6話 「なんなのだっ」
――呪い。
詳しいというほどではないけれど、当然その存在はぼくだって知っている。特になんの前触れもなく、特になんの法則性もなく、それが貴族であれ貧民街の今にも死に絶えそうな病気の子供であったとしても――関係なく、人間に取りつく、何らかの悪意。
呪いを受けた人間は魔法が遣えなくなる。呪い持ちとして迫害され、人を救う宗教でさえ、呪い持ちには毒となる。
それはつまり、呪い持ちは人ではないという証明であると――ゆえに、多くの国では呪い持ちに人権なんてものは認められず、迫害される……それも場合によってはいい方で、あとは殺されるか、関われば感染るということで、いないものとして扱われるか。
とにかく、呪い持ちというのは普通に生きる事すら憚れる存在――と、その程度の知識は一般常識としてぼくだって持っていた。
が、実際目の前にするのはこれが初めてだった。感想としては――なんだ、普通の人間と変わらないじゃないか、というところだったんだけど。
なんなら、ぼくのほうが、今のぼくの状態のほうがよっぽど呪いじみて、化け物じみているような気すらも――
「不幸の呪い。名付けたのはセレオルタなんだけどね。わたし、呪いにかかってからすっごく運が悪かったの。なにもないところで転んだり、毎日どこかを怪我したり、他にも、一番いやな時に一番いやなことが起こったり。でもね、セレオルタが来てから呪いは静かになっちゃったの」
「…………」
「セレオルタは言ってたわ。『呪いごときがわれに勝てるはずがない!』って。呪いが……呪いさえも、魔女には勝てないってことなのかしら。とにかく、あの子と一緒にいれるから、わたしは今こんなふうに、大丈夫なの。だからわたし、すごく感謝してる――」
「……そう、だったんだ」
――そうして、セレオルタの十歩ほど後ろを歩いて、ぼくとタミハは何のことはない、雑談みたいに呪いの話をする。
不幸の呪い……その上っ面を聞いただけでも、それが尋常ならざる、生き辛い呪いであることは伝わってくるのに。
タミハはそんなことも、楽しい想い出みたいにぼくに語り掛ける。
「…………」
しかし、そうか、なるほど……タミハにとって、セレオルタはいなくてはならない存在、か。なんで、どうして、魔女なんて存在に――彼女はこうも心を許しているのかと思ったが、そういう事情なら分からなくもない。
でも、こうなると逆に、セレオルタがタミハをなぜ連れ歩くのか、そこがやっぱり分からない……いや、むしろ、こちらの方が良く分からないところではあるんだけど。
それは、タミハに聞いたところで、きっと首を傾げられるだけだろう、と。なんとなくそんな気がした。
「…………」
まあ、いいか。それも、別にぼくには関係のない話……ひとまず、ぼくの事情としては、こののっぴきならない状態をどうにかして、元の生活に戻る。とりあえず、それだけに集中していればいい……というか、そうするべきなんだから。
「なあ、セレオルタ」
「なんなのだっ」
ふんふんと辺りを、まるで子供みたいにワクワクした表情で……しかし、ぼくに話しかけられると平静を装った声音のセレオルタに、ぼくはひとまず現状を共有する。
「お前が魔女教と魔女狩りに追われているってのは分かったけど……そもそも、その二つはどういう組織なんだ」
「はあ? なんだロンジ、そんなことも知らんのかぁー?」
「いや、名前は聞いたことあるし、名前で察する事はできるけど……自分が当事者になるとは思ってなかったから。ちゃんと知っておこうかと」
「ロンジくん、勉強家ね!」
ぼくの肩を激励の様に叩くタミハ、それを見て首をふりつつ、
「ま、簡単に教えてやろう。敵を知れば凡百だろうと誰にも負けんとも言いおるしな」
「言うのか」
「それにはひとまず、落ち着ける場所が必要なのだ。そうだな……あそこなんかが良いのではないか」
