第25話 とある高官の心労② ※クリフ
オクムラ様とイッシキ様が旅立ったと知った後、すぐにお二人に出されていた食事について調査を始めた。
オーガスト様に言われた通り、部下に任せず自ら確認する。
夜も更けていたので、厨房区域にあまり人はいなかったが……残っていた者は、私を見て焦っている。
何か隠しているのだろうか。
私としては、突然の抜き打ち調査に驚いているだけであって欲しいが……。
魔塔長レックス様は、塔に戻り呪水を調べてくださっている。
部下によって行われた聞き取り調査の結果は『食事に問題なし』ということだったが、私は記録の方を調べる。
異世界召喚でお迎えした四名様には、食事も特別に手配されている。
そのため、書類等の記録も別になっており、見つけやすい。
四名様に提供されているはずのメニューを確認し、それを食材等の仕入れ記録、廃棄記録と照合する。
「はあー……やってますねえ……」
警戒していなかったのか……咎められる可能性を考えてなかったのか……。
記録はちゃんとつけられていたため、すぐに胃が痛くなる事実が分かった。
仕入れ量を見ると、明らかに四人分ではない。
当初から予定されていた勇者様と聖女様の分はあるが、二名分追加された形跡がない。
そして、ホシノ様とカハラ様が手を付けなかった料理の廃棄記録や、ホシノ様とカハラ様の好きな物、苦手な物の聞き取り記録はあったが、オクムラ様とイッシキ様のものはなかった。
「これを見る限り、オクムラ様とイッシキ達の主張が正しいようだ……」
どうしてこんなことになったのか……。
貴賓にこんな対応をしていたなんて、国を支える立場の者として恥ずかしい。
お二人から申し出があったところで気づけなかったのは、私の大失態だ。
記録の方を見れば、すぐに認識できたのに……。
お二人が旅立つ日となってしまった今日の食事は、急遽四人分作ることにしたのか、緊急で入荷している記録があった。
『四人で一緒に』という走り書きもある。
これはどなたかからお申し出があったのだろうか。
とにかく、もう一度関係者から聴取する必要がありそうだ。
「証拠を出すと、関係者も事実を話すでしょう」
私は夜中の間に報告書をまとめ、夜が明けてから関係者を呼び出すことにした。
今日も仮眠だけか……。
いつになったらベッドで眠ることができるのか!
今は賃金より、安眠が欲しい。
お金払うので寝ていいですか!
……なんて言う勇気がない私は、大人しく机に向かったのだった。
※
「……申し訳ありません。ご指摘の通り、オクムラ様とイッシキ様のお食事を満足に提供することができておりませんでした」
「も、申し訳ありませんでした……」
厨房の責任者である男が、メイドと一緒に頭を下げる。
朝一番に責任者を呼んで確認すると、一旦退出したあとメイドを連れて戻って来た。
ホシノ様の担当をしていたこのメイドが言うには、オクムラ様の食事に関してはホシノ様の指示だったそうだ。
イッシキ様の食事については、カハラ様から話を聞いた者が勝手に行ったことだという。
「ホシノ様からそんな申し出があった時に、どうして上に相談しなかったのですか? 責任者のあなたに話は来なかったのですか?」
「報告は……ありました。ただ、勇者様から強い要望があったということで……。相手は異世界人とはいえ、質の悪い平民だと聞きましたので……。本人から、食事がないことに抗議もありませんでしたし……」
「質の悪い平民、ですか。それはホシノ様が仰っていたのですか?」
この質問にはメイドが頷いた。
私はオクムラ様がその様な人だとは思えない。
むしろ、大人しいが礼儀正しい少年だったように思う。
「はい……ですから……」
「つまり、国の判断で丁重におもてなしをする貴賓だと決めても、あなた達の判断で適当に食事を決めてもいい、ということですか?」
「そ、そのようなことでは……! で、でも、聖女様が『それはいけない』と……皆様にちゃんとした食事を提供するように仰いまして……。オクムラ様と、イッシキ様にもご理解頂けるように話をしてくださると仰っておりましたので……」
メイドが怯えるようにそう話したが……それはただの責任逃れだ。
「だから問題がないと? 例えお二人が許してくださったとしても、あなた達が行ったことの責任は取って頂きます。それに……聖女様が仲裁してくださると仰ったのは、昨日ですよね?」
「はい、昨日の朝です……」
「昨日、オクムラ様とイッシキ様は日中不在でした。夕方に戻ってから、聖女様とはそう言ったお話をする間もなく旅立っていますので、ご理解頂けているはずがないです」
「そんな……」
「……とにかく、状況は分かりました。これから追加で詳しい調査を行いますので、正直に話してください。あと、この件に関わった全員に何らかの処分がありますので……各々、覚悟しておくように」
勝手な行動をした者には、私の権限で厳正に処分――するのは大変なので、オーガスト様に投げることにした。
罰するのが趣味みたいな人だから、張り切って重めの罰を与えてくれるだろう。
「あ、そう言えば!」
思い出したことがあり、退出しようとしていた二人を止める。
「食事を四人で、と記載がありましたが……」
「あ、はい。聖女様がそう希望されまして……。お二人のお戻りが遅かったので、結局それぞれでご用意させて頂きましたが……」
「……なるほど。そうですか」
私が納得したのを見ると、二人は頭を下げて出て行った。
昨日、『オクムラ様の食事が用意されていない』という申し出があった時に、それならば確認に行こうと言い出したのはカハラ様だったが……。
「あの時、カハラ様は食事の用意があることをご存じだったのか」
どうしてそのようなことをしたのか。
同じ世界からやって来た仲間だというのに……貶めようとしている?
