第13話 届け物

 翌朝。

 俺が目を覚ますとすでに、明るい日差しが格子窓から差し込んでいた。

 少年も起きており、で鍋を火にかけている。

 よく見ると、俺のかたわらには畳んだ衣が置かれていた。

「あなたの直垂ひたたれや小袖をつくろっておきました」

 と言われたので、さっそく着替えてみると、きれいに洗われているだけでなく、破れた箇所もまったく目立たない。

「かたじけない」

 と礼を告げると、

「私の衣をあなたに合うように仕立て直しましょうか? 着替えがないと不便だと思いますから」

 と、思ってもみなかったことを提案された。

 そこまでしてもらってはさすがに申し訳ないので、きっぱりと断った。

 大きな衣を小さくするより、小さな衣を大きくするほうが難しいはず。それに、この山にいる間だけのことなのだから、着替えなど無くても、どうとでもなるだろう。


 自分の衣が戻ってきたし、借り物の小袖を少年に返そう――として、手を止めた。いつの間にか、土埃つちぼこりが付いている所があったのだ。

 俺は手のひらでぱたぱたと汚れをはたき落として――いや、ちょっと待て、と思い直した。

 他人の衣に袖を通しておいて、それを洗いもせずに返す……のはまずいか。

「衣を洗えるような場所はどこにあるんだ? これを洗ってきたいんだが」

 と少年にたずねると、

「近くに川がありますが、私も洗わなければならない物があるので、一緒に洗っておきます。あなたはその体ですから、あまりご無理をなさらないでください」

 と言われたので、その言葉に甘えることにした。

 洗濯なんて、自分のを適当に洗ったことしかなかったから、他人のをちゃんと洗う自信はない。正直なところほっとした。


 俺はそろりと引き戸を開け、小屋の外に出てみた。

 空を見上げると、すっきりと晴れ渡っている。ああ、早く戻らねばという気持ちが、いっそうかき立てられた。

「ん?」

 小屋の近くの茂みに、気配を感じる。

 まさか追っ手か、と身構えたが、現れたのは――。


 昨日の鹿だった。


「おまえか……」

 俺は緊張を解きながら、鹿のそばに寄った。

 鹿はまるで昨日の再現のように、口にかごをくわえている。

「また何か持ってきたのか?」

 と俺がたずねた――のに、鹿は俺の横をするりとすり抜けていきやがった。まるで、俺が木立ちか何かのように。

 小さないら立ちを抑えつつ振り返ると、ちょうど少年が小屋から出てきたところだった。

 鹿は彼の姿を見ると、どこかうれしそうに寄っていく。

 少年はかごを受け取り、中身を見ると、

「これは立派な栗。よく持ってきてくれましたね」

 と、感嘆かんたんと礼を述べて、鹿の頭をでた。鹿は鹿で、少年の腰のあたりに体をすり寄せている。

 それにしても……栗?


 俺は一人と一匹のそばまで行き、首を傾げつつ、かごをのぞき込んだ。

 本当に、大きな栗がごろごろと入っている。ざっと見たところ、どれもきれいで、傷や虫食いもなさそうだった。

「栗の時期にはまだ早いはずだが……昨年の物がどこかに貯蔵されてたのか?」

 と俺が疑問を口にすると、少年もちょっと考え込んでいたが、

「どうなのでしょう。鹿が持ってきてくれるだけですから、私には何とも」

 という答えしか返ってこなかった。食料が無くてえるよりは、はるかにいいが……。

 少年が鹿に、

朝餉あさげはもう用意してしまいましたから、この栗はまたいずれ使います。これだけあると、すぐには食べ切れませんから、次に持ってくるのはもう少ししてからで構いませんよ」

 と話すと、鹿はみゅいーと鳴いて、森のほうへ帰っていった。森のどこへ帰るのかも、少年によると「分からない」らしい。


 少年はかごを手に、小屋の中に戻っていった。

 俺は体を少し伸ばそうとしたが、その途端に怪我がひきつれて、やめてしまった。 

 動かさなくても、にぶい痛みがずっとまとわりついている。体全体が、常日頃に比べると重い。

 ここを出ていくためにも、早く万全の体調まで戻さないと――そんな焦りを覚えつつ、俺は少年の後を追った。

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