11話 「頼む、間にあってくれ………!」


「頼む、間にあってくれ…………!」


 ――そうして数分後。今度こそぼくは、駆ける。障害のいなくなった街中を、走る。駆ける、走っていた。

 ――言わずもがな、魔女教との戦いは……辛うじて、本当にぎりのギリギリと言う感じだったけど。

 なんとか、ぼくが勝利を掴んだ。


「…………」


 あぶな、すぎた。

 四肢までもがれて――本当に、綱渡りの勝利だった。


「まあ、最後は意外とあっけなかったけど――」


 とりあえず、もう大ジャンプは無暗にすまい。

 ぼくは、戦闘直後という事もあって鋭敏になっている感覚を使って、おとなしく街中を走っていた。

 人通りが思ったより少ないから、まさか灰色の世界に入るくらいには出せないけど、それなりの速度で。


 さっきの戦闘――その決着。

 それは、ぼくが発射した口弾……腐葉土の弾が、彼の放った腐り弾を貫通して、そしてそのままそれは彼の胸部に命中して――、どさり、と。うめき声のような声を漏らして、その場に崩れ落ちるザオ……という、これまでの推移からまったくかけ離れる、あっけない終わり、勝利だった。

 今街中に人が少ないのは……そして、人の流れがぼくの後方へ向かっていくのは、まず間違いなくザオが崩落させた居住棟を見物しにいくためだろう、衛兵も分隊単位で現場に向かっているのが見えた。

 もはやそこは祭りの跡、ザオを倒すと同時に他の魔女教徒は一糸乱れぬ迅速な動きで彼を抱えて、それこそ闇に消えるように、まだ昼だがそう錯覚するほどスムーズにひとかたまりになって走り去った。


 幹部を倒したぼく相手には数でものを言わせても勝てないだろうという判断だろうが……ぼくはと言えばまだその時点ではイモムシ状態だったので、集団でこられたら正直危なかったんだけど――ともあれ、なんとか、結果としてはうまくいってよかった、と素直に喜んでおくべきだろう。

 あと収穫といえば、ぼくの攻撃の反動で呪銃の破壊にも、おそらく成功したという事。ぼくの口弾を銃で逸らそうとしたのか、それともそのまま防御に使用しようとしたのか、ザオが掲げた呪銃に、ぼくの攻撃はかすって、銃口が歪んだのを確かに見た。

 去り際確認したから間違いない――あれでは、弾はまっすぐに飛ばない。戦力を削ることには、逃がしてはしまったけど、削ることにはとりあえず成功した。


「…………でも……」


 とはいえ、ここであいつらを捕まえたかった。

 捕まえられなかったのは正直悔やまれる。最初の敵……ミーロン教徒のユーグルさんもそうだが、ぼくはどうも戦った相手に逃げられる傾向がある。

 トドメを刺せるわけではないけれど、今後この街でぼくたちにちょっかいをかけられないような手を打てるなら打っておく、それを考えるくらいの時間は正直頂きたいところだった。

 まあ……、とはいえ、魔女狩りを通報したところで……というか、魔女狩りを通報したくはない、というのもまた、ぼくの正直な気持ちだ。

 魔女狩りは人間の敵ではない。魔女の、魔物の敵だ。いうなれば善、正しい者……魔女に接触する為ならあらゆる悪をいとわない魔女教とは違う。


「……近い、どこだ……」


 ――そんなことを。またウダウダと現実逃避みたいに考えながら。

 それでも、ザオが言っていた刺客、逃走するセレオルタ、タミハ、ユクシーさんに追いすがっているらしい他の魔女教徒の存在に不安で吐きそうになりながら、どうか、無事でいてくれ、とぼくは、その一角に到着する。匂いが……セレオルタの匂いがかなり濃い。この近くに――間に合ったのかぼくは。


「…………っ」


 冷静に考えれば、現状ぼくたち四人の中でまともな戦力になるのはぼくだけだ。セレオルタは力を遣いすぎてガス欠、タミハはそもそも一般人、ユクシーさんは多少できるといっても、それは一般人レベルの話。

 魔女教が、悪意を持つ人間が数でかかれば持たない。


「…………」


 周囲には騒ぎの気配はない、が――


「どうしたんだいロンジくん」

「大変なんですユクシーさん……三人が見つからないんです……って」


 またこの人は!


