第23話 からあげ

 村長に声を掛け、宿に戻って食堂に行くと、昼間と違い多くの人がいた。

 私達が提供した黒鳥肉は、村で協力して串焼きにし、綱引きの周りに集まっている人や、村の中で楽しんでいる人に配られている。

 宿の厨房も串焼きを作って提供する場所の一つとして使われているようだった。

 からあげを作ろうと思ったけれど、忙しそうだし手伝おうか。


「あら、ハナさん。おかえり」


 宿屋主人の奥様――ブランカが私に気づき、声を掛けてくれた。

 ブランカとは昼間に挨拶をすませていたので、にこやかに名前で呼んでくれた。

「おかえり」という言葉もくれて、温かい気持ちになる。

 ブランカは細身で上品だけれど逞しさを感じる三十代の女性だ。

 若い女性にこんなことを思うのは申し訳ないけれど、どことなく私のお母さんに似ている……。


「ただいま、です」


 温かい気持ちの中に、急に寂しさが込み上げて来て変な笑顔になってしまった。


「……疲れたの? ちょっと騒々しいけれど、部屋で休んでおいで」

「あ、いえ、大丈夫です。厨房のお手伝いをしてもいいですか?」

「まあ! ありがとう。でも、あとは後片づけくらいだから大丈夫よ」

「じゃあ、後片づけは私がするので少し厨房を使わせて貰っていいですか?」


 作りたい料理があることを伝えると、ブランカは笑顔で頷いてくれた。

 ブランカも後片づけをしながら、私が料理をするところを見たいというので、一緒に厨房に向かった。


 黒鳥肉は名前の通り色が黒い。

 美味しそうには見えないが、イカ墨とか黒い食べ物はあるし、青や紫よりはまし……かな?

 触った感じだと普通の鳥肉と変わらないし、余分な脂もあまりなく質がいいように見える。

 だから、美味しいからあげになるはず…………多分。


 村人達が串焼きと言っていたものが、味付けも見た目もほぼ『焼き鳥』だったので、からあげもあるのか聞いてみた。

 すると、似た料理として教えてくれたのは元の世界では『照り焼きチキン』にあたるもので、からあげはないようだった。

 ブランカもからあげを食べてみたいと言うので、試食して貰うことになった。


 私が元の世界で作っていたからあげには『しょうゆ、塩、コショウ、ごま油、生姜、ニンニク、料理酒、鶏ガラスープの素』を使っていた。

 調味料は元の世界のものと大して変わらないようなので、ブランカが用意してくれたものを使う。

 ごま油や鶏ガラスープの素も、どういうものか説明するとブランカが似たようなものを出してくれたので助かった。

 ブランカがいなかったら、適当なものしか作れなかっただろう。


 もう一つ、ブランカがいてよかった! と思うことがあった。

 ドロップアイテムの肉を使う際には、『魔力抜き』という手順が必要だったのだ。


 普通の肉とは違い、ドロップアイテムの肉類には魔力が宿っているそうで、この手順をしないで食べると気分が悪くなるという。

『食べたら駄目な物は分かる』という自信があったのだが……。

 もしかしたら、異世界人には無害? などの理由で、『私が食べたら害がないから分からなかった』という可能性もあるが、事前にこういうことがあると知れてよかった。


 私も漫画のように、異世界で料理無双が始まったらどうしよう! なんて一瞬思ってしまったが、魔力抜きを知らずに周囲に振舞っていたら大変なことになっていた。

 現地には現地の味覚や調理方法、注意点があるのだから、そういうのをちゃんと学ばないといけないと改めて思った。反省。


 魔力抜きは魔法でするのだが、私は覚えていない。

 スクロールで取得済のブランカにして貰おうと思ったのだが……。


「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 芳三と諭吉がブランカを止め、私に何か訴えてくる。

 私に魔力抜きをしろ、と言っていることは分かったが……。


「もしかして、ギフト? そんなに貰ってばかりも悪い――」

「ぎゃ」

「ぐぉ」


 二匹が首を横に振っているので違うようだ。


「ギフトじゃない、でも私にやれってことは……覚えている魔法でいい、とか?」

「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 適当に言ったのだが、当たったらしい。

 どの魔法で代用できるのか分からないので、私が覚えている魔法を言っていくと『清浄』に反応した。

 ……魔力って汚れなの?

