第4話 ステータス

「一色さん?」


 呼ばれているのに動かない私を心配して、虎太郎の方から近づいて来てくれた。


「あ、ごめん。ボーっとしてた。すごいね、余裕で倒しちゃったね!」


 かっこいいと思ってしまったからか、まともに顔を見ることができない。

 初めて魔物を見て、こんなに間近で戦闘を見てしまったからだろうか。

 とてもドキドキしている。


「余裕でも……なかったかも」


 そう呟く虎太郎の声が沈んでいる。


「え?」

「見て」


 虎太郎が見せて来た手を見ると、微かに震えていた。


「怖くはないんだ。ただ、絶対に負けられないと思って、すごく集中したら力み過ぎたみたいで……」


 ……あ、私がいるから気を抜けなかったんだ。

 虎太郎が神経を尖らせて戦った理由に気が付いて、申し訳なくなった。

 呑気に戦いに見惚れていた自分が恥ずかしい……。


「あ、一色さんのせいじゃないから。人前で戦ったのが初めてだったから、緊張しただけ」


 シュンとしてしまったことがバレてしまったようで、虎太郎がフォローしてくれた。

 こんなことにまで気を使わせてしまって……しっかりしろ、私!

 これ以上虎太郎一人に負担をかけちゃだめだ。


「あ、ドロップした物の中に、いいものがあったよ」


 心の中で気合を入れ直していると、虎太郎がドロップアイテムを見せてくれた。


 素早いパンチを見せていたカンガルーのような魔物が落とした物だという。

 それは、ヤンキー漫画でみたことがあるような、拳に装着する武器で……。


「指サック!」

「…………っ。指サック……ではないね。メリケンサック、だね」


 また虎太郎が真顔で笑っている。

 自信満々で間違えて恥ずかしい……。


「これは僕が使うとして……。あと、さっきのシュレムスタブもレアドロップの『杖』を落としていったよ」


 そう言って見せてくれたのは、木の短杖だった。

 杖……魔法を使うための武器……!


「ねえ、奥村君。この杖があると、魔法を使えるようになる?」

「杖があるだけじゃ無理だけど、杖がないと魔法は使えないね」


 その答えを聞いて決めた。

 やっぱり私……魔法を覚えたい!


「これ、私に使わせて貰えない? 私も攻撃はできなくても、防御とか回復とか……何か戦闘に参加したいの!」


 守られているだけなんて嫌だ。

 これ以上、虎太郎を一人で戦わせたくない。


「……そうだね。自衛する手段はあった方がいいと思う。防御と回復を覚えてみようか」

「うん!」

「あ、そうだ。『ステータス』って言ってみてくれる? それで一色さんの能力値が分かるから」


 ステータスなんてものがあるのか。

 ゲームのようだとワクワクした。

 そういえば、虎太郎がプレイしたゲームの世界に似ていると言っていたっけ……。


「ちょっと緊張する……『ステータス』!」


 言葉の直後、目の前にスクリーンのようなものが現れた。

 そこには、私の名前と数値が記されている。


【一色波花:体力D 速さE 攻撃E 防御C 魔力B 運S】


 恐らく『A』がよくて、『E』が悪いのだろう。

 速さと攻撃がEだなんて、心当たりがありすぎる……。


「これ、奥村君にも見えているの?」

「いや、ステータスは基本、自分にしか見えない。でも、ステータスをオープンにすれば他人にも見えるようになるよ。自分の能力を教えることになるから、あまり人に見せる機会はないと思うけれど……」

「そうなんだ? じゃあ、『ステータス、オープン』! ……でいいのかな?」


 私の掛け声で、表示されているステータスの枠が少し変わった。

 オープン仕様になったようだ。


「え? 僕に見せていいの?」

「うん。見て貰わないと分からないし、奥村君になら隠すこともないかなって」


 そう言うと虎太郎は照れたのか、少し恥ずかしそうにした。

 そんな反応をされたら私の方が照れる。

 足の遅さが一目でバレたことも恥ずかしい……。


「すごいな。幸運が『S』だね」

「すごい……のかな?」

「分かると思うけど、『S』が一番上で、『A』から『E』へ下がっていく感じなんだ。この世界の一般的な人の平均が『D』、冒険者が『C』、騎士や上級冒険者が『B』、『A』はトップクラス、『S』は本当に稀だよ」

