第61話 ハーストンシティの門をくぐる

数か月ぶりに、ハーストンシティの門をくぐる。


そもそも、もう訪れることなどないと思っていた場所だ。

ここでセレーナがここで俺を待ち受けていたことから今の日々がはじまったと思えば、少しばかり感慨深い。


そういう意味で言えばここは、人生の分岐点となった場所ともいえる。


門番による身分確認を受けながら、俺は大きすぎる門を見上げた。


「ここには二度と足を踏み入れられないと思っていたわ」

「踏み入れたくもなかったけどな」

「同感よ。今更だけどね」


セレーナとそうこう話しているうち、確認が済んで門が開かれる。


昼下がりだ。

次第に見えてくる賑やかしい大通りの光景を見ながら、いよいよだと俺は意気込む。


まだ俺は、セレーナとともに歩き始め、メリリも加わってくれたこの新しい道を終わらせたくはない。

かならずトルビス村に帰り、ブリリオやフスカ、村人たちの元へと帰る――。そして理想のスローライフを再び目指すのだ。


そう考えて俺は拳を握った。


「絶対、次期領主の座。どうにかして回避してやる……!」

「まぁ、アルバ様! いつにも増して格好いいですよ! メリリ、きゅんとしました!」

「……そうかしら。なんかとんでもなく後ろ向きなやる気な気がするのだけれど?」


意気込み新たに、俺たちは街の中へと入る。


目指すのは、公開決議の行われる中央公会堂だ。

文字通り街の中心にあるその施設は、こうした公に実施される行事ごとの際に利用される施設で、趣向を凝らした緋色の門の奥には闘技場や集会所などがある。


ただし馬車に乗ったまま、窓も締め切りだ。


なぜならクロレルが俺と入れ替わってあらゆる犯罪をおかしたのは、この街でのことである。

その噂は今やハーストン領内の都市全域に知れ渡っている。

実際に蛮行を働いた街で顔など見せようものなら、石礫をあびせられるかもしれない。


そのためひっそり息をひそめていたら、街ゆく人々の会話がいやおうなしに耳に入ってくる。


「おいおい、今日の決闘どっちに賭けるよ?」

「そりゃあ、アルバ様は魔法も使えないんだろ? 普通に考えればクロレル様だろ」

「だよな。まぁでも、どっちが次期領主になろうと、お先真っ暗って感じだけど」


うん、まあこの反応も無理はない。

俺だって選ぶ側の立場になれば、同じことを考える。


俺はまったくどうとも思っていなかったのだが、収まりのつかない人もいた。ごくごく身近なところに。


「なにを~!! クロレルはともかくアルバ様なら――むぐっ」

「メリリ、静かになさい」


セレーナがメリリの口を手でふさぎ、その両手を取り押さえる。

そんなやり取りをしていたら、突如として馬車が止まった。


嫌な予感が背中を走る。もしかすると漏れ出すメリリの声で感づかれて、誰かが俺に攻撃を仕掛けに来たんじゃ…………


そんなふうに考えたのだが、違った。

律儀に扉がノックされるから、着ていた羽織を頭にかぶり顔だけ覗かせる。


そこにいたのは、見慣れた顔だ。

びくっと、メリリも身体を跳ねさせる。


「……セバス」

「アルバ様、それにセレーナ様。そして、メリリも。お久しゅうございますな」


親父に長年ついている執事のセバスだ。厳格な事で有名で、真逆といっていい性格である俺にとっては結構厄介な存在だ。


「お迎えに上がりました。主人から話があるようです。公会堂より先に、お屋敷の方へ来てくださいますかな」

「……それ、絶対ってこと?」

「随分と察しがよくなられましたな。そのとおりでございます」


うわぁ、もう面倒くさい。

この状況で、久しぶりだね、なんて挨拶だけに終わることは考えにくい。というか、ありえない。


「気持ちが顔にですぎよ、アルバ」

「……そんなつもりはなかったんだけどな」


うん、でも唇がぴくぴく引きつるくらいは許してほしい。


「ここはおとなしく従うしかないわ。どうせ、義父上とは後で顔を合わせることになる。それに、私は先に話をできるのは悪いことではないと思うわ」


それくらいは俺だって分かっている。

ここへ来た以上、色々と厄介な話になることは、どうせ避けられない。


俺は彼女としばし目を合わせた末に、セバスに案内をするよう指示する。

と、彼はひげに手をやり柔和に笑う。


「ほほ、これはこれは。お二人はよほど親密なようだ。かしこまりました。お連れいたします」

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