第24話 清浄の効果

 お決まりの営業トークと共に姿を現したのは、ゲームでは名物商人だったというツバメだ。


 以前は真っ白な病院の服を着ていたが、今はゲーム通りの衣装のようだ。

 虎太郎が感慨深げに見ている。

 紺色の髪には赤い羽根の飾りがあり、左目には銀のモノクルをつけている。

 サスペンダーがついた紺色のズボンに白いシャツ姿で、コートは脱いで椅子にかけられていた。


「勇……コタロウ様、聖……ハナ様、わたくし、非常に取り乱しております!」

「私は戸惑っています……」


 扉を開けた途端に華やかな圧が来たので、まだ入り口で立ち尽くしている。


「……からあげ」

「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 虎太郎と二匹は、昨日食べれず朝食に回して貰ったからあげの方が気になるようだ。


「おっと! 今は朝食のお時間ですね。お邪魔してしまい、すみません。今日はなるべく早くお話ししたいことがありまして、朝から押しかけてしまったのですが……。先程ブランカさんに、お二人がご活躍されたと聞いて……つい興奮してしまいました!!!!」

「活躍?」

「とぼけちゃって、またまた~! コタロウ様の蒼炎の渦、ハナ様の花穂の檻! そして、力比べでは最強無敵……からあげという至高の肉料理――。村中でお二人のことが熱く語られていましたよ!」