「そうなんだ……。私、確かに昔からくじ運はいいよ」


 子供の頃から祭りのくじ引きでは一等を当て、くじ運がいいからと祖父芳三に連れられて宝くじを買いに行ったら一等が当たった。

 祖父母の家をバリアフリーにリフォームすることができたのはよかったけれど……。

 当たり過ぎるくじ運が怖くなった祖父母と両親に、高額当選するようなものはやらないように禁止令を出された。


 そういえば、私がツイているのは『くじ』だけじゃないのか、樹里にも「運が良くていいね」とよく言われたものだ。

 クラスの席替えでイケメンの隣になって仲良くなった時とか、人気者の先輩女子に気に入って貰えた時とか、絵で賞を貰った時とか、樹里よりもテストの成績がよかった時とか……。

 運もあるが、絵やテストの成績などはがんばった成果だから、運のおかげだと言わると悔しかった。


「奥村君は『S』ないの? どの能力も高そうだけど……」

「僕のも見せるね。『ステータスオープン』」


【奥村虎太郎:体力C 速さB 攻撃A 防御C 魔力B 運E】


 虎太郎がステータスを見せてくれたことが嬉しくて、顔が緩みそうになるのを我慢しながら目を向ける。


「わっ……攻撃が『A』! すごいね!」

「馬鹿力があるからかな」

「でも、『S』じゃないんだ。びっくり……」


 その他の値も、思っていたより低かった。

 さっきの戦闘が凄かったから、全部『A』はあると思った。


「腕力があるだけじゃだめなのかもしれない。ステータスは成長させることができるから、なるべく伸ばしてみるよ」

「伸ばせるんだ! 私も足が速くなりたいな」


 今のままじゃ逃げても逃げきれない気がする……。


「あ、奥村君、幸運が『E』なんだね……」

「そうなんだ。ツイてないって思ったことはなかったんだけど……確かに、今思い返したらツイてなかったなってことが結構ある。父さんも交通事故に巻き込まれて亡くなったし……」


 虎太郎の顔が曇る。

 運の悪さが事故の原因かは分からないが……。

 自分ではどうすることもできないもので、大切なものを失くしたかもしれない、と思うとやり切れないよね。


「……じゃあ、私とずっと一緒にいたら、ずっと幸運になれるね!」


 虎太郎になら、私の幸運を全部あげたい!


「え……?」


 虎太郎が私を見て固まった。

 その顔を見てハッとした。

 励ますつもりだったけれど、今のセリフは「ずっと一緒にいたい」と告白したみたい……!

 そう思った瞬間、顔がカッと熱くなった。


「そ、そうだね。一色さんといたら、レアドロップが多いかもしれないね」


 私と同じように、少し顔の血色が良くなっているように見える虎太郎が頷いている。

 気まずい空気を誤魔化してくれたようだ。


「う、うん! あ、でも、今は食べ物が欲しいのに……武器ばかりじゃ困るね」


 私も同意して誤魔化した。

 早く違う話をしよう……!


「今からどうする? まだこの辺りの探索を続ける?」

「そうだね。レアドロップの確立が高いと言っても、全部そうなるわけじゃないだろうし、この辺りの魔物を倒してみよう。魔法については、いきなり実践じゃなくて練習してからの方がいいと思うから、今日はさっきみたいに見ていて」

「うん、分かった」


 ※


 それから何度か同じ魔物を倒したが、手に入った食料はリンゴみたいな果実だけだった。

 野宿をするのは危ないから、今日は城に戻ることにしたのだが……。


「このリンゴみたいなのはいっぱいゲットできたけど、これだけじゃもの足りないね」


 たくさん食べても、お腹いっぱいにならない気がする。


「確かに、ちょっと肉を食べたくなってきたかな」

「!」


 そうか、虎太郎はこの三日こういった果実ばかり食べていたのか。

 私はお世辞には豪勢と言えない食事でも、一日三食一応準備はしてくれていた。

 その中には少し肉も野菜もあったけれど、虎太郎はこうして魔物からドロップしたものしか食べていない。

 これはもう……城に戻ったら、ごはんのことをクリフに直訴しよう。

 そう意気込んで戻ったのだが――。


 城に戻った私達を出迎えたのは、私が一番出迎えを望んでいない人物だった。


「あ、波花! どこに行ってたの! 心配していたのよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る