第6話 冒険に向けて
「冒険? それは……ずっと? ここを出て帰ってこないっていうこと?」
「うん。僕はそのつもり」
頷く虎太郎の顔には決心が見えた。
「元の世界に帰れないって分かった瞬間、この世界で自立して一人で生きていかなきゃって思ったんだ。二日目にこの世界の伝説を聞いたでしょ?」
「クリフさんが言っていた『昔の勇者と聖女が、聖獣と一緒に魔王を倒した』って話?」
「そう。それが僕の知っているゲームのストーリーにそっくりで……。同じかもしれないと思って、魔法を使ったり魔物を見てみたりして確かめたら、やっぱりそうだった。この知識があるなら、なんとかなると思って……」
確かにある程度知識があれば、なんとか生きていける気はする。
でも、城にいれば苦労しなくても済むのに、早々に出ていく決意をしている虎太郎がかっこよく見えた。
「いきなり出ていくよりは少し慣れてから行こうと思って、まだここでお世話になっていたんだけど……」
「そうだったんだ……」
「一色さんにも声をかけようか迷ったんだ。でも、城で過ごした方が安全だし、いい暮らしができると思っていたんだけど……そうじゃなかったみたいだから……」
苦笑いの虎太郎が、言い難そうにしている。
さっきの樹里とのやり取りを思い起こしているのだと思う。
虎太郎の目にはどう映ったか気になる……。
「周りにも信じて貰えないけれど、子供の頃から樹里には嫌な気持ちにさせられていて……。でも、私がどうがんばっても、それを周りに上手く伝えることができないの。私の方が『悪い方に受けとる嫌な奴』みたいな……」
樹里との関係を正確に伝えるのは難しい。
でも、虎太郎にはちゃんと分かって欲しいのに……また上手く言えない。
つい俯いてしまったのだが……。
「僕も上手く言えないけれど……本当の自分を分かって貰えなくて、違う自分を植え付けられるやるせない気持ちは知っているから……つらいね」
「…………っ!」
下手な説明なのに……初めてちゃんと分かって貰えた気がした。
両親に話した時も、心配はしてくれるけれど「気にし過ぎないようしたらいい」と言われて少し寂しかった。
「一色さんが嫌な奴じゃないことは、今日一緒にいただけで分かったよ。こんなに気を張らず一緒にいることができた人は、僕は初めてだった――。あ、気を使わなくていいと思ったとか、ナメているわけじゃなくて……!」
焦って必死弁明している虎太郎を見てくすりと笑う。
「うん、分かってる。私も奥村君がそんな人じゃないって、今日一緒にいて分かったから」
そう言うと、虎太郎は照れたように笑った。
樹里達がいた時はピリピリしていたのに、今はとても穏やかな空気が流れている。
この世界に来て、穏やかな気持ちになれるのは虎太郎といる時だけだ。
「冒険に行かないか?」という誘いに、私の答えは決まっている。
「私、奥村君と一緒に冒険に出たい!」
「!」
私の言葉に、虎太郎は驚きながらも嬉しそうにしてくれた。
「よかった……。でも、ここにいる時より、苦労すると思うけれど……」
「そんなの気にならない!」
虎太郎の言葉に食い気味に答えた。
苦労くらい、どんと来いだ!
「私、高校を卒業したら変わりたいって思っていたの。樹里から離れて、植え付けられたイメージの『一色波花』じゃなくて、自分が思う自分になりたい。奥村君と一緒に世界に自由に冒険できたら、そんな私になれる気がする。だから……! 今の私じゃ足手まといにしかならないと思うけれど……」
「足手まといじゃない。嫌だったら誘わないよ。今日、一色さんと出かけて、すごく楽しかったんだ。こんな風な毎日を送れたらいいなと思って……よろしくね」
「奥村君……うんっ。よろしくお願いします!」
虎太郎から差し出された手を握り、握手を交わす。
冒険が始まる感がしてとてもわくわくしたのだが……。
――ぐうぅ
どちらともなくお腹が鳴った。
「……ははっ」
「ふふっ」
お互い顔を見合わせて笑う。
やっぱり果実だけでは足りなかった。
「お腹空いたね。ごはん食べながら話す?」
目の前にはごちそうがあるし、美味しそうな匂いが充満している。
我慢しろというのは拷問だ。
「そうだね。でも……よく考えたら、この食事にも何か仕掛けられたりしないかな?」
たしかに、今まで用意されていなかったのに、問題にしようとしたところで出て来たごちそうだから怪しい。でも……。
「大丈夫だよ。私、昔から腐っているものとか、食べたら駄目なものはなんとなく分かるの。今まではどうして分かるのか謎だったけれど、幸運Sのおかげだと思う」
食用きのこに紛れていた毒きのこを見抜いたこともあるし、触ると危ない魚も分かる。
「すごいね。すごく助かるよ、ありがとう」
虎太郎に褒められた……役に立てて嬉しい!
