第5話 いつものやり口
「あ、波花! どこに行ってたの! 心配していたのよ!」
城に戻ると、高官やメイドを引き連れた樹里が待ち構えていた。
クリフさんの姿もある。
樹里は王子様と光輝に迫られて、機嫌よく過ごしていたはずだ。
私のことなんて忘れていたはずなのに……嫌な予感しかしない。
「虎太郎君も……! 黙っていなくなったらだめだよ、みんなで探したんだから」
まだ夕方だし、今まで所在を気にされたことなんてない。
それなのにわざわざ探すなんて、私と虎太郎は「勝手な行動をする問題児」なのだと、周囲に印象づけたかったのかと勘繰ってしまう。
でも、クリフがいるのはちょうどいい。
虎太郎の食事が用意されていないことについて相談したい。
「クリフさん、話があるんです。あとで聞いて頂けませんか?」
関係ないことでも自分に利益が出る方向に話を湾曲する樹里の前では話したくない。
だから、改めてあとで相談したかったのだが……。
「あー……そう、ですね……えーと……」
クリフは返事を濁している。
忙しくて時間を取れないのだろうか。
「波花? クリフさんは二人を捜すために、忙しい中時間をさいて動いてくれたんだよ?」
樹里の言葉に続き、周囲にも「これ以上迷惑をかけるな」と言っているような目を向けられる。
私達は今まで放置されていたから、樹里が騒がなければ探されることなんてなかった。
「探してなんて頼んでなのに……」と思うけれど、本当に心配してくれた人も中にはいるかもしれない。
だから、今後行き先くらいは伝えるべきかと反省した。
周囲の空気からすると、クリフに時間を作って貰うのは難しそうだ。
でも、やはりこれだけは言わないと……!
無駄に時間を奪われたクリフさんには申し訳ないけれど、虎太郎のことだから絶対に相談したい。
本当は場を改めたかったけれど、それが駄目なら今言うしかない。
「お世話になっている身で心苦しいですけど、食事はちゃんとしたものを三食頂きたいです。贅沢は言いません。栄養があるものをください。掃除とか、私にできる仕事を頂けたら働くので……お願いします」
私が真剣に頼むと、クリフは驚いた顔をした。
「食事、ですか? ちゃんと用意されているはずですが……」
「でも、奥村君はこちらで食事を貰ったことがないです」
私の言葉に、クリフは目を見開いた。
「オクムラ様、本当ですか?」
「……はい、こちらで一度も食事を頂いたことはないです」
「そんなはずは……」
クリフはその場にいた、自分の部下に視線を送った。
すると、その人物は頭を下げてどこかに向かった。
「と、とにかく確認します。不愉快な思いをさせてしまってすみません……」
クリフの部下なら、しっかり調べてくれるはず……。
これで虎太郎の状況が良くなればいいが……と思っていると、樹里が口を挟んできた。
「お城のみなさん、みんな親切でいい人だよ? ごはんがないなんて信じられない。ねえ、それってほんと?」
「……そんな嘘をつくわけがないでしょう」
樹里の術中に嵌まらないよう、気をつけながら話す。
怒鳴ったりしたら、すぐに樹里の悲劇のヒロインスイッチが入って泣き出し、私が悪者になってしまう。
「うーん……。あ! 今の時間なら、ごはん用意してくれているんじゃない? 本当にないのかどうか、虎太郎君の部屋に行って確かめてみようよ」
樹里がこうして動くなんて……また嫌な予感がする。
何か仕込んであるのだろうか。
まさか……と思いながらも、周囲の人達が樹里について動き始めたので、私達も仕方なく虎太郎の部屋へと向かった。
※
虎太郎の部屋は、案外私の部屋の近くにあった。
部屋の構造や広さも似ていた。
そして、虎太郎の部屋のテーブルには……。
「あ、ほら! ごはん、ちゃんとあるじゃない! わあ、美味しそう」
確かにテーブルの上に、一人で食べ切れないくらいのごちそうが並んでいる。
お肉も野菜も、デザートもある。
美味しそうな匂いが部屋の中に広がっている。
……どういうこと?
虎太郎も困惑している。
やっぱり、樹里が仕組んでいた?
「私が言ったから、急遽用意したんじゃ……」
「こんなごちそう、すぐ用意できるかなあ」
樹里のつぶやきに、部屋にいる人達が頷いている。
そして、先程のクリフの部下が再び現れた。
「オクムラ様、イッシキ様のお食事は、勇者様、聖女様と同じものを三食ご用意させて頂いていたようです。メイドだけではなく厨房など、関係各所に確認しましたが……」
その言葉を聞いて、一瞬言葉を失った。
私と虎太郎が、樹里達と同じものを用意して貰っていた?
樹里達が私と同じ、硬いパンと具のないスープを食べていたと思えない。
それに、虎太郎は食事を貰ってすらいないと言っているのに……!
「嘘よ! 私もこんな豪華な食事を貰ったことなんてない!」
「お前ら、こんなご馳走用意して貰って文句言ってるわけ?」
「あ、コウ」
私達を非難してきたのは、今部屋に入って来た勇者の光輝だ。
「……違うに決まっているでしょ」
「はっ……どうだか」
静かに怒る私を、光輝は鼻で笑う。
そして樹里のところまで来ると、私と虎太郎に向けて悪態をついてきた。
「お前ら、選ばれなかったからって拗ねてるんじゃないの? 嘘なんかついて、気を引きたいだけだろ。これだから平民はめんどくせえ。身の程を知れよ」
「もう、コウったら……そんなこと言わないの! ごめんね、二人とも……。樹里がもっと気遣うべきだった……」
樹里が労わるように、私の手を握ろうとして来た。
「触らないで」
怒鳴りたい気持ちを抑えながら、樹里の手を払う。
本当に優しい虎太郎を蔑ろにして、『心優しい聖女様』ぶらないで欲しい。
「! 波花……」
樹里が私に払われた手を握りしめ、涙を浮かべた。
その途端、空気がピリッとした。
「……お前さあ」
樹里を泣かしたな、と怒った光輝が私に向かって来る。
殴られたって構わない! と思ったのだが……。
「樹里が優しいからって調子に乗ん――ん!?」
「ぎゃきゃ!!!!」
何かの鳴き声と同時に、小さな青い炎が光輝を襲った。
「何だ!? 熱っ!」
青い炎はピンポン玉サイズで、光輝が払うと消えた。
今のは何?
