第35話 村、最後の朝
村からの出発を明日に控えた夜――。
私は自分だけの魔力の結晶を作る練習をしてみた。
でも、どうしても上手くできなくて……挫折した。
ひとまず諦めて、芳三と諭吉に食べさせる青白結晶を量産することにした。
虎太郎の魔力の結晶はもうたくさんあるし、作るスピードも速い。
芳三と諭吉の結晶化を改善するためには、私が頑張らないと……!
幸い、青白結晶を作るコツは掴めて来たので、私も量産スピードが上がった。
少し余裕ができたので、ついでに文字を読む勉強も始めた。
英語でいうと、まだ『ABC』を覚えた程度だ。
でも、リスニングは自然と出来ている状態なので、英語よりも早く理解できる気がする。
読むだけじゃなく書けないと! ということで、自分の名前を書く練習をしている。
虎太郎の名前も書いてみたけど……もしかして私、恥ずかしいことをしている!?
本人に勝手に名前を書く練習をしていたことがバレると気まずい。
証拠隠滅しようとしたが、虎太郎の名前を書いた紙を捨てるのは気が引けるので、綺麗にしまっておいた。
そして、出発の朝。
早起きした私は、新調した素敵な装備一式を纏い、髪のセットを始めた。
「今日はどんな髪型にしようかな」
昨日は髪を下ろしたけれど、今日は時間があるし、編み込みアップにしよう。
鼻歌交じりにセットをしていると、芳三が体を揺らしてリズムに乗り始めてしまった。
ゆらゆら揺れているしっぽが可愛い。
「芳三、ノリノリだね!」
「ぐぉ」
なぜか青白結晶を食べない芳三だけれど、からあげや普通のごはんは食べてくれる。
だからか、この小さい体の芳三はとても元気だ。
「ぐぉ? ぐぉ!」
踊っていた芳三が、嬉しそうに部屋の扉へ走って行った。
それと同時に誰かが廊下を歩く音が聞こえた。
芳三が喜ぶということは、虎太郎がいるのだろう。
扉を開けて頭を出すと予想通りの姿があった。
「奥村君、おはよう。あ、外を走って来たの?」
虎太郎は装備ではなく、村の人達が来ているようなラフな格好をしていた。
運動後なのか汗を掻いているし、タオル代わりの布を首にかけている。
「一色さん、おはよう。うん、ちょっと運動してきた」
「朝活、いいね! 私も今度からやろうかな」
虎太郎と同じ運動は私には無理だと思うが、体力作りのために軽くランニングくらいはしたい。
「じゃあ、今度する時は一緒にする? 今日出発して、明日はどうなるから分からないから状況次第だけど……」
「うん! お願いします」
体力が全然違うから、毎回一緒にして貰うのは申し訳ないけど、一度トレーニングのコツなど教わりたい。
「……えっと、その髪型……綺麗だね。自分でやったの?」
「うん! あ、ありがとう……」
密かに「変じゃないかな?」とドキドキしていたから、褒めて貰えて嬉しい。
言ってくれたのが虎太郎だから、尚更顔が緩んでしまう。
「一色さんって器用だよね。料理も上手だし」
「そ、そうかな……? へへっ……」
あまり褒められると、照れて変な顔になる……!
締まりのない顔を逸らして誤魔化していると、諭吉が私に向けて鳴いた。
「ぐぉ!」
「ふふ、諭吉も褒めてくれているのね? ありがとう。今日はそこにいるのね」
今、虎太郎が着ている服には胸ポケットがないからか、諭吉は虎太郎の頭上にいる。
「ぐぉ!」
「おい、騒ぐと落ちるぞ」
「諭吉、気をつけてね。……ねえ、奥村君。前髪長いね?」
諭吉が虎太郎の髪を抑えているので、普段よりも顔が前髪で見えない。
時折見える目元がかっこいいのに、隠れてしまうなんてもったいない。
私の言葉に、虎太郎は苦笑した。
「うん、長いよね。美容室とか、髪を切るところが苦手で……あまり手入れできないんだ。でも、そろそろ前髪は邪魔だから切ろうかな」
「あ! 私が切ろうか? 今まで自分でカットしてきたし、結構得意だよ?」
美容室が樹里と被ったら、「真似をした」なんて言われるので、今までできるだけ自分でカットしてきた。
カットの仕方を調べて、自分を練習台にして腕を上げて来たし、それなりに整えられると思う。
「じゃあ、お願いしようかな」
「うん!」
……とは言ったものの、カットをするためのハサミがなかったので、虎太郎が着替えるために部屋に向かった間にブランカさんに相談した。
すると、カット専用ではないけれど、よく切れるハサミがあったので、それを借りてきた。
ケープ代わりの大きな布も借りたところで、装備に着替え終わった虎太郎と廊下で会えた。
村の人達はカットをする時、掃除をしやすいように外でするのだとブランカさんが教えてくれたので、私と虎太郎も外に出た。
人がいないところで椅子を置き、座った虎太郎にケープを巻く。
「新規のお客様ですね。担当させて頂く一色と申します。今日はどのようにされますか?」
「…………っ。えっと……前髪が目に掛からないくらいに切って貰えたら……」
「かしこまりましたぁ。あと、後ろも量や長さを整えますか?」
「…………っ。はい、お願いします……」
私が突然始めた美容師さんごっこに、虎太郎はまた表情を変えず笑っているが、一応乗ってくれるようだ。
「ぎゃ!」
「ぐ、ぐぉ……」
ついて来ていた芳三が、座っている虎太郎の足に飛び乗った。
諭吉も乗ろうとしているのだが、登れずに足元で挫折している。
「あ、こちら、当店の招きトカゲと招き亀です」
「ぎゃ!」
「ぐぉ!」
私に紹介された二匹は、とても誇らしげにしている。
「…………っ。そ、そうなんだ。店の手伝いをしていて偉いな」
「ぎゃー」
「ぐぉー」
……なんて和むやり取りをしていたが、私は手が震えそうなほど緊張していた。
カットの自信はあるのだが、虎太郎の髪を触り放題だし、顔にも少し手が当たるし……。
(私はお母さん。私は奥村君のお母さん!)
