『聖女じゃない方』の私の異世界冒険は『勇者じゃない方』の君と一緒! ~あれ、私達って本当に『じゃない方』?~

花果唯

1章

第1話 察し

 高校が休みの土曜日。

 私は同い年四人組で、「映えるスイーツ」で評判になったカフェへと向かっていた。


「楽しみだね! 樹里、この天の川クリームソーダが飲みたいの。ソーダがグラデーションになっていて綺麗でしょう? 女の子が頼むと、上のデコレーションが織姫バージョンになって、男の子だと彦星バージョンになるんだよ」


 そう話しているのは、私の前を歩く幼馴染の華原樹里かはらじゅり

 緩く巻いた茶髪のツインテールが揺れている。

 町中でスカウトされ、読者モデルをしているほど可愛い子だ。


「へえ、いいじゃん。俺もそれにしようかな。彦星と織姫を並べたらもっと映えるし」


 樹里からスマホの画面を見せられ、頷いているのは星野光輝ほしのこうき

 名前の通りにキラキラしている金髪イケメンで、樹里の彼氏だ。

 彼はアルバイト先の古着ショップで働いている姿がかっこいいとSNSでバズり、今ではフォロワー三十万人の高校生インフルエンサーだ。

 二人が付き合っているということは一応秘密らしいのだが……。


「それいいっ! あ、でも……同じ写真アップしたら、樹里とコウが付き合っていることバレるじゃん!」

「人気の店だから、同じ写真アップしている奴なんていくらでもいるだろ? バレないって」

「そうかなあ。『匂わせ』みたいでヤだなあ」


 匂わせも何も……。

 そうやって公衆の面前で、イチャつきながら歩いているじゃないか!

 隠す気なんてないでしょ! と背中を正拳突きしたくなった。

 バレてもいいくせに、「二人きりだとバレるから、波花はなも一緒にいて」と呼び出されてここにいる私の身にもなって欲しい。

 せっかくの土曜日が台無しだ。


 私と同じ、土曜日を無駄に消費してしまう可哀想な人がもう一人いる。

 光輝の友人――奥村虎太郎おくむらこたろうだ。


 隣を黙々と歩く、彼の横顔をちらりと見る。

 スラっと背が高いところはかっこいいのだが、全体的に長めの黒髪が地味な印象を持たせる。

 性格も大人しいし、派手な光輝の友人であることが意外だ。

 私のように嫌々つきあわされているのだろうか。


「いいじゃん、匂わせ。ちょっと手とか映す?」

「え~、そこまでやったらもう煽りだよお。樹里、コウのガチ恋に恨まれちゃう。ねえ、波花?」

「!」


 二人の世界に浸っていればいいのに、私に話を振らないで欲しい。

 しかも、今の樹里の質問は、単純に同意を得ようとしたのではなく――私へのマウントだ。


 多くの人に愛されている樹里だが……私にとっては幼い頃から『面倒くさい人』だ。

 何故か私の好きなものを奪ったり、何かとマウントを取って来たり……。

 我慢しないで言うと……鬱陶しい~っ!!


 実は……私は光輝のアカウントをフォローしている人間の一人だった。

 光輝のファンというより、私が大好きな漫画のキャラクターに彼が似ていたから、ビジュアルを見るためだけにフォローしていたのだが……。

 私が光輝のガチ恋勢――本気で好きだと思った樹里は、読者モデルという立場を利用して光輝に接触した。

 そして、私に紹介してあげるために連絡をした、と言いつつ彼と関係を持ったのだ。


 後に「波花の推しと付き合うことになっちゃったの……ごめんね……」と涙ながらに訴えて来たが、私からすると予想通りなのでダメージはない。


 でも、樹里は、「波花は光輝を奪われてつらいけれど、それを表に出さず強がっているのね……」と思っているようで、こうして時折マウントを取って来る。

 もう……本当に面倒くさい~!!


 私のファッションにも口出ししてくるので、余計なことを言われないよう、シンプルで無難なものを着るようになった。

 今日だってジーパンにTシャツだ。

 髪だって少し凝ったヘアスタイルをすると「お洒落がんばってるね!」と、私にだけマウントだと分かるように言ってくる。

 だから、私は長い黒髪を一つに束ねているだけだ。


 樹里と縁切りをしたいのだが、離れると周囲の人間を使って私を追い込んで来るから諦めた。

 来年からは私は大学に進学し、樹里は芸能活動をすることになっているから、今年度いっぱいの我慢だ。

 来年になったら、誰の目も気にせずお洒落をして大学デビューしよう。


 とにかく、今は何を言っても樹里の都合がいいように脳内変換されるから、いつも通りに適当に返事をした。


「そうかもねー。人気者は大変だねー」

「はっ! ガチ恋うざ。金だけ出してろよな」


 光輝が私をちらりと見て呟く。

 樹里から私のことをどういう風に吹き込まれたのか知らないが、こうして時々悪態をつかれる。


「コウ、ひどい! 波花はコウのファンなんだよ! 樹里の友達だし……」

「ごめんごめん、つい。樹里は優しいなあ」


 光輝が怒った風に見せる樹里の頭をよしよしと撫でる。

 私は「勝手にやってろ!」と心の中で泥団子をぶつけておいた。


 樹里の所業で唯一よかったことは、光輝の本性を知れたことだ。

 こんな風にファンを馬鹿にするような人を、「私の押しに似ている」と思い続けることにならなくてよかった。

 SNSで見たときは、ヤンチャだけど可愛いくてかっこいい素敵な人に見えたんだけどなあ。


「……一色さん」

「!」


 今日、まだ一言も発していなかった虎太郎に話しかけられて驚いた。


「あ、ごめん。ぼーっとしてた。奥村君、何?」

「さっきからずっと、どこかから変な声がしていて……。聞こえない?」

「え!」


 変な声って何! ピーッって入れなきゃいけないやつ!?