「…………」
そう言ってセレオルタが指さしたのは、子供向けの……呪言遊び体験コーナーである。
*
「うあああ、すごいわセレッタ! ロンジくん! なんというか、ものすごく柔らかいわー!」
「は、はやく変われタミハ! われもう三十分くらい待っとるぞ! ずっと待ちぼうけなのだー!」
「……まだ三分も経ってないけどな?」
そして、案の定というべきか……やはりこのザマだった。今ぼくたちは、呪言遣いの人が生成した土……極度に密度の低い半透明の土、それを集めてこねて、また別の呪言で空中に浮かせた『空飛ぶクッション』に乗るタミハを地面から見上げている。
「一生ここで寝れるわ! たのしい!」
「お嬢ちゃん、危ないからあんまりあばれるなよー」
「あはは、ごめんなさーい!」
そう言って、呪言遣いの……この土魔法と風魔法?を行使しているお爺さんが気さくな様子でもうひとつ詠唱をする。
すると、土のクッションが平べったくなり、形を変えて――さらに高度が上がる。
「あはは、たかいたかーい! すごくいい眺めだわ!」
「ずーるーい、われもー!」
その様子を見てぴょんぴょんとその場で駄々をこねるセレッタ……ことセレオルタ。こうしていると、本当に年相応にしか見えないんだけど……こいつ、ぼくよりすごく年上だよな?
……ちなみにセレッタというのは、他人がいる場での彼女の呼び方だ。さすがに人の目があるところで彼女の――魔女の名を呼ぶのは悪目立ちするし、よくない。魔女の名前を脈絡なく呼べば耳目を集め、最悪衛兵も寄ってくるかも――まあ、そこらへんは気をつかうべきという配慮だった。
「われもー……むっ!」
「それ、そっちのお嬢ちゃんも」
あまりにもセレオルタがやかましくするからか、お爺さんがもうひとつ詠唱。今度はセレオルタを空高く運ぶ。
「あ、すみません」
「いいってことよー。兄ちゃんも小さい子二人も連れて歩くなんて偉いじゃねえか。ちゃんと守ってやるんだぞ」
「え、ええ、もちろん……」
――奇しくも。本当にぼくが彼女らを守らなければならない状況と言うのが、苦笑するしかないところだが。
「たかあああ、たかああああああああ、くくくくくっ」
「たのしーわねーセレッタ! ふぷふぷっ」
変な笑い方をして二人の世界に入り浸っている――そんな彼女らを見つつ、ぼくはため息をつく。
ついさっき、そんなものより何十倍も高度に達したばっかりだろうと思うが、やっぱり、ああいう乱暴なものとこういうお祭り感あるアトラクションは別腹ということだろうか。まあ、好きにすればいいけど……
「にいちゃんも遊んでいくかい?」
「い? いや、ぼくは……」
肩をすくめてお爺さんが聞いてくる。さすがに冗談だろ。ぼくなんていい年の大人だ。こんなぼくが彼女たちに混じって空に浮いて遊ぶのは絵的に厳しい。
「遠慮することはないわロンジく……おにいちゃん!」
「お・に・い・ちゃ・ん……く、くく……アホらし。上がってこいおぬしもー」
「妹らもああいってるぞ。にいちゃん」
「…………」
なんだ、この悪ノリ……。
そもそも、妹ではないし、この場にはぼくたちだけじゃない……十歳以下の子供たちが呪言体験という事で、魔法で作った泥人形と格闘ごっこをしたり、水魔法で生成した武器で水浸しのチャンバラごっこなんかをしていて、子供たちの遊び場ブース以外のなにものでもないんだけど……そこに大きなお友達ことぼくが混ざるのは、ちょっと、どうなんだろうと言うところ――って、
「うああああっ」
「そーれ!」
そーれじゃない。お爺さんはぼくの返事を待たずにぼくを持ち上げて……ぼくたち三人は空中で馬鹿みたいに川の字になってふわふわと浮いている。あ、たしかに、土のクッションは柔らかいけど……落ち着くけど、それ以上に恥ずかしいんだけど、本当に下ろしてほしいんだけど……!