「「…………」」


 私と虎太郎は同時に俯いた。

 昨日より耐性がついたけれど、まだあんなに目立つことをしたことが恥ずかしい。


「あ、お食事が済んだあとで結構なので、少しお話をさせて頂いてもいいですか?」

「僕は構いません。一色さんは?」

「私も大丈夫だよ。ツバメさんは、もう朝食は済んでいるのですか? 急ぎの話しがあるなら、食べながらでも……」


 虎太郎に目を向けると、「そうだね」と頷いた。


「お気遣いありがとうございます! わたくしは済ませて参りました。でも、せっかくなので、同席させて頂いていいですか?」

「もちろん」

「ぎゃ」

「ぐぉ」

「ふふ、芳三と諭吉もいいって言ってます」

「それはそれは! 光栄でございます〜!」


 優雅な礼をするツバメに、二匹は満足そうに頷いている。

 とっても偉そうで可愛い。


 今、食堂にいるのは私達だけなので、席は自由に選ぶことができるのだが、ツバメが座っていた四人掛けのテーブルについた。

 私と虎太郎がツバメの前に並んで座る。


 その直後、ブランカさんが私達にからあげを持って来てくれた。

 サラダとスープ、そして、パンもついていて、とても美味しそうな朝食セットだ。

 テーブルに乗った芳三と諭吉にも、小皿に取り分けられたからあげが出された。

 ツバメはもう朝食を済ませているということで、お茶だけ貰っている。


「「いただきます」」

「ぎゃ」

「ぐぉ」


 二匹が私達の真似をしようとしたけれど、上手くできなくてジタバタしている。

 可愛い、和む……。


 虎太郎がすぐにもぐもぐと食べ始めたので、私も手をつけようと思っただのが、ふとツバメが気になった。

 私達の前にあるからあげをジーっと見ている。


 それに気づいた虎太郎が、取られないか警戒している。

 その様子がおかしくてくすりと笑った。

 今までしっかりしていて大人びていた虎太郎が、急に幼くなったようで可愛く見えた。


「これは黒鳥肉だと聞きましたが……本当のようですね」


 モノクルを通して、からあげを観察している。

 そんなツバメを見ていると、私の視線に気づいたようでこちらを向いた。


「あ、このモノクルには、『鑑定』の魔法が付与されているんです」

「へー! 便利ですね!」

「とても高価なものなのですが、商人には必需品です」


 高価なのか……。

 ちょっと欲しいなと思ったけれど、高いものを買っている余裕はないかな。

 そんなことを考えていると、ツバメが遠慮がちに聞いて来た。


「あの、お伺いしたいのですが……黒鳥肉はどうやって手に入れたのですか?」

「昨日、空駝鳥を倒したときのドロップアイテムです」


 ツバメの質問に虎太郎が答える。


「やはりそうですか。村にもたくさん提供したと聞きました。黒鳥肉はあまり出ないはずですが……どれだけ倒したんですか?」

「そんなにたくさんは……」


 虎太郎は私の幸運について話していいのか迷っているようで、言葉を濁している。


「私がちょっとツイてる体質っていうか……レアが出やすいみたいなんです」


 あまり虎太郎を困らせたくないので、私がそう伝えた。


「ハナ様がいると高確率でレアドロップになる、ということですか?」

「えっと……そんな感じです」

「それは……なんて素晴らしい!!!!」

「ぎゃ!?」

「ぐぉ!?」


 ツバメの大きな声に二匹が驚いた。

 芳三は尻尾をテーブルに叩きつけ、諭吉は前足を踏み鳴らして抗議をしている。


「す、すみません! 入手が難しいアイテムも、ハナ様なら楽々入手できるのですね?」

「さ、さあ、どうでしょう……」


 運なんて自分の意思でどうにもできないものに期待されると困るので、曖昧に返事をした。


「あの……レアドロップアイテムが他にもあるなら、わたくしに売って頂けませんか?」


 ツバメのお願いを聞いた虎太郎が反応する。


「この後お願いしようと思っていました」

「なんと! それはありがたい。お食事が終わったら品を拝見いたしましょう」


 今見せて! と言われたらどうしようかと思った。

 話が一段落した……と思ったのだが、ツバメはまだからあげをジーッと見ていた。


「ツバメさん。そんなにからあげが気になるなら、一つ食べてみますか?」

「いいのですか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます!!」


 私が勧めると、ツバメはブランカさんのところへ行って串を貰ってきた。

 それを刺してからあげ串にすると、匂いを嗅いだり観察したりした後に一口齧った。


「こ、これは……!!」


 ツバメはカッ! と目を開いた。

 虎太郎に食べて貰う時のような緊張感はなかったはずなのに……。

 急にテストを受けているような気分になってきた。


「鳥の獣人であるわたくしが鳥肉を食べるなんて……共食い?」

「あっ、す、すみません!」

「ごふっ」


 私は焦り、虎太郎は咽た。


「――というのは冗談です。ドロップアイテムは同胞ではないです。あっはっは」

「…………」


「冗談が悪質ーっ!」と、ツバメにも思わず心の中で泥団子を投げてしまった。

 心臓に悪い冗談は言わないで欲しい。


「冗談はさておき、この『からあげ』はとても美味しいです! 革命的です! ぜひ、全世界に売り出すべきです!」


 ツバメが興奮した様子で語る。

 美味しいと言ってくれるのはありがたいけれど、からあげを広めよう! なんてことは思わない。

 私は虎太郎や芳三、諭吉が満足してくれたらそれでいいのだ。


「何とか商品展開を……あれ? 美味しい上に、回復(小)の効果がついているようですが……?」

「え?」


 私と一緒に、虎太郎も驚いている。


「ご存じなかったのですか? そう言えばブランカさんも、昨日は忙しかったのに、何故か疲れがまったく残っていないと仰っていましたし、しっかりと効果も出ていると思います」

「確かに、僕も昨日はあんなに無茶をしたのに、まったく疲れがないな……」


 そう言われると、私もあんなにバタバタしたのに、全然疲れが残っていない。


「どうして魔法の効果が付いたのか、心当たりはないですか? 普通の手順と違うことをしたとか……」

「普通の手順と違うこと……。魔力抜きの魔法がなかったので、精霊から貰ったギフトで代用しました」

「ギフト!? そんなものまでお持ちで!?」

「は、はい……」

「ツバメさん、近いですよ」


 身を乗り出して私に近づいて来たツバメを、虎太郎が注意してくれた。


「失礼しました……! 差し支えなければ、どういうギフトか聞いても?」

「水の雫の精霊達がくれた『清浄』です。体を綺麗にしたりする時に使っていたんですけど……」

「それは素晴らしい! お願いがあるのですが、『清浄』の魔法をわたくしに……このわたくしにかけて頂いていいですか!?」

「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 からあげを食べてついた脂が嫌なのか、芳三と諭吉まで魔法をかけて欲しいとアピールして来たので、まとめて『清浄』の魔法をかけてあげた。

 綺麗になった芳三と諭吉は、気持ちよさそうにしている。


「ほう……綺麗になった上、体力が少し回復していますね! これはすごい!」

「普通の『清浄』は違うんですか?」

「全然違います! スクロールの『清浄』には回復効果なんてないですし、比べ物にならないほと爽快感があります! ……というか、精霊の『清浄』を持つ方には初めてお会いしましたよ!」

「そうなんですか?」


 思っていたよりも、ギフトの魔法は貴重なのだろうか。


「あの、誠に……誠に申し訳ないのですが、わたくしのこのコートにも清浄をかけて頂けませんか!? 回復の効果がつくか知りたいのです!!」


 ツバメがテーブルに頭をぶつけそうな勢いで頼んできた。

 私も知りたいので、すぐに了承して魔法をかけた。


「あ、回復の効果が少しついてますね! でも、汚れると効果が消えてしまう気がしますね。……試してみましょう」


 ツバメは「行儀悪くてすみません」と謝りを入れてたあと、飲んでいたお茶を少しコートにかけた。

 そして、再びモノクルで鑑定している。


「思っていた通りでした。食べ物、衣類……魔法をかけるものによって、多少違いがあるようですね。実に興味深い! この技術を病院のシーツなどに使えると、とても良いのですが……」

「! そうですね。あとでやってきます」

「今は聖……ハナ様が治してくださったので、この村の病院に患者はいませんが、素晴らしいことですね。私も清浄のギフト欲しいなあ」


 ギフトを貰う方法は知られていないのだろうか。

 余計なことを言わない方がいいかな、と考えていると虎太郎と目が合った。

 私の考えが伝わったようで頷いてくれた。


「はあ……お二人にはびっくりさせられっ放しです。わたくしも、もうどれからお話していいか……」


 ツバメが嬉しさと困惑を混ぜたような様子でため息をついた。


「あ、そういえば……『早く話したかったこと』って……?」

「ああ。あまり愉快な話ではないので、お食事のあとがいいかもしれません……」


 ツバメは苦笑いでそう言うと、口を閉じてしまった。

 賑やかなツバメが話すのを躊躇うなんて、どんな話だろう。


「……気になるね」


 虎太郎がぽつりと呟いた。

 それに私も頷く。


「そうだね。今聞いちゃう?」


 私の言葉に虎太郎が頷くと、ツバメは「では……」と話し始めた。


「勇者コウキ様と聖女ジュリ様についてです。昨日、新たな情報がありました」

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