第8話 旅立ちは暗い森から

 私と虎太郎は城を抜け、昼間に来た森の中を歩いている。

 木々に囲まれ月明りもあまり届かない暗闇の中、一つのランプを共有して歩く。

 何かあったら虎太郎はすぐ動けるように、ランプを持つのは私だ。


 このランプは、虎太郎が冒険に出るために準備していたものだ。

 城の庭師さんにお願いして、魔物を倒して得たドロップアイテムと交換して貰ったという。

 獣や魔物も出るというが、「何かあっても対応するから」という虎太郎が頼もしい。

 かっこいい……弟子入りしたい……!

 これから山ほど恩返ししなきゃ! と、改めて心に誓った。


「一色さん、大丈夫? 疲れたら休憩するから言ってね」

「うん。ありがとう。まだ全然大丈夫だよ」


 昼の魔物狩りと合わせて、結構な距離を歩いたが平気だ。

 こんな夜の森を歩くのは初めてだから……ワクワクしている!

 少し問題があるとしたら、灯りを共有するために虎太郎とくっつくように歩いているから、ちょっと緊張していることだ。

 お昼からたくさん汗をかいているから、臭かったらどうしよう……。


「ぎゃ!」

「ふふっ、芳三も元気だね」


 今、芳三は虎太郎の頭の上にいる。

 高いところから周囲を警戒しているつもりらしい。

 頼りになるおじいちゃんトカゲで可愛い。


「……あっ!」


 芳三を見ていたら、木の根っこに躓いてしまった。

 転びそうになったが、虎太郎がすかさず腕を掴んで助けてくれた。


「あ、ありがとう」

「足も疲れてきたよね。もう近くまで来てるはずだから」


 浮かれていて自分では気がついてなかったが、確かによそ見していただけではなく、足もあまり上がってなかったかも……。

 虎太郎の気づかいに感謝しつつ気を引き締めた。


 私達が今目指しているのは『ポータル』というものだ。

 虎太郎がしていたゲームでは、瞬間移動――テレポートするためのものだ。

 ポータルがある場所を覚えていたわけではなくて、初めてこの森を探索した時に偶然見つけたらしい。


「暗いから見逃してしまわないか、ちょっと心配なんだけど……」

「ゲームだとそういうのは、光って分かりやすくなってるイメージだけど……。奥村君が見つけたポータルは動いてる感じがしなかったんだよね?」

「そうなんだ。風化していて『もう使われていないポータル』って感じだったんだけど、一色さんの幸運があればなんとかなる気がして……。ダメだったら無駄な寄り道になっちゃうからごめんね。あ、使えるようにならなくても、一色さんのせいじゃないよ?」


 虎太郎は申し訳なさそうにしているが、私は期待して貰えたようで嬉しい。


「使えたらラッキー! くらいの気持ちで行こう? 寄り道になっちゃっても『冒険してる!』って感じがして楽しいよ!」


 私がそう言うと、はっきり見えないが虎太郎が微笑んだのが分かった。


「そうだね、僕も楽しいと思う」

「!」


 私だけこんなに胸が躍っているのかなと少し不安だったから、虎太郎の言葉が嬉しい。

 安全対策をしているとはいえ、気をつけなければいけないのだが……。

 私はワクワクを抑えきれず、遊園地に行くのような気分で森を進んだ。


「ぎゃ!」

「あ、おい……どこに!」


 芳三が虎太郎の頭からジャンプし、どこかに行った。


 ……と思ったら、一メートルほどの高さの何かに乗って、空中に向けて青い火を吐いた。


「何をして……あ。それ……前に見つけたポータルだ」


 芳三の下にある何かを見て虎太郎が呟く。


「ぎゃ!」

「お前、教えてくれたのか? えらいぞ」

「ぎゃあ! ぎゃっ! ぎゃっ! ぎゃっ!」

「あっ、静かに!」

「こら、芳三! しーっ!」


 虎太郎に褒められて嬉しかったようで、芳三が大声で鳴きながら踊り出したが、森に響いたので慌てて止めた。

 追手がいたら気づかれてしまうし、獣や魔物も呼び寄せてしまいそうだ。


「ぎゅ……」


 私達に叱られた芳三は、ポータルの上でしょんぼりと伏せてしまった。


 芳三はそっとしておいて、私達はポータルを確認する。

 石のような素材で、灯篭に似た形をしている。

 確かに風化していて、長年使われていないようだ。


「ほんとだ。苔まで生えてるね」

「やっぱり無理かな……」


 見た印象では使えないと思うけれど……虎太郎の期待に応えたい!

