第12話 二人と二匹

 亀の胴体は青緑色で、甲羅は重厚感のあるくすんだ金色。

 そして、顎には長い白髭が生えている。


「おじいちゃんの井戸端会議……」

「…………っ」


 私がぽつりと零した言葉に、また虎太郎が真顔で笑う。


「ぎゃっ」

「ぐぉ?」

「ぎゃぎゃっ!」

「ぐぉ! ぐぉぉぉぉ」」


 どんな話をしているかまったく想像できないけれど、二匹の会話がとても盛り上がっていることは分かる。


「邪魔しちゃ悪いな」

「そうね」


 私と虎太郎は、そっとしておくことにした。


「それにしても、さっきのは何だったんだろう。怖かったね」


 逃げることすらできなかったから、せめて動くことができるようにならないと……。

 でも、今のを体験したら、大抵のことには動じないようになった気がする!


「……そうだね」

「?」


 同意した虎太郎の声がやけに静かな気がした。

 虎太郎を見てみると、いつも通りの無表情だ。


「奥村君?」

「……何でもない。芳三達はまだ楽しそうにしているし、僕達は休もうか」

「あー……うん。そうしよう。いい加減寝ないとね」


 精霊を見ることができるようになったし、魔法もゲットした。

 謎の体験にはびっくりしたけれど、怪我とか悪いことは起こらなくてよかった。


 草のところに戻り、虎太郎の上着をかけて横になる。

 瞼が重い……今度こそ眠れそうだ。

 焚火の前で座ったまま眠ると言う虎太郎に声をかける。


「奥村君。冒険初日、楽しかったね。おやすみなさい」

「おやすみ。また明日……あ、もう今日か。起きてからもよろしく」

「うん! こちらこそ、よろしくね……」


 返事をしながらも、言い終わったころには眠りについていた。

 明日はどんなことが起こるか楽しみだ。


「……楽しかったのは、一色さんのおかげだよ」




 ※




「う……痛い」


 草があるとはいえ地面は硬い。

 体が痛くなり、目が覚めた。

 空はもう明るくなっていて、周囲を見回していると虎太郎と目が合った。


「一色さん、おはよう」

「おはよう。奥村君、もう起きてたんだ? ……っていうか、寝た?」


 虎太郎は優しいから、寝たと見せかけて自分はずっと周囲を警戒したりしていたんじゃないかと疑った。


「ちゃんと寝たよ」


 それが伝わったようで、虎太郎は苦笑いしている。


「ぎゃ」

「ぐぉぐぉ」


 声がした方に目を向けると、最後に見た時と同じ光景があった。


「あの子達、まだ話してるの!?」

「余程積もる話があったんだね」

「私のお母さんより井戸端会議が長い……」


 近所の奥様と長々話している母を見て、「そんなに話す内容があるのがすごいな」といつも思っていたけれど、母より上がここにいたか。


「僕達は軽く食べてから出発しようか」

「そうだね。お腹空いた……あ、ごはんどうしよう?」

「城から持ってきた料理かリンゴになるね。どっちにする?」

「あ、それがあったね。私はお城の料理を食べたい!」


 ……と言ってから、「リンゴにする」と言った方が女の子らしかったかも……と少し後悔したが、ここは体力を優先したい。


「うん。しっかり食べておいた方がいいよね。僕も城の料理を食べるよ」


 虎太郎と料理を一つずつ取り出して食べる。

 やはりしっかり食べた方が元気になる。

 料理にして正解だった。


 食べ終わり、焚火をした後などを片付け、出発しようとしたのだが……あの二匹はどうしようか。

 おじいちゃん達の井戸端会議はまだ続いている。

 でも、放っておくわけにはいけないので声をかけた。


「芳三、出発するよ! それともここに残る?」

「ぎゃ? ぎゃ!」


 声をかけると、芳三はこちらに駆け寄って来た。

 その後ろを、亀もノソノソとついてくる。


「おっっそいね! がんばれー!」

「まあ、亀だからね」

「足の動きが可愛い!」


 一生懸命、地を蹴っている感じがたまらない!

 でも、のんびり待っているわけにはいかないので、私達の方から亀の元へと歩み寄った。

 しゃがんで亀に話し掛ける。


「君は芳三のお見送りをしてくれるのかな?」

「ぐぉ……」

「ぎゃ! ぎゃ!」


 寂しそうな声を出す亀の元に駆け寄った芳三が、私達に向かって何かを必死に訴えてくる。


「もしかして、亀も一緒に連れて行くつもりか?」

「ぎゃ!」


 虎太郎の質問に芳三がコクコクと頷く。

 二匹はとても仲がいいようだから、気持ちは分かるが……。

 私と虎太郎は思わず顔を見合わせた。


「君はここにいた方がいいんじゃなか?」

「うん……。私達は旅をしているから、水場があるここの方が過ごしやすいと思うよ?」


 そう伝えたのだが……。


「ぐぉぉ……」


 トボトボと更に近づいて来た亀が、縋るように私の靴にピタッとくっついた。

 置いて行かないで! と潤んだ目が訴えかけてくる。

 おじいちゃん亀なのに可愛い……!


