第40話 守護獣 黄金亀王③

「声をかけるから、そのタイミングから回復をかけ続けて!」

「わかった!」


 私が頷くと、虎太郎は暴れる守護獣に向けて駆けて行った。

 虎太郎が近づいても、気にせず木々をなぎ倒し、暴れる守護獣――。

 そんな様子を見ていると、「早く助けたい」という想いが一層強くなる。

 虎太郎の背中にも、そういう想いが溢れている。


 巨体で暴れる守護獣に、私だと近づくことさえできない。

 虎太郎はどうするのかと思っていたら、大地を蹴って空高く飛び上がった。

 そして、守護獣の真上まで来ると、魔王の欠片に向けて真っ直ぐに落ちていく……。


 虎太郎が剣を突き刺そうと構えているのが見えた。

 手にしている剣は虎太郎が魔法を込めたのか、青い光を放ち始める。

 そして、刀身が光によって拡張され、守護獣の体で禍々しい気配を放つ魔王の欠片に届く長剣になった。


「一色さん!!!!」

「! 『聖なる水の癒し』!!」


 虎太郎の声を聞き、私はすぐに魔法を発動した。

 落下の勢いのまま、光の刀が甲羅に刺さると同時に、私の魔法が守護獣を包む。


「グオオオオォオオオオオッ!!!!」


 今までの鳴き声とは違う、痛々しい絶叫が響く――。

 常に治しているけれど、痛みはあるはずだ。

 少しでも守護獣が楽にいられるようにと、祈るように手を組み、必死に魔法の効果を継続させる。


 虎太郎が突き刺した剣は甲羅に深く刺さっており、剣先が魔王の欠片まであと少しというところまで来ている。

 だが、欠片の魔力が抵抗しているのか、それ以上は進まず……破壊には至っていない。

 虎太郎が剣をより深くに沈めようと剣に力を込める。

 あと少し……! がんばれ!


「うおおおおおおおおっ!!」


 虎太郎の叫び声が響く。


「勇者様!! 行っけええええええっ!!」

「コタロウ様!! 魔王の欠片なんてヤッちゃってください!!」


 アリエンとツバメの応援する大声が聞こえる。

 私も集中しているから大きな声を出せないけれど、心の中では誰よりも大きな声で応援している。

(奥村君、絶対一緒に諭吉を助けようね!!)


「!」


 みんなの応援が届いたのか、魔王の欠片に剣先が届いた!

 そして、少しずつ……少しずつ……黒の塊を光の剣が貫いていく――。


「グオオオオォオオオオオアアアアッ!!!!」


 守護獣の絶叫も増す……諭吉も頑張って……あともう少しだから!!


「消えろっ!!!!」


 虎太郎の声が響いた直後、光の剣がズンッと深く刺さり、一気に魔王の欠片を貫いた。

 その瞬間、ゾッとする恐ろしい断末魔が聞こえた気がした。

 もしかして、魔王の欠片に残っていた魔王の……?

 困惑している間に、守護獣の中にあった禍々しい気配が一気に消えていた――。


 動きを止めた守護獣の甲羅に乗っている虎太郎は、力を出し切って疲れたのか、両膝をつき、肩で息をしている。

 ……上手くいったのだろうか。

 改めてよく見ても、守護獣から悪いものは何も感じないが……。


「ぎゃ! ぎゃーーーー!!!!」


 芳三が歓喜の雄叫びを上げている。

 それを見て確信した。

 どうやら虎太郎は、見事に魔王の欠片を消し去ることに成功したようだ!


「やったっ!! 奥村君、すごいよ!!」


 魔法を維持しながらも、私は思わず叫んでしまった。

 その声を聞いて、アリエンとツバメも興奮し始める。


「さすが勇者様!!!!」

「素晴らしいです! こんな歴史的な瞬間に立ち会えるなんて……わたくし、感動しております!!」


 ツバメの言う通り、本当に歴史的な瞬間だと思う。

 守護獣達は気が遠くなるほど長い年月、結晶化しながらも魔王の欠片をその身に封じてきた。

 今ようやく、その役目から解放されたのだ。

 虎太郎はすごい……まさに勇者だ!


 あとは……治療、私の本番だ!

