第15話 名物商人
目が合っているツバメが「聖女」と言ったけれど、私に言っているのだろうか。
とにかく、私は聖女ではないのでスルーすることにした。
「ツバメさん、まだ頭がはっきりしないみたいですし、横になっていてください」
そう伝えてもボーっとして動かないツバメを、村長が寝るようにと介助した。
怪我があったところを気遣いながら体を倒し、布団をかける。
しばらく寝かせてあげよう、と廊下を出たところで、アンナと呼ばれていた白衣の少女がやって来た。
「村長! ツバメさんの容体、いかがですか?」
「こちらのお嬢さんが治してくださった。今は横になって休んでいるよ」
「! 本当ですか? ……様子を見てきますね」
驚いたアンナは、静かにツバメさんの部屋に入って行った。
「ツバメさんのことは彼女に任せておきましょう。彼女は腕の良い薬師ですから」
「薬師! 回復薬――ポーションなどを作ることができるんですか?」
「そうです。今は素材不足で、まともに薬を作れない状況なのですが、彼女の作る薬はどれも良品です。それに、薬以外の知識も豊富ですから、こうして看護師として病院の手伝いもしてくれているのです」
白衣を着ているから看護師だと思っていた。
病院での看護を自ら手伝うなんて優しい人だ。
博識のようだし、ポーション作りなどを教えて貰えないだろうか。
そう思ったが、簡単に「技術を教えて欲しい」と頼むのは失礼かもしれないので、あとで虎太郎に相談してみよう。
「ツバメさんの怪我が治って、本当によかった……。改めて、ありがとうございました」
村長が丁寧に頭を下げてくれたので、私と虎太郎もお辞儀を返した。
「お力になれてよかったです」
治してあげられなかったらどうしようかと思ったけれど、上手くいって私もホッとした。
「それと今更になるが、お二人のお名前をお伺いしておりませんでしたな。わしはこの『タンドラ村』の長をしているヨヘムという者です」
言われてみれば……まだ名前を聞いていなかったし、名乗ってもいなかった。
お互い緊張していて、それほど余裕がなかったのかもしれない。
「私は一色波花。一色が家族の名前で、波花が私の名前です」
「僕は奥村虎太郎です」
「ふむ。では、ハナ様とコタロウ様とお呼びしてもいいですか?」
「え……『様』はちょっと……」
「僕も『様』は……」
そんな呼び方をされると気を使うし、なんだか落ち着かない。
虎太郎も同じ気持ちの様だ。
「では、ハナさんとコタロウさんでよろしいかな?」
「はい」
私と虎太郎は一緒に頷いた。
「では、今から宿に案内します」
「あ、でも……病院にはまだ治療を待っている人がいるんですよね? それなら私、まだ治療しますけど……」
ツバメを治せたことで少し自信もついたし、苦しんでいる人がいるなら早く治してあげたい。
「いいんですか!? でも、あれほどの魔法を使ったあとだから、疲れているだろうし、後日でも……」
「大丈夫です。まったく疲れていないです!」
「え」
私を労わるように優しい顔をしていた村長が固まった。
そうなんですね、ではお願いします~、という感じの返事がくると思っていたのに……この反応は怖い。
「…………。……あの、先程ツバメさんがハナさんに『聖女』だと言っていましたが、そうな――」
「違います」
はっきりと食い気味に返事をした。
私は聖女ではありません。
『じゃない方』です。
回復魔法は素晴らしいものだったが、それは諭吉がくれたギフトが素晴らしいというだけだ。
でも、これを悪い人に知られると諭吉が狙われそうだから、ギフトのこと誰にも言わないつもりでいる。
「そ、そうですか……失礼しました。では、他の患者のところにお連れしましょう……こちらです」
私が全身で放っている「絶対に聖女じゃないから!」オーラを察知してくれたようで、村長はそれ以上聞かずに案を始めてくれた。
それから怪我や病気の人達を回復して回った。
六人部屋で魔法を使うと、一度に全員を治すことができた。
単体ではなく複数を対象にできる魔法だと分かったけれど、一部屋でも広いところでは回復できていないこともあったので、適応範囲があるようだ。
虎太郎は、ステータスの魔力ランクが上がれば、適応範囲も魔法の効果も上がるだろうと言っていた。
私は『魔力B』だったから、がんばって『A』まで上げたい。
さすがに『S』は無理だと思うが……。
「ハナさん。本当になんとお礼を言っていいか……。大したことはできませんが、できるかぎりおもてなしをさせて頂きます。ひとまず、今度こそ宿に案内しましょう」
「ありがとうございます。宿屋、楽しみ……ん?」
村長の言葉に頷いていると、何やら騒々しい足音が聞こえた。
そちらに耳を傾けていると、アンナの声が響いて来た。
「ツバメさん! まだ走らないでください!」
「?」
「あーーーー! 見つけたっ! 聖女様ーーーーーー!!!!」
「!?」
廊下の先に飛び出て来た人が、こちらを見て叫んでいる。
声が大きくてビクリとした。
私の肩にいた芳三も「ぎゃ!」と飛び跳ねた。
心臓に悪いのでやめて欲しい!
