10話 「なんなのだおぬし!」
「――前時代もっとも芸術を侮辱した芸術家、と評された『ナワダルサ・ヴォーエズ』の作品。第16作目『一段下の郷愁』です。それがなんとこのお値段、プライスレス……!」
「……どれ、よく見せてみろ……ふむ。どうやらホンモノのようなのだ。驚いた、こんな場末の物置みたいな所にヴォーエズの作品があるとはなぁ」
「そりゃ本物ですとも! いやはや、お目が高いというか物置はひでえですよ、お嬢……! へへへ、如何ですかい? 後ろの旦那様方も? 今なら 付けますぜ……まだ知名度はありませんが新進気鋭の作家の作品三点セット! ヴォーエズ作品にご興味がありましたらこちらなんかもお値段がそのうち高騰しますしオススメかと……!」
「……どれも〝幻想回帰〟の流れを汲んだ絵画なのだ? 過去派つながりではあるが、『一段下の郷愁』とは違って、テーマが主張しすぎとる。センスはありそうだがども、同じ空間に並べるには見合わなんと思うが? それにわれは芸術を投資と捉えるのは好かんな。つまりヴォーエズ否定論者ってことなのだ」
「あ、ああああ~これは、これは手厳しい……いやはや、御見それ致しましたぜ……! まさしく、お嬢のような深い見識と高尚なお考えをお持ちの方には、ヴォーエズはまさしく水と油……しかし……」
「……ムカつくのは、やつの作品は芸術の徹底的破壊……。〝ゼオダダ〟や〝表層主義〟からさらに発展させた、真の破壊を標榜しているにもかかわらず、それなりの多作。さらには値段相応に価値があるということなのだ。文脈的な価値であり、後世に与えている影響的価値……」
「〝無意味という意味〟ですなあ……! 破壊と再生は一心同体。それが現在のヴォーエズ論において定着してしまっている言説です。それが美しい……美しいということはつまりそれは美術であり芸術ということ。彼の作品の真髄ですぜ……!」
「ふん、だが奴は芸術を完全に破壊したい……というそれ自体の内包するテーマ性に生涯悩んだ。つまるところ、禅問答のようにな」
「ゆえに、ヴォーエズの最期の作品は見つかっていませんからね。『私は真に満足する作品を完成させたが、どうやら泥棒に入られてしまったようだ』はあまりにも有名な言葉です。未だに実在しているのかいないのか議論が交わされているくらいですからね……!」
「本当にそんなものがあり、奴が真に満足する芸術の破壊……それを為す作品が出来たというなら見せてもらいたいところなのだ。そも、奴がその翌日に失踪しておるし。自身の破壊……自殺によって芸術の破壊は完成する、などとつまらんことを言う玉ではなかろうし?」
「…………あのー」
「……なんじゃ、ロンジ」
「幻想回帰、過去派、ゼオダダってなんですか」
「あ、それはですね旦那様……へへへ、や、失礼。このお嬢が大変に深遠な知識を持った方なので保護者様もよくご存じかと思って解説を忘れておりましたが……! うへへへ……」
「保護者じゃない! こいつはわれの下僕なのだ! いいかロンジ、事は1000年前の魔王と人間の戦いに遡る。戦後世界には一種の虚無主義が蔓延しておってな、その時流に乗るような作品がいくつも生み出されておって――」
「あ、やっぱいいです」
「なんなのだおぬし!」
――ということで。
場所は変わって、あれから……街を練り歩き始めてからそれほど時間は経っていない。
大祭三日目はまだまだ始まったばかりで、ぼくたち四人……四名はなりゆきというか、ふと通りがかった美術館に、やたらセレオルタが行きたい行きたい言い始めたので高いチケット代――違法に製造した偽金貨を用いて乱入していた。
ここの美術館は美術館と称してはいるが、商店の性格も持っている……いわゆる美術商店、というやつだ。
大きなホールに並んでいるのは、彫刻、絵画、その他よくわからない造形物……厳重な警備が付けられて、バカげた額の作品が展示されているが、実はこれら全て購入する事が出来る。
金と物が動くレドワナ大祭において、体験と売買をもっともストレートに実現しているのがアート……美術商店という店舗形態と言っても過言ではないかもしれない。そんな場所に……というか、セレオルタのやつ、芸術なんかに興味がある奴だったのか。なんというか、ぼくの思い描く芸術と言うのは繊細で薄氷の上の美……みたいなもので、横暴でふざけたセレオルタとまったく、ミスマッチなような気がするけど……人……魔物は外見に寄らないと言うか。
「ほかにも見せろ! われが論評してやる!」
「へ、へへー、お嬢。こちらでごぜえます!」
――セレオルタと美術商兼、学芸員……らしき男は意気投合している。
意気投合と言うかセレオルタがテンション上がっているのに引っ張られている感じだけど……ってか、あの美術商は、ここはかなり高級な美術商店のはずなのにそこらのスラムみたいなノリの言葉遣いで……かなり個性的な接客だ。
やっぱり芸術を好む人間はああいう変わり者だから勤まるのだろうか……なんて、そんな偏見を適当に考え流していたところで、
「みて、みてユクシーさん! この銅像ロンジくんに似てない⁉ うふふふふっ」
「たしかにポーズが似ているな! 彼はいつもこんな感じだ!」
――と、尻を、尻タブを掴んでこっちに見せつけているようなポーズの……なんだ、前衛芸術的な格好をした作品を見て頷いている二人がいた。
ぼく、そんなポーズしたことあったっけ……?
