第17話 気づかない誤算の始まり ※樹里

 樹里の聖女生活二日目が始まった。


 今日は朝からお勉強だ。

 普通の勉強なら嫌だけど、習うのは魔法なのでワクワクする。

 しかも、自分で覚えなくてもスクロールというアイテムで簡単に覚えることができるから楽だ。

 コウは勇者として戦うので攻撃魔法、樹里は聖女なので補助や回復の魔法を覚えた。


 回復魔法を使ってみたら、肌荒れしていたところが治った。

 霧の魔法は保湿に使えそうだし、魔法って美容にいいかもしれない。

 こちらのスキンケア商品や化粧品は微妙だったから嬉しい。


 コウは今、早速覚えた魔法を使って、騎士や魔塔長と軽く模擬戦をしている。

 樹里はそれを眺めながら休憩中だ。

 ここは騎士の訓練場なのだが、樹里のために急遽テーブルと椅子が用意された。

 お茶まで淹れて貰って優雅に観戦している。


 模擬戦だけれど、コウは火の魔法を使っているので、アクション映画の撮影を見ているみたいで面白い。

 それに戦っているコウは、SNSに写真をアップしたいくらいかっこいい。

 でも、あの魔塔長もかっこいいなー。


「聖女ジュリ。調子はいかがかな?」

「あ、パスカル様」


 公務でいなかった王子様が様子を見に来てくれた。


「回復魔法を習いました。パスカル様が怪我をされたら樹里が治してあげますね」

「そうか。では、治して貰おうかな」


 そう言って王子様が手を出し来たので、怪我があるのかと手を掴んだが……見当たらない。


「パスカル様? どこを怪我されたんですか?」

「ジュリが手を握ってくれたら治ったよ。さすが聖女だ」


 樹里が掴んでいた手を握り返すようにギュッとされ、ドキッとした。

 さすが王子様、こういうスキンシップが上手だ。


「ふふ。お役に立ててよかったです」


 笑顔を向けると、王子様も綺麗な微笑みを返してくれた。


「何やってんだよ」


 王子様と見つめ合っていると、模擬戦をしていたはずのコウがやって来て、樹里達の手を離した。


「俺、怪我したんだけど」


 コウが模擬戦で出来た擦り傷を見せてきたので治してあげる。

 すると、コウは樹里の首に手を回して囲い込んだ。


「樹里は俺の彼女なので、勝手に触らないでくれます?」

「怪我を治して貰っていただけだが?」


 余裕の笑みの王子様と顔を顰めるコウ、二人の視線がバチバチとぶつかっている。

 二人にイケメンが樹里を取り合っている……なんて最高なの!

