第27話 爬虫類セラピー

「その話の前に、差し支えなければお伺いしたのですが、どうしてお二人で旅をされているのですか? 勇者コウキ様と聖女ジュリ様とはご友人だという情報がありましたが……」


 樹里と離れたかったし、虎太郎の提案が嬉しかったから……かな。

 でも、樹里のことを話すと、どうしても悪い感情が出て悪口になってしまいそうだから、あまり話したくない。


「僕が一色さんを誘ったんです。僕達は勇者でも聖女でもありませんし、時間を持て余していたので……」


 黙っていると、虎太郎が当たり障りがないように話してくれた。


「……そうですか。では、コウキ様とジュリ様の話をしましょう」


 私達の様子を見て、ツバメはこれ以上は聞かないことにしてくれてようだ。


「お二人は『精霊鏡』をご存じですか?」

「? いえ……」


 初めて聞く言葉に、私と虎太郎は首を横に振った。

 テーブルの上でからあげを食べていた芳三と諭吉も、私達の真似をして首を振っている。


「精霊鏡とは、映像を共有するアイテムです。発信用の精霊鏡に映したものを、受信用の精霊鏡で見ることができます」

「テレビ、みたいなものかな?」


 虎太郎に話しかけると、「そうみたいだね」と頷いた。


「お二人の世界にも似たようなアイテムがあるのですね。昨夜、第一王子パスカル様が、精霊鏡にコウキ様とジュリ様を映し、正式に勇者様と聖女様だと紹介したのです」


 光輝と樹里は、姿も名前も『勇者と聖女』として国民の多くに認知されることになったらしい。

 これには「そうなんだー」という感想しかでない。

 虎太郎も同じようで、反応が薄い。


「二人は自己紹介のようなものをしたのですが……。最後にコタロウ様とハナ様について話をされています」

「「!」」


 私と虎太郎の顔が一気に強張った。

 ……離れたのに、放っておいてくれないの?


「わたくしは精霊鏡を持っているので、昨夜の映像をお見せすることができます。……お食事が終わったら見ますか?」

「……僕は見ます。一色さんはどうする? 内容だけ知りたいなら、あとで僕から話すけれど……」


 虎太郎はそう答えると、気づかうような視線を向けてくれた。


「ありがとう。私も一緒に見るよ」


 気は進まないが、何を言われているのか確かめなければいけない。


 私と虎太郎は残りのからあげを芳三と諭吉に託し、早々にご飯を済ませた。

 空いている食器は二人で下げ、改めてツバメと向き合う。


「では、こちらを見てください」


 ツバメが取り出したのは、スマホサイズの鏡で、高級そうなケースに入っていた。

 この世界では貴重なものなのだろう。

 鏡をジーッと見ていると、すぐに映像が映し出された。

 そして、王子様らしい服装でビシッとキメている第一王子が現れ、話を始めた。


 この国の加護が薄れていること、魔物が増加していることを改めて説明している。

 政治家の演説というより、舞台俳優の演技のようだ。

 外見がいいし、パフォーマンスとしてはいいと思うのだが……。

 召喚された直後に放置されたことが頭に浮かんで、どうしても胡散臭く見えてしまう。


『異世界から我が国の窮地を救うため、召喚に応えてくれた勇者と聖女を紹介する! 勇者コウキ・ホシノと聖女ジュリ・カハラだ!』


 演劇のような紹介をされ、光輝と樹里が姿を現した。

 光輝は黒を基調とした勇者らしい衣装、樹里は白を基調とした聖女っぽいドレスだ。

 元の世界でカメラ慣れしているからか、二人は堂々としている。


『俺が勇者の光輝だ。守護獣の加護を復活させ、魔物もどんどん倒す! だから安心してくれ!』

『樹里は魔物によって傷ついた人々を癒したいと思います』


「ぎゃ」

「ぐーぉ」


 からあげを食べていたはずの芳三と諭吉が、鏡を尻尾でペシッと叩いた。


「あ、だめだよ。壊れたらどうするの!」

「ツバメさん、すみません……」

「ふふ、構いませんよ」


 虎太郎と慌てて謝罪をする。

 明らかに高額なものを壊してしまったら弁償できるか分からない。


 芳三と諭吉のいたずらで気が逸れてしまったが……改めて鏡を見る。

 さすがはインフルエンサーの二人だ。

 人となりを知っている私でも、「魅力的だ」と感じるほど、人を惹きつけるものを持っている。

 だから、私がどんなことを訴えても、樹里の言葉に負けてしまう。

 やっぱり離れてよかった、と改めて再確認した。


『ひとつ、みなさまにお願いします』


 にこやかに聖女としての心構えなどを話していた樹里だったが、そう言うと表情を曇らせた。

 改まって何かを話すようだ。

 ……嫌な予感がする。


『実は……私達は四人で召喚されました。一緒にこの世界にやって来た友達がいるのです』


 ……やっぱり。

 私と虎太郎は思わず顔を顰めた。


『ですが……樹里は聖女としての務めが忙しく、二人のことを気遣えなくて……。お城の人達が止めているのに、知らない間に二人は旅に出てしまいました。元の世界ではただの学生だった二人が、護衛もつけず旅に出るなんて無謀です! 樹里はとても心配しています……。二人とも、ちゃんと話を聞くから帰って来て……』