変に意識しない様、お母さんになりきると何とか平静を取り戻すことができた。
「……ふぅ。よし、できたよ!」
「ありがとう。すっきりしたよ」
「!?」
ケープを外し、前髪も整えて立ち上がった虎太郎を見て腰を抜かしそうになった。
そんなに髪型が変わっていないはずなのに、すごくかっこよくなったのですが!?
硬派でかっこいいイケメンで、光輝よりも何倍も素敵だ。
「え、勇者様かっこいい……」
「!」
周囲には誰もいなかったはずなのに、振り向くと村の少女達がこちらを覗いていた。
「そうだよね!? すっごくかっこいいよね!!」
「あっ、見つかっちゃった!」
私と同じことを考えていたので、思わず同意すると、少女達は驚いて去って行った。
どうして……!?
ぜひお話して欲しかったです……。
本人の前でかっこいい! と叫んでしまった私を残していかないで……。
「……そ、そろそろ食堂に行った方がいいんじゃないかな」
そう話しかけてきた虎太郎をちらりと見ると、顔や耳が少し赤くなっていた。
髪を切ってすっきりした分、血色も分かりやすくなったようで……。
「あ! そうだね! ご飯の用意ができてるね! 行こうか!」
私も恥ずかしくなって食堂に急いだ結果、芳三と諭吉を忘れて行ってしまい、二匹に叱られてしまったのだった。
※
食堂の扉を開けると、ツバメが待ち構えていた。
「コタロウ様、ハナ様、おはようござ…………コタロウ様! その美貌はどうされたのですか!!」
「美貌! ふふっ」
髪がすっきりした虎太郎を見たツバメのリアクションに、思わず笑ってしまった。
「ハナ様のその髪もすばらしいですね! ご自分で結ったのですか?」
「あ、はい」
「もし、よければ……結い方を教えて頂けませんか? ……おっと、つい先走ってすみません。先に朝食をお召し上がりください」
相変わらず勢いがすごいツバメに、虎太郎と苦笑しながら席についた。
今日の朝食はブランカさんお手製のパンとスープ、グラタンだった。
黒鳥肉のからあげはもうないので、諭吉は青白結晶を食べている。
もちろん、芳三にも青白結晶を渡したのだが、やっぱり拒否されたのでパンをあげた。
一口食べたが、あまり好みではなかったようで、食べずに今は尻尾を振って遊んでいる。
「ハナ様が清浄をかけたシーツで眠ると、体力が回復しました! 素晴らしいです。汚れると効果がなくなっていくようなので、使い切りの聖女のシーツとして売り出すのはどうでしょう! からあげも商品化したかったですねえ。髪の結い方も本にすると、きっと爆売れしますよ!」
私達の前に座ったツバメが、マシンガントークを続けている。
もう少し落ち着いて食べたいのだが、今日出発でまたしばらく会えなくなると思うと、この早口も名残惜しい。
「本日でしばしの別れになるのかと思うと、わたくし、本当に……本当に胸が苦しいです……」
「私も残念です。もう少しいられたらよかったんだけど……」
「……あ」
隣の虎太郎が、短い声を発して動きが止まった。
少しすると、段々表情が険しくなってきて……。
「奥村君? どうしたの?」
「あ。朝から一応、千里眼でポータル周辺の様子を見ていたんだけど……。今、ポータルを使って人が来た」
「!?」
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