第34話 また奪わなきゃ ※樹里

 虎太郎君と波花が旅に出たと聞かされた日――。

 何気なく過ごしていたけれど、周囲の態度がよそよそしいことに気がついた。

 よく話をしたメイドたちがいないし、目にする顔ぶれが違うような……。

「今までいた人達はどこへ行ったの?」と聞いても、「配置が変わった」としか答えてくれない。

 それに、樹里から話し掛けられるのを避けているような気が……。


「……ヤな感じ」


 モヤモヤしながらも、今日も樹里とコウは守護獣に会いに行った。

 どうせ今日も反応がないんでしょ、と思いながら近づくと、意外なことに反応があった。

 でも、それは「何故か近づけなくなる」という最悪なものだった。


「意味分かんねえ」

「…………」


 コウは苛立っていたし、王子様も静かに怒りを見せていた。

 一応、何か反応はないか、スクロールで覚えた魔法をかけてみたり、色々試してみたけれど……。

 結局何も起こらなかった。最悪……。

 樹里が健気に試行錯誤しているのに、誰も褒めてくれないのも腹が立った。


 終始空気は最悪のまま、次は魔法を習う時間になったのだが、樹里は王子様からこっそり呼び出された。

 魔塔長が不在で代わりに来た魔法使いに「下っ端に教わるのが気に食わない」と文句を言っているコウの目を盗み、樹里は王子様の部屋に向かった。


「?」


 王子様の部屋に到着してノックをしようとしたら、中から綺麗な女の子が出て来た。

 コウとは違う天然の金髪を、見事な縦ロールにセットしている。

 スタイルも良くて、涼しげな水色のドレスも上品で高級そうだ。

 一目で身分が高い令嬢だと分かる。


「あら、あなたは……『聖女様』でいいのかしら」


 縦ロールは樹里を見ると声をかけてきた。

「華原樹里か?」と聞いているより、「本物の聖女なのか?」と聞いているように聞こえる。

 樹里を下に見ているような視線にも苛立って、ムッとしながら返事をした。


「そうですけど、あなたは誰ですか?」

「わたくしはミランダ・ラングロワと申します。以後お見知りおきを……。それでは、失礼いたします」


 ミランダ……確か王子様の婚約者の名前だ。

 婚約者と思しき縦ロールは、優雅に挨拶をするとすぐに立ち去ろうとしたが……すれ違い様に囁いた。


「パスカル様は、役に立たないものは側に置きませんのよ? 覚えておいて下さいませ」

「!」


 どういう意味!? 樹里が役に立たないとでも!?

 思わず睨みつけると、縦ロールは微笑みを見せて去っていった。

 聖女である樹里とは違い、ただのお嬢様のくせに……!


「来たか」

「パスカル様!」


 背後の扉が開き、王子様が顔を見せた。

 樹里のために開けてくれたようだ。


「……早く入りなさい」

「? はい」


 態度が妙に冷たいような気がしたが……とにかく、言われた通り部屋の中に入った。

 そして、扉が閉まった瞬間、樹里は王子様の背中に抱きついた。


「パスカル様! 今、部屋から出て来た方に、ひどいことを言われました……樹里、怖い……」


 こうすればきっと、王子様は樹里の味方をしてくれるはず……。

 そう思ったのだが――。


「…………」

「パスカル様?」


 何故か王子様は無言で、ドサッと豪華なソファーに腰を下した。

 足を組んで座る姿は、普段とは違って上品ではないし……まだとても機嫌が悪そうだ。


「どうやら、呪水はクリフに回収されたらしい」

「えっ」


 呪水とは……樹里が虎太郎君のコップに入れたものだ。

 虎太郎君の部屋で揉めたあと、二人はすぐに旅立っていたと聞いたから、食事を片付けた時に捨てられているものだと思っていた。


「魔塔長が鑑定をして、色々調べているそうだ」

「そ、そうなんですか」


 コウや樹里に魔法を教えてくれた魔塔長は、かっこいいだけじゃなくとても優秀なのだと聞いている。

 そんな人が調べたら、樹里が水に入れたのだとバレてしまうだろうか。

 魔塔長にも、樹里の仲間になって貰った方がいいかも……。

 そんなことを考えている間も、王子様から樹里を責めるような圧を感じる。


「ごめんなさい……」

「はあ……」


 王子様は髪をかき上げながらため息をついた。

 樹里に失望した、と言っているようで……。

 ひどい、謝ったのに!

 王子様が樹里にさせたのが悪いのに!