「はあああ……もう~~みんな仲良くしようよ~~!!」
誰もいなくなった部屋で、私は頭を掻きむしった。
※
昼食後、レックス様が私を訪ねて来た。
呪水について、ある程度分かったそうだ。
さすが魔塔長、仕事が早い!
ボロボロにくたびれている私とは違い、いつも通りお綺麗にしているが、レックス様も徹夜で作業されたのだろう。
「やはりあの呪水は仮死状態にするものでしたよ。呪水は本来黒くて独特の匂いがあるのですが、昨日使われていたものは透明無臭でした。あれほどのものは貴重なので、ある程度権力がある人じゃないと手に入らないと思います」
「権力がある者、ですか……」
そう言われて頭に浮かんだのは、私がサポートするように言われている第一王子のパスカル様だが……。
さすがにそれは安易か。
「引き続き、入手経路を調べようと思います」
「お願いします。私の方でも調べてみます。あ、今日の勇者様、聖女様のご様子はいかがでしたか?」
オクムラ様とイッシキ様が旅に出たことを伝えると、ホシノ様は何とも思っていない様子だったが、カハラ様は動揺していたと聞いた。
「魔法の訓練は普通に受けていましたね。人の心を掴むのが上手いようで、騎士や魔塔の者はお二人に好感を持っていますよ」
「そうですか……」
それならばどうして、同郷の仲間とは仲良くできないのか。
四人の人間関係は分からないが、ホシノ様とカハラ様には二面性があるように思える。
「守護獣様との面会はどうでしたか?」
「それが……。隠そうとする動きがあるのですが、今日も守護獣様からの反応がなかった上に、近づくことさえできなくなったそうです」
「はい? 近づけない、とは……」
「お二人が近づこうとしたら、拒否するかのように光の膜が守護獣様を包んだとか……。お二人だけではなく、パスカル様も……。今は誰も近づけなくなってしまったようで……」
「それは……状況が悪化していませんか?」
「そう、ですね」
レックス様が苦笑いをする。
オクムラ様とイッシキ様がいなくなり、より状況が悪くなったなんて……。
あの青いトカゲといい、やっぱり勇者様と聖女様は……。
「はああああ……」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないです。本気で退職を考えています」
「あはは」
「笑い事ではないんですよ……」
レックス様がいるのに、机に突っ伏して頭を抱える。
国にとって大事なのは『魔物の出現を抑える』ということだ。
それが加護であっても、開発された技術でも構わない。
自分達でコントロールできることを思えば、後者の方がいい。
でも、後者の場合でも勇者様と聖女様という存在は大きい。
パスカル様が召喚に成功したと発表しているので、加護の回復を願う人も多い。
「もう、四人全員が聖女様と勇者様ではだめですかねえ」
誰が勇者様と聖女様だとか、誰が王位を継ぐかとか……。
そのようなことを考えなければ、難しい問題じゃないのに!
みんなで手を取り合って解決して、平和に暮らすことができたら、それでいいじゃないか!
突っ伏したまま呟くと、レックス様がまた苦笑した。
「クリフ殿から聞いた話から察すると、四人は仲が良いとは思えません。勇者様はオクムラ様に悪意をぶつけていますし、聖女様も妙な動きをしているようですし……。僕達や国が『四人全員が勇者と聖女』と決めたところで、快く協力してくれる人はいないでしょう。上手くいくとは思えませんね」
「……そう、ですね」
「特にオクムラ様とイッシキ様は、食事のことなど、国に不信感があるでしょうし、旅立つことを選んだ方々ですから。正直、僕なら絶対に協力なんてしません」
「……私だってそうですよ」
国や民の暮らしに影響がでない形で、なるべくみんなが幸せになるよう、穏便に済ませたいのだが……そうは上手くいかないだろう。
「……とはいえ、オクムラ様とイッシキ様が勇者と聖女の力を持っているのなら、良い関係でいたいことは確かですね」
「はい、仰る通りです。戻って来られたら、誠心誠意謝罪して……。……というか、帰って来てくださるんですかね?」
「あ、やっぱりそう思いますね? 僕は帰って来ないに賭けます」
「賭けないでください!」
私だって、『帰って来ない』に全財産賭けてもいい。
オクムラ様はホシノ様を制する力があったし、イッシキ様も呪水を見抜く力があるから、二人だけで旅をすることができるだろう。
「はあ……。オーガスト様に捜索するよう掛け合いますが、実際に取りかかるまで数日かかるかもしれません。こっそり、すぐにでも動いておいた方がいいですかね……」
今ならまた近くの町にいるかもしれない。
少しでも早い方が見つかる確率も高いだろう。
「……その件で、今お時間ありますか?」
「お時間は限りなくないです」
レックス様の言葉に即答すると笑われた。
「あはは! ですよね? ……残念です。城の近くに、稼働中のポータルを発見したのですが……」
「?」
レックス様の言葉に、きょとんとした。
今、とんでもないことを聞いたような……。
「……はい? ポータルって、あのポータルですか?」
ポータルとは、かつて存在していたという転移装置だ。
現在は大掛かりな転移装置があるが、数が限られているし、隣の町へ移るくらいだ。
だが、ポータルは小さな設備で遠くへの転移が可能だったという。
今も密かに稼働しているものが存在している、という噂があるが……。
「本当にポータルがあったのですか? それも……城の近くに?」
「はい。今からそのポータルを調査しようと思ったんですけど……」
「ぜひ、連れて行ってください!!」
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