 そんな疑問を抱きつつも黒鳥肉に『清浄』の魔法をかけ、料理用温度計のような見た目の魔力測定器でチェックすると、ちゃんと魔力抜きができていた。

 ブランカにも「これで大丈夫」とお墨付きを貰ったので、安心して調理を進める。


 味が染み込むようにフォークでぐさぐさと刺した後、食べやすい大きさにカット。

 下味の材料を入れてよく揉みこみ、三十分ほど漬ける。


 その間、片づけをしたり、ブランカから料理について教わりながら待つ。

 調味料やレシピはツバメからも買えるらしいので、明日会った時に聞いてみよう。

 あと、文字の勉強をするための教材などもないか聞いてみよう。


 そんな話をしているうちに時間が経った。

 ある程度味が染みたはずなので、汁気を取る。

 片栗粉は存在しているようだが、生憎宿にはなかった。

 でも、コンスターチのようなトウモロコシの粉があったのでそれをまぶし、油であげるとなんとか上手くいった。

 異世界版からあげの完成だ!


「美味しそうね!」


 ブランカが顔を綻ばせているが、私はとても心配だ。

 とても美味しそうな匂いがするけれど……黒い!

 食べるには少し勇気がいるが、まず自分で毒見をしないと、人様に食べて貰うことなんてできない。

 恐る恐る口に入れると……。


 サクッとした衣が香ばしく、お肉もジューシーで美味しい!


 元の世界で作っていたからあげと同じ……いや、それ以上に美味しいかもしれない。


「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 芳三と諭吉のキラキラした目が、「早くくれ!」と言っている。


「あ、私だ食べちゃってごめん。どうぞ! 熱いから気をつけてね。ブランカさんもよかったら……」


 お皿に取り分けて、それぞれに渡す。


「ぎゃっ、ぎゃっ」

「ぐぉぅっ」


 芳三と諭吉が、熱さに苦戦しながらもガツガツと食べている。

 必至に食べているので美味しいようだ。


「……ハナさん、これ……」

「? あ、美味しくなったですか?」


 食べてくれていたブランカが静かになったので不安になったのだが……。


「美味しい!! とんでもなく美味しいわよ!? お肉がこんなにサクサクしているなんて! 揚げたから味付けなんて飛んでしまう気がしていたけど、しっかりとついてびっくりしたわ! なんだか疲れも吹っ飛ぶ美味しさ……うん? ずっとつらかった肩こりが治った?」

「ブランカさん?」

「あ……なんでもない。これ、食堂にいる人達にもあげていいかしら!?」

「ど、どうぞ……」


 勢いに圧されて、呆気に取られてしまったけれど、喜んくれたようなのでよかった。


「私ももう一つ食べよう……ん? あなた達もおかわり?」

「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 前足でお皿をトントンして催促する姿が可愛い。


「気に入ってくれてよかった。奥村君の口にも合えばいいけど……」


 本当は虎太郎に一番に食べて欲しかったけれど、まだ綱引き大会は盛り上がっているようなので仕方がない。


 そんなことを考えていると、さっき見た笑顔が頭に浮かび、ボンッと顔の温度が上がった気がした。


「ハナさん! 食堂でも大人気……あら、顔が赤いわよ? 調理の時の熱気で暑くなっちゃったかしら……」

「大丈夫です!」

「本当? あ、もう少し貰ってもいいかしら? 無理にとは言わないけど……」

「どうぞ。よかったらまだ作りますけど……」

「いいの? ぜひお願い!」


 鳥肉はまだあるし、喜んで貰えるならドンドン作る。

 虎太郎が綱引きで頑張っている分、私はここで頑張ろう。

 ここが私の戦場だ!