 手がかりを探して、ポータル横にしゃがみこんで観察してみる。

 動力はなんだったんだろう?

 ボタンとかないかな?


「ポータルって機械? 魔法の道具? ……叩いたら動いたりして――」


 側面を軽くバンバンと叩いてみる。

 すると……ゴンっ!! という大きな音がして、灯篭の側面が蓋のように開いた。


「え、何!? 壊れた!? 私、そんなに強く叩いてないよ!?」


 あたふたする私とは違い、虎太郎は側面が開いてあらわになった内部を確認している。


「さすが一色さん。構造が分かったら、直せるかもしれないよ?」

「! 本当?」


 虎太郎に褒められ、私も芳三に負けないくらい騒がしく踊りたくなってしまった。


「どうなっているんだろう……あ。中に水晶みたいなのがあるよ」

「水晶?」


 虎太郎に言われて覗き込もうとした瞬間――。


「ぎゃ!」


 いつの間にか元気を取り戻していた芳三が、灯篭の内部に向かって青い火を吐いた。


「ちょっ……! 何やってるのー!!」


 私は慌てて芳三を捕まえ、灯篭から離した。

 完全に壊してどうするの! と思っていたら……ポータルが「ジジジッ」と不思議な音を立て始めた。

 そして、灯篭の表面に不思議な光る模様が現れると、張りついていた苔や汚れがすべて消えた。

 あんなに風化していたのに、たちまち綺麗になって――。


 最後に「リーン……」という鈴のような音を静かに響かせると、ポータルは全体的に淡い青の光を放ち始めた。

 この様子は、どう見ても……。


「稼働し始めた……」

「芳三が動かしてくれたの!? 偉いぞ~!」

「ぎゃっ、ぎゃっ」


 さっき叱られたことをしっかりと覚えているようで、控え目に喜ぶ芳三。

 どういう原理かは謎だが、芳三の火がきっかけで動いたことは間違いだろう。


「……とにかく、使ってみようか」

「うん」


 虎太郎がポータルの前に立ち、手をかざすと、32型テレビくらいの画面が現れた。

 そこに書かれているのはテレポート先のリストのようだ。

 文字のところは日本語で読むことができるが……。


「使える……けど、テレポートで行ける場所が三ヶ所しかないな。もしかしたら、ほとんどのポータルは風化していて稼働していないのかも……」

「この世界の人達はポータルを使っていないのかな? そうだとしたら、ポータルって使っても大丈夫かな?」


 瞬間移動なんて、どんな原理か分からない。

 体がバラバラになったりしないだろうか……。

 

「僕が使えるところに行ってみて、大丈夫だったら戻って来るよ」

「え!? そんなの駄目だよ! それだったら私が行く!」


 そんな虎太郎を実験台にするようなことはできない。

 今まで役に立てていない私が行くべきだ。


「いや、僕が……」

「私が……!」

「ぎゃ!」


 虎太郎と主張し合っていると、私の手から芳三がジャンプした。

 そして、ポータルの上に乗り、「ぎゃ!」と一声鳴くと……シュンッと芳三の姿が消えてしまった。


「消えた!?」

「芳三!? どこに行ったの!?」


 虎太郎と私が焦っていると……芳三がシュッと、私達の目の前――突然空中に現れたので慌てて両手でキャッチした。


「ぎゃっ」


 私の手の上で芳三が嬉しそうに鳴いた。

 芳三の今の行動って――。


「お前、もしかして……テレポートを実践して見せたのか?」

「ぎゃ!」


 虎太郎の質問に、得意げに鳴く芳三。

 私達が揉めていたから、実践して安全だと見せてくれたようだ。


「芳三ってとってもお利口さんなのね!」


 トカゲがテレポートで往復するなんてすごい!

 薄々気づいていたけど……やっぱり普通のトカゲじゃないよね?


「芳三が安全だと証明してくれたから、僕達も行ってみる?」

「うん!!」




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