「…………」
しかし――セレオルタのやつ、さっきの作品をすぐ本物とかなんとか見抜いてたけど、ぼくもヴォーエズの作品を見たことくらいはあったけど、そんな一目見て分かる物だろうか。
今こうして『一段下の郷愁』を見ていてもぼくにはさっぱりだけど……やはり、魔女と言うのは長生きしているから年の功みたいな……
「ふん。われは贋作と本物を見分ける力はすごいぞ。なにせ辺幽の魔女なのだからな!」
「……」
そう思ってまじまじと立ち止まっていると、いつの間にか一通り作品を見てきたらしいセレオルタが後ろから話しかけてきた。
「辺幽の魔女だから見分ける力がつくのかよ」
「われの力はあらゆるものを作り出す。ゆえに、われは芸術家的側面を持った魔女なのだ。圧倒的審美眼……知性と教養を持ったわれにはふさわしい力だろうっ」
「……なるほどな」
――言われてみれば、なにかを作るという事においては、芸術的な力と言えるかもしれない……こいつの辺幽は。
しかしその実質は、使い方は暴虐、悪辣、破壊の限りを尽くす――それこそ、芸術の破壊を目論んだヴォーエズが嫉妬するくらいのことをこいつはしてきたわけだが……そこらへんどう思ってるのか、こいつに聞いてみたいところだ。
「…………」
なんて。まあ、過去に――ぼくは、過去派ではないから、過去に魔女がなにをしたかなんてぼくに関係ないからどうでもいいけど。
……と、無理やりみたいな思考をして、ふう、とため息をついたところで。
「ところでロンジ。ここの美術商店は買取をしとるらしいぞ。おぬし、なにか売りたがっとっただろう? 行って来たらどうなのだ!」
「……お? おお、ん……?」
――あ、そういえば、そうだった。
ちょっと色々ありすぎてド忘れしてしまうところだったけれど……ぼくがそもそもこの国に来たのは、この手荷物……魔女化の影響か、もはや背負っていてもほとんど重さを感じなくなってしまっている本を――売るために、それで端た金を掴むためにこんな遠くまでやってきたんだった。
「…………」
見ると、この展示室……ホールには、かなり古い、歴史的価値がありそうな本も数冊ほど展示されている。ぼくが持ってきた本も、安いかもしれないけど買い取ってくれるかもしれない。どこで買い取りしてるんだろ……
「二階なのだ。はよいってこい!」
「お、おう……」
……てか、ぼくのことなんて一ミリも考えてなさそうなこいつにしては、珍しいと言うか、まともなことを言う。どうしたんだろう、頭でも打ったんだろうか。
「ユクシーは金をやって外のフララーガ牛丼屋に行かせた! おぬしもしばらく降りてくるなよ? われはな、このフロアを貸し切りにして悠々と作品鑑賞をしたいのだ。他の者どもがおると落ち着いて見やれんからな。あ、タミハは別だがども」
「ごめんねロンジくん、セレッタったら、こう言い出したら聞かないの! まったくもう……」
「…………」
ただの横暴だった。
セレオルタはもはやぼくのことなど眼中にないと言う感じでタミハを引き連れて奥の方の掛け軸と刀剣エリアに小走りで走っていく。さっきの商人もどこにも見当たらない……どんな交渉をしたのか知らないが、あれだけいた警備員たちもすっかり消えて、辺りはがらんとしていた。フロアから追い出されたか……可哀そうに。
「ぼくも行くか……」
そう一人でつぶやいて、ぼくも……端の方の階段に向かって一歩踏み出す。
あれか。美術マジックというやつか。
普段ガサツな子がふとした瞬間に見せる女の子らしさ……そういうギャップに人は惹かれるというが、セレオルタの場合は芸術を嗜んでいようがそんなマジックは起こらない。どこまでいってもセレオルタ……あいつと言えばあいつらしい。
「あのー」
「………………」
しかし……そういえば、魔女と言うのは11体いるらしいけど。実際、他の魔女もセレオルタのような……歯に衣着せぬ言い方をすれば、無茶苦茶な奴らなんだろうか。だとしたら……それ、かなりやばいな。
ま、そもそもとんでもない数の人間を殺している魔族の頂点……魔物の女王なんだから、会話が成立しているだけでも御の字と言えば御の字だけど――
「すみませんー」