 傷は治すことができるが、守護獣の体力が持つか……。

 とにかく私には、魔法をかける続けることしかできない。

 そう思い、新たに気合を入れたところで、「パキッ」と何かが割れる音が耳に入った。


「あっ!」


 嫌な予感がして、守護獣を見てみると、結晶化した部分のヒビが悪化していた。

 私が見ている今も、根のようにヒビが広がっていく――。

 大変、なんとかしないと……!


 だが、次の瞬間……焦る私の目に、信じられない光景が広がった。

 大量のガラスが砕けるような音と共に、守護獣の結晶化したところが砕け散ったのだ。


「えっ……」


 その光景に、この場にいる全員が息をのみ、固まった。


 私の回復する手も思わず止まる――。

 回復が無駄だった……?

 守護獣は……諭吉は……助からない?

 頭が真っ白になった私は、ただ茫然と立ち尽くした。


「ぎゃ!!!!」


 私の目の前に来た芳三が、大きな鳴き声をあげた。

 ハッとした私が芳三を見ると、芳三の目は諦めていなかった。


「ぎゃ!! ぎゃ!!」


 私に向けて「しっかりしろ、諭吉はまだ大丈夫!」と言っている気がする。

 そうだ、まだ確認したわけじゃない……希望が残っているなら……治すしかない!

 再び気合いを入れ、魔法を行使した瞬間……くらりとした。

 魔法を使い続けているから魔力がないのかもしれない。


「一色さん! 大丈夫!?」


 近くで虎太郎の声が聞こえると思ったら、倒れそうになった私を支えてくれていた。

 守護獣の上から駆けつけてくれたようだ。


「大丈夫……」

「無理しないで! あとは僕がなんとかするから!」

「でも……」


 前に虎太郎は、「僕は回復系と相性が悪い」と言っていた。

 ツバメのアイテムも、守護獣に効果があるか分からない。


「グ……グォ…………」


 体の約半分が砕けてしまった守護獣は、どう見ても弱っていて瀕死の状態だ。

 私がなんとかしなきゃ……。

 そう思い、虎太郎の支えを離れ、一人で立ったその時……視界にたくさんの小さな光が現れた。


「?」


 また立ち眩みかと思ったが……確かに見える。

 そして、よく見てみるとそれは、私に『清浄』などをギフトでくれた、雫の精霊達だった。


「何だこれ……!」


 少し離れたところにいる光輝が驚き、周囲をきょろきょろと見回している。

 光輝にも見えているようだが、精霊を初めて見たようで戸惑っている様子だ。


「何なの……」


 アリエンによって後方に連行されている樹里も同じく混乱している。

 二人だけではなく、アリエンとツバメもキョロキョロしている。

 みんなに見える状態で現れたようだけれど、どうしたのだろう……。


『にんげん。てつだう、する』


 私の前に来た精霊が話しかけてきた。


「手伝う? ……あ」


 返事はなかったが、私の疑問に答えるように、雫の精霊達がより強く光り始めた。

 その光景はとても綺麗で……幻想的だ。

 そんなことを思っている内に、私の体を温かい光が包んだ。

 意識を保つことさえつらかった体に、力が漲る……。

 手伝う、とはこれのこと?

 とても助かる……これならまだまだ魔法を使えそうだ!


「奥村君、もう大丈夫! 任せて!」


 目を見開いて驚いていた虎太郎だったが、私の様子を見て回復したことを悟ったのか、頷いてくれた。


「諭吉を頼んだよ」

「うん! ……諭吉、長く苦しませてごめんね。今助けるから! ……『聖なる水の癒し』!」


 もう何度も使った『聖なる水の癒し』だが、別の魔法なのかと思うほど強い力を感じる。

 雫の精霊達が、魔法の方も助けてくれているのかもしれない。


 青と白が混じった強い光が、守護獣を包み込む。

 守護獣の姿が見えなくなったが、私はちゃんとその存在を感じている……。

 確かに生きている……まだ間に合う!!

 虎太郎の努力と想いを無駄にしない、絶対にまたみんなで旅をするんだ!

 そう強く思いながら、魔法に力を込める。

 全部の力を出し切る!


