第2話 クズ兄の無能すぎる政治
入れ替わりが起きたのは、本当に唐突なことだった。
強くぶつかったわけでも、なにか怪しい魔法をかけられたわけでもない。
ある冬の朝、唐突に入れ替わりは発生した。
目を覚ますとクロレルの屋敷(趣味悪いほど豪華!)にいて、寝ぼけて鏡の前に立ったら、憎たらしい顔がそこには写っていたのだ。
はじめは、悪い夢だと思った。
しかし、それにしてはいつまでたっても覚めない。
最後には、俺の身体に入ったクロレルがキレ散らかしながら屋敷に押しかけてきて、これが現実であることを悟った。
入れ替わりは、なにを試しても解消されなかった。
それこそ馬鹿みたいに頭をぶつけあったりもしたが、痛みが残るだけ。むしろ本当に間抜けになった気分だった。
そのため仕方なく、しばらくはそれぞれお互いになりきって過ごすこととなった。
「絶対入れ替わってること、誰にも話すなよ? てめえが無能なのは百も承知だが、万が一にも俺様が次期領主の座から陥落するようなことをしたら、ただじゃおかねえからな」
とは、その時に首根っこ掴まれながら、クロレルから受けた忠告だ。
今となっては、なんとも節操のない脅しだ。
人にはこう指示しておきながら、自分は俺・アルバの身体で領民に暴行を加えるのだから。
だがそれでも俺は、クロレルに文句の一つさえ言わなかった(と言って、あそこまで酷い行動をするとは思っていなかったが)。
彼に指示された通りに、精一杯、有能な統治者らしく振る舞った。
なぜかと言えば、簡単な話、その方が俺には都合がよかったからだ。
俺は、次期領主候補になど絶対になりたくなかった。
毎日のように仕事に忙殺される父を見てきて、その大変さは十分に分かっていたためだ。
俺はクロレルと違って、権力など欲しくなかった。
欲しいものは、毎日ごろごろ寝て過ごせる快適な環境のみ。できれば、昼寝とお菓子の時間と読書タイムなんかも取れれば最高だ!
汗水たらして働いて、社交界で作り物の笑顔を振りまいて……なんて生活は論外すぎる。
その最高の未来を手に入れるには、兄のクロレルに「有能な次期領主」になってもらう必要があった。
そうすれば、魔法も使えない落ちこぼれである俺には、万が一にも当主の座は回ってこない。
つまり、地位に縛られずに済む……って算段だ。
入れ替わりがずっと続くわけでないことは、直感的に理解していた。
この入れ替わっている時期だけ懸命に仕事をすれば、あとはウハウハ幸せ人生が待っている!
そう思えば、毎日何時間でも仕事に打ち込めた。
……というか、そうせざるをえなかったのも大きい。
それまで約一年間、クロレルに任された都市・通称クロレルシティの統治は超めちゃくちゃだったのだ。
「クロレル様、警備兵の給金が安すぎるとかで、人が集まりません」
「商業施設から、税金を取りすぎではないかと苦情が入っています。町では、裏ギルドが結成されて闇市も開かれているとか……」
「あなた様の肝煎りで始めた再開発計画が、深刻な予算不足と近隣住民の反対で行き詰っています」
「近隣からの亜人排除計画は、どう進めていくのですか?」
などなど。
俺と入れ替わる前にクロレルが行っていた政策は、とんでもないものばかりだった。
記録を見ていると、就任して半年ほどはまともであった。
たぶん、父の付けたお目付け役がいたためだろう。
だが半年を境にその人が去ると、政策は豹変し滅茶苦茶なものになった。
それも、すべて父には報告されておらず隠ぺいされていた。
特にひどかったのは、過剰な税金だ。
窓をつけたり屋根を代えたら『取付税』、子供を産んだら『子供税』といったふうに、なにもかもに税金がかけられ、住民の生活が圧迫されていた。
視察のためにクロレルシティの街中を歩けば、
「お前のせいだぞ、どちくしょう!! 自分たちだけいい思いしやがって」
罵声を浴びせられる。ある時などは生卵を投げつけられ、またある時は財布を盗まれそうになったことも。
だが、ここで民を恨むのはお門違いというものだ、
それくらい街には余裕がなく、深刻な不景気に陥っていたのだ。
商店を開くのにもお金がかかるため、夜中にひっそりと店を開ける闇市が流行していた。
その中には化粧品などに、毒薬を混ぜて薬漬けにするようなものもいて、実に質が悪かった。
そうして集めた金が注ぎ込まれていたのは、クロレルの屋敷の改修費や、賭博などを行う娯楽施設の建築であるから、クロレルがどれだけ自分本位かは推して測れる。
彼は俺を『無能』と言うけれど、なんのことはない。
誰がどう見たって、統治者としてのセンスが皆無なのはクロレルのほうだった。
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