病院でこんなことをするのは誰だ? と思ったら、先程魔法で回復したばかりのツバメだった。
片方の翼を広げ、すごいスピードで駆けて来る。
一瞬で前に来ると、私の手を両手でぎゅっと握って来た。
「聖女様、助けてくださりありがとうございます!」
「え? あの?」
血色がよくなって更に美しくなった容姿、さっきまで重体だったとは思えない気迫と勢いに圧倒された。
「……いきなり触るのはよくない」
対処に困っていると、虎太郎がさり気なくツバメを離して助けてくれた。
「おっと、これは失礼! 見てください、聖女様! 勇者様! ツバメ、この通り完全復活致しました!!!!」
両手を広げ、元気アピールをするツバメ。
背景に「バーンッ!!」という効果音を背負っていそうな勢いだ。
視覚がうるさいです……!
「さっきとは別人……?」
「……ツバメさんはこういうキャラだよ」
「そうなんだ……」
確かに、こういうぶっ飛んだ人は漫画やゲームにいそうではある。
そんなことよりまず、言わなければいけないことがある。
「あの、私は聖女ではないです」
「はい? またまた、そんな~! わたくしはしがない商人ではありますが、勇者様と聖女様の召喚に成功したという情報はガッチリシッカリ入手しております! あなたが聖女ジュリ様なのでは――」
「違います!!」
「!」
「あ……」
樹里の名前を聞いて、思わず大きな声を出してしまった。
「あのっ、ごめんなさい! でも、本当に違うんです。私は樹里ではないです」
急に怒鳴ったようで申し訳ない。
必死に謝りながら伝えると、きょとんとしていたツバメさんだったが、理解してくれたのか笑顔になった。
「……これは大変失礼しました。聖女様のお名前は? そちらは勇者様ですね?」
理解してくれてなかった!
名前の問題ではない!
「だから、聖女ではないです! 私は、『聖女じゃない方』です! 名前は一色波花です」
「……じゃない方? あ、そういえば……勇者様と聖女様の召喚に、異世界の平民が巻き込まれたとも聞きましたが……」
ツバメの呟きに虎太郎が頷く。
「それです。僕も『勇者じゃない方』の奥村虎太郎です」
「うーん……なるほど、なるほど? では、ハナ様とコタロウ様……」
「私に『様』はいらないです!」
「同じく」
このやり取り、二回目ー!
「そうですか。でも……先ほどの回復魔法は素晴らしかった。それに、コタロウ様からも大きな力を感じるのですが、勇者様と聖女様じゃないのですか?」
「「違います」」
ツバメは納得できないのか、しつこく聞いて来る。
私と虎太郎は、少しうんざりしながら揃って答えた。
もう話を切り上げて宿に行こうかと考えていたら、ツバメの視線が私の肩にとまった。
「…………は?」
「ぎゃ?」
「青いトカゲ……?」
「ぐぉ?」
「金色の甲羅の亀……??」
芳三と諭吉を見て、そう呟くと……。
「んん~~~~~~~~~~~~」
ツバメはせっかくの綺麗なお顔が台無しなくらい、顔を歪めて首を傾げている。
「あの、もう一度聞きますけれど、勇者様と聖女様では……」
「「な い で す」」
虎太郎と二人で力強く答えると、ツバメは「そうですか」とため息をついた。
「……承知しました。ですが、わたくしの勘が、お二人とのご縁を逃してはならないとガンガンゴンゴン訴えてきます!! ……ということで、『嵐の空でもマグマの中でも真心商売! 限界商人ツバメでございます~』 どうぞ、御贔屓に!」
「! 生で見れるとは……」
ツバメの営業トークを聞いて、虎太郎が静かに感動している。
どうやらゲームではお決まりのフレーズらしい。
「あ、そうだ」
ゲームを思い出しているのか、ぼんやりしていた虎太郎だったが、何か思いついたようだ。
「ツバメさん、体の具合が良くなったら、商品を買わせてくれませんか?」
「なんと! 早速のお取引、光栄でございます! 今すぐにでも! ……と、行きたいところなのですが、生憎わたくしの荷物は不届きクソ野郎共に奪われまして……。一日! 一日だけお時間頂けますか!? 限界商人ツバメの名に恥じぬラインナップを揃え、明日、勇者……あ、違った、コタロウ様と聖女……あ、違った、ハナ様の元に飛んで馳せ参りますので!! あ、一枚翼がないから飛べなかった……ははー! では明日お会いしましょう~!」
色々突っ込みたいところや聞きたいことがあったのに、ツバメは一気に自分の言いたいことを話すと、風のように消えていった――。
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