第31話 守り神と村長の息子

 アンナは離れた席に座って待っていると言ったが、ツバメが回復薬作りについても話があるということで、同じテーブルについて貰うことになった。


「ぐぉ! ぐぉ! ぐぉ!」


 諭吉が虎太郎に向けて猛抗議している。


「あー……置いて行ってごめん。扉の前に様子を見に行っただけだから……」


 テーブルに置いてけぼりにされたことで怒っているようだ。


「ぎゃ」

「……ぐぉ」


 芳三が説得したようで、抗議は収まったけれど、諭吉は拗ねたのか甲羅に篭ってしまった。

 私達は思わず苦笑いをしてしまったが、しばらくそっとしておくことにした。


 椅子に腰を下ろし、改めて隣を見ると、新調した装備一式はやはり虎太郎に似合っている。


「奥村君。その恰好、素敵だね」

「その、一色さんも……。髪も下ろしたんだね。いい、と思う……」

「そうかな? ありがとう」


 虎太郎は人を褒めることに慣れていないのが、なんとなく分かる。

 それでも頑張って言葉にしようとしてくれているのが嬉しい。


「お揃いだなんて、仲がいいんですね」


 私の前に座ったアンナが、微笑ましそうな顔していることに気がつき、恥ずかしくなった。


「えっと……仲間、だからね。ね?」

「そうだね……」


 照れくさいのを誤魔化すように、虎太郎と頷き合う。


「えっと、僕達の用事は早く済ませようか」

「うん」

「あ、その前に……」


 残りの用件を伝えようとしたところで、ツバメが断りを入れて話し始めた。


「ハナ様の回復薬作りですが、こちらも教本があります。文字はまだ読めないと思いますが、勉強も兼ねてこちらも読んでみてはいかがでしょうか」


 そう言ってツバメは、私の前に本を置いた。


「わー! 助かります! ありがとうございます!」


 パラパラと捲ってみると、確かに文字は読めなかったけれど、イラストもたくさんあったので分かりやすそうだ。


「アンナさん、ハナ様に基礎だけでも教えて差し上げては……」

「ええ。ちゃんと学びたいという気持ちがあるなら」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 あとで改めてお願いしようと思っていたのだが、ツバメのアシストのおかげで助かった。

