第30話 着替え

 すぐにトランクから装備のセットを取り出したツバメから一式を受け取り、着替える場所を考える。

 トイレだと汚してしまうかもしれないし、私が借りている部屋はそう遠くないので、戻って着替えて来ることにした。

 それを伝えると、虎太郎はもうここで着替えると言う。


「じゃあ、着替えたらすぐに戻るね」

「ぎゃ!」

「芳三も来るの? じゃあ、一緒に行こうか」

「ぎゃ!」


 芳三を肩に乗せ、食堂を出る。

 私が借りている部屋に戻ると、ベッドの上に先程受け取った一式を広げた。

 とても可愛い上に、虎太郎とお揃いだなんて嬉しい。


「ふふ……ふふ……」

「ぎゃ?」

「あ、ごめん。ついにやけちゃった」


 部屋に芳三しかいないとはいえ、不審者になってしまっていた。

 服を脱ぎ、装備に着替える。

 見た目の印象よりも、着心地がよくて驚いた。

 

「わー……冒険者! って感じがする!」


 鏡がないので首から下しか見えないが、思っていたよりも自分に合っている気がする。


「そうだ、髪も下ろしちゃおうかな」


 髪型を凝ると樹里に何か言われるので、ずっと髪を一纏めにしていただけだったけれど、これからはヘアアレンジもやっていきたい。


「芳三、どう?」

「ぎゃうー!」


 クルッと回ってみせると、芳三が楽しそうな声を上げた。

 いいね! と言ってくれているようだ。

 虎太郎の着替えた姿も早く見たいし、早くこの姿で並んで歩きたい。


「ふふふ……またにやけちゃった!」

「ぎゃ」


 芳三に「機嫌がよくていいね」と呆れられている気がするが、にやけるのを我慢できない。ごめんね。


 食堂へ走って行きたいけど、脱ぎ散らかしたままいくのは行儀が悪い。

 ずっと着ていた城で貰った服を畳んでいると、城での生活を思い出した。

 最初からずっと居心地が悪かったけれど、今はこうして楽しい時間を過ごせている。

 だから、このまま樹里に見つかることなく過ごせたらいいな。

 ……いや、こんな楽しい時間に樹里のことは考えないようにしよう。


「これでよし。じゃあ、食堂に戻ろうか」

「ぎゃ」


 芳三がジャンプして私の肩に飛び乗った。

 一緒に部屋から出て、鍵を閉めながら呟く。


「もう奥村君も着替え終わったかな?」

「ぎゃ!」


 芳三が玄関の方を見て鳴いたので、そちらを見ると人がいた。

 宿にお客さんが来たのかな、と思ったが……違ったようだ。


 そこにいたのは、見覚えのある人――病院にいたアンナという少女だった。

 前に見た時は白衣だったが、今は白のアオザイのような服を着ている。

 体のラインが分かる服なので、とてもスタイルがいいことが分かる。

 今日は赤茶色の髪も下ろしていて色気がある。


 私のステータスに色気という数値があるなら『E』……というか『Z』……。

 彼女と私は同年代だと思うが、こうも違うなんて……羨ましい……。

 そんなことを考えていると、アンナと目が合った。


「アンナさん。おはようございます」

「……おはようございます。ツバメさんがこちらに来ていると聞いたのですが……」


 笑顔の私に対し、アンナは淡々と話す。


「あ、今は食堂にいます。私達が買い物をさせて貰っていて……」

「そうですか。では、出直します」


 そう言うと、すぐに踵を返したアンナを慌てて止める。


「あの、もうそんなに時間はかからないと思うので、一緒に行きませんか?」

「…………」


 私の言葉に足を止めたアンナは、少し考えていたがこちらにやって来た。

 並んで廊下を歩き、食堂へ向かう。


「あの、アンナさんは薬師なんですよね?」

