5話 「それは……英雄的な体質ね!」


「ロンジくん、あなたってとってもいい人ね! ステキだわ! 正義の人なのねっ!」

「はは、いや、まあ……」

「お仕事はなにをしてるのかしら! 治安維持関係とかかしら!」

「むしょ……行商人ですねえ……」

「あなたみたいにいい人だったら、商売にならないんじゃないかしら! 困ってる人がいたら無料で商品をあげちゃうんじゃない!」

「ま、それはあれだから……ぼく、人助けが趣味だから! 人助けをしないと後悔で蕁麻疹が体中を襲うんだ……だから自分のためなんだよ、君たちを助けるのは!」

「それは……英雄的な体質ね!」

「馬鹿が……ええからはよ来い、われは空腹なのだー!」

「はーい!」

「はは……」


 ――そうして。ぼくたち三人……(いや二人と一体……、一人と二体? ……それは勘弁してくれ)は、とうとう、と言うべきか、ようやくと言うべきか、レドワナ大祭……その活気あふれる中心街へと、ようやく繰り出す。

 ――もう、どうにでもなれだ。


「ロンジくんがいれば心強いわ! わたしとセレオルタだけじゃ、ちょっとね……」

「はは……ま、これも何かの縁で」


 ――成り行きというか、絵面的には年端も行かぬ少女二人を引率する、明らかに親には見えない男一人……

 言うまでもなく、レドワナ大祭はあらゆる人種が入り乱れる、世界でも五指に入る大きな祭りだ。

 路上で呪言をぶっ放して大暴れとか、街中に突然魔物や魔獣が出現……とかでもない限り、衛兵からお声がけはない、と信じたい。

 ……まあ、魔物どころか魔女が……魔物の女王、魔族の頂点が出現してますよ、というのはご愛敬というところだが。


「タミハ、われはあれが食したい! 手に入れろ。そしてわれの口に運ぶといい」

「もーしょうがないわねえ! でも前に買い方を教えたじゃない。お金持ってこれくださいって言うだけよ」

「馬鹿者! われがそんなこと出来るか。あらゆるものはわれに献上されるためにあるのだからな。だがども今日ここはそういう場所なのだから、人間のやり方に合わせてやらんこともない。われほど寛容な女はこの世におらんぞまったく」

「はいはい」

 

 ――セレオルタの意味不明な言葉に苦笑しつつ、タミハは硬貨を……偽造した硬貨を店主のおじさんに手渡す。

 銅貨か、せいぜい銀貨だと思っていた店主は眉をひそめてそれを受け取る。そしてじいっと金貨の裏表を確認し―ー


「レドワナ小金貨入りまーす!」

「はいりまーす!」

 