「なんで普通にいるんですか! 大丈夫ですか!」

「なんだい急に。そりゃいるともさ。私はね……いるよ」

「…………」


 続く言葉が思いつかなかったのか反復だけしてユクシーさんは……また、何かを食べている。もぐもぐと口だけ動かして甘いにおいを辺りにまき散らしていた。

 セレオルタといい、この人といい……まともに頑張ってるのはぼくだけか? タミハだけがこのパーティ唯一の良心じゃないか!


「……いや、あのですね、魔女教が……! あなたたちを、セレオルタを追って……」

「魔女教?」

「え、いや、魔女教は知ってますよね?」

「もちろん」

「だから奴らの魔手があなたたちに……え、まったく見てないんですか?」

「誰も。私たちはずっと観光を楽しんでいたが」

「…………」


 ザオ。あいつ、ブラフかよ。


「はあ…………」


 その場で……肩を縮こまるようにへたり込んで。ため息をついてしまうぼくだった。

 なんだ、あんなもったいぶった言い方をして、ただの脅しか……やはり、ぼくを動揺させるためだけの掛け合い……まったく、心配して損をした。

 いや、損はしてないけど……どっと疲れた。


「え、……と、じゃあ、セレオルタとタミハは……」

「彼女達なら……ほら、あそこだ」

「あ……」


 ……見ると。

 ここは広場だ。その隅っこで、なんともレドワナ大祭らしい光景と言うべきか……小さな舞台がそこには設置されていて、それはほんとにちゃちなステージといえばそうなんだけれど、そんなところでどうやら演劇をしているらしかった。

 周囲には年齢層は全体的に低め……たまにその保護者らしき人たちがちらほら。……そんな人たちがステージを囲むように座っていて、その中に黒髪と白髪の少女が並んで座っているのを見つけた。

 かたやセレオルタだというのに、子供たちに交じっていてまったく見た目は違和感がない。あいつ、もう人間の子供として生きればいいのに。

 そんな適当なことを、徒労感と苛立ちまみれに思いつつ、ぼくはそこに一歩近づく。と、


「ロンジ君、時に君は……自分の事を人間だと言えるか?」

「え……?」


 なんとなく。ふと口にしたようなトーンで、急にユクシーさんがなにやら哲学的な(いや、もちろんこの場合はそうじゃないのは分かっているけど)ことを聞いてきた。

 それに、ぼくは一瞬詰まって――


「人間、じゃないですかね? 人間の定義が魔物や魔獣ではないってことなら……ぼくは、ほら、中途半端な状態らしいですし」

「ふむ、そうか」


 ――とりあえず無難な答えを返しておくと、ユクシーさんは満足したようにうなずいた。なんなんだ一体。


「おい……セレオルタ」

「お、ロンジ。おぬし何やっとったのだ、好き勝手するのも大概にな? われじゃなかったら許されとらんぞ」

「…………」


 やばい、今手が出そうになった。


「あの、だな……ぼくは……」

「しっ、ロンジくん、今から劇が始まるのよ!」

「タミハああああ……」


 唯一の良心からも注意されたぼくは……続く言葉もなくうなだれる。ちょっと、劇にぼくも参加して、今こんな戦いをしてきたんすよ? って自慢してきてもいいかな?

 すごい死闘だったんだけど……え? ちょっと待ってくれ、ねぎらいの言葉もないのか?


