第2話 じゃない方の生活

 異世界にやって来て三日目――。

 城の中に用意された私用の部屋で目が覚めた。

 日本にいた頃の自分の部屋とは、比べ物にならないくらい豪華な部屋だ。

 ベッドだって、埋もれるくらいフカフカだ。

 最初はセレブになったようで興奮したけれど、今は居心地が悪い。


「私の場違い感がすごいのよ。……でも、この環境に慣れなきゃいけないのよね」


 召喚された翌日、実は意外に偉い高官だったあの苦労人――クリフから私と虎太郎は説明を受けた。

 今回四人も召喚された原因は、「勇者と聖女の力が強かったため、召喚魔法が不安定になり、近くにいた私達を巻き込んでしまったのではないか」ということだった。

 そして、やはり元の世界に戻ることはできないらしい。

 召喚によって被害を被ったということで、私達の今後の生活は保障してくれるそうだ。


 そして、勇者と聖女を召喚することになった理由も教えてくれた。


 それを理解するためには、まずこの国の事実に基づく伝説を知る必要があった。


 ――遙昔、魔王が魔物を率いてこの国を滅ぼそうとした。

 それを阻止したのが異世界の勇者と聖女、そして二人に仕えた聖なる獣達だった。


 勇者達は、見事魔王を倒すことはできたのだが、完全に消滅させることはできなかった。

 魔王の核は五つの欠片になり、国に散った。

 力を蓄え、いつか一つとなり、再び魔王として蘇るために……。


 聖なる獣の中でも強い力を持っていた五体は、魔王復活を阻止するため欠片を見つけ出し、自らの中に取りこんだ。

 それによって体のほとんどが結晶化し、動けなくなってしまったが、土地に根付いて加護を与える守護獣ガーディアンとなり、今もこの国を護っているという。


 だが、近年すべての守護獣の加護が弱まり、魔物の被害が増えているようで……。

 調査しても原因が見当たらず、増え続ける魔物をひたすら減らすことしかできていなかったが、処理が間に合わなくなってきた。

 このままでは魔物が溢れ、魔王が復活してしまうのではないかと恐れた国が、魔物退治と守護獣達の加護回復を願って召喚を行った、ということだった。


 光輝と樹里は、王子様について行った先で、無事勇者と聖女だと確認が取れたそうだ。

 勇者と聖女にしか反応しないという王都の守護獣――千年竜が、光輝と樹里を見て声を上げたらしい。

 これには見守っていた王子や高官達が「加護が戻るかもしれない!」と歓喜したという。


 しばらく二人は、加護回復に努めるため千年竜の元に通いながら、魔法などを覚えて魔物退治にも備えていくそうだ。


 一方、私と虎太郎は……。

『勇者と聖女のご友人』として扱われることになったが、言い方を変えると『ただの異世界の平民』というだけなので、何も求められていない。

 巻き込んだから面倒はみるけれど、構っている余裕はないから好きにしてくれ、という感じだ。


 働かずに生きていけることになったけれど、まだ十八歳なのに残りの人生は隠居生活なんて嫌だ。

 何か私にもできることをみつけたいな……。


 ――コンコン


「あ、はい!」


 扉をノックする音に返事をすると、カートに朝食を乗せたメイドが入って来た。


「…………」

「お、おはようございます」


 朝の挨拶をしてみたのだが、メイドは無言で朝食を置いていった。


「塩対応……しょっぱいよお」


 私の世話をしてくれるメイドが三人ほどいるのだが、最初から話しかけても返事はないし、態度も素っ気なかった。

 そういうものなのかな? と思っていたのだが……。

 その三人が「聖女様じゃなくて、おまけでくっついてきた平民の世話をしなきゃいけないなんて最悪……」と愚痴っているのを聞いた。

 あと、「勇者様のことが好きだから、聖女様に冷たく当たっている身の程知らずの平民」とか言われていた。


 ……樹里、やったな?

 また周囲に適当なことを吹聴しているな?

 異世界で聖女になっても、私へのマウントを忘れないなんて逆に感心する。

 何がそうさせるのか……。

 とくかく、悪意を持って冷遇されているのだと分かってげっそりした。


「……はあ、ごはん食べよ」


 メイドが置いて行った、お城の朝食にしては質素な食事を頂く。


「また固いパンと具のないスープだけか。果物も食べたいなあ。水じゃなくてジュースが飲みたい」


 ……世話をして貰っている身で贅沢は言えないか。

 塩対応のメイド達にお願いする勇気もないし、欲しいものは自分で調達するしかない。

 クリフに、食材が欲しいと頼んでみようか。


 こちらの世界に来てから気苦労が多いが、でも、一つだけいいことがあった。

 樹里が私に直接絡んでこない!


