第26話 とある高官の心労③ ※クリフ
レックス様と共に王都を出て、街道を外れて森に入る。
魔物が出る森なので、私のようなひ弱な人間には恐ろしい場所だ。
さっきからずっと、動く切り株が私達のあとをついて来ている。
「レックス様……」
「大丈夫、魔物除けをしているので襲われることはありません。倒していると時間がかかるので……気になると思いますが、気にしないでください」
「無茶言わないでくださいよ……」
オクムラ様とイッシキ様は、魔物がいない世界から来たというのに、この森を平気で通ったなんて肝が据わっている。
レックス様の後ろに、ピタッとくっつくようにして進む。
こんなに歩いたのは久しぶりだ。
すっかり日も暮れ始め「やっぱり帰ろうかな」と五十回ほど考えたところで、ようやくレックス様が止まった。
「ありましたね」
レックス様の視線の先を見ると、淡い青の光を放つ灯篭があった。
「これがポータル……こんなに小さいんですね」
現在使用されている転移装置は、建物全体が転移の設備だ。
こんなに違うなんて……昔の技術の方が高度だなんて不思議だ。
「守護獣様達がご活躍された時代のものは、とても興味深いです」
レックス様がポータルに近づき、色んな角度からまじまじと見ている。
「それにしても、こんなところにポータルがあるなんて……。レックス様、ポータルはずっとここにあったのでしょうか?」
「……分かりません。でも、稼働している状態になったのは、恐らく昨日からです」
「どういうことですか?」
「魔塔には、王都周辺の魔力感知をする装置があるのをご存じですか?」
「はい。強い魔物は魔力量も多いので、その魔力を察知すると警報が鳴るんですよね?」
守護獣様のおかげで、長年魔物の脅威に怯えることはなかったが、魔物の増加が危険視され始めた際に設置されたものだ。
「そうです。昨日、それに不思議な反応があったため確認したところ、ポータルがあったので……」
昨日――というと、オクムラ様とイッシキ様が旅立った日だ。
「オクムラ様とイッシキ様が関わっているのでしょうか」
「そうかもしれません。このポータルで移動されたのかもしれませんね」
「! そうなると捜索は難しいですね……」
「そうですね。でも、まだポータルの転移先付近でいるかもしれないので……。僕は今からこのポータルを使ってみます」
「だ、大丈夫ですか?」
転移の技術を開発する際は、悲惨な事故が何度か起きたと聞く。
「恐らく大丈夫です。クリフさんはここにいてください」
「え! 私も行きます!」
こんな魔物が出る森に一人残されたら死んでしまう!
「とりあえずポータルの安全性を試すだけです。一旦行って、すぐに戻ってきますので」
レックス様が、そう言いながらポータルに手を伸ばす。
すると、長方形の光る紙のようなものが現れた。
「……すごい。これは転移先のリストでしょうか。読めないので鑑定します。……ああ、やっぱりそうですね。では、行ってきます」
不思議な光景に呆気に取られている内に、レックス様の姿が消えた。
レックス様は大丈夫だろうか。
一人になると、静かな森に響く鳥の声も不気味に聞こえる。
レックス様、早く戻って来て! と祈っていると、人の気配と共に再び綺麗な赤い髪が見えた。
「戻りました。やはり問題ありませんね」
「レックス様! ああ、よかったです……」
安心して、腰が抜けそうになった。
……いや、疲れているだけか?