声がしたところを見てみると、見覚えのある青いトカゲがいた。芳三!
「なんだ、このトカゲ。火なんか吐きやがって……服が焦げたじゃねえか!」
「ぎゃ!?」
芳三を捕まえた光輝は、思い切り地面に叩きつけ、更に踏みつけようと足を上げた。
「やめて!」
芳三が死んじゃう!
慌てて止めようとしたが、間に合わない!
そう思ったのだが……。
「グッ……!」
苦しそうな声を上げたのは光輝だった。
虎太郎が光輝を投げ飛ばしたのだ。
「…………っ、てめえ!!」
尻餅をついて倒れていた光輝は立ち上がると、すぐに虎太郎に殴りかかった。
「奥村君!」
危ない! と思ったが、虎太郎は光輝の拳を難なく正面からキャッチしていた。すごい!
「くそっ、痛えだろ……離せ!」
光輝が必死に虎太郎の手を放そうともがくが、虎太郎はピクリとも動かない。
さすが『攻撃A』!
勇者様が平民に抑えられている光景に、周囲の人達はざわつき始める。
「この世界に母さんはいないから。もう従う理由はない」
「! 生意気言いやがって……」
「コウ、ケンカしないで!」
どう収集がつくのかとハラハラしたが、樹里が間に入ったことで虎太郎が光輝の手を離した。
「……チッ。ただの馬鹿力が、ムキになりやがって……。だから空気読めない奴は嫌いなんだよ」
光輝はそんな捨て台詞を残して、部屋を出て行った。
「もう、コウったら……。それにしても虎太郎君! 力が強いのね!」
「奥村君にも触らないで」
ボディタッチが多い樹里が、虎太郎の腕に触れようとしたので前に立って阻んだ。
虎太郎じゃなくて、王子様と光輝を好きなだけ触っていればいい。
「ふーん……くすっ」
私の行動に驚いていた様子の樹里だったが、すぐに微笑を浮かべた。
……樹里の考えていることは分かる。
今度は私に嫌がらせをするために、虎太郎にも手を出そうとするに違いない。
「波花、虎太郎君も……何かあったら相談してね」
結構です、と心の中で大きく手でバツを作った。
そんな私ににこりと笑い、樹里もまた部屋を出て行った。
「ぎゃう!」
「芳三! 怪我してないね、よかった……」
近寄ってきた芳三を手に乗せると、「ぎゃぎゃ」と嬉しそうに踊った。
おじいちゃんトカゲなのに可愛い。
虎太郎も踊る芳三を見て微笑ましそうにしている。
「あ、あの! そのトカゲは……! よよよく見せて頂けませんか!?」
「ぎゃ!」
「わあっ」
挙動不審な様子で近づいて来たクリフに、芳三がまた青い火球を吐いた。
「あ、こら! 人に向けて火を吐いちゃだめ!」
「ぎゃぅ……」
「クリフさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫! やっぱり……これは!! あ、あの、また、改めて! 後からお話をお伺いに来ますので!」
クリフは残っていた人達を引き連れ、慌ただしく部屋を出て行った。
虎太郎の部屋には、私と虎太郎、芳三だけが残った。
ようやく静かになったことで、ホッとしたのだが……。
「一色さん、ご飯を食べようか。美味しそうだよ。ご飯に罪はないし……一色さん?」
「ごめんなさい……私のせいで奥村君が『嘘つき』になっちゃった……」
さっきいた人達は、光輝や樹里の主張を信じただろう。
……樹里にしてやられた。
「奥村君は何も食べてないのに、ずっと一人で頑張っていたのに……!」
分かって貰えなくて悔しい!!
樹里がああいう人だって分かってたいのに!
うまく対処できなかった!
不甲斐なくて涙が込み上げて来る。
でも、泣いてしまったら虎太郎を困らせてしまう。
必死に耐えて俯いていると、虎太郎が優しい声色で話しかけてきた。
「一色さんは、町ですれ違うだけの人に嫌われたら悲しい?」
「? どうだろ……知らない人だし……どうでもいい、かな?」
そう答えると虎太郎は頷いた。
「僕は今、そんな感じ。こう言ったら失礼だけど、僕は僕に興味がない人を気にしようとは思わないんだ。唯一僕と対話してくれて、こうして僕のことを気にしてくれる一色さんが本当のことを知ってくれているから、それで十分だよ」
「奥村君……」
控えめに笑う虎太郎を見ていると、私の中で渦巻いていた怒りが自然と萎んだ。
代わりに、悔し涙と違う涙が込み上げて来る。
何と言っていいか分からないが……温かいものだ。
同じ高校生なのに、虎太郎はすごい。
「奥村君は大人だね」
「そうかな。……ただのめんどくさがりだよ。そんなことより……思い切って言いたいことがあるんだけど……」
「!」
姿勢を正して、虎太郎が何か言おうとしている。
いったい何を言われるのだろうと、私もドキドキしながら姿勢を正した。
「な、何でしょうか?」
「僕と一緒に城を出て、この世界を冒険しない?」
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