 王子様と光輝で、聖女――樹里争奪戦が繰り広げられているそうで、私のところに来ている暇はないようだ。

 一度遠くから三人を見かけたけれど、樹里はとても機嫌が良さそうだった。

 三人にはずっとこのままでいて欲しい。


 朝食を食べ終わり、なるべくメイドに手間をかけないように片付け、カートも外に出しておく。

 身支度を済ませると、私はクリフに会うため部屋をでたのだが……。


「忙しいかあ」


 勇者と聖女の召喚に成功したということで、クリフを含めた高官は多忙のようだ。

 会うこともできなかったし、他の高官達の「異世界の平民に構っていられない」という空気を察知して何も言わず帰って来た。


「やることもないし、どうしようかな。……とりあえず今は散歩でもしよう」


 歩きながら考えていると、何か良い案が浮かぶかもしれない。

 城の庭は広大で美しい。

 綺麗な景色を見ると、気分転換にもなる。

 庭に向かう途中、城で働く人達とすれ違ったが、ほとんどが対応に困っているような視線だった。

 こちらを見てコソコソ話している人達は、恐らく「あ、あれが異世界の平民……」とでも言っているのだろう。

 ここでも居心地が悪くて、人目を避けて進んでいると、いつの間にか城の敷地の端まで来ていた。


「木ばかりで何もないな……戻ろう。……ん?」


 視界の端に動くものが見えた。

 こんなところに誰かいたらしい……あ!


「奥村君!」


 見知った顔を見つけ、嬉しくなった。

 同じ境遇の虎太郎とは話をしたかったが、今まであまり話したことがなかったから、訪ねて行ってもいいか迷っていた。

 偶然出会えたこのチャンスを逃せない!

 私は全力で、百メートルほど先にいる虎太郎の元へと駆け寄った。


「あの! ちょっと、話し相手に、なって貰えないかなっ」


 息を切らせてすごい勢いでやって来た私に、虎太郎は驚いたようだ。

 少しの間固まっていたが、こくりと頷いてくれた。

 よかった……。

 立ち止まり、向かい合って井戸端会議スタイルで話をする。


「異世界生活三日目だね。奥村君はこっちの暮らしに慣れた? 私はメイドさんが塩対応なのが割とつらくて……。朝ごはんなんて無言で置いて行くし。奥村君の方はどう?」


 話せる嬉しさでつい早口になってしまった……!

 恥ずかしくて顔が赤くなりそうになったが、虎太郎の次の言葉を聞いてびっくりした。


「朝ごはん、というか……ここで食事を貰ったことがないよ」

「……え? 食事を……貰ったことがない? 一度も!?」

「うん」

「今日も?」

「うん」

「じゃあ、こっちに来てからまったくご飯を食べてないの!?」


 虎太郎もメイド達から塩対応を受けているかもしれないと思っていたが、予想以上に冷遇されているようだ。


「大丈夫。食事は自分で調達してる。今日の分もこのあと狩りに行く」

「……狩り? え、動物とかを獲っているの?」

「動物じゃない。倒すと食料をドロップする魔物がいるんだ」

「ドロップ? 奥村君、魔物を倒しているの!? 一人で!?」

「うん」


 ゲームのように、この世界には魔物がいるとは聞いていた。

 でも、もう一人で戦っていたなんて……!


「危なくない!? 怪我とかしてない!?」

「怪我は……してないな。この世界、僕がプレイしていたゲームの世界と似ているんだ。だから魔物のこととか、戦い方とか……ある程度分かる」

「そ、そうなんだ……」


 もう一人で生きていけるくらい自立しているなんてすごい……私もそうなりたい!


「あの、奥村君。お願いがあるんだけれど……私にも色々教えてくれないかな? 一緒に行ってもいい?」

「……一緒に? 危ないからここにいた方がいいよ。欲しいものがあったら、僕が獲って来るから」


 虎太郎は私を連れて行きたくないようだ。

 心配してくれているからこそ乗り気じゃないということも、私が邪魔になってしまうことも分かる。でも……!


「魔物がいたら離れて隠れる! なるべく邪魔にならないようにするから! 何かあっても一人でも生きていけるようになりたくて、色んなことを学んでおきたいの!」


 信頼して「助けて欲しい」とお願い出来るのが虎太郎しかいない。

 お願いします! と頭を下げる。

 すると、虎太郎が慌てだした。


「いいよ、分かったから、そんな……」


 私が頭を下げたことで困らせてしまったようだ。

 連れて行って貰えるのは嬉しいけど、これじゃ脅迫だ。

 虎太郎に縋るしかないから、甘えさせて貰うけれど申し訳ない……。


「ごめんね、無理言って……。危険な魔物狩りに何もできない私がついて行ったら、余計に危なくなっちゃうかも……。何かあったら、私のことはいいから、放っておいて逃げてね!」

「いや、そうじゃないんだ。一色さんは女の子だし、危ないことは怖いだろうから、僕が取ってきた方が喜ぶんじゃないかと思って……。でも、色々知っておきたいってことなら一緒に行こう。この辺りは、そんなに危険じゃないから大丈夫だよ」

「奥村君……」


 私のことが「足手まとい」とか「邪魔」と思ったんじゃなかったんだ……。

 樹里が隣にいると私は空気みたいに扱われることが多かったから、女の子として気遣ってくれたことが嬉しい。

 さらに、私が迷惑をかけていると気負わない様に、こうして話してくれて……なんて優しい人なんだ……!

 この数日、優しさに飢えていたからか、ぎこちなく笑う虎太郎を見ていると泣きそうになった。


「……ところで一色さん。肩に乗せているその変なトカゲ、ペット?」

「ん?」

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