 聖女になってよかった、と改めて思った。







 魔法の勉強が終わったあと、今日も加護を復活させるため守護獣に会いに行った。

 今日は王子様とコウ、樹里の三人だけだ。


「おい、守護獣! 来てやったぞ!」


 コウの大声が洞窟に響いたが……。


「…………」

「あれ? 無視?」


 結晶化している守護獣の前まで来たが反応はない。

 瞼も閉じられていて、眠っているように見える。


「寝てる? 死んでねえよな?」

「コウ!」


 守護獣にそんなことを言うなんて不謹慎だ。

 怖いもの知らずなところはコウの可愛いところだけれど……今のはまずい。


「……勇者。冗談でも許せない言葉がある」


 王子様が真顔でコウを見据えている。


「あー……ははっ、すんません」


 さすがのコウも、本気で怒る王子様を見てまずいと思ったようだ。

 ヘラヘラしているけれど謝っている。

 王子様はコウから視線を外して、これ以上は何も言わない様子だけれど、許したようには見えない。

 重くて最悪な空気を何とかしようと、樹里は明るい声で守護獣に話し掛けた。


「守護獣さん、こんにちは」

「…………」


 やはり返事はない。

 コウが死んだのかと思ってしまうのが分かるくらいピクリともしない。


「はあ……加護を戻せって言うけどさ、何をすればいいわけ?」


 樹里が話しかけても反応のない守護獣にコウがため息をつく。


「それは分かっていない。勇者なら何か感じるものはないのか?」


 機嫌が悪いからか、王子様はコウを責めるような口調になっている。

 まるで「本物の勇者なら分かるんじゃないか?」と言っているようだ。

 コウに対し言われた言葉だが、立場がほとんど一緒な樹里も責められているようで少しムッとした。

 でも、王子様に嫌われたくないから、怒りを隠して穏やかに話しかけた。


「あの、回復魔法をかけてみていいですか? 結晶化を止めれば、なんとかなるんじゃないかと思って……」

「なるほど。やってみてくれるか」

「はい!」


 正直、あまり自信はない。

「これでなんとかなったらラッキー」と思いながら、杖を握る。

 そして、スクロールで習った回復魔法をかけたが……。


「変化なしか」

「……ごめんなさい」

「いや、色々と試そうという気持ちがありがたい。これからも頼む」

「はい!」


 そこで守護獣との面会を切り上げ、樹里達は聖域の洞窟を出た。


 今日はなんとか丸く収まったけれど、明日はどうなるだろう。

 反応がない日々が続いたら、優しくしてくれる人達の反応も変わるのだろうか。



 ※



「樹里が聖女じゃなかった場合を考えて対策をしておかないと……」


 与えられた豪華な部屋で、一人になって考える。


 聖女じゃなくても、聖女だと思われていればそれでいい。

 波花が聖女なら、裏で動かして樹里が表に立てばいいだけの話だ。


 魔物退治は勇者と聖女じゃなくてもできる。

 重要なのは守護獣の加護を復活させること――。

 回復魔法も効かなかったし、他にできることはなんだろう。


 ……というか、コウは本物の勇者なのだろうか。

 虎太郎は地味だが、遊びまくっているコウよりは勇者らしいかもしれない。

 一度そういう考えが浮かぶと、断然虎太郎が本物の勇者だと思えて来た。


「そうか……! 私が本物の聖女じゃなくても、勇者が本物なら加護が戻るかも!」


 その場合、周囲に「コウが偽物」だと言えば済むかもしれないが、『樹里と虎太郎』『コウと波花』の組み合わせになるのは面白くない。

 勇者はコウ、聖女は樹里を崩したくない。


 虎太郎に協力して貰いたいが、コウがいじめていたから無理だろう。

 そもそも、コウに「あなたは勇者じゃないから虎太郎に手伝わせよう」と言ったらプライドが傷ついて怒りそうだ。

 だから、コウにも内緒で「勇者の虎太郎を裏で働かせる」ということを実行したい。

 これは樹里一人では上手くいきそうにない。

 いつものように、味方をつけないと……。


「……そうだ、協力してくれそうな人がいた」


 ※


 夜も遅い時間だが、樹里はこっそり王子様の部屋を訪ねた。

 細かい装飾が施された高級なソファに腰かける王子様にぴたりとくっついて座る。

 深刻な顔で「相談したいことがある」と言ってやって来た樹里を、王子様は優しく迎えてくれた。


「それで……話とは?」


 心配して貰えるように、涙を堪える演技をする。


「パスカル様っ。もしかしたら、コウは勇者じゃないかもしれません……」


 樹里の言葉に、王子様は一瞬目を見開いたが、すぐに落ち着いた表情に戻った。


「……詳しく聞こう」

「……はい。今日、守護獣さん、樹里達に反応しなかったですよね? それで、やっぱり樹里は聖女じゃないのかもしれないと思ったんです。でも……」

「でも?」

「実は……コウは人気者ですけど、隠れて悪いことをしていたんです。だから、本物じゃないのはコウかも、と思ってしまって……」

「それは……どういうことをしていたんだ?」

「……女の子に酷いことをしていました。もう、今は改心してますけど……」


 まるで乱暴をしていたかのような言い方をする。

 無理やりではないけれど、何股もして遊んでいたのは確かだから嘘ではない。

 樹里と付き合うようになってからはやめたけれど、泣かされた女の子はたくさんいるはずだ。


「……なるほど。そのような下賤なものが勇者とは思えない」


 王子様が顔を顰める。

 あなたも婚約者がいながら、樹里と仲良くしようとしているけどね?


「ごめんなさい……。黙っていようかと思ったんですけど、このままだと樹里達を選んでくださったパスカル様に迷惑をかけてしまうと思って……!」


 王子様は守護獣の加護を復活させることで、次期王になるつもりだと耳にした。

 加護に頼らない研究をしている弟に勝つためには、王子様の計画がすべて成功したように見せることが重要だ。

 だから、コウが勇者じゃないと困るはずだと思い、樹里と協力関係を築けると考えたのだ。


「樹里、考えたんですけど……虎太郎君が本物の勇者だとしたら、表ではコウが勇者をして、虎太郎君には裏で協力して貰ったらいいんじゃないかって……」

「そうだな。だが、オクムラはそれで納得するだろうか」

「……難しいと思います。樹里も虎太郎君にお願いしてみようかと思ったんです。でも、コウは虎太郎君をいじめていたから、協力なんてしてくれそうになくて……」


 だから、お金とか女の子で、虎太郎を買収して欲しいと思ったのだが、王子様は驚くようなことを言い始めた。


「オクムラの意思とは関係なく、従わせる方法はある」

「え?」


 従わせるって……つまり、操るということ?