「――さて、魔女教と魔女狩りの話なのだ」
「ここでするのか⁉」
「さよ。大して長い話でもないし、気分の悪い話は気分のいい場所でしたい、というのは当たり前なのだ」
「…………」
いや、そういわれればそうかもしれないけど。でもそれはあまりにもこの場所にミスマッチすぎる気が……
「すみません、五分延長で!」
「りょーかい!」
気を利かせてタミハがお爺さんに叫ぶと、眼下で親指を立てて返事が返ってきた。そんな気の利かせ方はいらない……見ると、にやにやとぼくらを指さして小さい子供たちがこちらを見ている。
五分も公開処刑はきついな……!
「簡単に言うと、二つとも魔女に執着してくるキチガイどもなのだ」
「…………」
簡単に言いすぎだ。それに、それは分かっている。
「魔女教は、おそらくおぬしら人間の起こりと同じ時期からある奴ら……四大宗教に対して規模は圧倒的に劣るが、その古さと在り方から、一部のもの好きから第五の宗教ともいわれとるらしいな。もっとも宗教は宗教でも邪教……ゆえに、奴らの教義や道具に聖性は宿らん」
「聖性……」
「知っとるだろう? 魔物や魔獣はおぬしら人間の宗教が効く。ま、われは強すぎてそんなもの捻りつぶすが……つまり、聖性が宿っておらんという事は、神がおらん……というより、奴らの神はわれら魔女ということなのだ」
「…………なるほど」
聖性が効かない……さっき、タミハに聞いた話か。魔女はその強さゆえに、ただいるだけで、その呪いの力をも抑え込む……
なるほど、だから、宗教的なものがひしめくこのレドワナ大祭の路上でも、彼女らは――ぼくも、普通に街中を歩けている、というわけか……?
「奴らはアホなのだ。かつてはわれらを崇めるだけでかわいいもんだったのたが……われらの中から飛びきりのアホが奴らを手籠めにしたせいで、アホ度が増した」
「……どういうことだ?」
「トルレラ」
「!」
「トルレラが奴らを使い、何か奇妙なことをしたがっとる」
「…………」
――トルレラ。急に、唐突に出てきた言葉だけど……その名前は当然聞いたことがある。十一が魔女が一体。『
「何をしようとしとるかは知らん。が、ろくなことじゃなかろ。まあ、それでもわれに……われらに関わってこんなら好きにすりゃいいが、奴ら……トルレラは魔女教の教主のような存在に収まって、人間どもを駒に各地の魔女に接触を図り始めた。そしてわれは今、こんな有り様なのだ」
魔女は――セレオルタは自身の、なだらかな胸を指さして顔をゆがめる。
「全快からほど遠い。最悪のコンディション……われが本調子じゃないと見るや、やつら、われを捕まえようとしはじめた。その過程で、村がみっつ、町がふたつ滅んだ」
「…………」
「ま、それでもわれはつかまっとらんがの」
「…………」
……滅んだ。また、魔女のせいで……魔女に関わったせいでたくさんの人が死んだわけか。まあ、それは、ぼくには関係のない話だけど――
「あの組織は今、ゆえに……われを捕まえるために何でもするキチガイ集団なのだ。トルレラの馬鹿をどうにかせん限り、ずっとあのままかもなぁ」
「……そういえば疑問に思ったんだけど」
「なんなのだ」
「奴ら――どうやってセレ……セレッタを追ってるんだ。お前だってそんな姿でそんな目立つことをしてるわけでもないだろ……でも、ついさっきまでお前は逃げまくって、そしてすぐに魔女教の奴らは路地裏に集まってきた。まるでお前がどこにいるか正確に分かるみたいに……」
――ぼくは、さきほどの戦いを思い出す。路地裏、狭い場所で数多の武器を構えた黒ずくめの集団。一糸乱れぬ統率された動き。息すら切れておらず、正確に魔女を補足しているようだった。
そんなぼくの疑問にああそれか、と、セレオルタは頬杖をつき、