「まったく、迷うなよ子供じゃあるまいに……ユクシー、おぬしもだぞ」

「…………っ」


 そんなセレオルタの吐き捨てるような言い方に、ゲンコツをお見舞いしたくなったところで――って、ユクシーさんもぼくのいない間に迷ったのかよ、とツッコもうとしたところで、まるで見計らったかのように、


『さあ、さあ、さあ、これから始まるのは〝大戦劇〟誰もが知る人間と魔女の戦いだよ~う……!』

「む……」

「まあ!」


 ステージの前に立った口上人が大げさな身振り手振りで言い放った。

 そして口上人が指を鳴らすと、何もない空間から炎や煙が出てきて、同時に盛大なファンファーレが鳴り響く。

 呪言を遣った派手な演出は、道行く人の足もぽつぽつと射止めて、セレオルタといえば、何とも言えない顔をしていて、タミハといえばなぜか嬉しそうな表情になる。


「…………ってか、」


 というか大戦の劇って……人間と魔女の戦いって……それはおそらく、いくつかのあまりに有名な戦い――

第一戦『流暗の魔女ヨルリーヌ』と戦った『深き胴塊のジョルキージョ』『老雷のフォーゼン』『妄鯨のリルクブート』の茶飲み話か、

『巨弄の魔女バーカルギーバー』を打ち倒した無名の冒険者パーティ『横置きの盃』の英雄譚か、

 大戦最後の戦い『不遠の魔女フォルナサ』にたった一人で挑んだ『魔導ロージロージャー』の乱劇――

 そして、『蒼き雲海のボンボルト』『泥越えのベイジャル』『剣境 這い羽のリフエルタ』及びレドワナ共和国第三軍に対する――


『さあさあ、本日お見せするのは辺幽の魔女! セレオルタが我が国の国軍と英雄ベイジャルに負けるまでの征伐物語だよ~』

「「「「「おお~」」」」」

「「「「「「どっ、あははははは」」」」」」

「わあ……よりにもよって、と言う感じだな……はは……」


 口上人がそういった瞬間観客たちも待ってましたとばかりに湧いて、まだ始まってもいないのに期待の拍手があたりにまばらに響く。

 はは、ととりあえず軽い感じで笑みを隣に座るセレオルタに送ってみると……セレオルタの顔をちらりと伺うと、意外や意外と言うべきか、


「楽しみなのだ。われの話は何度か観とるが脚本家や演じ手によって大戦劇は色んな解釈があるのだ。今回はどんなもんなのだろうなぁ」

「……あれ?」


 意外と、余裕というか、なんてことない笑顔で、相も変わらず見下したような圧ある微笑のセレオルタがタミハに話しかけていた。


「そうね。前に観た時はなんだったっけ……ああ、そうよ! セレッタが赤ちゃんの時から始める劇だったわね! あれはとっても可笑しかったわ! セレオルタ役の赤ちゃん、可愛かったわね!」

「あ……あれはやめんか! こっぱずかしい……! む? なんだロンジ。なんなのだその顔」

「あ……いや、プライドの高いお前のことだからなんか怒ったりしそうだと思って……」

「なんで怒るのだ? おぬしら人間が好き勝手やっとることに、われは何とも思わんよ。そもそもわれ負けとらんし」

「……え?」

「だから、そもそもこの劇は、われの劇はおぬしらの妄想だろう? おぬしら弱きものの願望……決して叶わん、われに勝ったなどという夢想を騙る、そういう趣旨の作りものなのだし?」

「は……えーと……」


 何言ってるんだこいつ。お前大戦のときに負けたじゃん。


「そもそもわれが……このわれが人間に負けるわけなかろうが。あの時も負けてはおらんしな。ちょっと気分じゃなかったから家に帰ろうとしたら、卑怯にもやつらがしつこく追いすがってきてな……それで、大断崖は消失線に触れかけた。ちょっとわれが自分でしくじってな……ドジをしてしまったのだ」

「…………」

「われはな、強い。誰にも負けんよ。ヨルリーヌだろうがバーカルギーバーだろうがトルレラだろうが、ガジャリーだろうが……フォルナサだろうとも。他の魔女どもにもサシでなら負けたりせんよ。だってわれ、最強なのだし?」

「…………お前、それって現実逃避っていうんだぞ?」

「はあ?」


 ぼくが突っ込むとめちゃくちゃ腹立つ顔をしてセレオルタがぼくの顔を覗き込む。


「それはわれから一番遠い言葉だなぁ……われが強いと言うのは動かんし、われは大戦のとき負けとらんし。だからな、おぬしらの空想の中くらいには寛容になってやっとるのがこのわれなのだ。まったく、われはわれの度量がこわいのっ」