「ちゃんと転移できましたよ」
つい、しゃがみ込んでしまった私に、レックス様が笑顔を向ける。
「どこに繋がっていたのですか?」
「かなり北部の方ですね。とにかく、クリフさんも行ってみましょう。……驚きますよ?」
「え? 待ってください。心の準備が……わああっ」
レックス様に腕を掴まれ、立ち上がりながらあたふたしているうちに景色が変わった。
また、森の中のような景色なのは同じだが……。
辺りは暗くなり始めているのに、水面が水色に輝く丸い池がある。
池に近寄り、中を覗くと巨大な水晶の塊が見えた。
「この輝きは何…………守護獣様!?」
どう見ても、結晶化が進んでいる千年竜と同じ……。
「そのようですね」
「お二人を追っていたら、守護獣様に出会えるなんて……」
調べれば調べるほど、二人こそが勇者様と聖女様なのではないか、という思いが強くなる。
「この先には村がありますので、今日はそちらだけ覗いてみましょうか。もしお二人が立ち寄っていたのなら、村人が見ているでしょうし」
「そうですね」
まだ歩くのか、と思ったけれど、レックス様にすべて任せて待っているわけにもいかない。
気合を入れ直し、再び歩き始めた。
相変わらず森の中だが、周囲を観察しながら進む。
「レックス様はこの辺りをご存じですか?」
「ええ。以前。守護獣様について調査した時に着ました」
「今から向かう村にも行きましたか?」
「少し立ち寄りました。守護獣信仰をしている村でしたね。信仰と言っても親しみを持って『守り神』だと崇めている程度の長閑な村です」
「そうですか……」
守護獣の加護に守られてきた国なので、守護獣を信仰している人も多い。
そう言った人達からは、加護に頼らない方法を模索している国に反発もあったりする。
「村の人達は、私達を歓迎してくれますかね?」
「あー……それは厳しいかもしれません。今、第二王子が開発した魔物制御の装置の件で、絶賛揉めている場所だと聞いていますので」
「ええ!? そ、そんなところに行くんですか?」
「はい。とりあえず遠くから様子を見てみましょう。村に入るとしても、姿隠しの魔法があるので大丈夫ですよ」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろした。
単純に人が争う所に行くのは怖いし、国の関係者に見つかると面倒なこともある。
レックス様がいてくれて本当に良かった。
そろそろ足が棒になると思いながらも歩き進め、目的地の村の近くまでやってきた。
この辺りは見晴らしが良くて隠れるところがなかったため、レックス様の魔法で姿を隠して近づいた。
ある程度距離をとって、村の入り口を見ているのだが……。
「今まさに揉めてますね」
国の兵士が押しかけ、村の青年を連行しようとしていた。
村の人達がハラハラしながら、それを見守っている。
あの青年が何かしたのだと思うが……国の兵士が、国民にあんな顔をさせているのを見ると胸が痛い。
「……あ!」
大人しく騒動を見守っていると、オクムラ様とイッシキ様が村に駆けつけて来た。
あの青いトカゲもまだ一緒だし、金色の甲羅の亀も……ええええ!?
「先程の守護獣様と繋がりがありそうな亀が増えていませんか?」
「増えてますねえ」
私達が何ともいえない表情をしているうちに、オクムラ様が兵士達を軽くいなし、村の青年を救い出した。
「素晴らしい動きです。ホシノ様では敵いません」
レックス様が絶賛する。
私も感心しながら見守っていると、イッシキ様の辺りから無数の巨大な蔓が、無秩序に籠を編むようにしながら伸び始めた。
そうして出来上がった蔓のドームが、すぐに村全体を覆い隠してしまった。
「「…………」」
私とレックス様は、目を見開いたまま動けない。
こんな規模の魔法を見たことがない!
