第23話 指南
昨日とは打って変わって、空には雲一つない。抜けるような青空だった。
俺と少年は弓の
小屋の近辺でも出来なくはないだろうけれど、木や岩、小屋そのものが邪魔になり、危なそうだった。少なくとも初心のうちは、こういう広い場所のほうがいい。
少年の隣には、なぜか鹿までいるが、呼んだわけではない。いつの間にか勝手について来ていただけだ。
少年は山吹色の水干を身にまとい、腰に矢の入った
彼の
本当は、手を
的の代わりとして、巻いて筒状にした
俺は弓の引き方を
「弓はむやみに人や獣に向けるな。本当にここぞという時にだけ引け。それが守れないようなら、俺はそなたに弓を教えようとは思わん」
少年は
「それは、私が武家の人間ではないからですか? 武家の方々は、戦ともなれば
「武士とて、軽い気持ちで射ているわけではない。それに戦そのものも、むやみに行なうようなものではない。戦など、せずに済むならそれに越したことはないんだ」
「それはよく分かります。戦には
「……そうだな」
「負けた側には恨みが残りますし、それが後々の
「……そうだな」
何者なんだろう、彼は。武家の人間でも、なかなかこんな言葉はすらすらと出てこないと思うが。
俺は気を取り直し、
「弓も同じだ。生きているものに向けて引くのは、本当に必要な時だけでいい。それでも、戦ではちゃんと勝てる。……俺がこんなことをそなたに言うのは、獲物をいたぶって楽しむために弓を使う者も、中にはいるからだ」
「え?」
「祖父もそういう人間は嫌っていた。そなたは、そんなことはせんとは思うが、念のためこうして話した。分かってくれるか?」
「……はい。
野犬や野良猫を、さしたる理由もなく面白半分で弓で射て、はしゃいでいたのを目撃したことがある。
射る対象を完全に
思い出すたびに、胸の内に冷え冷えとした気持ちが広がる。
ああ、そんなことは置いておいて、ともかく今は弓の稽古だ。
俺は少年に、まずは正しい弓の構え方から教えていった。
左手はこの辺りを握り、弓弦はこの辺りを引いて……と順に指南し、試しに一矢、射させてみたが――。
「ちょっと待て!」
俺は慌てて少年を止めた。鹿は、何事かと首を
まさかと思いつつ、俺が、
「この弓では張りが強すぎるのか? まったく引けてないが」
と確認すると、そのまさかのようで、
「力いっぱい引いても無理です。どう引けばよいのですか?」
「違う違う。引き方の問題ではない」
「以前に引いてみた時にもまったく引けなかったので、何か引くための技術があるのだろうと思っていたのです。それを教わるためにあなたに指南を頼んだのですが、違うのであれば、どうすればよいのでしょうか?」
「ちゃんとそなたに合った強さの弓を使う必要があるんだ。ちょっと待ってろ」
と言い置いて、俺は小屋に駆け戻った。
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