 その場でぶるぶるとわざとらしく震えてみせるセレオルタ。度量というか、ぼくはお前の負けず嫌いさが怖いよ。こいつが自分の非を認める時は世界がひっくり返る時だな……なんて思いつつ。


「それにな、われはプライドは低い。誇りは高いがな」

「誇りじゃなくて驕りだな。驕り高い奴だよお前は」

「ロンジのバーカ!」

「言うに事欠いて子供みたいな罵倒はじめちゃった! お前精神年齢だいぶ昔に止まっちゃってるだろ!」

「二人とも! 劇はじまるわよ! しー、ね!」

「あ……すません……」

「ふふん」


 タミハに叱られてしまった。セレオルタも叱られたはずなのに我関せず。すんとすました顔をしていて、こうも堂々とされると、全部ぼくが悪いみたいな気分になってくる。

 こういう生き方は見習ってみたいところだが……


『――するとボンボルトは言いました。「辺幽の魔女よ。セレオルタよ! どうしてお前は悪を尽くせる! お前には心と言うものがないのか!」』

『セレオルタは言葉を返します。「わがはいは魔物だ。魔女である。それが答えではいけないか。魔女にとって人間はな、心を砕く相手にすらならないのである」』

『ベイジャルは叫びます。「ならば、何も言うことはない!」』


 ……劇が続いていく。

 役者が――ボンボルトに扮した役者が呪言を唱えると、それは実際に氷塊となってステージに降り注ぎ、そしてセレオルタに扮した役者がそれを黒い壁のような呪言を遣って受けた。あたりに飛び散る水しぶきに子供の歓声が響く。

 舞台の上では、大立ち回りが行われていた。


 セレオルタを囲むように、『泥越え』と『這い羽』が挟撃を行い、そして壮大な音楽と共にボンボルト役の魔法がはじける。もちろん、実際のボンボルトの魔法は、もっとバカげた規模の、笑えるほどの破壊をもたらし、最後には何もないところに広大な湖をも作ってしまったそうだが――、大戦劇の狭い舞台でそれが行われているからか、客席と舞台の距離が近いからか、はたまた役者の演技がいいからか。