私に尻尾がついていたら、ちぎれそうなくらい振っている。
ここにある食事は一人分だが、たくさんあるので一緒に食べることにした。
フォークは大きさが違うのがいくつかあったのでそれを使う。
私は魚料理を取り、虎太郎はステーキのような肉料理を食べている。
笑顔全開ではないけれど、嚙みしめるようにお肉を食べる虎太郎からは幸せオーラが出ている。
そんな虎太郎を見て私もほっこりした。
「一色さん、食べたらすぐに出ようと思うんだけど……どうかな?」
「夜は危なくない?」
そう訊ねると、虎太郎は気まずそうな顔をした。
「僕が星野君に反抗しちゃったから……。明日には何か仕掛けてきそうな気がするんだ」
「! 樹里もだ……」
異世界に来ても私にマウントすることを忘れない樹里のことだ。
明日の朝には奥野君のベッドに潜り込んでいるかもしれない。
「奥村君、樹里に気をつけてね!」
つい語気が強くなってしまった私に、虎太郎はくすりと笑った。
「うん。一色さんもね。城を出て行くところも、見つからないようにした方がいいだろうな」
「うんうん」
「勇者や聖女じゃない方の僕達がいなくなっても何も問題はないと思うけど……。また勝手に出て行ったと思われるよりは、出ていくことを書き残しておこうと思うんだ。あと、『しばらくしたら戻る』って書いておけば、それほど僕達のことは気にされないかなって」
「なるほど! それだと樹里達も私達を探そうとしないね」
光輝のことはよく分からないが、樹里はマウントを取って気持ちよくなるために私をそばに置いておきたいはずだ。
なんてことを思っていたのだが、虎太郎が手に取ったグラスの水に目が留まった。
「あ、飲まないで!! そのお水は嫌な感じ……」
今までに感じたことがない感覚だけれど、飲んではいけないものだと分かった。
「! ありがとう。やめておくよ」
「うん。多分、ただの水じゃないと思う……」
私の気のせいかもしれないけど、何かある可能性が高い……。
微妙な空気が流れ、私達はなんだか食欲が失せてしまった。
「……もう、十分かな」
「そうね……」
でも、三分の一くらいは残っているからもったいない。
「このごはん、アイテムボックスに入らないかな」
虎太郎に教わり、ゲームでは当たり前のアイテムボックスの存在を教えて貰った。
魔物を倒した後にゲットしたドロップアイテムもそこに収納している。
「! ゲームで見たアイテムしか入らないと思い込んでいたよ。やってみよう」
まだ手をつけていない料理の皿を持ち、アイテムボックスに入れてみると――。
「……できたね」
「うん。ここで食べないで持って行った方がよかったな……」
どうしてもっと早く気づかなかったのか、と二人で苦笑いだ。
「ごはんは私の部屋にも用意されているみたいだから、それも回収していこうか」
「そうだね」
アイテムボックスへの収納を終えた私達は、早々に旅立つことにした。
「じゃあ、書き残そう」
虎太郎が部屋に備え付けられている紙を持って来て、手紙を書き始めた。
「この手紙を見つけるのは、多分クリフさんだよね」
「え、どうしてそう思うの?」
「さっき、あとから来ます、って言ったと思う」
そういえば……何の用事か分からないが、来ると言っていたっけ。
「水のこと、一応書いておくよ。クリフさんが犯人じゃなければ調べてくれるだろうから」
「そうだね」
クリフは犯人ではないと思う。
光輝か樹里が手を回したとしか思えない。
この水に入っているものが何か分かったら、クリフさんも私達を信じてくれるだろうか。
「ぎゃ!」
「あ、芳三」
「…………っ。もう、名前は芳三で確定なんだ?」
虎太郎がまた無表情で笑っている。
微笑んだりはしてくれるけれど、まだ「ははは!」と声をあげて笑うことはしてくれないらしい。残念。
「そうね、最初はおじいちゃんを呼び捨てにしているみたいで気が引けていたけれど、今は名前も含めて可愛くなってきちゃった。だから芳三にしようかな。それか奥村君が名付けてあげてよ」
「じゃあ……『芳三』で。…………っ」
自分で言ってウケている虎太郎も可愛い。
「よし、書き終わった。じゃあ、出発しようか」
「うん!」
「ぎゃ! ぎゃ!」
芳三も一緒に行くつもりなのか、私の肩に乗って来た。
ここに置いていたら誰かに危害を加えられてしまうから、とりあえず外まで連れて行ってあげよう。
「じゃあ、行きますか!」
とうとう冒険の始まりだー!
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