 これで回復薬作りについても終わった。


 あとは、食材や調味料についても買わせて貰った。

 料理の際の下処理、注意点などを学べる本も奨めて貰ったので、それも購入。

 まだ自分で作ることができないので、回復薬もいくつかお願いした。


 購入費は最初に聞いた通りツバメが持ってくれるという。

 金額も教えて貰えないし、渡せるだけ渡しても受け取って貰えなかった。

 だから、虎太郎と相談して、レアドロップがでたら、それをツバメにプレゼントすることにした。


 私達の用事は終わったので、芳三と機嫌が直った諭吉を連れて、席を立とうとしているとツバメが声を掛けて来た。


「お二人の旅の予定は……? いつまでこの村に滞在しますか?」

「どうしようか? 私は回復薬作りを教わってからがいいんだけれど……」

「そうだね。僕達を探す呼びかけはあったけれど……ここは城からも遠いし、今は外部から人が来ていないから、気が済むまでここで過ごしてから移動でいいと思う」

「そうですか。わたくしもまだしばらくはこちらの村でご厄介になろうと思っておりますので、よろしくお願いします」

「こちらこそ! アンナさんも、改めて伺いますね」


 挨拶を済ませて食堂を出た私達は、ツバメにレアドロップをあげたいので、少し探索に出ることにした。

 ツバメもまだしばらくいるようなので急ぎはしないが、元々毎日探索はするつもりでいたし……。


 宿の外に出ると、今日も綺麗な青空のいい天気だった。

 村の出口を目指し、並んで歩き出す。


「そういえば……樹里が映像であんなことを言っていたから、偽名を使ったり変装したりした方がいいのかな」

「変装か。髪は色を変えるアイテムがあったと思うけれど……僕は変えたくないな」

「私も……。名前も変えたくないな」


 黒髪が好きだし、両親が考えてくれた名前は、唯一こちらに持ってくることができた家族との繋がりのように思える。


「名前は、この村の人達はもう知っているし……今は気にしなくてもいいんじゃないかな」

「そうだね、ここを出てから考えようか」


 そう決めたところで、背後から私たちに向けて声が飛んできた。


「勇者様、聖女様!」

「勇者じゃないです」

「聖女様じゃないです」


 声で分かっていたが、振り向くと村長の息子のアリエンがいた。


「お! お二人とも装備を新調したんですね! いいなあ、俺も同じものを買おうかな」

「ぎゃ」

「ぐぉ」


 私達が断るより前に、芳三と諭吉が首を振って断っている。


「えー……駄目ですか? あ、そんなこと話している場合じゃなかった。聖域の辺りに不審者がいたんです!」

「不審者?」

「はい。不審者と言っても、姿は見ていないんです。気配がするのに、どこを探しても見つからなくて……。だから、俺と一緒に守り神様のところに行ってくれませんか?」


 聖域というと、私達がアリエンに襲撃された辺りか。

 昨日のことがあるし……私は気になる。


「奥村君、行ってみない?」

「そうだね」

「ありがとうございます! もう、すぐに行きたいんですけど……いいですか?」

「私達もちょうど探索にでるつもりだったし、いいよね」

「うん。行こうか」


 私達はアリエンの言葉に頷き、歩き出した。

 いつも通りに芳三は私の肩に、諭吉は虎太郎の胸ポケットから頭を出している。

 進みながら、不審者についての詳細を聞く。


「今朝、守り神様の元に向かっている時に、気配がして周囲を確認したんです。人の姿は見つけられなかったんですけど、お二人のものとは違う靴跡は見つけました」

「昨日の兵士達ですかね?」

「違うんじゃないですかね。靴跡は二種類あったんですけど、あいつらが穿いているような靴の跡じゃない気がします。それに、昨日あれだけお二人にビビらされましたから、翌日に来るような根性はないと思いますよ。報告を受けた上の奴が来ている可能性はありますが……」

「なるほど……」


 何にしても、警戒しておいた方が良さそうだ。


「あ、そうだ。俺が言わなくても親父が言うつもりだったとは思いますが……村の事情を聞いて貰えますか? 俺を連れて行こうとしていた連中を返り討ちにしてくださったことで、巻き込んでしまいましたし……」


「そうですね。僕は聞きたいです」

「私も。お願いします」


 私達が返事をすると、アリエンは頷き、真剣な表情で語り始めた。


「俺達の村は、守り神様――守護獣様を崇めてきました。この国の人間は、みんな守護獣様に感謝していますけど、俺達は特にその想いが強いんです。国の方針で、守護獣様に頼らない国づくりをする方針になったけれど……俺達は受け入れたくなかったんです」


 村の人達が守護獣を大切にしていることは感じていた。

 言葉の端々に守護獣を敬う気持ちが溢れていたと思う。


「だから、第二王子が開発したという『魔物の発生を抑える装置』を設置するように要望が来ていましたが……突っぱねました。でも、俺達の意見なんて無視で……。気づけば勝手に、聖地に装置が設置されていたんです」


 アリエンがその時を思い出しているのか、忌々しそうに話す。

 話し掛けるのを躊躇ったが、気になったことを聞いた。


「でも、その装置があると、魔物の脅威は減るんでしょう?」

「ええ。だから、俺達も受け入れるべきなのか迷いましたが……」


 言葉に詰まったアリエンの表情が一層険しくなった。


「その装置は、守護獣様に害を及ぼすものだったんです」

「え……どういうこと?」


 アリエンの言葉に、私と虎太郎の顔も険しくなった。

 守護獣に……害?

 虎太郎もそうだと思うけれど……私は、諭吉と芳三は、『守護獣と関わりがある存在』なのではないかと思っている。

 守護獣本人なのか、仕えているような存在なのかは分からないけれど……。

 装置は、芳三と諭吉にも害があるのだろうか……。

 一気に不安になってきたが、とりあえずアリエンの話を聞く。


「俺は守護獣様のお姿を、毎日ずっと見てきました。だから、装置が起動してから、子供の頃から変化がなかった聖獣様の結晶化が進んでいることに気がついたんです」


 アリエンの言葉を聞いて、綺麗な池に沈んでいた大きな水晶の塊が頭に浮かんだ。

 あれが結晶化した守護獣だったのか……!