「…………」
――くだくだ、と。階段を上っている途中、ぼくの悪癖というべきか……出発点も着地点も曖昧なままの思考に身を任せていたところで。
そんなだったから、階段を上り切ってぼんやりと辺りを見回して……その時点ですぐに話しかけられていたのに、ぼくは気付かなかった。
「すみませー」
「あ、もしかして買取の方ですか。すみません、そのままで袋とかに包んでないですけど……」
「へえっ?」
「え……」
「ああ、えっと……え、この本は……」
「あ、はい。えーと、四冊ほど……」
――だから、二階すぐのところで、柱にもたれかかるように立っていた、その女性――白髪に、魔女と同じ白髪に、あまりこの美術商店には似つかわれくないローブをまとった彼女、店員に気付かなかった。
「…………」
というか、思ったよりすぐのところにいたな買取の人。もっとこう、専用の区画が設けられてそこでシビアに値段を判定されるのかと思っていたら、存外ラフな感じだ。
ま、これもごった煮というか、商品のるつぼ、レドワナ大祭の店らしいといえばらしいスタイル――
「……あ、本。これで全部ですか?」
「えー、と…………」
女性に本を手渡すと、ぼくは麻袋に入れた残る一冊……『英雄ラログリッドのぼうけん』の表紙をなぞる。なぞるだけなぞって……もちろん出しはしない。
「……全部ですが……、そちらは売り物になりますかね? なりませんかね?」
「はえ? えーと……うーん……というか、これで本当に全部なのかなって。本、まだあるんじゃないですか?」
「…………ええ?」
え……何だろうこの人。やたら食い下がってくる……というか、なんで分かるんだ、ぼくが――ぼくが、この最後の本をあえて出していない事。
だって、『英雄ラログリッドのぼうけん』は、内容が内容だから、つまり禁書……この国では法律で所持も譲渡も禁止されている。だから、こんな場所じゃなくてもっと裏市的な……アウトローな場所で売買する方がいいかなと思ってここでは他の本でとどめておこうかと思っていたんだけど。
「ま、勘ですかね、なにか、あなたが隠し事をしている気がしたのです」
「…………」
「まだ何か持っていますね?」
「はい…………」
――と。
普通ならありえないけど、まるで……誘導されるみたいに、そういう流れがあって、これは避けられない事みたいに……ぼくは彼女に促されるまま、最後の一冊を取り出してしまう。
取り出してしまった――この感覚、一種、最初にユクシーさんと出会って、彼女のグイグイくるコミュニケーション力で結局事情を洗いざらい話してしまった、あの時に似ている。
いや、全然ユクシーさんとこの人は似てない、雰囲気も全然違うんだけど、なんとなく、そういう……押しが上手いというか絶妙な人間が、世の中にはいて……この人もそういうたぐいの人みたいだった。
……単に、ぼくが押しに弱い、流される人間――だからかもしれないけど。
「……」
まあ。仮にこの本を見られて……通報されたとしても、最悪……良くはないけど大丈夫だろうという気持ちも、そんな油断もぼくにはあったのかもしれない。
なんたって、今のぼくは、人ならざる腕力を持ってしまっている。魔女の力……魔女化。ほっといたらこのまま魔物になるそうなので、それはご免だけど……ひとまず、今の状態でどうやったって、よっぽどの相手でない限りぼくを捕まえることは多分出来はしない。
そこらの衛兵なら、十人だろうが二十人だろうが、悠々と逃げ切れる。
それゆえに、その場のノリのような感じでぼくは――手渡した。
彼女に、『英雄ラログリッドのぼうけん』を。
内容は……
「魔物、魔獣と力を合わせて魔王を倒した。そんな、かの大英雄ラログリッド・ユラバルデの少年期を描いた作品ですね。これ、ワタシ大好きなんですよ」
「え……」
なん――この反応は、正直予想外……てっきり、顔が真っ青になって警備員でも呼ばれるかと――
「えーと、なにか勘違いされていたかもしれませんが、ワタシ店員じゃーないです。あなたと同じお客さんですよ」
「ってうおおおい!」
「い、いや、わたしはお手洗いの場所を聞こうと思ったら……急にアナタが勘違いを……」