「どうも、われらには独特の気配というものがあるらしい。それは常に発しているわけではないらしいが……、特に、われが弱っとる内は微弱なものだが、力が戻ってくるとより色濃く発せられ、やつらを誘蛾灯のように呼び寄せる」
「……、それって……!」
「今は問題ないのだ。なぜなら、われの力は使ったばかりですっからかん……しかし、力が戻ってくると、奴らも追いすがってくるぞ。おぬしを人間に戻すには、われの力が必要だが、伴って、厄介ごとは増していくという図式なのだ」
「……!」
マジ、かよ……。
なんか、普通に街中をのほほんとしているから大丈夫かな、このままいけるんじゃないかなと思っていたが……全然、そんなことはないっていうか、これはやっぱり嵐の前の静けさってことか――
「…………」
正直、めちゃくちゃ気が重い。
「安心しろ、おぬしは強い。われの100000000000000000000000000000000000000の1くらいの戦力はあるだろうよ」
「それゼロいくつだ……そんなにお強いなら自分でどうにかしてくれませんかねえ!」
「今は時期が悪い」
と、悪びれずセレオルタは空を向いて鼻を鳴らした。どうしよう、この餓鬼の人中あたりを殴りたい。
「まとめると、魔女教は今は他の魔女を捨て置いてわれを捕まえたがっとるキチガイ集団……とだけ覚えておけ」
「それは分かったけど……もっと、こう、なんかないのかよ。こういう敵がいて、弱点はこうで、みたいな……」
「しらん、そこまでは興味はない」
「ああ、お前ならそう言うと思ったよ!」
――はあ、と顔を覆うぼく。これ、大丈夫なんだろうか、この先……
「……で、魔女狩りの方は」
「そっちはもっと単純なのだ。奴らは組織であり個人でもある」
「……ようは、魔女に恨みを持つ、魔女を殺そうとしている集団だろ」
「そんなところなのだ」
――なんてことない風に魔女が言う。まるで己の罪など忘れたかのように。
「…………」
魔女教は、魔女を崇拝する集団。ならば、魔女狩りは魔女を憎悪する集団だ。
その多くは、家族を、親族を、親友や恋人を、己が住む場所を、己の拠り所を壊された人間たちが集まり、一つのまとまりとなったのがその起源だと、どこかの本で読んだことがある。
確か、東方の国の王族が設立に携わり、現在に至ってもその活動を資金面、組織運営の面からサポートしているとか……つまり、実体はあるにはあるが、それを構成する人々のバックボーンはそれぞれまったく異なる、ただ魔女を滅ぼすという目的だけは一致している……そんな連中が集まった組織。それが魔女狩りだ。
「魔女狩りは、どこにでもいる……そしてその協力者も」
「ふむ。そういう根無し草ども……こやつらはわれを捕らえるのではなく殺そうとしておるのだ。が、それはおぬしには関係ないだろうて」
「……?」
「おぬしはあくまで魔女ではなく、われに力を与えられた存在……言うなれば今は半人半魔か。相手が魔女教だろうと魔女狩りだろうと、そもそもおぬしは部外の者。ゆえに、しかし、邪魔立てするなら殺そうとされることに変わりはない」
「それ、関係ないっていうのか……?」
「魔女教か魔女狩りか。どちらにせよおぬしがすることは変わらんということなのだ!」
われらを手助けしろ。
すれば、人に戻す。
――そう、今一度魔女は言う。まるで契約を迫るかのように。
「――」
当然。
当然ぼくにはそれを断る理由、断れる理由なんてないわけで。
「……で、あとどのくらいで力が戻るんだ、セレオル……セレッタ」
「ふーむ、そうだなぁ……」
ぼくがそう問うと、セレオルタは一瞬考えるような素振りをして、
「――三日、というところか……。おぬしの体を人間に戻すに足る力が戻るには、それくらいなのだ!」
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