 ――そして、高額金貨が渡された時特有の謎の掛け声を、背後で調理中の少年に向けて言い放つ。

 それに呼応して、少年は手慣れた様子で一本の棒をなにやら、さっきから回転している金属状の筒に入れると、ほんの数秒で――


「はいよ、いっちょあがりい!」


 棒は真っ黄色でふわふわの……何かに覆われていて、それがタミハに手渡される。


「よこすとよい」

「あっこら!」


 そして、店主がお釣りを数えている間に意地汚く、セレオルタがそのふわふわが付いた棒に食いついて――


「あまい。まあ普通なのだ」

「セレオルタ……すごく美味しいんでしょ?」


 ――魔女は、満面の笑みで、しかし特に高揚感もない声音でそんなことを言った。


「普通なのだ。それ以下でもそれ以上でもない」

「うそ。あなたは美味しい時嬉しい時、それを隠そうとするもの! でもね、顔に出てるわよ?」

「そんなことない!」

「きゃあ、あははははっ! やめ、やめてっ! やめてえええええくすぐったああい!」

「あ、お釣りいりません」

「ええっいいのかい兄ちゃん!」

「いいですいいです、でもぼくにも一つください」

「お安い御用だぜ!」


 セレオルタとタミハがじゃれついているのを見つめつつ、ぼくも自分の……この棒付きお菓子、名前を「ラタアメ」というらしい。を購入して一口食べる。

 ふん……砂糖菓子の一種か……こんなに柔らかい食べ物がこの世にあるとは。すごいなレドワナ大祭……


「…………」


 妹にも食べさせたかったな、とそんな事を一瞬脳裏に思って、改めてぼくはセレオルタの方を横目で見やる。

 しかし、釣りはいらない、なんて言葉ぼくが言う事になるとは。

 セレオルタの力でお金は出し放題とはいえ、金は人を変えると言うのはまったくもって、真実らしい。

 偽造通貨を渡してさらに釣銭を受け取るというのは後ろめたすぎるから、まあ、そっちの感情が大きいんだけど……


「タミハは、こういうことってアリ……なのかい?」

「え? えーと……」


 ぼくが巾着に入った金貨を撫でると、何を言いたいのか察したらしい彼女は両腰に手を当てて、ふんと鼻を鳴らす。


「ロンジくん、知ってる? お金はね、流動性というものがないとダメなのよ! 国だけが通貨の発行権を持っているとね、経済が停滞しちゃうの! だから、市場に出回るお金を増やすことで……えーと、なんだったっけ? とにかく、これは善いことだってセレオルタが言ってたわ!」

「…………」

「ね、セレオルタ!」

「そうだ。お金が増えればひとつひとつの金の価値は減る。そうすれば、金持ちの連中の金の価値が貧乏人に近づいて、世の中が平等に近づくのだ」

「…………」


 なにを言ってるんだこいつは。

 どうしよう、ツッコミどころしかないんだが……どうも、この感じだと、純粋なタミハがセレオルタに言いくるめられて悪事に加担している感じになっているような……


「はっ!」

「…………」


 そう思って口を開きかけたら、セレオルタがぼくの方を見て、口元に手を当てたあと、首を掻き切るようなしぐさをした。

 意味は、『黙ってろ、余計なことを言ったら潰す』……

「…………」

 何なんだ、本当に。


「おいしーい!」

「なのだ? 普通なのだ」


 ラタアメを食べてその場でくるりと回っているタミハに、なぜかセレオルタがどや顔だ。

「…………」

 しかし――この二人……(一人と一体)の関係性はなんなんだろう。さっき聞いたら、セレオルタは旅の道連れ……タミハは友達だと言っていた。

 しかし、セレオルタはどうも、彼女がぼくに魔女の力を与えたという事実をタミハには隠しておきたいようだった。

 それは、さっきもセレオルタが言っていたが、無関係の人間を巻き込むことを彼女が嫌うから……と、タミハの心情……その性格、性質に寄り添うような説明をぼくはされたわけだけど。

「…………」

 その気遣い、の意図が良く分からない。

 そういえば、路地裏でもぼくに力を与えた時、タミハを目隠ししていたし……

 だからぼくのポジションは、魔女教と魔女狩りに命を狙われている二人を守る、ただの通りすがりの強い人、みたいになってるんだけど……

「――」

 改めて冷静になると、本当に無茶苦茶だな。

 魔女教と魔女狩りに追われている魔女を、一定時間守り通す……

 セレオルタが回復したら、ぼくの体から魔女の力を抜いてもらって、ぼくは人間に戻れる。

 ――言葉に出してしまえば、通貨偽造どころではない、おそらくこの世で最も重い罪をぼくは犯していることになる。

 それは法的な話だけではなく、倫理的にも。


「…………まあ、いいか」


 まあいいし、仕方がない。ぼくは巻き込まれた側だし、それに――

 かつて魔女にたくさんの人間が殺されたって、それはぼくには関係のない話だし。


「い……たあっ」

「!」


 そう思って、また先頭を歩きだすセレオルタについていこうと、一歩踏み出した時だった。

 ぼくの目の前でタミハが転んで、豪快に顔を地面に打ち付けた。


「だ……大丈夫?」

「だ、だいじょうぶよ! ありがとうロンジくん!」


 慌てて差し出したぼくの手を取って、勢いよく立ち上がるタミハ。つかの間のことだったので、セレオルタは気付かずにどんどん先へ行っている。


「久しぶりに転んだわ……よし、どこも擦りむいてないわね! わたしの勝ち!」

「はは、なんの勝負……」

「……あ、ロンジくんには言ってなかったっけ。わたし、『呪い持ち』なの」

「え……」


 予想外の言葉が予想外のタイミングで出た。


「でもね、セレオルタは物凄い魔女でしょ? あの子のおかげでね、あの子の近くにいるおかげでわたし、『不幸の呪い』に負けないの。すごいわよねセレオルタって――」




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