 ここから見る分には、それはリアリティと迫力をもって、大人のぼくでも充分楽しい……ともすれば没入してしまう、エンターテインメントに昇華されていた。


「……気にいらんな」

「……?」


 と、そういう風に見入っていると隣のセレオルタが小さくつぶやく。なんだ、やっぱり自分が負ける話は面白くないのか? 余裕なふりをして苛立っているのか――


「われはもっと綺麗なのだ。不美人を使うな!」

「そっちかい!」


 セレオルタが指さしたのは自分扮するセレオルタ役の演者――、いや、でも……


「普通に綺麗な人じゃないか。すらっとしていて背が高くて……ぶっちゃけ、お前より美人だと思うぞぼくは」

「なっ…………!」


 素直な感想を言うぼくにセレオルタが猛反応、掴みかからん勢いで食い下がってきた。


「ふざ、ふざけるでない! われはなあ……あんなんより荘厳で場の全てを凍り付かせるほどの美女なのだぞ。われより顔がいい人間なぞこの世におらんわ!」

「魔物にはいるのか?」

「ま…………、お、おらんわ! 全ての魔物……魔女の中でわれが一番美しい。美しくて最強なのだ! い、異論はあるまい!」

「…………」


 異論しかないが。

 ――この反応、焦り方からすると、多分セレオルタより美人な魔女は普通にいるな。


「……とはいってもなあ。ぼくが見ているお前は子供の姿だし力も弱ってるんだろ? まあ、良かったじゃないか。まだ本気出してないだけって言い訳が出来て」

「ぐ、ぬ、うううう……」


 ぼくがそう言って鼻で笑うと、めちゃくちゃ悔しそうな顔をするセレオルタ。やばい、初めてこいつを言い負かしたかもしれない。ものすごく気持ちいい。


「わ、われの本当の姿はそりゃあ美女で……ヨルリーヌのバカだろうが、バーカルギーバーだろうがわれは……」

「あーはいはい、それ聞いたわ」

「むうううううう…………」


 ぼくが煽るとほっぺたを膨らませるセレオルタ。ちょっと可愛いと思ってしまったが、それは気のせいだと自省しつつ。


「そんなに言うのだったら……見せてやろう。われの本当の姿を!」

「へ?」


 おもむろに立ち上がるセレオルタ。みんなが座っている中でこいつだけ勢いよくそびえたったので、かなり悪目立ちしているのだが――


「今……ほんの少し、短い時間なら元の姿に戻れる! われの力も……全快とはいわんが、全盛期に近づける。覚悟し――」

「駄目よセレッタ! 大人しくしなきゃ!」

「すまん!」


 ――口上が。そうしてセレオルタの口上が始まったかとおもったところで、タミハの鋭いお叱りがまたもや炸裂。

 今度はセレオルタもちゃんと頭を下げて、平謝りしつつ着席した。

 なんだ、なんなんだ一体。


「ロンジくんも! 今は静かにね!」

「す、すません……」

『――そうしてセレオルタは海のかなたに追い込まれてゆきます。三人の英雄たちによって……』


 ――劇は後半にさしかかっている。

 まあ……冷静に考えなくとも、ここで何かセレオルタがやらかしたら、目立つどころの騒ぎじゃなくなる。

 さすがはセレオルタと旅をしてきたタミハと言うべきか……そこらへんはわきまえているようで、彼女がセレオルタの手綱を握っているからこそ、今までセレオルタは……自身の力のほとんどを失っていてもここまで生き延びてこれたのだろう。

 魔女教や魔女狩りに追われつつ……しかし、本当にどういう関係性なんだろうこの少女たちは。


「……だいたい、ボンボルトはあんなに好青年然とはしておらん。勘違いした生意気な若造だぞ。われのしゃべり方もあんなん違うし……あんなこと言ってないし……ベイジャルももっと下衆っぽくてムサい雰囲気なのだ……」

「…………」


 確かにお前の喋り方は違うな。ボンボルトとベイジャルの実際の人物像は機会をうかがってこいつに聞いてみたところだけど……

 ――ともあれ、しぶしぶと言った感じで引き下がるセレオルタ。ぶつぶつとまだ不満があるようだが、そんな彼女に微笑みかけて、タミハは視線を舞台に戻す。


『――こうして、大戦は魔物ではなく人間の勝利に終わりました。不遠の魔女を滅ぼした、ロージロージャーの顔は安らかに笑っていました。それはこれから始まる平和の時代を予感させました……』

「……」


 そうして――劇が終わる。総じてみると、セレオルタとの戦いを劇作家ポウレイスト・メエルウィックが編纂再構成した、活劇と三人の英雄の人物関係に重点を置いた人間視点解釈……ぼくは演劇に詳しくないけど、比較的スタンダードな内容の大戦劇だったと思う。


「…………しかし……まあ――」


 ――平和、ね……。

 確かに大戦のあと、人類の存亡を脅かすような戦いは世界のどこにも起きていない。千年前の魔王と勇者パーティの戦い。五百年前、竜と星握の戦いの様に……そして直近、大戦の魔物と人類の戦い以降は、つかの間の平和が訪れて、それは今も続いている。

 でも……、


「――だがども、締めが間違っとるな」

「……?」


 と、後半は静かに……大人しく観覧していたセレオルタが、また偉そうに、難癖のようなものを付け始めた。


「間違ってるって何がだよ。大戦は人間の勝ちでおわったじゃないか。まあ、人間だってそりゃたくさん死んだけど……」

「は? 他の魔物どもは知らんが、われは負けとらんが?」


 ――あくまで自分の負けを認めないスタイル。自分を強いと言い張るスタンスは、いっそ清々しくなってきたが。


「――締めとはフォルナサのことなのだ」

「……?」


 言って、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、呆れるように……嘲笑するように。あるいは、それはほんのわずかなもので、魔女化していて、セレオルタの肉片を持ち、感覚が研ぎ澄まされているぼくだから感じた――感じてしまったものだったが。

 それは、どこか恐れているかのように。


「フォルナサは死んでおらん。殺すだけではあやつは死なん。もう少しであやつは起きて……数えきれんほど死ぬだろうなぁ」



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