第19話 2匹のごはん

「嘘っ! 諭吉、駄目! ぺっ、しなさい!」


 諭吉は手乗りサイズの小さい亀だ。

 ビー玉くらいの結晶を飲み込むと、喉に詰まって窒息してしまうかもしれない。


「ほら、口を開けて!」


 虎太郎が諭吉の口を開けようとしたが、「ごくん」という音がした。

 私と虎太郎は、思わず顔を見合わせた。


「完全に飲み込んじゃった……? ど、どうしよう……」


 苦しそうになったら、可哀想だけれど切開して出すしかない?

 その場合、私の回復魔法で治せるだろうか。

 私はそんなことを考え、焦っていたのだが……。


「ぐぉ!」

「……あれ? 何ともなさそう……?」


 諭吉はご機嫌な様子で「ごちそうさま!」と言っているように見える。


「大丈夫、なのか?」


 虎太郎もまじまじと諭吉を見て観察している。


「大丈夫そうだね? むしろ、全体的に潤いが出たというか……元気になった?」


 言葉は悪いけれど、少し干からびた感じがあった諭吉だが、今は水から上がったばかりのような瑞々しさがある。


「魔力だから、栄養になった……のか?」


 ギフトの交渉に使う魔力の結晶を食べるなんて、諭吉は精霊なのだろうか。

 なんとなく、芳三と諭吉がどういう存在なのかは、あまり考えない方がいい気がしているけれど……。


「もしかして、あなた達のごはんはこれでいいの?」

「ぐぉ」


 諭吉がこくんと頷く。


「じゃあ、芳三……これ食べる?」


 虎太郎が芳三に青い結晶を渡したのだが……。


「…………」


 芳三はジーッと結晶を見るだけで食べようとしない。

 すると、諭吉が私に視線を送ってきたので、「あっ」と察した。


「もしかして、私の魔力が混ざったものじゃないと駄目なの?」

「ぐぉ!」


 嬉しそうに頷いたので、どうやら正解らしい。


「奥村君、この結晶を使っていい?」

「もちろん」


 芳三の前に出していた結晶を拾い、再び魔力の結晶作りに挑む。


 少し苦戦して時間がかかったが、また青に白が混じった結晶をつくることができたので芳三に渡す。


「できたよ。どうぞ、召し上がれ」

「……ぎゃ」


 今度こそ食べてくれると思ったのだが……芳三は動かない。

 結晶を少し眺めていたが、食べずに尻尾で転がし、諭吉の方へ移動させてしまった。


「諭吉にあげるの?」

「ぎゃ」

「ぐぉ? ぐぉ! ぐぉ!」

「ぎゃ……」

「ぐぉ!」


 芳三と諭吉が何やら揉め始めた。

 諭吉は芳三に「お前が食べろ!」と言っているようだが、芳三は頑なに食べない。


「好きじゃないから食べたくないのか?」


 芳三は質問する虎太郎にも顔を背け、完全拒否の姿勢を見せている。


「無理に食べさせるのも可哀想だよね……」

「他の食べそうなものを探そうか」

「そうだね、それは諭吉が食べてもいいよ?」

「ぐぉ? ぐぅ……」


 諭吉はしばらく芳三を見て迷っていたが、遠慮しながらも結晶を食べた。

 食べるとまた、諭吉の肌艶がよくなったように見える。

 定期的に与えると、若返りそうな……?

 どんな風になるだろう、と想像したら……なぜかあまり良くないイメージが浮かんでしまった。


「結晶を食べた諭吉が若返って――白髭も黒く短くなって、甲羅も金ピカ、イケイケなパリピ亀になったらどうしよう……」


 このおじいちゃん感が可愛いのに……。

 若返りは諭吉にとって喜ばしいことだと思う。

 でも、パリピ亀が虎太郎の胸ポケットから顔を覗かせていてもきゅんとしないから、私は複雑な心境だ。


「…………くっ」


 虎太郎がいつものように無表情で笑っていると思ったのだが、堪えられなかったのか俯いて誤魔化しながら笑っている。


「奥村君?」

「ごめん、一色さんがそんなことを深刻そうに言うから……」


 そんなに面白くはないと思うのだが、虎太郎にウケたようだ。

 たまたまツボに入ったのかもしれないけれど、少しずつ心を開いてくれているのかもしれないと思うと嬉しくなった。


「奥村君も結晶を食べるとパリピになるかもね!」

「…………。いや、それはちょっと……」


 笑っていた虎太郎が、すん……と無表情に戻ってしまった。

 笑いを欲張って失敗した……。

 調子に乗るんじゃなかった!


 ※


 それから私は、自分だけの魔力の結晶を作ろうとしたけれど……上手くいかなかった。


「自分を器用な人間だとは思っていなかったけれど……こんなに不器用だったなんて……」

「僕だってすぐに上手くはできなかったよ。むしろ、こんな二人分の魔力の結晶を作るなんてすごいよ」

「奥村君……」


 励ましてくれる優しさが沁みる。

 絶対に私だけの結晶も作ることができるようになるぞ!


「青白結晶も結構溜まったね」


 青に白が混じっているから、『青白結晶』と呼ぶことにした二人分の魔力の結晶が十個ある。

 私が感覚を掴む練習として、何度も虎太郎の魔力の結晶をベースとして使わせて貰ったからだ。


「半分こして五個ずつ持っていようよ」

「僕は自分で作ったものがたくさんあるから、一色さんが全部持っていて」

「奥村君の結晶を使わせて貰ってるから半分こだよ。二人分の魔力があるから、精霊との交渉で困った時に使えるかもしれないし」


 受け取ってくれそうになかったので、虎太郎の手に五個の青白結晶を押し付けるように握らせた。

 すると、虎太郎は戸惑っているよう様子を見せたので、そんな遠慮しなくてもいいのにと思ったのだが……。

 虎太郎の手を握っている自分の手を見てハッとした。


「あ、急に触ってごめん!」


 ツバメが突然握手をしてきた時、虎太郎は気を聞かせて離してくれたというのに、私は失礼なことをしてしまった。


「いや、大丈夫……。あ、今から周囲を探索しながら精霊を探してみようか」

「う、うん……」

「ぎゃ!」

「ぐぉ!」


 私達は移動しようとしているのに、芳三と諭吉は短い手を押さえ合う遊びをしている。

 ……今の私と虎太郎の真似?


「楽しそうなところ悪いけれど、もう行くよ」

「ぎゃー」

「ぐぉー」


 謎の遊びを中断させ、私は芳三を肩に、虎太郎は諭吉を胸ポケットに入れた。

 それでも、「ぎゃ」「ぐぉ」と声を掛け合って手を伸ばしている。


「変な遊びを覚えちゃったなあ」

「……だね」


 虎太郎と顔を見合わせ、苦笑いしたのだった。

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