「入手ルートが割れることはないと思うが……。何か聞かれても一切答えないように」

「はい……」


 王子様はよほど機嫌が悪いのか、まだ空気がピリピリしている。

 泣いた方が許してくれるだろうかと考えていると、ゴンゴン! とノックをする音が聞こえた。

 王子様の部屋の扉をこんなに乱暴にノックするなんて誰だろうと思っていたら、コウの声が聞こえた。


「樹里! いるんだろう」

「! えっと……?」


 王子様を見と、面倒くさそうに「開けなさい」と言った。

「樹里がやるの?」と不満を感じたが、これ以上怒らせないよう従う。

 扉を開けると、すぐにコウが入ってきた。


「樹里!  一人でここに何の用だよ」


 返事に迷っていると、王子様が座ったまま答えた。


「用事があってね。私が呼んだんだよ」

「……樹里だけに用事ってなんだよ」


 コウが王子様に近づき、立ったまま睨みつける。


「たいした用事じゃない。もう話も終わったしね。そんなことより……」


 王子様が立ち上がり、まっすぐにコウを見た。


「ちょうどいい機会だから、率直に聞くが……。君は本当に勇者なのか?」

「は? 疑ってんのかよ!」

「君はオクムラに敵わなかったのだろう?」

「本気で相手してないだけだ! 大体、俺達を『勇者と聖女だ』って言ったのはあんただろ!」


 コウの怒声に、王子様は何も言わない。

 でも、言い返せないわけではなさそうだ。

 ただただ、コウに見定めているような視線を向けている。

 誰も口を開かず、気まずい空気だけが流れた。


 しばらくすると、王子様はコウから視線を外し、雰囲気を変えて話し始めた。


「勇者と聖女の召喚に成功したと、国中に知らせる手筈をしている」


 この国には精霊鏡というテレビのようなものがあって、それを使って勇者と聖女の紹介をするつもりらしい。


「そこで君達を勇者と聖女として紹介してもよいのだな?」

「もちろん」


 コウは即答したが、樹里は少し躊躇した。

 聖女として紹介されたら、本当は聖女じゃなかったとしても自分で責任を取れ、と言っているように聞こえたのだ。


「俺達、そういうのは得意だ。なあ、樹里」

「……そうね」


 聖女じゃなければ、あの縦ロールにもマウントを取られるし、何より樹里が波花以下になるのが許せない。

 人に注目されることは得意だし、今まで通りに周囲を誘導すればどうにでもなるか……。


「君達は元の世界で人気者だったのだろう? こちらでも頼む」


 ※


 三人で話した日の夜――。

 精霊鏡での配信が行われた。

 こういうことは久しぶりで少し緊張したが、問題なく上手に話せたと思う。

 波花達のことも話し、樹里達が立ち回りやすいように根回しもできたし、大成功だろう。

 樹里もコウも、日本にいたときのように人気者になれると思う。

 そう手ごたえを感じていたのだが……。

 終わる直前、何やら騒がしくなった。

 完全に終わったところでそちらに行くと、クリフさんがいた。


 クリフさんと王子様が、何やら深刻な顔で話している。

 話しに加わろうと一歩踏み出したところで、コウに肩を掴まれた。


「こっそり聞こうぜ」


 確かに隠れていた方が、樹里達にとっては都合が悪い話が聞けるかもしれない。

 樹里は頷くと、コウと身を隠し、会話に聞き耳を立てた。


「オクムラとイッシキの方が本物とはどういうことだ?」

「!」


 驚いて声を出しそうになったので、慌てて口を押えた。

 虎太郎君が勇者だということは、なんとなく察していたけれど……波花が本物の聖女!?


「今日お二人を発見したので、魔塔長と身を隠しながら追跡しました。詳しい説明は後ほどさせていただきますが……二人の能力は桁違いでした」


 二人の能力?

 波花は城で何も教わっていないのに、どんな能力があったというの?


「それに、二人が連れているトカゲと亀のような生物は守護獣だったのです」


 亀? トカゲはコウに火を吐いた……あれ?

 あのトカゲが、樹里達が毎日会いに行っていた守護獣だっていうの?


「本体は王都や各地にいる、結晶化している巨体の方らしいですが……。その本体も、二人によって回復しているようです」


 回復!?

 驚く樹里の隣で、コウも目を見開いている。


「千年竜は回復していないぞ? それに、誰も近づけなくなっているが……」


 樹里も王子様と同じ疑問が浮かんだところだった。

 回復どころか、日に日に悪化しているように感じている。


「今は亀――北部の守護獣の回復に専念しているようです」


 千年竜も回復していたら、都合がいいのに……。

 まさか……波花が樹里を追い込むため、千年竜が回復しないように仕向けている?


「ふむ……。守護獣の回復方法とは?」


 !

 それが分かれば、樹里達でも守護獣を回復できるかも……。


「不思議な玉を食べさせていました。魔塔長は、オクムラ様とイッシキ様の魔力の塊だと言っておりました」

「作り方は分かるのか?」

「いえ……魔塔長も分からないそうです」


 そんな……魔塔長が分からないことを、樹里が分かるわけがない。


「…………あ」

「コウ?」


 コウが何か思い出したようだ。

 声を抑えながらも、勢いよく話し始めた。


「あの根暗、ゲームオタクなんだよ! 異世界転移の話って、ゲームの知識で無双ってよくあるじゃん? あいつもそういうのをやっているのかも!」


 じゃあ、波花は虎太郎君から教えて貰って、色々力を得ているってこと?

 そんなのずるい!


「根暗から玉の作り方を聞き出せば、俺達だって守護獣を回復させることができるかもしれないぞ!」


 聞き出すことができなくても、虎太郎君に取り入って、波花のポジションを奪えば……。

 虎太郎君は女の子に慣れていないから、地味な波花でもそばにいたら喜んだかもしれないけれど、可愛い樹里が言い寄ったら、すぐにこっちを向くはず……。


 そんなことを考えている内に、王子様とクリフさんの話はまとまっていた。


「わかった。よく報告してくれた。さっそく明日、オクムラとイッシキを迎えに行ってくれ」


 波花と虎太郎君が帰ってきたら、樹里は早速動こう。

 コウや王子様ともうまくやりつつ……今は虎太郎君を最優先で……。


「なあ、樹里。明日、俺達もついて行かないか?」

「え? 城で待っていてもよくない?」

「『友達』を迎えに行った方が印象いいだろ? それに守護獣が回復したって言っていたし、それを俺達の成果にしてこようぜ」

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