「諭吉! 帰って来て!!!!」


 私が思いきり力を込めると光は更に強くなり、周囲に広がった。

 みんなは目を開けていられなくなったようで、目を閉じて顔を背けている。


「くっ……っ!」


 力を出し切った私も眩しさで目を閉じた。

 でも、大丈夫……なんとかなったはず……!!

 そう願いながら光が収まるのを待った。


「ぎゃ! ぎゃ!」


 芳三の声を聞きながら目を開けると――。


 守護獣がいた場所には…………何もなかった。

 守護獣は……消えた?

 私の回復は失敗した?

 今の芳三の声は、喜んでいたように聞こえたのに……!


 そう思っていたら……走って行く芳三の先に、小さく動く姿があった。


「ぐぉ!」

「…………あ」


 虎太郎の胸ポケットに収まっていた小さな亀の諭吉が、こっちに向かって歩いて来る。


「「諭吉!!!!」」


 それを見た瞬間、私と虎太郎は走り出した。


「ぐぉ!」


 転びそうな勢いで駆け寄ってきた私達に、照れた様子で元気に鳴く諭吉を見ると、ホッとして涙が込み上げてきた。


「よかった……よかったよぉ……!!」


 私は地面にへたり込み、我慢できず大泣きしてしまう。

 そんな私の隣に、涙目の虎太郎が腰を下し、諭吉を手の上に乗せた。


「……本当に心配したんだからな。ほら、お前のせいで一色さんが泣いてるぞ」


 そう言うと、手に乗せた諭吉を私の前に連れてきた。


「ぐ、ぐぉ……」


 諭吉は「ごめん……」と言っているようだが……。


「許さない! 今度からあげ作っても、諭吉にはあげないからね!」

「ぐぉ!?」


 ガーンとショックを受けている様子の諭吉に、虎太郎が追い打ちをかける。


「諭吉の分は僕が食べるよ」

「ぐぉ!?」


 そして、私の肩に乗って来た芳三も、虎太郎に追随するように鳴いた。


「ぎゃ!」

「ぐぉ!? ぐぉ……」


 絶望するように首をだらりと下げてしまった諭吉に、私達は思わず噴き出した。


「ははっ」

「ぎゃっ! ぎゃっ!」

「ふふっ、今回は許してあげるけれど、次心配させたら本当に奥村君と芳三に食べて貰うからね」

「ぐぉ!」


 諭吉は「そんなことはもう起きない」と力強く言っているようだ。

 それを見た私達は改めてホッとして、虎太郎と微笑み合った。

 ……本当によかった。


「結構、危険な賭けだったけれど、上手くいってよかった……。一色さんは、やっぱり幸運の女神だね」

「!!」


 虎太郎が私に、いつもの無表情の笑みとは違う優しい笑みを向けてきた。

 このタイミングでこの笑顔はずるい!

 髪がすっきりしていて、表情がはっきりしているから破壊力がすごい。

 眩しくて直視できず、目を逸らした。


「わ、私はできることをしただけだから! 上手くいったのは奥村の君のおかげだよ!」

「僕だってできることをやっただけだよ」

「ぎゃ!」


 芳三が偉そうに立ち上がり「自分も褒めろ」と胸を張っている。

 自己主張が激しいなと思ったが、虎太郎の笑顔のせいでおかしな感じになっている自分を落ち着かせることができたから助かった。


「上手くいったのは、芳三も協力してくれたからだね。ありがとう」

「ぎゃ!」


「お前もな!」と言っている様子の芳三に、思わず笑ってしまった。


 諭吉も「褒めて!」と言うように鳴いたが、芳三に「お前は違う」と否定されているようだった。

 面白可愛いやりとりを、虎太郎とにこにこしながら見守る。


 そして、二匹が落ち着いたところで、虎太郎が諭吉に話しかけた。


「それにしても……随分縮んだな? 小さいのが本体になったのか?」

「ぐぉ!」


 諭吉が虎太郎の手のひらの上で元気に頷いた。

 体力が余っているのか、ステップを踏んでいるかのように足を動かして楽しそうにしている。


「そんなに騒いだら落ちるぞ」


 笑う虎太郎の隣で私もにこにこしていたら、諭吉がこちらを見て「ぐぉ!」と鳴いた。

 何か思い出したような感じだけれど……。


「諭吉?」

「ぐぉ!」


 諭吉の鳴き声の直後、私の中で不思議な感覚があった。

 これは……ギフトをくれた時の……?