 首を傾げていると、王子様は立ち上がった。

 そして、デスクの魔法陣で封をされた引き出しから、透明な小瓶と不気味なデザインのペンダントを出してきた。


「な、なんですか、それ……」

「これは呪水とアンデッドを操るペンダントだ」

「呪水……まさか、虎太郎君を殺すってことですか!?」

「殺しては元も子もない。呪水は仮死状態にするもので、このペンダントはアンデッドじゃなく仮死状態の者でも操ることができるんだ」

「それを虎太郎君に飲ませて、操るということですか?」

「そうだ」


 操ることができるなら、裏切られたりする心配はないけれど……。


「これは使っても大丈夫なんですか? 仮死状態で操られた虎太郎君はどうなるんですか?」

「心配するな。仮死状態を解くと元に戻る。勇者を死なすわけにはいかないから、安全は保障する。ただ、加護の件に目途が立つまで仮死状態でいて貰うことにはなるが……」

「虎太郎君が長い間いなくなったら、波花も気になるだろうし、大変なことになるんじゃ……」

「それも何とかなる。彼は一人で森に行っているようだから、怪我をして療養中とでも言えばいい」


 それなら……大丈夫?


「樹里。君がオクムラにこれを飲ませてくれるか」

「え……樹里が?」

「秘密を知っている者は少ない方がいい。それに、君ならオクムラも油断するだろう。水に入れるのが効果的だ。呪水は本来黒いのだが、これは透明で貴重だ。簡単には手に入らないものだから失敗するなよ?」


 断りたいけれど、断ったら王子様に信頼して貰えないかもしれない。

 とりあえずやってみよう。


「……分かった」


 ※


 聖女になって三日目。

 王子様に渡された小瓶を見る。

 気は乗らないけれど、こういう秘密を共有すると王子様は樹里を大事にするはずだ。


「水に入れろって言っていたよね……夕ご飯をみんなで食べよう、と誘うしかないか」


 友達を大事にする優しい聖女様だと思われそうだし、損はないか。

 早速、虎太郎の様子を見に行ったのだが、部屋にはいなかった。


「仕方ない。声をかけるのは後にして、先にメイドさんにお願いしようか」


 近くにいたメイドに、四人でご飯を食べるから用意して欲しいと頼んだのだが……何だか気になる反応だった。

 準備できない理由でもあるのかと思い、優しく理由を聞いて行けば、コウの指示で今まで虎太郎に食事を一度も出していないという。

 だから、準備をしていいか戸惑ったそうだ。


 コウには樹里から話すと言って、四人分の食事の準備と、これからは虎太郎にちゃんと食事を用意するように頼んでおいた。


 あと、「あなた達が叱られないように、今までちゃんと食事を出していたことにして。二人には後で樹里から事情を説明しておくから」と言っておいた。

 コウがそんな指示を出していたことがバレて、面倒くさいことになったら困る。


 まあ、樹里もメイドに色々な話を吹き込んで、波花を冷遇するように仕向けたけれど……。

 こういうのは命令するのではなく、勝手にやるようにするのがいいのだ。

 その後、波花にも声を掛けにいったけれどいなかった。


「もしかして、城での待遇が嫌になって出て行った?」


 波花は逞しいとところがあるから、その可能性がある。

 いないと困るので、心配しているフリをして周囲に探すよう訴えた。


 夕方には二人は戻って来て、食事のことも思い通りに事が運び、虎太郎の部屋でみんなが揉めている間に呪水も入れることができた。

 即効性のものではないから、効いて来た夜中に王子様が虎太郎を回収する手はずになっている。


「全部上手くいったわ。……それにしても、コウの攻撃を虎太郎君が止めるなんてびっくりした。やっぱり、勇者は虎太郎君で確定?」


 樹里の読みが合っているようで、ニヤリと笑った。

 先の見通しが立ち、ホッとしながら眠ったのだが……。




「二人が旅に出た……?」


 朝になってメイドから、二人がいなくなった話を聞いて呆然とした。

 焦ったけれど、「しばらくしたら戻る」と書いてあったらしい。

 びっくりさせないでよ……。


「まだどうなるか分からないけれど、守護獣の反応がない日が続いてしまったらとても困し……。波花、虎太郎君。なるべく早く戻って来てよね」


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