「だから、俺は装置や、時折現れる国の人間を徹底的に調べました。すると、恐ろしいことが分かったんです。装置は、魔物減少に効果はあるものの、やはり守護獣様の結晶化を進めていました。その結果、守護獣様が完全に結晶化したら……魔王の欠片ごと処分する計画が立てられていたんです」

「処分……?」


 私と虎太郎の足が思わず止まった。


「芳三……」

「諭吉……」


 私達がそれぞれに触れると、二匹は手にスリスリと顔を寄せてきた。


「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 心配するな、元気に言っているように見える。

 本当に大丈夫なのだろうか……。


「今まで俺達の暮らしを守ってくれた守護獣様に感謝せず、そんな仕打ち……あんまりだろ!」


 アリエンが拳を握り、声を荒げる。


「だから、俺達の村は、国に抵抗することにしました。生活や子供を守るために、第二王子の方針に沿う人達の気持ちも分かりますけど、せめて俺達だけは……。その結果、色んな嫌がらせを受けることになってしまいましたが」

「そうだったんですか……」


 周囲や国から支援を受けられないと理由に納得した。

 村の人達は、生活が不自由になる覚悟までして、守護獣への敬意を捨てなかったのか……。

 昨日、兵士達を追い返したことは突発的な行動だったけれど、結果的に村の人達を守れてよかった。

 少し落ち着いた私達は、再び歩き出す。


「子どもの頃……俺は、守護獣様に助けて頂いたことがあるんです」

「え?」


 アリエンの声が、急に優しくなった。

 結晶化して動けないはずなのに、助けて貰った、とは……?


「俺、村の出身じゃないんです。親父と似てないでしょ? 俺は赤ん坊の時、村の近くに捨てられていたそうで、親父が引き取って育ててくれたんです」


 確かに、アリエンの特徴は村の人達とは違う。

 でも、村に馴染んでいるし、まったく気にならなかった。


「村の人達は優しいけれど……みんなと容姿が違うことが、俺は嫌で……。だから、村を抜け出して、よく一人で守護獣様の近くで過ごしていたんです。そんなある日、池を覗いていた俺は、足を滑らせて池に落ちてしまいました」


 あの池は結構な深さがあったから、子供が落ちたら危険だ。


「焦って泳げず、沈んでいく中……守護獣様と目が合ったんです!」


 その様子を思い出しているようで、アリエンは興奮している。


「今は殆ど結晶化してしまっていますけど、当時はまだ、目の周りははっきりと見えていたんです。優しい大きな目で……本当に神様なんだと強く思いました。その時、俺の体がスーッと浮上したんです。守護獣様が助けてくれたのだと、すぐに分かりました。……あれから、俺も守護獣様を敬う気持ちが強くなって、村のみんなとも馴染めるようになりました」


 守りたい気持ちが強いから、聖地に無断侵入している私達に矢を撃ってきたのか。

 それは正しいこととは思えないけれど……気持ちは理解できた。

 少なくとも、褐色異世界版光輝だなんて思ってしまってごめんなさい。


「ぐぉ」

「諭吉?」


 虎太郎の胸ポケットから、諭吉がアリエンに向かって前足をバタつかせている。

 ポケットから出してやり、虎太郎が手に乗せてアリエンに近づけてやる。


「ぐぉ! ぐぉ!」

「…………? 勇者様、何て言っているんですか?」

「嬉しそうにしているから……村の人達と仲良くなれてよかったな、って言っている……のかな?」

「へえ、さすがお二人が連れている亀ですね。賢いな。ありがとな!」


 ……あれ? 村の人達も私と虎太郎のように、芳三と諭吉は守護獣に近い存在だと思っているような感じだったけど……アリエンは気づいていない?


 虎太郎と戸惑いつつも、私達もはっきりしたことが分かっているわけではないので、追求しないことにした。

 それから、しばらく進むと、あの綺麗な池が見えてきた。


「着きましたね」


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