 ※


「……一色さん?」


 業者レベルの量のからあげを作り終え、厨房の椅子に座って放心していると虎太郎がやって来た。


「かなり疲れているみたいだけれど……大丈夫?」

「異世界でからあげ屋さん始めました。……なんちゃって。えへへ……」


 今までやっていたことを、ライトノベルのタイトル風に報告すると、虎太郎が苦笑いをした。


「よく分からないけれど、すごかったみたいだね」


 確かに、段々と評判を聞いた人たちが集まって来ていて、作っても作っても足りない状況が続いた。

 この数時間で一生分のからあげを作ったかもしれない……。


「奥村君こそ、世界最強だって子供達が興奮していたよ」

「あはは……」


 綱引きだけではなく、色んな力比べが行われたそうだが、虎太郎は無敗を貫いたと村の人から聞いた。


「あら、コタロウさんも戻ったのね。お疲れ様」


 厨房と食堂から離れていたブランカが戻ったようだ。


「あ、厨房に勝手に入ってすみません」

「大丈夫よ。そんなことより、村のみんなが無理をさせてごめんなさいね。大変だったでしょう?」

「あー……はい」


 虎太郎が苦笑いで頷いた。

 人一倍気を使うタイプの虎太郎が否定しないのだから、本当に疲れたのだろう。


「……でも、とても楽しかったです。大勢の中に入って一緒に騒ぐなんて、初めてだったので……」


 穏やかな顔を見ていると、大変だったけれど楽しかった――マイナスよりもプラスが大きかったのだと分かる。


「最近この村はピリピリしていたから……。子供達もあまり村から出ないように言われていたし、みんなずっと息が詰まっていたのね。コタロウさん、ハナさんも……色々とありがとう。大したおもてなしはできないけれど、精一杯恩返しさせて貰うから、何かできることがあったら言ってね」


 改まってお礼と温かい言葉をくれたブランカに、私と虎太郎はもじもじしてしまった。

 そんな私達を見て、ブランカは微笑ましそうにしている。

 やっぱり、お母さんに似ている……。


「あ! ハナさん、コタロウさんにからあげを食べて貰うでしょう? もう食堂の方にあるから、二人でゆっくり過ごして頂戴。後片づけは任せてね」

「ぎゃ!」

「ぐぉ!」

「あら、大変失礼いたしました。二人ではありませんでしたね。ふふっ」


 主張して声をあげた芳三と諭吉にブランカが微笑む。

 そして、私達には「ほらほら」と早く移動するように促してきた。


「ブランカさん、でも……結構散らかっているから、私も片付け……」

「いいのいいの! 一人でもできるし、大変なら明日に回して誰かに手伝わせるわよ。今日の主役の二人なんだから、せめて今はゆっくりして頂戴」


 そう言って食堂に押し出されたため、私と虎太郎は大人しくテーブルについた。

 テーブルにはすでに虎太郎用の山盛りの唐揚げが置かれている。

 こんなには食べないと思うけれど、足りないという状況は作りたくなかったので余分に用意してしまった……。


「からあげだ……」

「く、黒いけどね」


 静かに目を輝かせる虎太郎を見ていると、妙に緊張してしまい、からあげをディスるように言ってしまった。

 からあげ、ごめん。

 あなたは黒いけれど美味しいです。

 本当に美味しくできたから……。


「奥村君に一番に食べて欲しかった……」


 …………あ。

 さっきも思ったことを、今度は口に出してしまった。

 聞こえてしまっただろうか?

 ちらりと虎太郎を見ると、きょとんとしていた。

 ……どっち?


 何も言えず俯いていると、虎太郎が「いただきます」と言って、からあげを食べ始めた。


「……美味しい。今日一日、がんばってよかった……」


 しみじみとそう呟く虎太郎の顔を見ると、本当に美味しそうに食べていた。

 その顔を見たら……私は疲れが吹っ飛んだ気がした。

……私もがんばってよかった。


「そう思って貰えて嬉しい」


「えへへ」と照れながら黙々と食べる虎太郎を見守っていると、芳三と諭吉もまた食べたいとねだり始めた。

 虎太郎が「仕方ないな」と二匹にも分ける。


「お前達、味わって食べてくれよ?」

「ぎゃ!」「ぐぉ!」

「ふふっ、いっぱいあるから急がなくても大丈夫だよ」


 虎太郎と芳三、諭吉にもっといっぱいこの世界の美味しいものを食べさせてあげたいな。

 料理の方もがんばろう。




 ※


 翌朝――。

 私と虎太郎は身支度をした後、朝食を取るために食堂に向かった。

 扉を開けて中に入ると、私達を待ち構えていた人がいた。


「おはようございまーす!! 嵐の空でもマグマの中でも真心商売! 限界商人ツバメでございます~!!」

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