「はい」


 返事はしてくれるが、こちらを見ないし声も低い。

 壁があるというか……拒絶されている感じがする。

 元々こういうタイプの人なのか、私は嫌われているのか……。


「えっと、病院ではずっと看病されていたんですよね? すごいですね……!」


 すごい、という言葉で済ませてしまうのは失礼なくらい立派だ。

 回復薬を作るだけじゃなく、患者達のお世話もしていたと聞いている。

 私も病院で数時間過ごしたけれど、あの空間で頑張り続けるのは、精神的な疲労も凄まじかったと思う。


「本当に大変だったと思います。私、尊敬しています……!」


 自分で身に着けた知識で人を救っているアンナに憧れを抱いているのだが、うまく言葉にできない。

 もっと語彙力があれば……!


「…………っ」

「……え? アンナさん!?」


 隣から息をのむような声が聞こえたので目を向けると、アンナが顔を顰めて泣いていた。


「……なんでもないです」

「なんでもなくはないと思います……! 私、失礼だったでしょうか!」


 思わず立ち止まり、アンナの手を引いた。

 こんな状態で食堂に行くのは良くない。

 ちゃんと謝らせて貰わないと……。

 手を掴んだままアンナの言葉を待つ。


「……病院での回復薬作りと看病は、本当に大変でした」


 アンナが話し始めてくれたので、静かに話を聞く。


「素材がなくて、十分な回復薬も作れず……。なんとか作ることができても、痛みが取れるまで治してあげられなくて……。でも、聖女様は一瞬で治してしまいました。聖女様の方がすごいです」

「そんな、私は……!」

「みんなも聖女様に感謝しています。私もみんなが治って嬉しいです。でも、私が苦労した日々はなんだったのか……。こんなことを考える自分の未熟さが嫌になります」

「そんな……」


 怪我や病気の人を治すことができたのはよかったけれど、今まで看病で携わって来た人の想いにまで、私は考えることができていなかった。

 確かに私も自分が苦労して、努力してきたことを、一瞬で解決されてしまったら……やりきれない想いをすると思う。

 でも、治ったことは良いことだから、葛藤を表に出せないつらさもあっただろう。

 申し訳ない……でも、私が謝ると、アンナは余計に自分を責めるような気がした。

 だから、アンナに分かって欲しいことを伝える。


「アンナさんの献身的な治療があったからこそ、私の魔法が間に合ったんです! それに、知識を自分の力で身に着けたアンナさんとは違って……私の魔法はギフトで貰ったものなので、私の力じゃないんです……」


 私よりも、アンナの行動の方が素晴らしいと伝えたかった。

 でも、私の言葉を聞いて、アンナは困った顔をした。


「それは違いますよ。ギフトは与えるに値する者しか貰えません。そのような言い方をしては、与えてくださったお方に失礼ですよ」

「あ……ごめんなさい」


『ギフトは与えるに値する者しか貰えない』というのは知らなかったけれど……確かに、アンナの言う通りだ。

 アンナを尊敬していること、病院では誰よりもアンナが貢献していたことを伝えたかったのだが、うまく伝えられない。

 何かと間違ってしまう自分が不甲斐ない……。


「いえ、聖女様のお気持ちは伝わりました。ありがとうございます。愚痴を言えてスッキリしました」


 上手に話はできなかったが、アンナは察してくれたようだ。

 よかった……。


「ついでに一番大きな愚痴、言ってもいいですか?」


 ホッとしていると、少し空気が変わった様子でアンナが聞いて来た。

 開き直ったというか、吹っ切れたというか……?