 悲しそうに俯く樹里に光輝が寄り添う。


『俺も悪かったよ……。俺と樹里は頑張っているのに、何もできずにいるのはつらいよな……』

『波花、虎太郎君……早く戻って来てね。みんな心配しているから……。みなさんも、私達の友達をみつけたら教えてください……』


 そう言い残し、光輝と樹里は鏡に映らなくなった。

 映像が終わるのかと思ったが……少し雑音が聞こえた。


『待っ…………中止……くださ………』


「……クリフさん?」

「! そうかも」


 雑音に紛れていた声に聞き覚えがあると思ったら……クリフかもしれない。

 首を傾げている間に映像がすべて終わったようで、ツバメが精霊鏡を片付けた。


「……ということだったのですが、いかがでしたか?」


 ツバメの問いに、虎太郎と一緒にため息をついた。


「……要するに、『無謀で愚かな学生が、わがままで勝手に出て行った』と言っていましたね」


「またか印象操作か」と、うんざりして投げやりになっている私の言葉に、ツバメが苦笑いを浮かべる。


 樹里が狡猾なのは、見方によってはそう捉えることもできるように伝える、というところだ。

 例え樹里の方が間違っていたと指摘されても、勘違いだったと謝ればいいだけだ。

 更に、「勘違いさせる方が悪い」とまで仕向けられることもある。


「ぎゃ……」

「ぐぉ……」


 私達が落ち込んでいると思ったのか、芳三は私に、諭吉は虎太郎にからあげを持って来てくれた。


「ふふ。ありがとう。でも、それはあなたが食べていいよ」

「諭吉もありがとう。気持ちだけ貰っておくから」


 そう言われ、二匹は遠慮しながらもまたからあげを食べ始めた。

 二匹のおかげで、心が荒まずにすんだ。癒し……。

 思わず虎太郎と顔を見合わせて微笑んだ。

 ドッグセラピーならぬ爬虫類セラピー……。


「あれ、亀って爬虫類であってる? 両生類だっけ? ねえ、諭吉。どっち?」

「ぐぉ?」

「…………っ、諭吉に聞いても分からないと思う。亀は確か爬虫類だったと思うよ」


 虎太郎がまた無表情で笑う。

 私にとってはこれも癒しだ。


「ふふ。お二人の気分が晴れてよかったです。それで……あの方は戻るようにと言っていましたが、どうするんですか?」

「僕は戻りません」

「私も!」

「旅を続けるんですね?」


 ツバメの言葉に大きく頷いた。


「それにしても……わたくしが入手した情報では、コウキ様とジュリ様が本物だとは思えません。あ、もう偽物は呼び捨てでいいですかね?」

「え?」


 紳士的な話し方をしていたツバメが、急に柄が悪くなった。

 テーブルに肘をつき、イライラしているのか足は貧乏ゆすりをしているので、芳三と諭吉は「地震か?」と首を傾げている。


「偽物のくせにさあ、本物であるコタロウ様とハナ様を下に見て好き勝手やっていると思うと許せませんねえ。そういう奴が一番嫌いなんですよねえ。身の程を分からせてやりたくなりますねえ! ……チッ」


 据わった目でどこかを睨みながら、ブツブツと呟いている。

 舌打ちまでして、キャラが完全に変わっている。

 私達は勇者でも聖女でもないのだが……否定できない空気だ。


「ツバメさんってゲームでもこうなの?」

「怒らせたら怖い、って設定は見かけたことがあるけど、そういうところを見たことはなかったな」


 私達がコソコソとそう話している間も、ツバメの貧乏ゆすりは続いている。


「あの、とにかく! 私たちは旅ができればいいんです」


 ツバメが樹里達に対して怒りを表しているのは、私達のことを理解してくれているからだと思う。

 だから、嬉しいけれど……芳三と諭吉がゆっくりからあげを食べることができないので……!


 私の言葉を聞くと、ハッとしたツバメが態度を戻した。


「承知しております! お二人は心のままに旅を続けてください。わたくしは旅を続けられるようにサポートさせて頂いてもいいですか? ……絶対あいつらにも分からせてやる」

「「?」」

「あ。なんでもないです〜!!」


 最後に小さな声で何か言ったが、気にせず虎太郎と頷いた。


「もちろん。助かります」

「嬉しいです!」


 私達の返事を聞いて微笑んだツバメが、まだからあげを食べている芳三と諭吉を見る。


「お二人が旅を続けることが、わたくしだけではなく、この国のためになるでしょう。……そんな気がいたします」

「ぎゃ?」

「ぐぉ?」


 ツバメの視線に気づいた二匹が、からあげを加えたまま首を傾げている。可愛い。

 ツバメもその様子を見て更に微笑んだ。


「では、後回しにしていたレアドロップの買い取りをさせて頂きましょう」

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