第14話 治療
「お嬢さん、癒しの力を持っているのかい?」
「は、はい……」
持っているというか、貰ったばかりというか……。
「お嬢さん、頼みがあるんだ」
「?」
真剣な表情のおじいさんに、何を言われるのだろうと身構える。
すると、私の緊張を察したのか、虎太郎がフォローを入れてくれた。
「応えられるかどうかは、話を聞いてからです」
「お前、立場が分かってな――」
「それはもちろん」
褐色の男が大きな声を出そうとしたが、おじいさんが遮った。
他の男達はおじいさんに同調して、褐色の男に大人しくしているように促している。
邪魔が入らない様にしたところで、おじいさんが話し始めた。
「我々の村は今、訳あって外部からの援助を期待できないんだ。物資が不足して、怪我人や病人にも十分な治療をしてやれなくてね……。だから、癒しの力で救って貰えないだろうか」
おじいさんの表情から、つらい状況だということが伝わってきた。
助けてあげたいけれど、私にできるだろうか。
それに、何か「訳あり」のようだけれど……関わっても大丈夫?
「奥村君……」
虎太郎に目で訴えて相談する。
すると、察した虎太郎がすぐに返事をくれた。
「一色さんの好きなようにやってみよう。何があってもいいように準備はしておくから」
私が村の人を助けたい、と思っていることを見抜いて、そう言ってくれることが心強い。
万が一の時は素早く逃げるように、私も心構えをしておこう。
そう決めたあと、おじいさんに返事をした。
「全力は尽くしますが、私の力でどこまでできるか分かりません。それでもいいですか?」
「もちろん! ああ、助かる……ありがとう……」
話が纏まり、私達もおじいさん達もホッとしたのだが……一名納得していない人がいた。
「親父、そんな女を甘やかすことはない! 勝手に聖地に入った罰として、村の怪我人を全員治すまで寝かさず働かせりゃいいだろ!」
「ぎゃ!」
「ぐぉ!」
勝手な言葉に反応した芳三が青い火球を、そして諭吉は水鉄砲を褐色の男に飛ばした。
「熱っ、冷たっ……何すんだ!!」
怒った褐色の男が、殴りかかる勢いでこちらに来たが……。
「冷たいなら温めましょうか?」
虎太郎が褐色の男の前に手を突き出す。
脅しで見せた炎で燃やそうか、という意味だろう。
「…………っ、てめえ!」
それでも褐色の男はこちらに詰め寄ってこようとしたが、おじいさんが素早くそれを止めた。
「お前は黙っていろ! せっかく救いの手を差し伸べてくれるというのに、お前のせいでその機会を失うことになるぞ!」
「…………っ、でも!」
おじいさんに叱られても反論しようとする褐色の男に向け、村の男達も忠告する。
「おい、もうやめろよ。何を意地になっているんだ」
「この子達はどう見ても悪人じゃない。……お二人さん、いきなり襲って悪かったなあ。魔物も増えて来て、ピリピリしていてな」
私達にも謝ってくれ、私と虎太郎は気が楽になったのだが……。
「……ふん。守り神様の様子を見てくる。こいつらが何かしているかもしれないからな」
納得できないのか、褐色の男は一人であの池があった方へと歩き出して行った。
「すまないね。あの子は、守り神様への気持ちが人一倍強くてね」
「そうですか……」
そうだとしても、そもそも性格に問題があるのでは? なんて思ってしまう。
何より『見た目がいい身勝手な男』というのは、私の中で光輝と同じ部類になる。
つまり……シンプルに嫌いである!
