第14話 悪化

 小屋の中に入った途端、食欲を誘ういい香りが鼻先をくすぐった。

 香りの出どころは、炉で火にかけられている鍋のようだ。

「朝餉の仕度したく調ととのいました」

 と、炉端ろばたから少年に言われたので、俺もそちらへ行き、昨日のように彼の正面に座った。

「大したものは作れませんでしたが、どうぞ」

 と、椀を差し出された。汁物のようだ。

 受け取って、さて、どんな具が入っているのかと見ると――どうも、見覚えがある物がごろごろと入っている。

「……また山芋?」

 俺が思わず口にした言葉に、少年は、

「まだまだたくさんあるので」

 としか答えなかった。そして、他には何の料理も出てこなかった。


 俺は黙って汁をすすった。

 味は悪くない。というより、むしろ美味うまい。山芋だけでなく、きのこも入っているから、それがいい働きをしているんだろうか。

 とはいえ、手に入る材料はかなり限られているはずなのに、よくこれだけの物を作ったなと感心する。料理そのものの技量だけでなく、工夫する知恵も持っていなければ無理だろう。

 こういう面に気づくと、なぜ彼がこんな所にいるのか、ますます不思議になってくる。

 この容姿で機転がくなら、都会へ行けば引く手数多あまたに違いない。裕福な人間なら、そばに置いておきたがる者も多いのではないか。

 いったい彼に何があったのか。

 気にはなったが、俺は粛々しゅくしゅくと汁を口に運んだ。もはや、聞けば答えてもらえるなどと期待していないし、無理にさぐらないほうがよさそうだとさとっていた。


 食べ終わり、さてどうしようかと思ったが――取り立ててするべきことも、出来ることもない。

 じっとしているのも落ち着かない。

 無謀むぼうだろうが何だろうが、もうさっさとここを出ていこうか――などと考え始めた時。

 体のだるさが増してきた。熱っぽさも――いや、これはもう、明確に熱があるだろう。傷口が、脈打つように痛む。

 俺は体を起こしているのも辛くなり、昨夜寝ていた毛皮がある所まで行って、身を横たえた。


 体を少し丸めて目を閉じ、ひたすらじっとしていると、人が近づいてくる気配がした。

 その人物は俺のかたわらに座ると、

「具合が悪いのですか?」

 とたずねてきた。

 少年だ。彼が俺の顔をのぞき込んで様子を確認しているのも、気配で分かる。

 俺は、苦しげな話し方にならないように気を払いながら答えた。

「ちょっとだるいだけだ。寝てれば治る」

 彼は俺の額に手のひらを当て、

「熱に効く薬草が生えている所がありますから、採ってきます。少し距離がありますが、出来る限り早く戻ってくるので、待っていてください」

「いや、そこまでしてくれなくていい。むやみに外をうろつけば、危ない。大丈夫だ、これぐらい」

「怪我を甘く見てはいけません。やれるだけのことをやっておかなければ」

「いいと言ってるだろうが!」

 体の内側にわき起こったいら立ちを、そのまま少年にぶつけながら、同時にぼんやりと、訳の分からなさも感じていた――なぜ俺は怒鳴どなってるんだろう、と。


 俺は迷惑なんかかけたくない。負担になんかなりたくないのに。なぜそっとしておいてくれないのか。彼は何も理解してない――そんな、怒りと不満がごちゃ混ぜになったものが、俺を支配していた。

 その一方で、自分から遠いどこかでは、よく分かってもいるのだ――彼が何も悪くないことを。


 自分で自分を持てあまし、少年に背を向け、黙っていると、

「薬というのは、使わずに済むならそれに越したことはないものなのです。効き目の強い薬は、その分、体に負担をかける場合もありますし、使い方によっては害のほうが強く出てしまいますから」

 という声が、背後から聞こえてきた。

 さほど感情は込められていないのに、聞いていて心地よく、落ち着く、そんな声だった。

 なおも俺が返事をせずにいると、

「もう少し様子を見ましょう。それでよくならないようであれば、あなたが何とおっしゃろうと、薬草を採ってきます」

 と言い残して、少年の気配は遠ざかっていった。


 妙な安心感を覚え、俺は体を、ただただ休むことに集中させた。

 額に触れた少年の手がひんやりと気持ちよかったのを、不意に思い出したりしながら――いつしか俺は、昏々こんこんと眠ってしまっていた。

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