第4話

俺達の休息は、僅かな振動と足音と共に終わりを告げた。

俺が聞き耳を立てて様子を伺うと、どうやらその足音は徐々にこちらへ近付いている様だった。



それなのに赤はまだ寝息を立てていたので、俺は赤を口先で突いて起こした。

こんな状況なのに寝ていられるなんて、図太いというか鈍いというか。



赤はゆっくりと起き上がると伸びをする。

そして寝惚け眼なままで様子を見に外へ向かった。

意外と赤って朝に弱いんだな。




数分後、焦った様子の赤が戻って来た。


「黒!なんか巨大で肌が赤いゴブリンがこっちに向かってる!」

どうやらしっかり目が覚めた様だな。


そして俺はそいつに見覚えがある。



「それが扉の前に居たゴブリンだ」


「なんでそんなのがこっちに来てるのよ!」


「さあな」

俺も1日中そいつを観察していた訳ではないからな。

とはいえ、こっちに来ているなら逃げないとな。




「立てる?」


「何とかな」


「それじゃ逃げるわよ」

俺たちは森の中を進む。だがその歩みは遅い。何故なら俺の進むスピードに赤が合わせているからだ。


このままでは守護者のゴブリンに追い付かれるのも時間の問題だろう。



「赤、先に逃げろ」


「嫌よ。それならここで迎え撃つ」


「それなら助けを呼んできてくれ」


「私だけじゃ広場までの帰り道が分からないのに、助けを呼ぶなんて無理よ」

説得は無理か。


だが悪い気分じゃない。



「なら俺について来てくれ。戦いやすい場所に行こう」

今いる場所には見覚えがある。

ココからあそこまではそう時間が掛からないはずだ。



俺達は徐々に大きくなる地響きを感じながら森を進む。





そして辿り着いた所が白い扉の前だった。

そこには木が生えておらず、寂れた広場の様になっていた。



「ここならアイツと1体2で戦えるはずだ」


「どうしてそう思うの?」


「俺は奴が他のゴブリン達を殺す所を見た事がある。そんな奴の居る場所なんかに他のゴブリンは寄り付かないだろう」

それに赤は火の玉を飛ばせるから森の中だと木が邪魔になる。


今の俺は前に出て戦えないからな。赤の戦いやすい場所の方が良いだろう。



「まだ私に言ってなかった事があったんだ」


「ほらほら、守護者が来たぞ」


「後で覚えておきなさいよ。黒は下がってて」

俺は大人しく森の中に身を隠す。





森の木々を薙ぎ倒しながら守護者が現れた。

昨日倒した黒いゴブリンの体よりも遥かに大きく、肌は赤い。そして右手にはその巨体に相応しい大きさの棍棒を持っている。


あれはゴブリンと言うより赤鬼だな。



俺は赤から距離を取り、気配を消して森の中から様子を伺う。





先手を打ったのは赤だった。


「いけ!」

火の玉を出現させ、守護者へ飛ばす。

図体が大きいせいか動きは遅く火の玉は簡単に命中する。

しかし火の玉が当たったところは多少の焦げ跡が残る位で、守護者にダメージがある様には見えない。



「効果は無しね」

それが分かると赤は次の手に移る。



素早く守護者に近付き、足の腱に向かって攻撃を仕掛ける。

足を奪えば動けなくなると考えたのだろう。



しかしゴブリンも立っているだけでは無く、赤に向かって棍棒を振り下ろした。



そして赤はその攻撃を避ける。




「ヤバッ!」

避けることには成功したが、その攻撃が当たった地面は小さなクレーターが出来る。

それに足を取られて赤はバランスを崩してしまった。



「うぐっ」

守護者はその隙を見逃さず、赤を蹴り上げた。

まるでサッカーボールの様に真上に打ち上げられた赤。



それを見た守護者は下卑た笑みを浮かべる。

赤が落ちて来たところを棍棒で打ってやろうと思ってか、守護者は手に持った棍棒を振りかぶる。

そしてタイミングを測ろうとして守護者が赤に注意を向ける。





その隙を待っていた。


俺は気配を消し、守護者の背後から近付く。

運よく守護者が森の近くに居たので、赤が落ちて来る前に辿り着けた。


そして全力でゴブリンの足首に噛みついた。

守護者はようやく俺に気付くが、もう遅い。

俺は全力を注ぎ、守護者の足を噛みちぎった。


俺は魔法とかは使えないが、気配を消す事と顎の力は一流だ。


ゴブリンは痛みで叫び声を上げると地面に倒れ込んだ。



「黒!」

声のする方を見ると、赤と出会ってから見た事がない火の玉がこちらに向かって来ていた。

俺にはそれが憤怒の塊の様に見えた。


きっと地獄の炎というのはこんな感じなんだろうな。



俺は今いる場所から飛び退く。


そして俺が今さっき居た場所から爆発音が聞こえたので、きっと守護者に当たったのだろう。


俺はそれを確認するよりも先に赤の落下地点に急ぐと、赤の体を自分の体で受け止めた。



「イタタタ…」


「…早く退いてくれ」


「それが怪我人に言うセリフかしら」


「俺も怪我をしている」


「その割には動けてたみたいだけど」

赤はおとなしく俺の上から退いた。


その頃には爆発で起きたと思われる土煙は薄くなり、そこには横たわる黒い影が見える。

守護者の叫び声は聞こえない。



「さっきの火の玉は何だ?」


「黒いゴブリンを倒したら使える様になったのよ」


「知らなかった」


「聞かれなかったからね!」

そうか、そう言われるとこういう気持ちになるんだな。

だが、そのしてやったりみたいな顔はやめて欲しい。



「それよりも念の為に火の玉で奴を攻撃してくれ」


「わかったわ」

影に向かって火の玉を当て続けること数十回。

これだけ当てれば十分だろう。



すると白い扉が自動的に開き、そこから白い光が溢れた。

その光景を見て安心したのか、火の玉の撃ちすぎで疲れたのか、赤は地面に倒れる。


「やったのね…」


「ああ、やったな」

赤の声色には明らかに疲労の色が残っていたが、どこか清々しさを感じさせるものだった。

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