第13話 緊迫

「出て来い! お前達は何者だ……聖地で何をしていた!」


 若い男の声だと思う。

 いきなり矢を撃ってくるなんて、盗賊のような怖い人だろうか。

 とりあえず木の裏に隠れ、矢には当たらない様にしたけれど、ここからどうしたらいいのか分からない。


「しばらく大人しくしていよう」

「うん……」


 虎太郎の提案に頷く。

 私達を見つけられずに、諦めてどこかに行ってくれたらいいけれど……。




 ……十分くらい経っただろうか。


 身を潜めていたら、男の声はしなくなった。

 物音もなく静かになったけれど、まだ矢を撃ってきた男はいるのだろうか。


「まだ狙われているから、覗いちゃだめだ」


 覗いて確認しようとする私を虎太郎が止めた。

 

「ごめ……奥村君、大丈夫!?」


 間近で見ると、虎太郎の顔が青いことに気がついた。


「大丈夫、心配しないで」


 いつも通りに振る舞っているが、無理をしているのが分かる。

 矢が掠めたところを見てみると、思ったよりも傷が深そうでまだ血が流れていた。


「どうしよう! 怪我を治す魔法ない!? アイテムとか……!」

「生憎、回復系の魔法はまだ取得出来ていないんだ。僕は回復系の魔法はとは相性がイマイチみたいで……」

「そうなんだ……。私が魔法を回復系の魔法を覚えていれば……! 『清浄』で綺麗にしても治らないよね……」


 とにかく、何かで止血しなきゃと思っていると、虎太郎の胸ポケットにいる諭吉の周囲が淡く光りだした。


「ぐぉ!」

「諭吉? え……?」


 諭吉を包む光が、私の周囲にも表れた。

 その直後、夜に体験したばかりのあの特別な感覚がした。

 体の中から希望が溢れるような……これはギフトを貰った時と同じものだ。

「まさか」と思い、自分のステータスを確認する。

 するとそこには初めて見る記載があった。


『聖なる水の癒し new』


「あらゆる怪我や病を治す水の恵み……?」


 どう考えても回復魔法!

 不思議だけれど、虎太郎を助けるため諭吉がギフトをくれたのだと分かった。


「諭吉ありがとう! 私が魔力の結晶を作れるようになったら、諭吉にいっぱいあげるね! 奥村君、諭吉がギフトをくれたよ!」

「え? 今? 何も渡してないのに……?」

「うん! とにかく、すぐに治すね。『聖なる水の癒し』」


 魔法を使った途端、虎太郎の傷が治っていく――。


「本当に回復魔法だ……」


 虎太郎が自分の腕を見て驚いている。

 ちゃんと魔法を使うことができたようで、私はホッとした。

 念のため傷口周りを『清浄』で清め、確認してみたが傷は消えていた。


「諭吉、一色さん……ありがとう」

「うん! よかった……ほんとによかった!」


 冷静に考えれば命に係わる傷ではなかった。

 でも、怪我や血を見ていると、虎太郎に「もしものことがあったらどうしよう」と思い、とても不安だった。


「……一色さん、僕の後ろに」

「?」


 虎太郎が突然警戒する方向を変えたので、どうしたのだろうと周囲を見たら……。


「……囲まれているから、なるべく僕と木の間にいて」

「!」


 気づけば、十人ほどの男が私達を取り囲んでいた。

 状況をコソリと伝えて来た虎太郎が、私を背中に隠す。

 私は恐怖と緊張で動けずにいるが、目だけ動かすと、アジア系の民族衣装っぽい服装の男達が見えた。

 盗賊とか、冒険者ではない……普通の村人?


「お前達は、ここで何をしている」


 グループの中心人物の男が私達の前へをやって来た。

 恐らく矢を撃った人で、歳は二十代後半くらいだ。

 灰色の髪に褐色で、中々よいビジュアルをしている。

 盗賊ではなかったようだが……眼光が鋭くて怖い。


「何もしていません。僕達はたまたま来てしまっただけで、入ってはいけないところだと知りませんでした。すみません……」

「そんな見え透いた嘘を……何が目的だ! 言え!」」


 虎太郎が冷静に対話を試みるけれど、褐色の男は話を聞くつもりはないようだ。

 頭ごなしに否定される。


「本当です! 私達、知らずに入ってしまったんです!」

「まだ言うか! こいつらを捕らえろ!」


 私も必死に訴えたが、まったく耳を傾けてくれない。

 男の指示で、村人らしき男達が一斉に私達に向かって来る……!


