第3話 勇者じゃない彼

「トカゲ? 私、ペットなんていないけど……」


 そう言いながら自分の肩を見ると……確かに手のひらサイズのトカゲが乗っていた。いつの間にそこに?

 トカゲなんて触ったことがないからびっくりしたけれど、意外に苦手だと感じない。


 手のひらサイズの青いトカゲで、元の世界にはいない生き物だと一目で分かる。

 一瞬魔物かな? と思ったが、大人しく肩に乗っているだけで怖くない。

 あと、おでこに何が紋章のようなマークがあるけど……傷なのか柄なのかよく分からない。

 目つきが鋭くてカッコいいのだが、鱗に潤いがなくガサガサしているし、ヒゲがあるのでなんとなく印象が――。


「おじいちゃん……」

「え、そのトカゲ……一色さんのおじいさん?」

「あはは、まさか! おじいちゃんっぽいトカゲだなって思って」


 私の祖父は人間です。でも、言われてみると……。


「確かにちょっと、目つきが私のおじいちゃんに似ているかも?」

「もしかしたら、おじいさんが転生していたりして……」

「え? あなた一色芳三いっしきよしぞう? 芳三なの?」


 異世界召喚があるのだから、転生があっても不思議じゃない。

 祖父の芳三は私が子どもの頃に他界してしまったのだが、異世界まで孫に会いに来てくれたのだろうか。


 そんなことを考えていたのだが、虎太郎が静かになったことに気づいた。

 目を向けると、真顔だけれど微かに震えているように見える。


「奥村君、もしかして今……笑ってる?」


 口を真一文字にしているけれど、ピクピク動いていて笑っているのが分かる。

 必死に堪えているようだけれど……どうして?


「…………っ。失礼だよね。笑ってごめん」

「失礼? 何が? えっと……芳三がウケたのかな? おもしろかったら気にせず笑って?」


 そう言うと、虎太郎はまた口を真一文字にして笑った。

 ……なんで? 普通に笑って欲しい。

 思い返すと虎太郎の笑顔を見たことがなかったので見てみたい。


「これはクセみたいなものだから……気にしないで」

「そう?」


 個性的な笑い方だけど、笑顔を見られたくないタイプなのかもしれない。

 本人が気にするなと言っているのでそうすることにした。

 でも、いつかにこにこ笑顔を引き出したい。


「ぎゃ!」


 静かにしていたトカゲが、私の顔に擦り寄って来た。

 テンションが高い様子で、「ぎゃぎゃー!!」泣きながら擦り寄って来るのだが、さすがにそれはちょっと抵抗があるかも……。

 そう思っていると、虎太郎が私からトカゲを引き離してくれた。


「随分一色さんに懐いているみたいだね」

「でも、私のペットじゃないし、今初めて見たよ? 私のこと飼い主と間違えているのかな?」

「ぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ~!!」

 虎太郎の手に捕まっているトカゲは、今度は彼に向かって甘えているような素振りを見せた。

 

「……奥村君のおじいさん?」

「…………っ」


 また、口を真一文字にして笑う虎太郎。

 普通に笑うところを見たいけれど、これはこれで少し可愛く見えて来た。


「ぎゃっ! ぎゃっ!」


 何故か私達に懐いてはしゃいでいるトカゲには可哀想だが、私達はこれから魔物狩りに行かなければいけない。

 連れて行くわけにはいかないので、近くにあった木に乗せて解放した。


「ぎゃう……」

「一緒に行くと危ないから。バイバイ。仲間のところに帰るんだよ、芳三」

「…………っ」


 また真顔で笑う虎太郎と不思議な青いトカゲに別れを告げ、私達は魔物狩りへと出かけた。


 ※


 魔物がいる場所に行くため城を出て、王都も抜け出した。

 街道から離れた森に入って行く虎太郎について行く。


「奥村君、どうやって戦うの。武器とか持ってる?」


 見たところ武器どころか何も持っていないし、恰好も城で貰った無地のズボンとシャツだけだ。

 どう見ても今から戦闘をするような恰好ではない。

 私と同じお散歩スタイルだ。


「武器はないな。でも、魔物は大体殴って倒しているから大丈夫だよ」

「……殴る? 素手で?」

「素手で」


 魔物って素手で殴って倒せるものなの?