「な、なななんですか!!!! あれは……!!!!」
「…………」
レックス様に聞いたのだが、村を包む蔓を見つめたままで動かない。
でも、目はおもちゃを貰った子供のようにキラキラと輝いている。
この国で一番の魔法使いであるレックス様の目にも、この魔法は特別なものとして映っているようだ。
「あっ」
レックス様は短い言葉を発した瞬間、私達の周囲に魔法の防御壁を作りだした。
それと同時に、オクムラ様の辺りから耳を劈くような轟音をあげて蒼い炎の柱が立った。
空が炎の蒼に染まっていく――。
「こ、今度は何!?」
「オクムラ様の魔法です! ははっ! すごいですね! 魔法で防御しているのに熱いなんて初めてですよ! 僕の魔法が負けているようです……!」
確かに、レックス様が魔法で防御してくださっているが、私達の周囲も温かい。
私が呆気に取られている内に、兵士達は逃げ去った。
それを見て村人達は歓声を上げている。
「クリフさん!! 僕達!! とんでもないものを見てしまいましたね……!!」
レックス様が興奮気味に話す。
いつも人当たりがよくで笑顔のレックス様だが、こんなにテンションが高いのは初めてだ。
「これはもう……『確定』ではないでしょうか」
レックス様の様子からも、そう思ってしまう。
「そうですね。まず、お二人のあの魔法は間違いなくギフトです。一色様なんて、上位精霊をその場で呼び出していましたよ」
「……呼び出す?」
「はい、あー……呼び出すというより、これは推測ですが……。彼女が実行しようとしたことは、彼女自身の魔力では足りなかったのでしょう。でも、彼女の願いを叶えるために、精霊が自ら力を貸すために現れたのです」
「ギフトを与えて貰うだけではなく、力を貸してくれるなんてあるのですか?」
「今、目の前で起こりましたね。いやあ、本当に興味深いことばかりですよ!!」
そうはしゃぐレックス様だったが、少しすると冷静になったようで、「はー……」とため息をついた。
「とりあえず、報告や諸々の準備で、一旦戻るしかありません。出直しましょう」
確かにレックス様の言う通りだ。
「でも、またお二人の所在が分からなくなってしまわないか、心配……でしたが、すぐに旅立つことはなさそうですね」
村の方に目を向けると、オクムラ様とイッシキ様は、はしゃいでいる村人達に囲まれていた。
次第にお祭り騒ぎになり、力比べ大会まで始まっている。
笑顔の村人に囲まれ、戸惑いながらも照れくさそうにしているオクムラ様と、それを優しく見守っているイッシキ様を見る。
「……とても『勇者様』と『聖女様』らしい光景ですね」
「そうですね」
私の呟きに頷いたレックス様と一緒に苦笑いを浮かべる。
とてもいい光景を見せて貰ったけれど……。
お二人が『本物』なら、私達にはこれから胃が痛くなるような苦労が待っている。
急いで城に戻った私達は、すぐにそれぞれがすべき行動に移った。
お二人との関係改善と共に重要なことは、パスカル様を止めることだ。
パスカル様はご自分が選んだお二人を勇者様と聖女様にしたいはず……。
でも、私は『勇者様はオクムラ様、聖女様はイッシキ様』と確信した。
それをお伝えして、パスカル様の方針を修正して頂かなくてはいけない。
幸い、ホシノ様とカハラ様のことは公表されているため知られつつあるが、まだ国民に広く知られているわけではない。
知っているのは情報に敏い者くらいだろう。
勇者様と聖女様が変わっても、召喚に成功したことには変わりないのだから、今ならまだなんとでもなる……!
私の帰りを待ち構えていた部下に、パスカル様の所在を聞く。
すぐにでもお話しなければ……。
そう意気込んだのだが、部下の返事を聞いて頭が真っ白になった。
「パスカル様は今、勇者様達と精霊鏡の間にいます」
「…………は?」
『精霊鏡』というのは、転移の技術を応用して作られた、映像を共有するためのアイテムだ。
高価なものなので、国民一人一人が所持しているものではないが、転移施設や公共施設、上位貴族や裕福な家にはある。
国で大事なお知らせがある時に使われる、『国民に広く周知させるためのアイテム』と言える。
精霊鏡の間は、その映像を記録するための場所で、記録した瞬間に各地にある精霊鏡に共有される。
そこにホシノ様とカハラ様を連れて行ったなんて……まさか……!
陛下の許可がないと使えないはずなのに……!
歩きすぎてクタクタになっている足で走ろうとしたが、上手く走れない。
「クリフさん?」
部下が転びそうになった私を支えてくれたが……そんなことより、今は!
「パスカル様を止めてきてください! 本物の勇者様と聖女様は、オクムラ様とイッシキ様でした!」
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