第7話 とある高官の心労 ※クリフ

「クリフさん、どこに……!」


 部下が追いかけて来ているが、構わず王城の廊下を駆ける。

 何事かと驚く人、走ってはいけないと窘めようとする人達が見えるけれど無視だ。

 気づきたくなかったけれど……気づいたのに放っておいて、取り返しがつかなくなったら私の人生終了だ。

 私は老後、小さなアイテム屋を開いてのんびり暮らすのだ!


「もおおおお、どうして陛下が外遊に出ている中こんなことに……!」


 鬼上司……じゃなかった、宰相閣下の補佐官になってからいいことがない。一つもない!


 宰相――オーガスト様は陛下がいない間、その穴を埋めるために忙しい。

 だから、私は第一王子パスカル様周辺のことを丸投げ……じゃなくて、任されていたが……。

 このタイミングで勇者と聖女の召喚を成功させてしまうとは……!


『異世界人の召喚』は、歴史の中で幾度となく繰り返されてきた。

 だが、成功した記録があるのは、遥か昔の魔王を倒した勇者様と聖女様の時だけ――。

 そんな千年以上成功していなかったことを何故、今……!


 昨今、我が国ラリマールでは「異世界人の召喚は不可能」と考え、魔物発生を抑える研究を続けてきた。

 守護獣様に頼らず、人の力で人の暮らしを守るために――。

 数日前から国王陛下は第二王子を連れ、魔物を制御する技術が優れている友好国の元へ、視察と意見交換に行っている。

 そんな時にこんなことが起きるなんて、王位継承問題も揉めるかもしれない……。


 パフォーマンスが上手な第一王子様、研究者気質で堅実な第二王子様。


 最近は着実に成果をあげる第二王子を応援する声が増えていたが、伝説である勇者様と聖女様の召喚に成功してしまったから、次期国王は第一王子に決定だろうか。

「召喚の研究なんて無駄」という声が増えていた中、召喚魔法の研究者達に支援を続けていたのはすごい。


 でも、私が今気づいたことが正しいのなら、まだ分からないかも……。


 パスカル様が勇者様と聖女様の召喚を行っている時、私も見守っていた。

 どうせ成功しないだろうと思っていたのに、成功して「え」となったし、更に四人もいて「ええええっ!?」となり――。

 更にパスカル様は二人だけを連れて守護獣様の元へ向かったので、「はああああ!?」と頭が真っ白になった。


 本当に勇者様と聖女様なのか確認するには、守護獣様と対面して貰うしかない。

 守護獣様が反応すれば本物だ。

 すぐに確認に向かったのは理解できたが、何故四人全員を連れて行かない……!


 落ち着いてからパスカル様に、死ぬほど気を遣いながらそれを伝えたら、「勇者と聖女は一人のはず。四人連れて行って反応したら、どちらに反応したか分からない。それに、守護獣様の負担を少なくするためにも二人にした」と言われたら黙るしかなかった。