「奥村君……」


 どうしよう、という思いを込めて虎太郎に助けを求める。

 しばらく思案していた虎太郎だが、どうするか決めたようで「はあ……」とため息をついた。


「友達みたいだし、連れて行ってあげようか。でも、僕のポケットに入ってくれる? 緊急事態になったときに、はぐれちゃったら大変だからね」


 そう言うと虎太郎は亀を手に乗せ、胸ポケットの中に入れた。

 外を見ることができるよう、顔はポケットからひょっこりと覗かせている。


「いいね、特等席じゃない」

「ぐぉぉぉぉ!!」


 嬉しそうに亀が一際大きな鳴き声をあげた、その瞬間――。

 突然、ゴオオオオッと地鳴りがした。


「え? 急に何? 地震!?」

「いや、揺れてはいない、振動が……池から?」


 パッと池を見てみたが特に変化はないし、振動も次第に消えて行った。

 念のため、池の中を覗いてみたが……。


「この大きな水晶にも変化はないよね?」

「そうだと思うけれど……」


 虎太郎と顔を見合わせながら首を傾げた。

 この場所では、よく分からないことが続いている。


「もう、出発しようか」

「そうだね」


 早く村に行って色々調達したり、今日の寝る場所を探したりしなければいけない。

 私達は池に背を向け、歩き出した。


 昨日に続き森の中を進む。

 芳三は私の肩に乗り、尻尾をブラブラさせている。


「一色さん、亀にも名前を決めてあげたら?」

「私? んー……奥村君も一緒に考えようよ」

「僕はセンスがないから。一色さんが考えた名前の方が、愛着が湧きそうだし」

「そ、そうかな」


 虎太郎にそう言われると期待に応えたくなる。


「じゃあ……『諭吉』!」

「それはまた渋いね。理由はあるの?」

「『亀は万年』っていうくらい縁起がいいでしょ? 金運もよくなりそうだし、一万円札の福沢諭吉から取って諭吉なの」


 一万円札の人物が変わるという話があった気がするけれど、私の中では一万円札と言えば諭吉だ。


「『運S』の一色さんの命名だし、更に金運がアップしそうだね。いい名前を貰ってよかったな、諭吉」


 虎太郎が胸ポケットにいる諭吉の頭を突く。


「ぐぉ!」


 諭吉が嬉しそうに鳴いているので、気に入って貰えたのだと思う。よかった。


「冒険するためにはお金がかかるし、私と一緒に稼ごうね。諭吉!」

「ぐぉ!」

「こっちの世界で宝くじとかないかなあ」


 そんな雑談をしながら歩いていると、目の前にロープが張られているのを見つけた。

 広範囲に木と木の間にロープを張っていて、まるで規制線のようだ。

 ロープの向こう側は開けていて、街道も見えたので、私達がいる場所の方が封鎖されている側に思えた。

 ……嫌な予感がする。


「もしかして……僕達がいるこの辺りって……封鎖区域?」


 虎太郎も私と同じことを感じていたらしい。


「こっちにいたのバレたらまずい感じ……かな?」

「見つからないうちに出ようか……」

「ぎゃ……」

「シーッ! 静かにね」


 まずいことになってしまう前に、あのロープを超えてしまおう。

 極力気配を消し、静かに立ち去ろうとしたのだが……。


 あと少しというところで、突然私達に向けて素早い何かが飛んできた。

 トンッと音をたて、近くの木の刺さったものを見る。


「矢……」

「一色さん! …………っ」


 虎太郎が私の前に出た瞬間に、矢が彼の腕を掠めた。


「奥村君!」

「……大丈夫」


 服が破れ血が流れているのを見て、私は頭が真っ白になった。

 私を庇って虎太郎が怪我をしてしまった……!


 でも、ボーっとしている場合じゃない。

 これ以上、足を引っ張らない様にしなきゃ!

 私は虎太郎をひっぱり、木の裏に身を隠した。

 これでとりあえず矢の攻撃はしのげるはず……。


「奥村君、怪我の手当てを……」


 身を潜める私達に向けて、男の怒声が飛んできた。


「出て来い! お前達は何者だ……聖地で何をしていた!」

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