第20話 旋律
それ以外も何か違う気がしたが、俺は楽器には
俺は少年がいるほうを振り返り、楽器を持ち上げながら、
「これが何か、分かるか?」
とたずねた。
作業の手を止めて顔を上げた少年は、楽器を見るとはっとした顔をし、
彼はこちらへ来て、
「あの、それは……」
と言いかけたものの、言葉が続かない。
どうしたんだろう、と俺は首を
どちらも同じぐらい上質な生地で出来ている。
「もしや……これはそなたがここに持ってきたのか?」
そう聞いてみると、彼は
「……はい」
「そうか。着替え以外にも持ってきていた物があったんだな。わざわざ持ってくるぐらいだから、そなたもこれが弾けるのだろう?」
俺が何の
「……はい」
「これは何という楽器なんだ? 琵琶とは違うようだが、俺はこういうのはよく知らなくてな」
「……私も存じません」
「え?」
どういうことだ?
「弾けるのに、どういう楽器なのか知らないのか? いったいどうやって手に入れて、どうやって弾けるようになったんだ?」
俺が疑問をぶつけても、彼は黙り込んだままだった。
いかん。あれこれ一度に聞き過ぎたか。
何か、言いたくない事情があるのかもしれない。
俺は少し話題を変え、
「せっかく持ってきたのだから、弾けばいいのに。たまには、
と勧めてみた。
彼は何も答えなかった。
結局そのまま、魚をさばく作業に戻ってしまったので、俺は楽器を袋の中に入れて元の場所に置き、干す道具の用意に再び取り掛かった。
少年がさばいた魚を、俺が見つけておいたざるに干し終わり、小屋の中に戻った時。
少年はふらりと、楽器が置いてあるほうへ歩み寄った。
どうしたのかと俺が見守っていると、彼は袋ごと楽器を持って小屋の端のほうへ行き、
膝の上に楽器を構えた彼は、
深くて澄んだ音色が、辺りに広がった。
琵琶とは異なる音色だ。それ以外の楽器とも違う。
俺が思わず立ち尽くしていると、彼は本格的に弦をつま弾き始めた。
流麗な旋律が、次から次へと
楽器は何一つ扱えず、音曲の良し悪しなどよく分からない俺でも、彼の腕が相当巧みなのは
いや、単に「うまく弾ける」というのとは、何かが違う。聴く者の内側に入り込んで、芯の部分を揺さぶるような――そんな、
少年は一心に、ただひたすら弾き続けた。俺の存在など、とうに忘れているかのように。
そして折しも、演奏が最高潮を迎えようとしていた時。
突然、少年が目を見開き、弦を弾く手を止めた。
俺は何事かと
一人の少女が、立っていた。
小屋の出入り口の所だ。そこに
どう考えてもこの山中には不釣り合いなその姿に、俺が困惑していると――。
ふつりと、少女は消えてしまった。
俺は目を疑った。
ほんの一瞬のうちに、いたはずの人間がいなくなってしまった。
何が起きたんだ? そもそも何者なんだ? あるいは
いや、少年も驚いているのだから、俺だけが見たわけではない。そうだ、彼は――と少年に目を戻すと。
俺が駆け寄って、
「おい。大丈夫か?」
と声をかけると、彼はようやく少し落ち着きを取り戻し、
「……はい。大丈夫です」
と答えた。だが、その表情には動揺と苦悩がにじみ、大丈夫とは思えなかった。
「今、あそこにいたのは……」
と、俺がたずねかけると、彼は小さく首を横に振った。質問そのものを拒絶するように。
俺はそれ以上、何も問うことが出来なかった。ただ、彼がぼそりと、
「……あかね」
とつぶやくのを、耳がとらえた。
人の名前だろうか、と思ったが、真相は分からないままだった。
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