 心の中では「それならそれで、丁寧に説明するとか対応の仕方があったはず……」と思ったけれど……。


 取り残された方の二人は気の毒だった。

 巻き込まれて突然日常を奪われた上、こんな扱いを受けるなんて……。

 できるだけ力になりたいと思っていたが、私は余裕がないほど忙しい。

 でも、オーガスト様と相談して、まず生活を保障させて頂くことは決めたので、不便なく暮らして頂けるはずだ。

 保障内容の最終決定は国王陛下が戻ってから……と言うことで、彼らのことは部下達に任せた。


 召喚から三日――。

 婚約者がいるパスカル様が、聖女様を口説いていること以外には問題がないと思っていたのかだが……。


「一緒に召喚された二人がいない。出て行ったかもしれないから探して欲しい」と聖女様から要請があった。

 部下に二人の直前の様子を聞いたが、特に問題なかったという。

 いなくなった原因は分からないが、陛下が戻って来た時に「召喚に巻き込んでしまった異世界人がどこかに行ったか分からない」なんて報告するわけにはいかない。


 仕事を投げ出して二人を探して来たら、陽が落ちたあとに普通に帰って来た。

 怪我もなくよかったけれど……人騒がせだな……。

 こういう時は一声掛けて行って欲しかった。


 そう思っていると、二人が驚くことを言って来た。

 彼らの食事が、ちゃんと用意されていないという。

 その流れで、勇者じゃなかった方の彼――オクムラ様の部屋に行ったのだが、しっかりと食事が用意されていた。

 部下にも確認してもらったが問題なかったという。

 どういうことだろう。

 二人のことを信じてあげたいが……。

 部下やメイド、城の者達の視線が冷ややかだ。

 私の方がいたたまれなくなっていたところに勇者様が現れた。


 守護獣様が反応したので、彼は間違いなく勇者だが……。

 私はどうも裏表があるように思えてならない。

 一緒にやってきた友人に対する態度も冷たく、今もケンカになりそうだ。

 勇者様と異世界の一般人の力の差は大きい。

 怪我をさせてしまう前に止めようとしたのだが……。

 青い火球が勇者様を襲った。

 見たことのない炎……そして、それを吐いたのは……青いトカゲ!?

 驚いている内に、更に驚くことが起きた。


 オクムラ様が、勇者のパンチを正面から受け止めていたのだ。

 何が起こっているのか分からないまま、勇者様の方が捨てセリフを吐いて去って行った。

 これは……いったい何が起きている!?


「見たことないトカゲ……青いトカゲ……」


 勇者や聖女と戦っていた頃、すでに千年生きていた上位竜だったため、『千年竜』と呼ばれるようになった守護獣様だが……種族名はブルードラゴンだ。

 ほぼ結晶化している千年竜の姿を一度見たことがあるのが……あのトカゲに少し似ている気がする……。


『ブルードラゴンに似た青いトカゲが勇者と聖女じゃない方に懐いている』


 これほど嫌な予感がする情報はない。

 思わず「ひゅっ」と息をのんだ。


 これは急いで確認しなければ! と思い、オーガスト様の部屋に向かって走っている最中というわけだ。

 

 二人こそが勇者様と聖女様なのか確認するには、守護獣様に会って貰うしかない。

 でも、守護獣様がいる聖域に入ることができるのは王族か、許可を得た者だけ――。

 パスカル様に頼んでも、協力してくれる気がしない。

 国王陛下の代わりに許可を出せる鬼上司にお願いするしかない。


 バンッ! と勢いよく両開きの扉を開けると、山のように積んだ書類と戦っているオーガスト様がいた。

 五十代だが若々しく逞しい体つきで、宰相と言うより傭兵団のボスに見える。

 ……なんてことは口が裂けても言えないが。


 騒音を出したことで、視線で刺されるんじゃないかと思うほど睨まれているが、今はそれどころではないのだ。


「オーガスト様! 至急確認したいことがございます! 聖域立ち入りの許可をください!」

「はあ……どういうことだ?」


 後にしてくれ、というオーラがびんびんに伝わってくるが、今は負けていられない。

 負けて後回しにして、問題が起きたら「あの時もっと聞いておかないからだ!」と叱られるのは私だ。

 上司とはそういう理不尽な生き物だと私は知っている。


「守護獣様のようなトカゲがいたんです! あれは守護獣様の化身かもしれません。しかも、そのトカゲはホシノ様達ではなく、オクムラ様達にとても懐いていました! 更に、オクムラ様は力で勇者様を抑えていました! 勇者様と聖女様じゃないと思っていた方こそが、勇者様と聖女様の可能性が出てきました。至急確認が必要です!」