「ぐぉ……」
「諭吉?」
胸ポケットにいる諭吉が、褐色の男を見送っている。
何か気になることがあるのかな? と思ったが、顔を覗き込むとポケットの中に入ってしまった。
※
街道に入り、三十分ほど歩いたころに村はあった。
怪我人や病人を癒すために訪れているのではしゃげないが、冒険初の『村』を目の前にすると気分が高まった。
しっかりと期待に応え、その後に虎太郎とゆっくり村を見て回りたい。
おじいさん以外の男達とは、村の入り口で別れた。
それぞれ仕事があるようで、急いで帰って行った。
村は思っていたより大きくて商店も並んでいるが、『訳あり』だからか活気がないように見える。
どういう事情を抱えているのか、聞いてもいいのだろうか。
そんなことを考えていると、おじいさんが私に声をかけてきた。
「怪我の状態が悪い子がいてね、できれば早く楽にしてやりたくて……。宿屋に案内する前に、その子だけでも見て貰えないかい?」
「分かりました。じゃあ、すぐに行きます。えっと、奥村君は……」
「もちろん、僕も一緒に行くよ」
「! ありがとう!」
虎太郎が一緒なら心強い。
「では、病院へ向かおう。ここからすぐ――ほら、白い建物が見えるだろう? あれだ」
確かにおじいさんが指差す方には、二階建ての四角い建物がある。
それを視界に捉えながら進むと、五分ほどで到着した。
木の扉を開けて中に入ると、外よりも空気が重く感じる。
「村長?」
私達の姿を見つけた白衣の少女が、おじいさんの元へやって来た。
おじいさんは偉い人っぽいな、と思っていたが村長だったらしい。
「アンナ、癒しの力を持っているお嬢さんに来てくれたんだ。早速彼を治して貰うよ」
「え……癒しの力?」
アンナと呼ばれた少女は驚いた後、戸惑っているような表情で私を見た。
本当なのか疑っているのだろうか。
おじいさん――村長が進み始めたので、少女に軽く会釈をしてからついて行く。
「この部屋だ」
村長が止まったのは、一階奥の部屋だった。
中から苦しそうな呻き声が聞こえる。
「……ずっと痛みに襲われているんだ。早く楽にしてやってくれないか」
「はい……!」
中に入ると、ベッドが一つあった。
そこには、紺色の髪に翼がある人が横たわっている。
「彼は村人ではないんだ。この村によく来てくれていた商人で、鳥の獣人だ」
彼、か……。
中性的な容姿で、どちらか分からなかったけれど男性のようだ。
「『ツバメさん』だ……」
ベッドにいる獣人を見て、虎太郎が驚いている。
「え? 奥村君、知り合い?」
……なんて聞いてから察したので、コソッと聞く。
「もしかして、ゲームで出て来るの?」
「そうなんだ。旅先でよく出会う商人一族だよ。ダンジョンの中でも現れてアイテムを売ってくれるんだ」
『ツバメ』というのは、一族で商売している人が使う名称で、個人の名前ではないらしい。
「この村は今、商人達にも嫌煙されてしまっているんだ。そんな状況でも、この子は村に商品を卸してくれていたんだよ。でも、そのせいで反感を買ってしまったようでね。危険な状態で倒れているところを発見して、なんとか手は尽くしているが……」
翼が一枚しかなく、片方は千切られたのか、根本の辺りで血の中に骨と肉が見えた。
傷のひどい状態を見て、私は思わず顔を逸らした。
「うっ……」
「大丈夫?」
虎太郎と村長が心配そうにこちらを見ている。
しっかりしろ、私!
今も痛みに苦しんでいるツバメを早く助けてあげないと……!
「ありがとう、大丈夫だよ。……やってみます」
今まで見た中で圧倒的にひどい傷だ。
私のような素人の魔法が効くか、本当は不安だ。
でも、諭吉がくれたギフトを信じる!
「『聖なる水の癒し』」
魔法を発動させると、水のように澄んだ優しい光がツバメを包んだ。
そして、ひどい状態だった翼の付け根辺りの傷口が塞がっていく――。
苦しそうにしていた表情が緩み、顔色も良くなったが……。
「翼は復元できなくてすみません……」
傷口が塞がっただけで、翼は戻らなかった。
私の力が足りなかったのか、そういう能力のギフトだったのか分からないが……申し訳ない。
「そんなの当たり前だよ! 命が助かり、傷が全回復したなんて奇跡だ! お嬢さん、本当にありがとう……あっ!」
「…………。んっ……?」
さっきまでうめき声を上げていたツバメが、落ち着いた様子で周囲を見回した。
状況が分からなくて確かめているようだ。
「ツバメさん! あなたは助かったんだよ。この子が治してくれたんだ」
「…………?」
ツバメはぼんやりと私を見ているが、心労で虚な目をしていた。
長い間、痛みと戦っていたのだろう。
「ツバメさん。怪我は治しました。今はゆっくり休んでください」
まだ頭がはっきりしていないのか、しばらくボーッと私を見ていたツバメがぽつりと呟いた。
「……聖女」
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