「そ……」
そうだったんすか、と。肩の力が抜ける。それならそうと……っていうか、それならなんでこの人は普通にぼくが手渡した本を受け取っているんだ。はやくそれ返して欲しい。いや……ほんとに、何の時間だったんだこれは。
「や……実はわたし趣味で占いをやっていましてね。これも何かのエニシかと」
「……はい?」
――はあ、とため息をつくぼくに嫌な顔一つせず。今度はこの謎ムーブをかましてくる女性は、懐から――本を持っている手と反対の手で懐から水晶玉を取り出して、ぼくに掲げる。
いや、なんなんですか、あなた。こういう美術商店にありがちな、よくいそうな詐欺師的な何かですかって。
「失礼な。ワタシの占いは実学的です。悪いことは言わないから……久しぶりにこの本を読めたお礼をさせてください。なーに、時間はかかりませんとも」
「…………」
そう言って、ぼくの返事も待たず彼女はうううう~ん、と唸り始める。
かなり苦し気にうなっている。
……そういえば、さっきお手洗いがどうとか言ってたけど、まさか、まさかだよな……?
もしそうなら、この人危ないと言うかやばい奴すぎる。ある意味、セレオルタ並みのおかしい人認定をしてしまうぞ……もしそうなら。
「……見えた!」
「うおっ漏らしたんですか!」
「へ……?」
――というぼくのリアクションに小首を傾げつつ彼女は、
「ええと、ある意味駄々漏れでしたね。あなたの運勢……しかし、どうも読みにくかった。まるで何かもっと大きい力に押さえつけられているようにあなたの行く末は読みにくかったのですが、今、はっきりと見えました。とはいえ、断片的ですが……」
「断片的……?」
「はい、近い未来の一瞬が見えたということです、詳しい状況は……運命が変わってしまい未来を変えられなくなるので言えませんが、結論から申しますと……」
「…………」
「この本、お返しします!」
「!」
そう、笑顔で……はきはきと……何か大仕事をやり切ったような表情でぼくに本を突っ返してくれる女性。
……いや、ぼくが間違えて渡した本をそのままリターンさせてきただけなんだけど。
「特にこの本。この本を大事にしたほうがいいです。さすれば――」
「…………」
「最後の最期に、あなたに僅かな希望が訪れるかも……です!」
言って、重ねられた五冊の本の一番上……禁書『英雄ラログリッドのぼうけん』をトントンと指で叩く彼女。
「いや、でも……」
これを売らないとぼくは……
「悪いことはいいません。悪いことはいいません、シラフのワタシはガチなのですよ!」
「…………」
言って、どこかから取り出した酒瓶で自分の肩のこりをほぐすように叩きながら微笑む――この人、わけがわからない。次の行動が読めない。
なのに、妙に居心地がいいというか安心感があるのが腹立たしい。占い師を生業としているというのは、もしかしたら本当なのか……こういう雰囲気を出せる人は、確かに何を言っても多少の説得力を出せるのかも。
「んではでは。アナタとはまた会う気がします……それも、あなたの苦難が乗り越えられればの話ですが……しかし」
「……しかし?」
「アナタの隠し事が何かは分かりませんが、それは吉なのか凶なのか曖昧です。玉虫色なのですよ。だから、くれぐれも……頑張ることです」
「…………」
――そう、それだけ言い残して。
占い師……自称占い師は自分だけ満足して階段を下りて行ってしまった。
理不尽と言うか……なんとも、煮え切らない一言を放って、
「……そんなもん、なんにでも当てはまるしな」
――占い師は、たくみな話術で、誰にでも当てはまりそうなことを言うのが仕事。なんて、そんな風にぼくは軽く思っているのだけれど。
「…………」
でも。
まだいいか、とぼくは返ってきた本を麻袋にしまって……そして、『英雄ラログリッドのぼうけん』も同じく袋の奥深くに収める。落としたらコトだし……然るべき場所で売れるように、まだこいつは手元に置いておこうと思った。
……後、ほんの少しだけ。
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