 机をバンッと叩いて訴える。

 驚いた表情の後、しばらく考えていたオーガスト様が出した答えは――。


「今日はもう遅い。明日、確認できるように手配しておこう。確認するのが今でも明日でも、そう変わりはない。むしろこんな夜に無理を言っては申し訳ない」

「!」


 間違いがあったなら、いち早く正さなければいけないと思ったが……確かにその通りだ。


「とりあえず、万が一のことを考えて、引き続き二人を丁重にもてなしなさい」

「あ、それともう一つご相談したいことが……」


 オーガスト様の言葉で、二人から食事の改善要求があったことなどを話した。


「ふむ……。見落としがあるかもしれないから、お前自身が動いて確認するように。大事なことは、自分の目で見たこと以外信じるなよ」

「はい……」


 二人のことが気になっていたのに、忙しいことを理由に部下達に任せきりになっていたことを反省した。


「とにかく、今からもう一度お会いしまして、明日ご同行頂けるようにお願いしてきます」

「ああ。しっかり頼むぞ」




 先ほど走って来た廊下を歩いて戻る。

 三十歳になり、書類仕事ばかりして体力が落ちている私は疲れに襲われていた。

 日常を奪われた十代の少年少女に、ちゃんと目をかけてあげられなかったという罪悪感も沸いてきて更に足が重い。


「クリフ殿!」


 のそのそ歩く私に、前方から現れた人が声をかけて来た。


「レックス魔塔長。お疲れ様です」

「お疲れ様です。随分お疲れの様ですね」


 赤い髪の派手な見た目のこの人は、国に仕える魔法使いが所属する魔塔の責任者だ。

 研究者としても優秀で、今回の勇者と聖女の召喚を成功させた功労者でもある。


「あ! レックス様、お願いがあるのですが」

「何でしょう?」

「今から少しお時間頂けませんか? ついて来て頂きたいところがあるのですが……」


 レックス様なら、あの青いトカゲがブルードラゴンの化身か見抜けるかもしれない。


「今からですか? 構いませんよ」

「! ありがとうございます」


 並んで歩きながら、掻い摘んで状況を説明する。


「なるほど。ブルードラゴンの化身ですか……それが本当なら是非ともお目にかかりたいですね! 誘って頂けて嬉しいです」

「助かります」

「あ、そういえばレックス様は、ホシノ様とカハラ様の魔法指導をしていらっしゃいますね? お二人の様子はどうですか?」

「魔法をすぐに覚えられる『スクロール』を使って、色々と習得しているところです。魔力も多いようですし、順調……ですかね?」


「ですかね?」と、どうして疑問形なのだろう。

 首を傾げていると、レックス様は苦笑いを見せた。


「過去の文献に、異世界人の魔法は我々よりも威力が強いと書いてあったのですが……我々とあまり変わらなかったのが少々気になりました。文献が大げさだったのかもしれませんが」

「そうなんですね」


 そんなことを話している内に、オクムラ様に部屋に戻って来た。

 ノックをして待ったが、しばらくしても返事がないのでノブを回してみると……開いた。


「オクムラ様? 失礼しま……あれ?」


 オクムラさまの部屋に戻ると誰もいなかった。


「残念。ブルードラゴンか疑わしいトカゲもいませんね。食事は済まされたようですが……これは?」


 一緒に部屋に入ったレックス様が、テーブルに置かれた紙を見つけて持って来た。

 不思議な文字が並んでいる紙を覗き込む。


「手紙、ですかね……。異世界の言葉で書かれていて読めませんね」

「ちょっと待ってください。鑑定してみます」

「!」


 ホシノ様達に読んで頂くしかないかと考えていたが、その手があったか。

 鑑定魔法を使えば、読むことができる。

 半端な鑑定では無理だが、ここにいるのはこの国一番の魔法使いだ。


『ラリマール王国の皆様へ。僕達は旅に出ることにしました。しばらくしたら戻ります。挨拶せずに出発することになってすみません。それと、一色さんの能力で察知したのですが、水に何か混入している可能性があります。できれば調べて頂けるとありがたいです。奥村虎太郎 一色波花』


「ひゅっ」


 声にならない変な音が口から出た。

 しばらく……旅に出る……!!!? 


「旅に出る!? もしかして、この国が嫌になったんでしょうか!?」

「しばらくしたら戻るって書いてますよ? そんなことより、僕が気になったのはこれです」


 レックス様がグラスに入った水を手に取る。


「【鑑定】。おお……すごい。確かに恐ろしい水ですね。こんなもの、どこから入手したのか」

「……どういうものなんですか?」


 どう見ても普通の水にしか見えないが……。


「聖水の反対みたいなものです。飲んだら呪われる『呪水』ですね」

「呪水!?」

「強い睡眠効果……いや、仮死状態にさせる部類かな? 詳しく調べないと分からないですね。これ、僕が預かっていいですか?」

「はい! あの、保管はしっかりとお願いします……」


 誰がどんな意図でこんなことを?

 犯人を追及するためにも、証拠として残しておかなければいけない。

 私の言葉に、レックス様はにっこりと笑った。


「承知しております。それにしても、これが呪水だとよく分かりましたね。食事にも入っていそうなのに、食事は食べているからちゃんと察知したんでしょうね。すごいな」

「すう……」


 私は無意識に空気を吸った。

 オクムラ様に続き、イッシキ様もそれらしい要素が……。

 ますます『疑惑』が深まっていく……。


「やっぱり、勇者と聖女って――」

「レックス様、言わないでください!」

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