「あ、そっちに行かない方がいいよ!」
私は女の子を引き留めた。
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