 今まで実際に魔物を倒して来たみたいだけれど、怪我をしないか心配だ。


「武器になりそうなものを探さない? 素手だと怪我しちゃうよ。木の枝じゃすぐに折れちゃうかな……」

「大丈夫。心配しないで。僕は昔から腕力がおかしいんだ」

「腕力が……おかしい?」


 横を歩く虎太郎の体格をちらりと盗み見る。

 華奢ではないが、すごくマッチョというわけでもない。

 失礼だけれど、「腕力がおかしい」という風には見えない。


「信じられないよね。……見ていて」


 疑う私の目に気づいた虎太郎が足を止めた。

 何かをして腕力を証明するようだ。

 虎太郎は近くにある三十センチほどの太さの木の前に立つと、木の幹を思いきり殴り飛ばした。


 手が痛そう! 大丈夫!? とびっくりしたのだが、もっと驚くことが起こった。

 虎太郎が殴った木が折れたのだ。

 周囲の木の枝を巻き込み、バキバキと大きな音を立てて倒れ、地面にドシンと振動が広がった。


「嘘……。あ、三日間の魔物退治でこんなに強くなったの?」

「いや、この腕力は元々で……子供の頃から年々強くなってる。今は制御できるようになったけど、昔は扉を開けようとしたら扉を取っちゃったり……」

「漫画!」

「本当にそんな感じ。この腕力のせいで、小学生の頃、星野君に怪我をさせちゃったこともあって……」


 虎太郎が言うには、事故で亡くなったお父さんに貰った虎太郎の大事な自転車を、光輝が勝手に乗り回した上にわざと倒したらしい。

 それにカッとなった虎太郎が、つい光輝を突き飛ばしてしまったとか……。

 光輝に大きな怪我はなかったけれど、擦り傷や痣ができてしまったそうだ。


 法律的には虎太郎が悪くても、光輝が酷すぎる……。

 だから、私は光輝を泥団子地獄の刑に処すことにした。

 磔にして一晩中ぶつけ続けてやる。

 泥団子を乾燥させてカチカチにして、当たると痛いやつも投入するから。

 脳内じゃなくて、現実にしても許されるような気がしてきた。


「もしかして、それで今まで星野君の言うことを聞いていたの?」


 ピンと来てそう聞くと、虎太郎は気まずそうに笑った。


「父さんが事故で亡くなってから、母さんはずっとつらそうだったんだ。悲しんでばかりいられなくて、無理して働いて……。だから、余計な負担をかけたくなかったんだ。従っていれば、黙っていてくれるっていうから……」


 子供の頃から、虎太郎は優しい人だったようだ。

 怪我をさせてしまったことは悪いけれど、それをダシにして長年虎太郎に言うことを聞かせていた光輝には、躓いてゴミの中に突っ込んで貰いたい。


「そんなことがあったり、家のものをよく壊したり、この力には色々苦労したけれど……今はこの腕力があってよかったなって思う」

「奥村君……」


 このぎこちない笑顔の中には、たくさんの苦労があったのだろう。

 私も樹里に嫌な思いをさせられてきたけれど、虎太郎の方がつらかったかもしれない。

 それを思うと胸が痛いけれど……。

 話を聞いて、私は虎太郎のことを知ることができてよかったと思った。


「あ、みつけた。一色さん、あそこに魔物がいる」

「!」


 虎太郎が指さす方を見ると、ふらふらとゆっくり歩いている魔物がいた。


「あれは……木の魔物?」


 見た目を率直に言うと「歩く切り株」だ。


「そう。『シュレムスタブ』っていう魔物で、動きが遅いから離れていると大丈夫。倒すとリンゴみたいな果実をドロップするんだ」


 虎太郎が言うには、ゲームの世界と同じように倒すと魔物は消え、その場にはアイテムが残っているらしい。


「僕達に気づいたようだ」

「! こっちに来てる……」


 確かに動きは遅いが、こちらに向いている顔が不気味だ。

 初めて魔物という未知の生物と対面したからか、想像以上に怖い……。


「に、逃げる!? 奥村君、どうしよ!」

「大丈夫だよ。すぐに終わるから。慌てないで」


 そう言う虎太郎の声が穏やかで、私も少し冷静になれた。

 私がこくんと頷くと、虎太郎は足元にある石を拾い、魔物に向かって思いきり投げた。

 すると、石はクリーンヒットして、シュレムスタブは「ギャアアアアッ」と断末魔をあげて消えた。


「すごい……一発で倒れちゃった」

「いや、まだいる」

「!」


 魔物の方を見る虎太郎の雰囲気が変わった。

 キリッとした鋭い視線にドキリとする。

 虎太郎はこんな顔もするんだ、と場違いなことを思ってしまった。


 そんな呑気なことを考えている場合じゃないと気を引き締め、虎太郎の視線の先を見ると、今度はカンガルーのような魔物が現れた。

 しかも三匹もいる。


「あいつらは素早いし、石一発では倒せないから行って来る。一色さんはここにいて」

「奥村君!」


 駆け出して行った虎太郎に声をかけたが、自分は何もできないことを思い出し、せめて邪魔にはならないようにと慌てて身を隠した。


 木に隠れて虎太郎の様子を見守る。

 虎太郎がピンチになったら、少しでも隙を作って一緒に逃げようと思い、武器として落ちていた太めの木の枝を拾って握りしめた。


 カンガルーのような魔物は、一斉に虎太郎に飛び掛かった。

 だが、虎太郎はそれを冷静にかわし、まず一匹、殴って倒した。

 それを見て残った魔物は怯んだが、順番に虎太郎へと攻撃を仕掛け始めた。


 カンガルーのように飛び跳ねながら繰り出されるパンチやキックを見ると、私はハラハラしたのだが、虎太郎は終始落ち着いた様子で戦っている。

 私は段々、その光景に見惚れてしまって――。


「すごい……」


 動きに無駄がないからか、戦いが舞のように優雅だ。

 虎太郎が動くたびに髪が揺れて、普段隠れがちな目元がよく見えた。

 敵を見据える、凛々しい眼差し――。


「……あ。倒し終わった……」


 虎太郎に目を奪われている内に魔物は全滅していた。


「一色さん、もう大丈夫だよ」


 虎太郎が隠れている私を見つけ、こっちにおいでと呼んでいる。

 やはり表情を出すことが苦手なのか、控えめな笑顔。


 でも、なんだか……とっても……全部がかっこいいかも……!!

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