 びっくりした私は、ドキドキしながら耳を澄ませた。

 すると……。


『――…… ――…… …………』


「あ、ほんとだ! どこから聞こえるんだろう……」


 想像していた声ではなかったが、確かに複数人の歌うような声がした。

 いや、歌というよりお経のようだけれど、外国語っぽくて……確かに『変な声』だ。


「分からないんだ。もう五分くらい聞こえていて……」


 音の発生源を探ろうと、私達は足を止めて周囲を見回した。


「どうしたの?」


 樹里と光輝も立ち止まり、こちらを見た。

 すると、その瞬間――。

 突然現れた白い光が私達を取り囲んだ。


「何これ――」


 逃げるかどうか考える暇もなく、私達は光に飲み込まれた。

 視界がホワイトアウトすると同時に、地面がぐにゃぐにゃと揺れているような気がして思わずしゃがみ込んだ。


 ……気持ち悪い!


 時間の感覚がおかしくなり、数秒だったのか数分だったのか分からないが、耳鳴りがするほど真っ白な世界に耐えていると、段々光が収まってきた。

 恐る恐る目を開けると、さっきまで歩いていた道路とはまったく違う場所にいた。


「ここは? ……どこかの聖堂?」


 ステンドグラスの窓が立派で、厳かな空間だ。

 地面には大きな光る魔法陣のようなものがある。

 随分広いし、映画で見たヨーロッパにある大聖堂の中みたいだ。

 どうして知らない間に移動したのか……。

 激しく動揺したが、近くに私と同じようにしゃがみ込んでいる樹里と光輝、虎太郎の姿を近くに見つけ、少しホッとした。


「勇者様と聖女様の召喚に成功しました!」


 突然近くから上がった大声に驚き、周囲を見る。

 気づけば、私達はたくさんの人に囲まれていた。

 みんなファンタジーなゲームに出てきそうな服装で、魔法の杖のようなものを持った人がたくさんいる。


 ……こういう光景、推しがいる漫画で見た。


「異世界召喚」


 隣にいた虎太郎が呟いた。

 彼も私と同じことを思ったようだ。

 さっき聞こえた言葉からも分かるように、これはきっと『勇者と聖女を召喚する儀式』だ。


「樹里! 俺達、勇者と聖女らしいぞ!」


 光輝が興奮気味に立ち上がった。

 どうやら光輝も私達と同じように状況を察したらしい。


「え? 樹里が……聖女?」


 樹里は光輝に差し出された手を取り、首を傾げながら立ち上がった。

 そんな二人の元に、一目で身分が高いと分かる風貌の美青年が近寄った。

 恐らく、歳は二十代前半……。

 髪は紫、目は金色で光輝に負けないくらい派手な容姿だ。


「私はこの国――ラリマール王国の第一王子、パスカル・ラリマールという。四人いるが……勇者と聖女はあなた達か」


 察していたが、やはり王子様だったか。

 樹里は本物の王子様に見惚れているようだ。

 光輝はその様子にムッとしながらも、王子様の質問に答えた。


「ああ。俺が勇者で、恋人の樹里が聖女だ」

「樹里……聖女、なのかな。波花かも……」

「お前に決まっているだろ」


 光輝はそう言うと、「こっちが聖女なわけがない」と言っているような目で私を見た。


 私だって自分が聖女だとは思わないし、自分のことで精いっぱいだから聖女なんて無理無理!


「俺と樹里は、元の世界では多くの人に愛される有名人だった。でも、そっちの二人は一般人……異世界風に言うと平民だよ、平民。だから俺達の方に決まっているだろ?」


 平民で悪いかー! と心の中で再び泥団子を投げた。

 実際に反抗すると面倒なことになると分かるから、妄想に留めて大人しくしている私は偉い。


「なるほど。では、勇者と聖女は私について来てくれ」


 なるほど……って納得しちゃったよ! と思っているうちに、王子様は二人を連れてどこかへ行ってしまった。

 この部屋にいた人の半数も、ぞろぞろと彼らについて行った。


 用はない「じゃない」方とはいえ、こうして巻き込んだのだから、何か一言くらいあってもいいのでは?

 王子様って、責任ある立場じゃないの!? と思い、少しムッとした。


「私達に用はないみたいだけど、どうしよう……?」


 取り残された私は、隣にいる虎太郎に話しかけた。


「元の世界に帰れるか聞いてみる。……帰れるパターンの異世界モノ、あまり見ないけど」

「そうだよねえ」


 虎太郎の呟きに頷いていると、いかにも苦労人な風貌の青年が、私達の元に駆け寄って来た。


「す、すみません。勇者様と聖女様の二名を召喚する儀式だったのですが、何故かお二人を巻き込んでしまったようで……」


 王子様の対応について一言物申してやると思っていたのだが、何度も頭を下げている姿を見るとそんな気はなくなった。

 駆け寄って来てくれたし、本当に申し訳なさそうだし……。


「私達、元の世界に帰りたいんですけど……」

「も、ももも申し訳ありません……そういったことについても、後程お話させて頂きます。お部屋をご用意しましたので、ひとまずそちらで……おやすみくださいっ」


 この様子だと、帰れないんだろうなあ……。

 私と虎太郎は、顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。

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