 そう思ってステータスを見たけれど、魔法は増えていない。

 何もなかったのかと思ったら……『聖なる水の癒し』に変化を見つけた。

 それを見つけた瞬間、私は思わず勢い良く立ち上がった。


「ぎゃ!?」

 芳三が落ちそうになってびっくりしている。ごめん! でも、今は大変なことに気がついたのだ。


「ツバメさん!」

「はい! どうしました?」


 遠くにいると思ったツバメが、いつの間にか近くにいたことに驚いた。

 しかも、号泣していてハンカチで涙を拭っている……。

 アリエンも「守り神様……よがっだでず!!」と地面に崩れ落ちて泣いている。

 私もさっきまでこんな感じだったの? と一瞬白目になりそうだったが、今はそんなことより……!


「動かないで、ジッとしていてくださいね」


 できなくてがっかりさせてしまっては申し訳ないから、何をするのかは伝えず、『聖なる水の癒し』を使う。

 すると――。

 背中に違和感があるのか、ジッとしながらも後ろを気にしていたツバメが目を見開いた。


「つ、翼が……生えてきた……?」


『聖なる水の癒し』の効果として、新たに書かれていたのは『欠損部の復元』。

 諭吉のおかげで、今ならツバメの翼を治してあげられそうなのだ……!


 慎重に魔法を続けていると、なんとか無事に終わることができた。


「翼が戻った……」


 ツバメが自分の翼を見て呆然としている。


「おかしいところはないか、動かしてみてください」

「あ! は、はい!」


 ツバメが恐る恐る翼を動かすと、綺麗な対の翼がパタパタと動いた。


「動く……動きます!」

「よかった。痛みはないですか?」

「はい! まったくありません!」


 嬉しそうにそう頷くと、段々と羽ばたきを強くしていき、空に舞い上がって行った。

 問題なく飛べているようでホッとした。


「ぎゃー」

「ぐぉー」


 芳三と諭吉が上昇するツバメを目で追って首を上げている。

 またこういう可愛い姿を見ることができて嬉しい。


「魔法の効果が上がったんだ?」


 虎太郎も、空にいるツバメを眺めながら話しかけてきた。


「そうみたいなの! あ、奥村君も治してあげるね」

「僕は擦り傷程度だから大丈夫だよ。一色さんが疲れないように、もう魔法は…………ありがとう」


 虎太郎がいい終わるより先に魔法をかけた。

 擦り傷程度でも、私が気になるのだ。


「ふふ、どういたしまして」


 そんなやり取りをしている内に、軽く旋回していたツバメが下りてきた。

 そして、私の前に来ると、騎士のように片膝をついて跪いた。


「ハナ様、ありがとうございます……! もう二度と、自分の翼で飛ぶことはないと思っていました……本当にありがとうございます……」

「いえいえ! 治せてよかったです!」


 こんなに畏まってお礼を言われると照れてしまう。

 とりあえず立ってください! とお願いすると、ツバメは笑顔で立ち上がり、改めて頭を下げて感謝を伝えてくれたあと、こんなことを言い始めた。


「欠損部の復元……。そして魔王の欠片が消え、守護獣様が元気になるというこの奇跡――この感動を国中の方に見て頂けてよかったです」

「は?」


 ぽかんとする私の隣で、話を聞いていた虎太郎もきょとんとしている。

 私達につられたのか、芳三と諭吉も首を傾げている。


 そんな私達の前に、ツバメは嬉しそうに手のひらに乗せた何かを見せてきた。

 鏡でできたルービックキューブのようなものだが……これはなんだろう?

 これを見て反応したのは樹里だった。


「それは! 樹里が持っていたはずなのに……」

「落ちていたので拾っておきました」


 そういえば、確かにツバメは何かを拾って、何やら悪い笑みを浮かべていた気がする……。


「これは撮影用の精霊鏡ですね。とても高価なものなので、壊れてしまうと大変ですから」


 不自然なほどニコニコするツバメを見て、樹里だけではなく光輝も……そして、私と虎太郎も顔が引きつった。


「まさか……」

「ちょうどよかったので、ずっと撮影しております。勇者様と聖女様のご活躍を、たくさんの方に見て頂こうと思いまして」

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