第62話 もうぞっこんです!

「どういう風の吹き回しだよ、親父」

「まぁまぁ。まずは、落ち着いて紅茶でも飲むといいよアルバ。セレーナ嬢も」


屋敷へと連れていかれた俺たちが通されたのは、思いがけず接待用の一室だった。

そこには、席がぴったり3つ用意してあり、テーブルを挟んで俺とセレーナは親父に向かい合う。


ちなみにメリリはといえば、セバスに別室へと連れていかれた。

たぶん今頃は、突然やめたことへの事情聴取をされて、こってり絞られているのだろう。


だから俺たちにも、拷問じみた聴取がされると踏んでいたのだが、どういうわけか歓待を受けていた。


「さぁ。接待用の紅茶は、産地にも時期にもこだわった一品だ。茶葉が開いた時の香りといい、一口含んだ時の茶葉の香ばしさは、他でめったに飲めるものでもない。この機会に、味わってくれたまえ」


親父は綺麗にひげの剃られたあごを触って、にこにこと笑う。


俺を追放したときはさすがに厳しい面をしていたが、普段は温厚な性格で知られる父だ。だがそれを考慮に入れても、怪しさはぬぐえない。


なにか裏がある

そう伝えるため俺がセレーナへと目をやると、彼女はこくり首を縦に振った。


……本当に伝わったかは知らないが。


とりあえずは勧められたとおりに紅茶をいただく。そうしないと、話が前に進まないからだ。

その感想を述べあって、少しだけ空気がほぐれたあと。


「いやぁ今回は突然呼び出して悪かったねえ」


親父はこう切り出してきた。

身構える俺を見て、父はくすくす笑う。一通り笑い終えてなお、口角が吊り上がっているのだから間違いなく作った笑顔だ。


「はは、なにも咎めやしないさ。長子・クロレルの婚約者であるところのセレーナ嬢が、どういうわけかアルバの元にいることは、そりゃあ気になるけどね」


まずはセレーナの方へ、上目に質問が投げかけられる。


「それについては、いずれご説明をするつもりでした」


が、さすがはセレーナだ。


いっさいの動揺も淀みもなく静かにはっきりと言い切り、片耳に髪をかきあげると事情の説明をはじめる。

クロレルの行動に対する辛辣な批評も交えつつ、端的に事情を伝えた。


「……とまぁそういうわけで、クロレルの悪行には愛想が尽きました。そこで、アルバの元へ転がり込むこととしたのです」

「ふむ、クロレルの元から去ることを決断した理由についてはよく分かった。で、なぜアルバの元へ?」


本来の理由は、彼女の『勘』だ。

俺に会いたいと思ったから来た、と彼女には聞かされている。


とはいえ、今度の相手は婚約者の父親だ。

そんなあいまいな答えをして許されるとも思えない。だが、俺にはどうしてやることもできないから、落ち着かないまま彼女が口を開くのを待つ。


「昔からアルバのことをお慕いしていたからです」


それは、斜め上からの回答だった。

実際には俺とセレーナが出会ったのは、クロレルとの婚約を祝して開かれた祝賀会でのこと。


昔、というほどの話ではない。


だが俺と彼女は同い年だ。

貴族学校に通っていた頃に知り合っていたという設定は、ありうる話だし、父もそこまで把握はしていない。この状況でそこまで機転が利くあたり、さすがだ。

父はその切り返しに目を丸くすると、やがて吹きだすように笑った。


「はは、そうきたか。我が息子は案外にもてるらしい。あのクロレルをさしおいて心をつかんでいるとは」


いや……親父、余計な事言うなよ。


「えぇ、もうぞっこんです」


セレーナも、それ真顔でいう事じゃないからね?

呆れる俺をよそに、彼女は続ける。


「それに、私はクロレルの婚約者としてこのハーストン領にやってきましたが、それは政略結婚。同じくハーストン家の出身であるアルバの元にいたならば、問題なく成立しますでしょう?」


その主張は、強引そのものだった。

普通の人間が口にしていたら、体のいい言い訳にしか聞こえまい。


だが、そこは『高潔な薔薇』なんて評される彼女だ。

芯の通った声ではきはきと言われると、なんとなく筋が通っている気もしてくる。


と言って、親父は俺とは違い、嘘と真実の入り混じる貴族社会で何年も生き抜いてきた人間だ。

こんな暴論は間違いなく追及される――。


「たしかに一理ある。まぁ我が家としても、大事にはしたくない話さ。二人がそれでいいなら、構わないよ。むしろ都合がいいまであるくらいだ」


が、結果は違った。

親父はまたしても先ほどと同じような、怖いくらい優しげに繕われた笑顔を見せて、その主張を吞んでしまう。


……こうなってくると、いよいよ怪しい。


生まれてこの方、この親父の息子をやってきたのだ。

もう彼の真意は、だいたい掴めている。

こうやってやたらと物分かりがいいときは、言いにくい話をする時だ。

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