 その変化に戸惑いつつ……私は恐る恐る頷いた。


「ど、どうぞ……」

「聖女様。村に治療費を請求しましたか!」

「いえ! そんな……」


 魔法で治しただけだから、『治療費』なんて考えたこともなかった。


「それ! それが問題なんです! 完治させた人が請求しないのに、私だけ貰っているなんて!」

「で、でも……私は数時間、ちょっと疲れただけなので……」


 アンナの場合は、回復薬に費用がかかることははっきりしている。

 それに、大変な思いをして看護してくれていたのは、村の人達も分かっているだろうし、堂々と請求できるのでは……。


「でも、完治させたんですよ? 完治! 私が村から貰ったお金、本当は全っ然足りないんですよ? でも、聖女様がそんな調子だし、村が金欠なのも知っているから、『もっとくれ』なんて言えませんよ! こんなに『お金、お金』言う自分も嫌ですけど、お金がないと、研究ができないんですよ!」


 アンナが悔しそうに嘆く。

 私ががんばって稼いできて、不足分を払えたらいいけれど……。

 それもアンナが気にするだろうし、どうすれば……。


「あ!」


 そうだ、渡そうと思っていたものがあるじゃないか。

 お金じゃなくて、物なら受け取っても気負いしなくていいだろう。

 虎太郎には、あとで事情を説明しよう。

 私は『再生卵』を取り出した。


「アンナさん。これ、使ってください! レアドロップなので、売るとそれなりに高価だと思いますし、実験に使って頂いてもいいですし……」

「これは……再生卵!?」

「はい。十個あるので、全部お渡しします」

「十個!? 再生卵が十個もあれば、上級ポーションが作れるし、実験も……! 本当にいいんですか!?」

「はい。十個、今お渡ししてもいいですか?」

「! 今はアイテム袋を持っていないので、全部あとでいいですか?」

「分かりました」


 取り出していた再生卵も、一旦アイテムボックスに戻した。


「聖女様、ありがとうございます! 好き!」

「ええ!?」


 突然アンナが抱き着いて来てびっくりした。

 芳三もびっくりして「ぎゃ!」と鳴きながら私の頭の上に移動した。


「やっぱり、聖女様は心まで聖女様です……研究ができる……研究ができるぞ……」

「あの、聖女ではないんですけどね?」


 嬉しそうにくっ付いているのを、さりげなく引き剥がす。

 女の子同士とはいえ、この距離感は困る。

 でも、この流れでお願いしてみよう……!


「あの……私に回復薬作りを教えて貰えないでしょうか……!」

「嫌です」


 話を聞いてくれそうな雰囲気だったのに……即答!


「聖女様には魔法があるでしょう?」

「で、でも、回復薬作りを覚えたいです!」

「どうして?」


 ……アンナの目が真剣だ。

 意地悪で聞いているのではなく、真意を聞きたいようだ。

 だから、私もちゃんと答えよう。


「まず、回復薬作りに興味があります。それに、私は奥村君と旅をしているけれど、いつも助けて貰ってばかりで……。私ができることを増やしたいんです。何かが奥村君の役に立ったらいいなと思って……!」

「……なるほど」


 私の言葉を聞いて、アンナは色々と考えているようで黙っている。

 試験の合否を待っているようで、ドキドキする……と思っていたら、背後からパチパチと拍手が聞こえて来た。


「?」

「支え合う気持ち――素晴らしいです!」


 声の元を辿ると、食堂の前にツバメと虎太郎が立っていた。

 虎太郎も着替え終わっている……かっこいい!

 地味な印象のある虎太郎だが、光輝よりも背も体格もいいので、素敵な格好をすると隠れていた良さが引き出されたように見えた。

 ……なんて、見惚れている場合じゃなくて……二人はどうして廊下に出て来たのだろう。


「廊下から声が聞こえたので、見に来たのです」

「そ、そうなんですか」


 ここにいる理由には納得したけれど……さっきの話を聞かれていたことが恥ずかしい。

 虎太郎も少し照れたのか、そわそわしている気がする。


「とにかく、食堂に戻りましょうか。アンナさんも」

「はい」

「ぎゃ!」


 みんなが食堂の中に入っていく中、出遅れていると芳三が尻尾で「早く行こう」と合図してきた。

 分かってます!

 別に告白をしていたわけじゃないけれど……自分の想いを本人に聞かれるのは……。

 さすがに恥ずかしかったのです!

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