「奥村君、逃げ――」

「ぎゃ!」


 虎太郎の腕を引いて逃げようとしたのだが、私の肩にいた芳三が前に飛び出すと、青い火球を男達に向けて放った。


「何だ、このトカゲは! 魔物か!?」

「ぐあ!」


 怯んだ褐色の男に向けて、今度は虎太郎の胸ポケットにいる諭吉が、水鉄砲のように口から水を噴射した。

 その水圧は見た目以上に凄まじいようで、褐色の男は勢いよく後ろに転んだ。


「ぐっ!! 何をするっ! トカゲやら亀やら……変な魔物を連れているなんて余計に怪しい……!」


 立ち上がって襲い掛かってこようとする褐色の男に対し、今度は虎太郎が動いた。

 男に向けた虎太郎の手から、激しい真っ赤な炎が上がった。

 それは男に向かって放たれたのではなく、虎太郎の手から噴き出したように見えただけ……つまり、『脅し』だ。


「勝手に入ってしまったことは申し訳ないです。悪いのは僕達ですけど……そちらがこれ以上乱暴なことをするなら、僕も全力で抗います」


 襲い掛かると、今の炎が自分たちに向けられる――そう悟った男達は動かなくなった。


 ……逃げるなら今?


 そう考えていた時、男達の後方から新たにやって来た人がいた。


「これは何事だ」


 一目で男達の身内だと分かる服装の恰幅の良いおじいさんだ。

 敵が増えた、と私達は身構える。


「親父……! こいつら、勝手に守り神様の聖地に侵入してたんだよ! この辺りでは見かけない、王都に住んでいるような奴らの服装だ。王家の回し者かもしれない!」


 どうやらこのおじいさんは、褐色男の父親のようだ。

 王家の回し者、と聞こえた気がするが……。


「君達、そうなのか?」


 おじいさんが突然私達に聞いてきたので、慌てて首を横に振った。


「ち、違います!」

「いいえ、僕達は安全なところで休みたかっただけです」

「悪党が悪事を働きにきました、なんて言う訳がないだろ!」


 その通りだけれど、本当なのだから信じて貰うしかない。

 悪意はないと証明するものがあればいいけれど、何も思い浮かばない。

 黙っていると、おじいさんが男達の方を向いた。


「君達も、この大人しそうな子達が悪い者に見えるかい?」

「それは……」


 おじいさんの言葉で、私達への視線が和らいだ気がした。

 悪者には見えないようだ。

 私、地味でよかった……!


「でも、魔物を連れているぞ?」

「魔物……?」


 おじいさんが首を傾げると、芳三と諭吉が得意げに鳴いた。


「ぎゃ!」

「ぐぉ」

「ふむ……」


 トリプルおじいちゃんが見つめ合っている。

 やけに注意深くお互いを見ているけれど……フィーリングが合ったのだろうか。


「うーん……いや……そんなことがあるはずはないか……」


 おじいさんの顔が、どんどん険しくなって来たので慌てた。

 危険な魔物だと思われた……?


「あの! この子達は、とっても賢いただのトカゲと亀です!」

「……うむ。危険は……ないだろう。むしろ……」


 どういう判断をしたのか分からないが、危ない魔物とは思われていないようでホッとした。

 だが、次の瞬間、褐色男の大声でビクリとした。


「お前! 俺の矢が当たったはずなのに……!」


 虎太郎の腕を指差し、目を見開いている。

 矢が掠ったはずなのに怪我がなくなっていることに気がついたようだ。


「まさか……お前が魔物なのか!?」

「どうしてそうなるんですか! 私が魔法で治しただけです!」


 虎太郎が魔物だなんて、なんてことを言うのだ!

 カッとした私は、思わず強く否定した。


「!!!?」


 すると何故か、虎太郎以外の目が一斉に私に集中した。

 ……何?


「お嬢さん、癒しの力を持っているのかい?」

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